第33話 会議室

 白銀しろがねの館、カイが助けた少女をスターリンへ連れて行かれた。そのため、医務室にいるのは複雑な感情を抱いているカイ、ルーア、フィッツ、スー、神官。そして、不本意とはいえ少女を渡す助けをしたキーン、アルベイン、ルーがいた。全員が何かしらの思いを抱いていた。そんな暗い場でキーンが言葉を発する。


「……ここで、立っているだけでは何も解決せんな。ルー殿。すまないが、ここにいる皆が話をできるような場所はありませんか?」


 突如として話を振られたルーは一瞬だけ驚いたが、すぐに対応する。


「は、はい。待合室……。いいえ、会議室が空いていると思いますから手配します。すみませんが、少しだけお待ち下さい」


 そういうと、ルーは足早で医務室から出て行く。キーンは全員を一度見渡すと声をかける。


「そこで話をしよう。……君達からの批判も覚悟の上だが、私達も事情を説明しよう」


 十分後にルーが戻り、全員が白銀しろがねの館にある五階の会議室へと通される。そこは机や椅子が並び、周辺地域の地図なども飾られていた。しかし、全員部屋の内装などは目に入っていなかった。ただ、傷ついている少女をスターリンのような男へ渡さなければならない理由が知りたかった。全員が着席するのを確認したキーンは息を少し吐き出してから話を始める。


「では、話をさせてもらおう。だが、少々複雑で長い話になるので、申し訳ないが意見や疑問などは少し待ってもらえると助かる。ことの始まりは昨日だ。そこにいるカイ殿が、あの少女を五人の男から救った後に――」


 ◇◇◇◇◇◇


 カイが気絶させた五人の男達はサイラスの牢屋で意識を取り戻す。意識を取り戻した男達は兵士からじっくりと尋問を受けることになる。しかし、男達は尋問を受ける前にある発言をした。


「ま、待った! 俺達は何も悪いことはしてねぇーぞ! それに、俺達は王都の貴族であるスターリン・デイン様の部下なんだ! こんなことをすれば、お前達の方がやばいことになるぜ?」


 貴族という言葉に兵士は驚く。しかし、どうみても男達は貴族の部下のようには感じられなかった。だが、万が一にも事実だった場合は大問題へと発展すると考えた兵士は状況をキーン兵士長へと報告する。


「……何? 貴族の部下? しかも、王都のだと?」

「はっ! 投獄した者達は、そのように言い張っています!」

「ふむ。……とはいえ、少女に暴行をしたのは確かなのだろう?」

「はっ! それに関しては少女を救った者。サイラスで戦士をしているカイ殿から報告を受けております」


 兵士の言葉を受けて、キーンは小さく頷き口を開く。


「であれば、投獄に関して何の問題もない。……だが、その話が事実だと確かに面倒なことにはなるか……」

「……で、では、無罪放免に……?」


 兵士の発言にキーンは烈火の如き怒り、怒声を上げた。


「馬鹿者! 貴族の部下であることが事実であろうが、そうでなかろうが! いたいけな少女に暴行をした者を無罪放免になどできるか!」

「は、はっ! し、失礼しました!」


 兵士はキーンの怒りに委縮する一方で心の中では歓喜をしていた。自分の上司は弱き者を助ける正義の者だと。


「とりあえず、その五人への尋問は私が直接行う。お前達は手を出すな。それと、急いでアルベインをここへ呼んでくれ」

「はっ! 畏まりました!」


 そして、アルベインがキーンの元へと訪れる。


「失礼します。どうしました? 兵士長? 火急の用件と聞きましたが?」

「来たか、アルベイン。お前に聞きたいことがある。お前は私の部下で、このサイラスの兵士であり、分隊長も任せるほどの者だ。しかし、お前はヴェルト家の長男であり、貴族の一員でもある」


 キーンの言葉にアルベインは複雑な表情になる。


(……貴族の一員……。そう。どんな立場になろうが、俺について回るのは貴族という立場なんだ……)


