第30話 帰郷
カイ、リディア、ルーアの三人は、ある村に到着する。いや、そこはもう村ではない。カイの生まれ故郷であり、リディアと出会い旅を開始した場所――リック村と呼ばれていた場所だ。
「ふーん。ここが、カイの生まれ故郷かよ? 誰も住んでねーのか?」
「あぁ、もう誰もいない。……でも、変わってないなぁ」
カイの表情には、懐かしさと悲しさが入り乱れた複雑な表情が垣間見える。カイの表情に気付いたリディアは心配そうに声をかける。
「カイ。大丈夫か?」
「あ、すみません。師匠。ちょっと考えこんじゃいました」
「いや、気にすることはない。それでどうする?」
「……はい。少し村を歩いてきます」
「そうか、わかった。私はここにいる。ゆっくり見てくるといい」
「ありがとうございます。師匠」
話を終えたカイは一人村の中央へ歩き出す。いつものようにルーアがついて行こうとする。しかし、リディアがルーアの首根っこを捕まえて阻止する。
「ぐえっ! げほ、げほ! テメー! 何しやがる!」
「お前は残れ。少しカイを一人にしてやれ」
リディアはカイの後ろ姿を見ながらリック村へ来る前に交わした会話を思い出していた。
◇
「はい! 俺のいた村。リック村に行かせてくれませんか?」
カイの言葉にリディアは少し驚くが事情の知らないルーアは首を捻りながら疑問を口にする。
「リック村? どこだ? それ?」
「リック村は俺の生まれ故郷だよ。……もう誰もいないけど……」
「あん? 誰もいない? 何でそんな場所に――」
ルーアの発言を遮りリディアが言葉を被せる。
「構わない。さっきも言ったが、君は私の予想を遥かに超えて強くなった。正直、このまま剣闘士大会へ出場しても優勝できると私は考えている。だから、君のしたいことがあるならしておくべきだ」
リディアの言葉にカイは笑顔で感謝を伝える。
「ありがとうございます! 師匠!」
◇
(リック村……。カイと初めて出会った場所か……。懐かしい……。と呼べるほど、ここに思い入れが私にはないと思っていたが……。何故だろう……。懐かしいと私は感じている。……あのとき、カイに出会えたことは私にとって大きな出来事だったからな……)
リディアもリック村を眺めながら色々と考え込んでいる。しかし、全くついていけないルーアはつまらなそうにしている。仕方なしにルーアは、リディアとカイから離れ一人でリック村を見て回る。一方のカイは――
(懐かしいなぁ。俺の家だ。はは。あちこちボロボロだけど、まだ形は残ってる)
以前と様相の変化した自宅を眺めながらカイは家の中に入っていく。
(いつもご飯を食べてたテーブル、俺の椅子、母さんが立ってた台所……。父さんが座っていた椅子……。ここで、ご飯を食べて畑に行って帰ってきたらご飯を食べる。アイと喧嘩したり、ドランさんに話を聞いたり、ボルノと遊んでやったり、ウルばあちゃん家の猫を見たり、なんだかんだ色々あったんだよなぁ。……そんな日々が、いつまでも続くと思ってた……。でも、そんなことはなかった突然の
カイが物思いに耽っている時、外から大きな物音が響いていることに気がつく。すぐさま外へ飛び出すと、ルーアが謎の人物に襲われていた。
「おわー! て、テメー! 何しやがる!」
「黙れ! これで終わりだぁー!」
「――ッ!」
謎の人物から繰り出された拳がルーアを捕らえる直前、カイがルーアと謎の人物の間に割り込み拳を剣の鞘で受け止める。更に抜いた剣を謎の人物の首筋へ軽く押し当てる。下手に動けば即座に首が胴体とお別れすることになるだろう。そのため、謎の人物はうかつに動くことができない。
「なっ!」
「ふぅー。助かったー。あんがとな、カイ」
「あぁ、大丈夫か? ルーア。ところで、この人は誰?」
「知らねーよ! 村の中を飛んでたら、そいつがいきなり襲いかかってきやがったんだ!」
「そうなのか? えーっと、こんな状況で失礼ですけど、あなたはどこのどちら様ですか? 何でリック村に?」
相手へ刃物を突き出した状態だがカイは丁寧に尋ねる。しかし、謎の人物からの返答は質問と全く関係のないものだ。
「て、テメーは何者だ……。こんな簡単に俺の拳を受け止めるなんて……」
質問を質問で返されてカイは少し戸惑うが、自分から自己紹介をした方が早そうと判断して素直に答える。
「俺の名前はカイ。このリック村の出身です。それと、そこにいるルーアは俺の仲間で見たとおり
「はぁー?