 アルベインの表情の変化に気がついたキーンは、アルベインへ謝罪をする。


「すまん。別にお前を困らせるために呼んだわけではない。ただ、今回はお前の貴族としての知識に頼らざるを得ないので、先程のような言い回しをしただけだ」


 キーンの言葉にアルベインは怪訝な表情になる。


「貴族としての知識……ですか? ですが、私はまだ貴族として正式に行動はしていませんので、大したことはできませんが?」

「別に圧力や権力を借りたいわけではない。知りたいのはデイン家のスターリンという貴族についてだ」


 キーンの言葉にアルベインは不快気に顔を歪ませると吐き捨てるように説明をする。


「デイン家の長男です。貴族ですが戦士としても一流です。前回、私は奴に手も足も出なかった。……ですが、人間としては最低の男です。奴が何か問題を起こしたのですか?」

「……わからんが、その可能性はある。ちなみに、そいつはサイラスへ来ているのか?」

「……えぇ、二、三日前にサイラスへ来たということは噂で知っています」

「そうか……。では、確認をするしかないな」

「奴の元へ行くのですか?」

「あぁ、確かめねばならんことがあるのでな」

「では、私もお供します」

「ふ。助かるよ」


 こうして、キーンとアルベインはスターリンが滞在しているサイラスでも一番の高級宿屋『優雅ゆうが薔薇園ばらえん』を訪れる。宿屋の受付へと向かうと従業員へスターリンの所在を確認しようする。


「……おや? アルベイン?」


 姿を見ていなかったが聞いたことのあるキザな声に、アルベインはすぐに声の主を理解して答えた。


「……ちょうどいい。お前を探していた。スターリン」


 アルベインは振り向きざまにスターリンへと声をかける。アルベインの言葉に、スターリンは思い当たることがなかったこともあり、不思議そうな表情になるがすぐに笑顔で応対する。


「フフ。君の言っていることはよくわからないが、わざわざ僕を訪ねてくれたんだ。歓迎しようじゃないか。おい、お前達! お客人を丁重にもてなすんだ!」


 スターリンは自分の後ろに控えさせていたメイド達へと命令をする。メイド達はすぐに動き出そうとするが、そこへ待ったをかける人物がいた。


「失礼! それには及びません。今回、我々があなたの元を訪ねたのは公務のため、アルベインも同様です」


 キーンの発言を聞いたスターリンは、そこで初めてアルベインの横にいたキーンの存在に気がつく。キーンを見たスターリンが怪訝な表情で問いかける。


「誰だ? 君は? 見たところ貴族ではないと思うが?」

「申し遅れました。私はこのサイラスで兵士長をしているキーンと申します。今回は大変に申し訳ございませんが、スターリン様へ確認をしたいことがございましたので、こちらへご訪問させてもらいました。事前通告もなく来た無礼は謝罪しますが、何卒お時間を頂けないでしょうか?」


 スターリンは少し考える。平民に協力する理由などないが、この街の兵士長。しかも、貴族への対応も心得ていること。また、特に用事もないことから、話を聞くことにした。


「いいよ。ただし、僕も忙しい身。手短に頼むよ?」

「はい。スターリン様の願いを叶えられるように努力しましょう」


 そして、キーンとアルベインはスターリンの部屋へと通される。二人はソファーへと促される。メイドが恭しくフルーツや紅茶などを運んでくるが二人は丁重に断りをいれる。場が落ち着いたところで、ことの経緯をスターリンへと説明する。特に捕らえている五人の男が本当にスターリンの部下なのかを確認する。


「ふーん。そういうことか。確かにその五人は僕の部下だね」


 スターリンの言葉にキーンは緊張感を強める。しかし、断固たる決意で自分の意思を伝える。


「……そうですか。では、大変失礼ですが確認をさせてもらいます。あなたが部下へと少女へ暴行するように命令をしたのですか?」


 キーンの質問に対して、スターリンは鳩が豆鉄砲を食らったような表情になる。その後、静かに笑いながら答える。


「ハハハハ。まさか。そんな命令をするわけがない。僕は貴族だよ? 法律ぐらいは知っているよ。僕が部下へ出した命令はそんなことじゃないさ。僕は部下に僕の所有物を拾って来いと言っただけさ」

 

 スターリンの言葉にキーンは安堵するとそのままスターリンへ謝罪をして、この場を去ろうとする。


「そうでしたか。大変失礼を致しました。では、今回の件はあなたの部下達が暴走したということですね。では、我々は法に乗っ取り対応をさせて頂きます。では、失礼します」


 キーンが立ち上がり、スターリンへ背を向けた瞬間にスターリンがキーンへ補足をする。


「あぁ、待ってくれ」

「はい? なんですか?」

「フフ。恐らく今回の件はいろいろと行き違いがあるようだ。だから、少し説明をするよ」

「行き違い……ですか?」

「あぁ、その少女というのは恐らく僕の奴隷だ」

『――ッ!』


 スターリンが当然のように発言した『奴隷』という言葉にキーンとアルベインは驚愕する。


「ど、奴隷ですと?」

「そうだ、部下には僕の奴隷を回収するように命令したのに、あいつらが僕の命令に反して暴行をしたんだろう。全く使えない奴らだ。……でも、僕の所有物に対する暴行だから、あいつらは牢から出してくれ。それと、僕の奴隷を探して渡して欲しい」


 スターリンのあまりの発言にキーンは絶句する。だが、逆にアルベインは怒りを露わにした。


「貴様! スターリン! 人間を奴隷だと! しかも、幼い少女を貴様は!」

「うん? 何を怒っているんだ? アルベイン? ……あぁ。そういえば、サイラスでは奴隷契約を禁止していたな。でも、僕はあいつを王都で奴隷契約を交わしたんだ。王都では奴隷契約は有効だ。ちゃんと、法律にも記載されている」

「そういう問題ではない! 貴様の良心が痛まんのかという話をしている!」

「良心? 痛む? 何を言っているんだ? たかが平民を奴隷にしたぐらいのことで、王都にいる貴族の大部分は奴隷を持っているぞ?」


 スターリンが平然と返答してくるため、アルベインは怒りのあまりスターリンを殴ろうとする。しかし、キーンがアルベインの状態を察してアルベインを押さえる形で会話に割り込む。


「スターリン様。先程、あなたが仰られた意味をお聞かせ下さい」

「意味だと?」

「はい。あなたは少女を暴行した五人の釈放を願った。その真意です」


 問われたスターリンは、さも当然という形で答える。


「そんなのは当然だろう。君達は僕の部下が少女に暴行をしたから捕らえたと言った。そうだろう?」

「はい。事実、少女の暴行は目撃されています」

「そこが間違いだ。いいか、あいつらが暴行したのは少女じゃない。僕の奴隷だ。つまり、人じゃあない。僕の所有物に危害を加えたんだ。その場合なら、僕が訴えない限りは君達にあいつらを捕らえる権利はないだろう?」


 スターリンの言い分にキーンとアルベインは腹立たしさを覚える一方で認めざるを得ない部分があることも理解していた。それは、スターリンの言い分は法律的には正しいということだった。奴隷には人権というものが認められていない。奴隷の主人。今回の場合は、スターリンが被害を訴えない限りは暴行した五人を処罰することができなかった。スターリンは話を続ける。


「黙っているところをみると理解はしているようだね。あと、奴隷に関しては僕のものなんだから、持ち主に返還するのは当然だろう? さっき、君達は助けられたと言った。つまり、奴隷がどこにいるのかを知っているのだろう? だから、僕に返してくれ」


 キーンとアルベインは歯ぎしりをする。スターリンの言っていることは、下種ゲスの言い分だったが、法律的には正しかったからだ。つまり、立場上ではあるがキーンとアルベインはスターリンに手を貸す義務があった。そして、キーンは血を吐く思いでスターリンへと返答する。


「……わかりました。ですが、我々もまだ事態を完全に把握できてはおりません。少々、お時間を頂きたく思います」


 時間稼ぎ。それが、キーンに今できる精一杯の抵抗だった。キーンはできるだけ時間を稼ぎ、何か打開策を練るつもりだった。しかし、スターリンはそれを読んでいるかの如く先手をとってくる。


「いいよ。別に急いでいるわけじゃないし。でも、明日までには返してもらうから」

「なっ! あ、明日ですか? そ、それは、少し時間が――」

「明日だ。明日までに君達が返せないのなら、僕の部下に取り返させる。今、君達に捕まっている五人なんて比べ物にならない手練れを使ってね。あー、一応は言っておくけど、僕は所有物を大事にしているんだよ。だから、奴隷の居場所は魔法を使っていつでも探知できる。……しないとは思うけど、サイラスの外へ逃がしても無駄だよ?」


 スターリンの言葉に、もはやキーンは拒否をする理由が思いつかなかった。そのため、これだけしか言えなかった。


「……わかりました。必ず明日までには、スターリン様へ少女をお返し致します。そして、お返しの後に捕らえている五人を釈放とします」

「良かった。理解してくれて助かるよ。……あぁ、そうだ。明日は僕も一緒に奴隷がいる場所へ行くから。なにしろ大事な僕の奴隷だ。心配だからね」


 キーンとアルベインは不快感や怒りを通り越すほど気分を害していた。このまま、ここに入れば立場を忘れスターリンへ襲いかかってしまうと判断した。そのため、一言だけ告げてすぐにその場を去ることにする。