カイの返答を聞いた謎の人物は、一人で納得したように天を見上げると後悔したように呻きだす。次の瞬間には、その場で土下座をして謝罪する。
「す、すまねぇ!
謎の人物の謝罪と行動からカイは悪い人間ではないと判断して剣を鞘へ収める。
「いえ、わかってもらえたならいいんです。ところで、あなたは?」
「名乗るのが遅れてすまねぇ。俺はフィッツ。旅の拳法家だ。ここには、サイラスへ向かっている途中でたまたま立ち寄った。俺はサイラスで行われる剣闘士大会で優勝を目指してる!」
フィッツ:身長百七十二センチメートル。中肉中背だが筋肉質。燃えるような真赤な髪、十八歳の男性。もっとも特徴的なのは行動が単純一直線なこと。そのため、よく失敗もする。しかし、基本的に優しい性格で弱い者いじめをする者などは絶対に許さない。
フィッツが自己紹介をしている途中でリディアも合流すると状況を説明する。
「つまり、フィッツさんはサイラスへ向かっている途中で、たまたまルーアを見かけて攻撃したってことですか?」
「あぁ、そうだ! 村がこんな状況で魔物がいたから、てっきりそいつが滅ぼしたんだと思っちまった。すまねぇ!」
「けっ! 早とちりしやがって!」
「いや、見事な判断だ。そこの
「テメー! このペチャパイ!」
「……やはり貴様は私の手で消滅させるしかないか……」
リディアとルーアがいつもの喧嘩を開始しそうになったので、カイがすかさず二人を制止する。
「ストップ! ストーップ! フィッツさんもいるんですから止めて下さい。師匠もルーアも」
「ふん。カイに感謝しろ。羽虫」
「けっ! こっちのセリフだ! ペチャパイが」
言い合いをしながら二人はそっぽを向く。いつもの二人にカイは精神的疲労でため息が自然と出る。フィッツへ向き直ると申し訳なさそうに謝罪する。
「すみません。話の腰を折ってしまって……」
「いや、気にしないでくれ。それと敬語なんて使わないでいいぜ。そもそも敬語ってやつは苦手だ。それに、カイも俺と年はそんなに変わんねーだろ?」
「えっ? 俺は十七歳ですけど」
「やっぱりな! 俺は十八歳だ。じゃあ、普通に話してくれよ」
「……うん、わかった。じゃあ、フィッツ。よろしく!」
「おう! こっちこそ、よろしくな!」
差しだされた手と手を握り二人は握手を交わす。
「私はリディアだ。カイの剣の師匠だ」
「俺様は大悪魔のルーア様だ! こいつらの親分だ!」
リディアとルーアの自己紹介を聞いたフィッツは首を傾げ怪訝な表情になる。そこへカイが補足する。
「そうなんだ。フィッツ。こちらは、俺に剣を教えてくれている師匠のリディアさん。それとルーアは見てのとおり
「うん? あぁ、わかった。……でも、カイの師匠が女の人なんて信じらんねー。俺の拳を見切った奴なんて今までいなかったんだぜ?」
「甘い甘い。フィッツが想像している以上に師匠は強いよ!」
「へぇー。じゃあ、いっちょ腕試しをさせてくれませんか?」
フィッツはリディアへ拳を突き出して勝負を申し込む。しかし、リディアはいつもの口調で返答する。
「断る。私は手加減が苦手だ」
「手加減? 別に手加減なんてしなくていいですよ?」
「いや、フィッツそれだと――」
「それとも逃げるんですか? カイの師匠は、とんだ腰抜けなのかな?」
リディアへの挑発を聞いたカイとルーアは目を見開いて驚愕する。フィッツへすぐに訂正させようとするが……時すでに遅かった。
「何だと? その言い方は私だけではなく、カイを馬鹿にしているのと同じことだぞ?」
「そうとってもらってもいいですよ?」
「……いいだろう。かかってこい」
「よーし! そうこなくっちゃ!」
フィッツを止めることはできないと判断したカイはリディアへ嘆願する。
「し、師匠。フィッツの奴は考えなしに言ってるだけですから、ほどほどにしてやって下さい……」
カイからの弁明に対してリディアは静かに頷く。
「安心しろ。殺しはしない。ただ、カイを馬鹿にした罪を償わせるだけだ」
「……えっ?」
(殺しはしないって……。そこまで
カイの不安を余所にリディアとフィッツは向かい合う。カイは何事もないよう両手を握り天に祈る。一方でルーアは、祈っているカイの頭に乗り胡坐をかき戦いの行方を見守る。
「じゃあ、行きますよ!」
「……いいから来い」
「どおりゃぁー!」
フィッツが右拳をリディアの顔面へ叩きこもうと一直線に距離を詰める。目にも止まらない早さの拳が正確にリディアの顔面を捕らえる――直前、リディアは動き攻撃を鼻先で避ける。避けると同時にリディアの右拳がフィッツの顔面をカウンターで捉える。カウンターをもらったフィッツは悲鳴や敗北の言葉を言うこともできず数メートルも吹き飛ばされた。
「……えーっと」
「……あー、なんか俺様は体験したこと。ある気がするぞ……」
「ふん! 身の程を知れ! その程度の腕でカイを馬鹿にするなど百年早い!」
(えっ? これって! まさか、フィッツ。死んだんじゃ……)
最悪の事態を想定したカイがフィッツへ駆け寄ろうとした次の瞬間……。吹き飛ばされたフィッツがふらつきながら立ち上がり一言。
「つ、つえー……」
最後の言葉を呟いたフィッツは糸の切れた人形の様に倒れ動かなくなった。
(あっ、……生きてた。……じゃなくて!)
一目散にカイはフィッツの元へ駆け寄り
◇
日が沈み辺りが暗闇に支配される。薪の炎を利用してカイが夕食を作っているとフィッツがようやく目を覚ます。
「う、うーん……。あれ? ここは?」
「おっ。ようやく目覚めやがった。おーい! カイ! 単細胞の目が覚めたぞー!」
「うん? そうか! 良かったー。……て、ルーア! 変な呼び方しないで、ちゃんとフィッツって名前で呼べよな!」
「いいじゃんかよ! リディアに無謀なことを言って突っ込む奴なんて単細胞でちょうどいいぜ!」
「そうか……。俺はカイの師匠のリディアさんに……」
「あぁ、そうだ。何か言いたいことでもあるか?」
呟きを近くで聞いていたリディアはフィッツを睨む。リディアに気がついたフィッツは申し訳なさそうに謝罪する。
「えぇ、ありますよ……。さっきは、すみませんでした。あなたと戦いたかったから失礼なことを言いました。本当に申し訳ありません」
フィッツは素直にリディアへ謝罪する。フィッツからの謝罪を受けたリディアは一つ助言を送る。
「……お前の攻撃はなかなか鋭く重い。だが、直線的すぎる。実力が離れていれば問題ないが、相手が格上もしくは同格の相手であれば攻撃方法を工夫するべきだ」
助言を受けたフィッツは意外そうな表情で瞬きを繰り返した後、口元に笑みを浮かべる。
「へへ、それはわかってるつもりなんですけどね。性格って奴ですか? 俺は正面から相手を叩きのめしたいんですよ。でも、忠告には感謝します。……俺の師匠が死んで以来、そんなことを言われたのは初めてですよ」
「……そうか。それはすまなかった。嫌なことを思い出させた」
「とんでもない。俺は師匠が殺されたことを忘れたことなんて一度もないです。絶対に仇を討ってみせる!」
会話の流れから重い話になりそうだったところへカイが食事を持ってくる。
「はーい。お待たせしました! どうぞ! 召しあがって下さい!」
「あぁ、頂こう」
「フィッツはどう? 起き上がれる?」
「へっ! 舐めんなよ、カイ。どうってことねぇぜ!」
こうして、カイ、リディア、ルーアに加えフィッツの四人で夕食をとる。
「これは……」
「おっ! 甘い! 何だよこれ?」
「おう! 優しい味だな」
「うん。さっき畑を見てみたんだ。もう荒れ果てていたけど、南瓜が何個か残ってたから煮込んだんだ。……母さんがよく作ってくれた。まぁ、母さんほどじゃないけど食べて下さい」
カイの作った料理を三人は絶賛して食べた。食事を終えると四人は眠りにつく。
全員が寝静まった深夜に起き出す人物がいた……カイだ。
カイは村人が眠る墓前へ来てある報告をする。
「……みんな。俺、守れたよ……。本当は……みんなのことも守ってあげたかった……。でも、それは……できなかった。……ごめん」
少し俯き涙を目に溜めながら言葉を続ける。
「……それでも、俺は強くなったんだ……。これから、この力でみんなのように一生懸命に生きている人を……守りたい人を守っていくよ! だから、みんな見守っていて欲しい!」