「……わかりました。よろしくお願いします。では、失礼します」


 その後、キーンとアルベインは兵士詰所へ戻る。怒りの頂点はとうに通り越していたが、それでも自分達の感情を押さえて考えるべきことがあった。傷ついた少女をどうするかだ。キーンとアルベインは、眠るのも忘れ意見を出し合ったが、答えはでなかった。そもそも奴隷契約を交わした者を救う方法は一つしかないことを二人は理解していた。それは――


 現在の主人である。スターリンが所有権を破棄するかスターリンが死ぬかのどちらかだった。


 そして、答えの出ないまま今日を迎えて先程の事態を招いた。


 ◇◇◇◇◇◇


「――説明は以上だ……。このようなことに巻き込んでしまい。君達には大変申し訳ないことをした」


 キーンは言いながらカイ達へと頭を下げ謝罪をする。しかし、カイ達は謝罪が聞きたかったわけではないため、言葉を返すように異論を訴える。


「おい! 俺はお前の謝罪が欲しいわけじゃねぇ! そんなことより、あの馬鹿貴族の居場所に案内しやがれ! 今度こそ、俺があいつを叩きのめしてやる!」

「フィッツ! 俺様も手を貸してやる! あのクソ魔術師に借りを返してやる!」


 フィッツの言葉にルーアが乗っかる形になる。しかし、そこで冷静な声が上がる。医務室の神官であるハルルだ。


ハルル:明るい茶色の髪をお団子のようにまとめている。黒い瞳で目元は少しきつめの二十九歳。独身の神官。優しい性格で人を助けることを生きがいにしている。五年ほど前から、白銀しろがねの館で神官として働いている。アリアと仲が良い。年齢と結婚についてからかわれると本気で怒り狂う。


「ちょっと、待って! 問題はそこじゃない。あの貴族は私も許せないけど……。それよりも、あの子のことを先に解決させないと。早く助けないとあの子の命が――」

「わかってる! だから、俺があの馬鹿貴族を叩きのめすって――」

「違います。ハルルさんが言いたいのは、貴族と戦うよりもあの子を助けることを優先するべきだと――」

「けっ! 人間は面倒臭いことばかり言いやがる。あの野郎を叩きのめしてから考えればいいだろうが!」

「そんな単純な問題じゃないわ! 奴隷契約をされているのよ! あの子は!」

「わかってるよ! だから、早く助けるべきなんだろうが!」


 フィッツ、ルーアが強硬策を提案する一方で、ハルルとスーが慎重にするべきと意見をする。その様子をルーが心配そうに見ていた。アルベインは立場上、少女をスターリンへと渡してしまう手助けをした手前、意見を言えずに黙って静観した。場が混乱しているため、見かねたキーンがテーブルを強く叩くと同時に大声で場を制する。


「落ち着け!」


 意見を飛ばしていた全ての者が押し黙り、大声を上げたキーンに注目する。


「君達があの少女のために動こうとしているのはわかる。……しかし、君達が今話していることは昨日のうちに私とアルベインがすでに話し合った内容とかわらん。断言するが、そんな単純な方法ではあの少女を助け出すことはできん」


 キーンの話を聞いて声を上げていた全ての者が考え込む。しかし、ルーアがあることに気がついた。ここにきて意見を言っていない人物がいることに……。ルーアはその人物である。カイに問いかける。


「おい! さっきから黙ってるけど、オメーはどうしたいんだよ! カイ!」


 ルーアの言葉に、その場の全員がカイへ視線を飛ばす。カイは目を閉じて考え込んでいた。そして、目を開き口を開く。


「……考えてたんだ。悪いんですけど、誰か教えて下さい。そもそも奴隷契約ってなんですか?」


 カイの言葉に半分の者の目が点となる。しかし、ルーア、ルー、アルベイン、スーといった。カイと付き合いの長い者はカイのことを理解しているため、カイの発言に納得する。そのため、ルーが口を開いた。