「きっと見守っている」
「――ッ!」
突然、声をかけられカイは驚いたが声の主がリディアとわかり安心する。
「師匠……。すみません……。起こしちゃいましたか?」
「いや、たまたまだ」
「……そうですか」
暫しの沈黙の後、リディアが尋ねる。
「……報告のために寄ったのか?」
「はい……。それと、もう一つ。今までの感謝と……こいつを眠らせてやるために……」
話しながらカイは腰に下げていた剣を鞘ごと引き抜くと村人の墓前へ鞘ごと大地に突き刺す。
「置いていくのか?」
「はい。こいつは今まで俺を守ってくれました。……でも、俺が未熟なせいで刃はボロボロになって、もういつ折れてもおかしくない状態にしてしまった。……なら完全に折れる前に、みんなと一緒に休んでもらおうと思いました……」
「そうか……君らしいな……」
少しだけ目を閉じる。一呼吸置くとカイは静かに語り出す。
「ありがとう。今まで俺を守ってくれて。村長さんのところから勝手に持ってきて勝手に使ってた。今さらかもしれないけど、村長さんと……本当の持ち主と休んでくれ」
自分を今まで守ってくれた剣に感謝を伝え終え、カイとリディアも眠りについた。
翌朝の空は雲一つない快晴、風も穏やかに吹き、旅立つにはもってこいの日よりだ。フィッツの目的もサイラスなので道中一緒に行くことになる。準備を整えた四人はリック村を後にする。
カイは背後を――リック村を眺め心に誓う。
(また、来るから……。だから、それまで……さようなら。母さん、父さん、アイ、みんな……)
◇◇◇◇◇◇
場所は変わり、ハーピーツーリーにある神樹シーラの頂き
(ふーむ。何じゃろう? 元々はこれが日常であったのじゃが、なんとも刺激のない暇な日々じゃのう。……いかん、いかん。
退屈を感じているフウの元へ一人の
「女王様。神樹シーラよりマナピーチを採ってきました。よろしければお持ちいたしますが?」
「うむ。持ってくるのじゃ」
「はい。畏まりました」
命令を受けた
「ぬふふふ。マナピーチの匂いは、いつ嗅いでもいい匂いじゃのうー」
フウは目を閉じて近づいてくるマナピーチの匂いに感激している。しかし、いつまで経っても
マナピーチの匂いも消えていること……。
更に、あらゆる音も消えていることに……。
「……これは、まさか?」
「そうだ。ここは先程までいた場所ではない」
「――ッ!?」
突然の声にフウは身構えるが聞こえてきた声の主には覚えがあった。姿は見えないがフウは構わずに声を張り上げる。
「そうか! 魔法による空間隔離か!」
「そうだ。
「ふん。仰仰しいことをしおって! それよりも姿を見せんか! ユダ!」
フウの呼びかけへ答えるように、何もない空間から『
「……ふん。久しぶりじゃな……」
「そうだな。しかし、私が知っている貴様の姿は子供の姿ではなかったがな」
「これは雷竜ボルクに――」
「あぁ、説明は不要だ。情報は私の元へ上がっている。……だから、私の提案を受け入れていれば良かったのだ。下らん意地を張るからそうなる」
「下らん意地とは言うてくれるのう」
「そうではないか? 雷竜ボルク如き、私が滅ぼすと提案しただろう? だが、貴様はその提案を拒否した。その結果、多くの同胞たる
呆れたようなユダの言葉にフウは唇を突き出して反論する。
「何が提案じゃ! その代わりにお前らは我らを配下に置こうとしていたではないか!」
「当然だ。助けてやるのだからな。報酬をもらうのは当たり前だろう?」
「……貴様も知っておるじゃろうが、我ら
「そうは言うが、貴様らはボルクに支配されていたではないか?」
「あれは支配ではない。奴の要求に従っていただけじゃ。じゃが、貴様らの場合は自由を束縛してくる。生きる自由だけでなく……。死という選択すらも束縛するじゃろう……。それだけは受け入れられんのじゃ!」
「まぁ、いい。
ユダからの『謝罪』という言葉にフウは怪訝な表情となる。
「謝罪じゃと?」
「あぁ、そうだ。先日のブラスト・デーモンの騒動。襲われた
フウはユダの言葉で全てが理解できた。突如としてライネス山へ何者かが出現するという異常な事態、悪魔の襲撃、全ては魔王配下の者が起こしたことだと。