「カイ君。では、私が奴隷契約について説明しますね。……ですが、あまりいい話ではないので覚悟して下さい……」


 ルーはカイに奴隷契約について丁寧に説明する。


 奴隷契約、そもそもは使い魔の契約から始まった。魔物を魔法によって従えることができるのなら、人間との契約も可能ではないのか? そんな疑問から人間との契約を行ってみたところ。それは、成功した。人間も魔物と同様に魔力によって、自由を奪うことや魔力を管理することが可能とわかった。そして、ここから一部の権力者が自分の手足となる人間を所有しようという考えが生まれた。それが奴隷契約と言われ、人間を所有物のように扱うことが横行した。しかし、当然のように異論も出た。身分が低いとはいっても、人間を物のように扱うというのはどうなのか? 倫理的に間違っている! などの意見もあり、多くの国や都市で奴隷契約を違法とすることになる。


 だが、一部の国や都市。今回のレインベルク王国、王都レインでも奴隷契約をいまだ合法的に使用されていた。とはいっても、使用しているのは貴族や奴隷商人などの一部だけだ。一般の庶民は全く理解できない行為と思っている。いや、一つ間違えば自分も奴隷にされると怯えるばかりだった。そして、この契約は魔力の行使によって行われるため、一度契約が成立すると簡単には奴隷となった者を解放することはできなかった。基本的には二つのみ、契約者が奴隷契約を破棄または解消する。または、契約者が死亡する。これだけだった。あとは、例外的に契約自体を無効にすることだが、それには契約を行った魔術師の数十倍の魔力が必要と言われるため、ほぼ不可能と言われている。あとは、伝説の道具アイテムなどに解除できる物があるとも言われてはいるが定かではない。


 カイはルーの説明を聞いて理解する。これは――


(そうか……。ようするに使い魔の契約の人間版だ……。どうりでルーアの力の入れようが違うはずだ……。きっと、自分と重ねてるんだ……)


 状況を理解したカイが意見を言う。


「ありがとうございます。ルーさん。よく分かりました。……だったら、あの子を救うには、あの人に奴隷契約を解除してもらえばいいんですよね?」


 カイの言葉に全員が目を見開いて驚く。少しの沈黙のあとにフィッツが声を荒げた。


「あのなー、カイ! あの馬鹿貴族が、素直に契約の解除に応じるわけがないだろう! そんな不可能なことより、あの野郎を叩きのめせば――」

「じゃあ、フィッツ。叩きのめせば、あの人が奴隷契約を解除すると思う?」

「うっ!」


 カイの指摘にフィッツは言葉を詰まらせる。そう、フィッツも理解していた。例えスターリンを叩きのめそうが、気絶させようが、スターリンが奴隷契約を解除する気にならなければ、叩きのめしたところでそれは全く意味のない行動だった。いや、叩きのめされた理由があの少女とわかれば、その怒りは少女に向く可能性の方が高かった。しかし、他にも異論の声は上がる。


「ちょっと待って! 君の意見は正論よ。でも、どうやって、あの貴族に契約解除をさせるの?」

「……それは、わかりません」


 カイの言葉に全員が肩を落とす。しかし、カイは言葉を続ける。


「……でも、俺はあの子を救います。なんとしても! だって、あの子があんな扱いを受けていいわけがない!」


 カイの言葉を聞いた全員が、なんとなくだがやるべきことが見えた気がした。そして、思い思いに言葉を口に出す。


「そうだな……。その通りだ! カイ! ぜってぇー! あの子を救おうぜ!」

「そうね。私も神官として、あの子を放ってはおけない。助けましょう! 絶対に!」

「及ばずながら、私も力をお貸しします。なんでも言って下さいね。カイさん!」

「けっ! 結局は作戦なんて出やしねぇー……。でも、オメーらしいな。やって、やろうぜ! カイ!」

「カイ君……。私にもできることがあればいいけど……。私はこれから一度故郷に……エルフの里に帰らなければならないの……。ごめんなさい……。でも、信じています。……カイ君」

「やれやれ、傷ついている者を助けるのは私の役目なんだが……。よし。私もなんとか救う方法をもう一度考えるよ」

「ははは。頼もしい限りだ。だが、私もやれるだけのことはやらせてもらうよ。とりわけ、あの男が宿泊している場所や行く場所には、兵士を巡回させるようにしよう。それで、少しでもあの男への圧力になればいいが……」


 あの少女を助ける具体的な方法はでなかった。しかし、全員の気持ちが一つだと理解できた。それは、少女を救出することが第一ということだ。そして、全員が帰路に着く。


 帰り道、珍しくルーアが無言で険しい顔をしている。カイはなんとなくだが、気持ちをわかっていたのでそっとしていた。しかし、唐突にルーアは語り出す。


「……カイ。俺様は、オメーやリディア、ルー、アルベイン、アリア、スー、ムー、ドラン、テツ、レツ、クリエ、ナーブ。他にも何人かいるけど、人間だけど……。オメー達は好きだ……。でも――」


 ルーアは言葉を切る。そのまま視線を鋭くして吐き捨てるように続きを話す。


「――でも、人間は嫌いだ! 人間は勝手だ。欲望のままに動いて、他のことなんて考えやしねぇー! だから、俺様は――」

「ルーア。ありがとう」


 カイの感謝にルーアは驚く。


「なんだよ。その顔は?」

「えっ?……いや、だって……」

「……ルーア。お前が俺や師匠、みんなを好きって言ってくれたのが俺は嬉しい。……勿論、人間が嫌いっていうのは悲しいけど、俺はそうじゃないって思うんだ……」

「なんでだ……?」


 ルーアの疑問にカイは少し遠い眼をして答える。


「ルーアが嫌いなのは人間じゃないと思う。自分勝手な人の痛みのわからない奴が嫌いなんだよ……。それは、俺もそうだし……」

「だから、それが人間――」

「本当にそうのか? ルーア? じゃあ、聞くけど。悪魔の中に自分勝手な奴はいないのか? 魔物は? エルフは? ドワーフは?」


 カイの質問にルーアは考える。ルーアは考え込んでいるが、カイは言葉を続ける。


「俺の住んでいたリック村には、自分勝手な人なんていなかった。まぁ、いたずらや昼間からお酒を飲むような困った人はいたけど……。それでも、みんな人の痛みを理解してた。……確かに、嫌な人間はいる。リック村を馬鹿にした人間。ロイを騙した人間。そして、あの少女を物のように扱う貴族。……でも、それが人間の全てじゃないと思う。数多くいる人間の中の一部だと思う……」


 カイの言葉を受けてルーアは呟くように話す。


「……そうかもな……。確かに悪魔にも意味もなく人間を殺す奴はいる……。人間に好意的な奴だっている……。それぞれの個性って奴なのかもな……」


 そんな話をしながら二人は、リディアの待つ自宅へと帰る。


 ◇◇◇◇◇◇


 場所は変わり、ここは高級宿屋『優雅な薔薇園』。キーンの命令により、周囲にはサイラスの兵士が巡回をしている。しかし、異常が確認できなければ宿の中には入れない。よって、スターリンの部屋。というより、最上階のフロア全てを貸し切りにしている場所へは行けなかった。そして、そこでは五人の男が立たされていた。スターリンは椅子に座り、その五人を値踏みするように見ている。そんなスターリンの傍らには、スターリンが信頼する魔術師のウェルドが控えていた。スターリンが口を開く。その様子を戦々恐々とした気持で五人は見ていた。


「さて、まずは釈放おめでとう。といっても、僕が協力したからだけどね」

「は、はい。ありがとうご……ぎゃー!」


 五人のうち一人が感謝を述べている途中に、スターリンが剣で口を開いた男の右肩を貫く。そのため、男は激痛に耐えかねて大声を上げる。しかし、それでも男は倒れ込まずに立ち続ける。それは、倒れ込めば次は命をとられると理解していたからだ。


「……誰が口を開いていいと言った? まだ、僕の話は終わっていない。いつも言っているだろう? 僕の機嫌を損ねるな。僕の言葉は最後まで聞け。僕の命令には逆らうな! それなのに貴様らは!」


 スターリンは激高していた。理由は二つ。部下が命令に従わなかったこと。そして、自分の所有物である奴隷五号に危害を加えたこと。スターリンは目の前にいる五人の部下に視線をやったあと、最後の質問をする。


「……正直に答えろ。もし偽りを答えたなら、お前達全員を同じ罰にする。いいな?」

『は、はい……』


 スターリンの部下である五人はスターリンよりも体格が大きいか同程度あるはずだが、あまりの恐ろしさに身体を震わせ、極限まで身体を縮こまらせている。


「僕の命令を無視して、尚且つ僕の所有物に危害を加えた馬鹿はどいつだ!」


 スターリンの質問を受けた男四人は一人の男に視線を走らせる。それは、先程肩を貫かれた男だった。そんな男は情けないほど震えていた。


「……そうか。お前か……。では、一応は聞いてやろう。何故だ? 僕の命令を無視してまで、あいつへ危害を加えた理由はなんだ?」


 スターリンは、部屋の片隅で正座をしている奴隷五号に視線を向けて男へ問いかける。男は死の恐怖と戦いながら、なんとか助かりたい一心で言葉を発した。


「ご、誤解なんです。スターリン様! お、俺はあなたの命令に逆らうつもりなんて全く……。た、ただ、あいつ……奴隷五号が迎えにいったら寝てやがったもので、腹に据えかねて……。そ、それに、スターリン様の命令に背いていましたし……」

「なるほど……。奴隷五号が眠っていたことに腹を立てたと……。そして、それは僕のための行動だと?」

「そ、そうなんです! で、ですから、何卒、お許しを!」


 男はスターリンの前で土下座をする。肩を貫かれ激痛が走っているはずだが、死の恐怖が痛みを忘れさせていた。そんな男を一瞥したスターリンは、男へ言い放つ。


「……わかった。なら最後の命令だ。奴隷五号へも謝罪しろ。それで、全てを終わりにしてやる」


 スターリンの言葉に男は表情をほころばせる。命が助かった安堵感で心は満たされる。そのため、普段から下に見ている奴隷五号への謝罪も全く躊躇せずに行う。


「わ、悪かった。許してくれ! もう二度とお前に危害は加えない!」


 男は奴隷五号へ誠心誠意の気持ちで謝罪する。しかし、その謝罪は奴隷五号へのためではなく。自分が助かりたいだけの謝罪だ。スターリンが奴隷五号へ問いかける。


「どうだ? 奴隷五号? こいつの謝罪に納得できたか?」


 部屋にいたスターリンとウェルド以外の人間達が奴隷五号に注目する。すると奴隷五号が表情を変えずに感情のこもらない口調で答えた。


「……はい。ご主人様……。納得しました……」

「フッ。わかった。良かったな? 奴隷五号に感謝しろよ?」

「は、はい! スターリン様もお許し下さりありがとうございます!」


 男はもう一度頭を床に擦りつけるように下げる。男はほどなくして頭を上げた。しかし、景色がおかしかった。先程まで、目の前にいたスターリンがいなくなっていた。そして、代わりに視界へと入った光景は怪我を負った男の姿だった。肩を剣か何かで貫かれ血が滴り落ちている。いや、それ以上にその男には問題があった。本来ならあるはずの頭部がなく首から上は切り落とされ血が噴き出ていた。男は最後に思った。


(かわいそうに。誰かは知らないが殺されたんだな……。かわいそうに……)


 その感想を最後に男の人生は終了する。そう、切り落とされたのは男の首だった。


「ひっ!」「な、なんで……」「うっ!」「か、神様……」


 殺された仲間を見た残りの四人の男は、口々に言葉を小さく発した。しかし、血に塗れた剣を持ったスターリンが四人の男へ言い放つ。


「何がだ? 僕はこいつの命を助けるなんて一言も言っていない。さっきから、言っていただろう? 最後の命令だと。そして、謝罪後に全てを終わらせてやるとな」


 そういっているスターリンの口元は、嬉しそうに歪んでいた。スターリンはウェルドへ視線を向けると命令をする。


「ウェルド。死体の始末は任せたぞ。バレないように処理をしておけ。あと、飛び散った血液も魔法で消しておけ」

「わかりました。……奴隷五号にもかなり血が飛び散ってしまいました。綺麗にしてもよろしいですか?」

「うん? あぁ、汚いのは嫌だからな、綺麗にしてやれ。……ただし、臭いはとるなよ?」

「……よろしいのですか? 血の臭いは、放置するとかなりの悪臭となりますが?」


 ウェルドの言葉にスターリンは笑顔で答えた。


「かまわない。余計な奴らのせいで、そいつの臭いが取れたからな。また、臭いをつけていかなきゃな。そいつのような、奴隷には悪臭がお似合いなんだよ」


 スターリンは、楽しそうにウェルドへ説明した。ウェルドは命令に従いながらも、心の中ではため息をついていた。そして、奴隷五号へ小さな声で伝える。


「……すまんな」


 ウェルドの言葉に少女は、何の感情も見せずにただ受け入れていた。


 こうして、『優雅な薔薇園』の宿屋での事件は誰にも知られることなく過ぎていった。

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