「なるほどのう。どおりで、ありえんほどの魔力による魔法や悪魔が襲撃したわけじゃ……」
「あぁ、すまなかった。貴様との密約を破る形になってしまった。だから、少し譲歩をしてやってもいいぞ? 今の密約条件は確か『ハーピーツーリーへの不可侵、ハーピーツーリーに所属する
「……あぁ、そうじゃ。その代わりに妾はお前達のやっていることを誰にもしゃべらんし、邪魔もせん……」
密約の内容を話すフウに対してユダは鼻で笑う。ユダがとる行為の意味を理解したフウは悔しげな表情になる。
「全く。……皮肉な話だな? 全てを知っているのに誰にも口外できないとはなぁ。まぁ、今さらなのか? この密約は、どれほど昔から続いているのだ? うん?」
「くっ!」
挑発にも似たユダからの投げかけに対してフウは何も言い返すこともできずに、ただ悔しげに歯ぎしりをする。表情を歪ませるフウに気がついたユダは自分の過ちを反省する。
「すまなかった。私は謝罪をしに来たのだった。……話の続きだが、密約に一つサービスをしてやる。今後、一度だけだが雷竜ボルクのような者がライネス山へと来た場合は我々が対処してやる。勿論、今回の謝罪なのだから貴様等を配下へ加えることはしないと誓おう。……とは言っても、そろそろアレが始まる。始まってしまえば貴様等の相手をしている時間などなくなる。それに――まぁ、これ以上は説明するまでもないか……。では、そういうことだ」
全てを伝え終えるとユダはフウを背にして去ろうとする。そこへフウが待ったをかける。
「待つのじゃ! ユダ!」
フウの声に反応したユダは軽く首を傾げ再びフウの方へ身体を向ける。
「何だ? 他に用があるのか?」
「……貴様に聞きたい。今回の勇者は誰なのじゃ?」
フウは聞くべきではないと思っていたが、聞かずにはいられなかった。フウの脳裏にリディアとカイ……二人の顔が浮かんでいたからだ。質問を受けたユダは心底意外という表情で目を軽く見開く。
「珍しいな。傍観者でしかない貴様が、……それを気にするのか?」
「いいから答えんか!」
「答えてやりたいのは山々だが、まだ確定していない。……だが、貴様がそういうのであれば目星はついているのだろう?」
「……だとしたら、どうだというのじゃ……」
ユダは口元に笑みを浮かべると逆にフウへ質問する。
「なーに、興味があっただけだ。それで? その者に真実を話したのか?」
ユダの質問にフウは何も答えることができない。しかし、フウの態度でユダは確信する『何も話していないと』まさに沈黙こそが答えだ。
「やはりな。そうであれば何の問題もない。我々の協力関係は継続だ。では――」
「待てと言うておる!」
立ち去ろうとするユダをフウは再度呼び止める。その行動にユダは少し不快な表情を見せる。
「……何だ? いい加減にしろ。私は貴様に、いつまでも付き合っているほど暇ではない」
「……お主は妾を恨んでおるのじゃろう……?」
「恨む? 私が貴様を?」
「そうじゃ……。それは甘んじて受ける。……だが、かつてのお主は――」
「黙れ!」
ユダは自らの剣を抜くと刃をフウの心臓へ向ける。明確な脅し――いや、フウがこれ以上ユダの機嫌を損ねれば確実な死が待っていた。
「言ったはずだ。あのことを口にするなと! 死にたいのか貴様は?」
ユダの殺意むき出し脅迫を受けてもフウは自信に満ちた表情を崩さない。
「ふん。無駄じゃ。妾とて伊達に長く生きておらん。
「……チッ!」
「そうだな。確かに、この空間内で貴様を殺すことはできない。だが! ここから出た後で貴様やハーピーツーリーにいる
ユダは怒りの感情を露わにしてフウへ忠告する。しかし、フウは怯むことなく宣言する。
「……お主はそんなことをせん。妾の知っているお主は……」
「……ふぅー。もういい。言いたいことがあるなら言え。今回に限り許してやる……」
ユダは諦めたように、フウへ向けていた殺意を消し剣を鞘へ収める。剣が鞘へと収まるとフウは自分の想いを伝える。
「お主は許せんのじゃろう? 百年前に妾が犯した過ちを……。かつての勇者へ真実を伝えなかった妾を? だから、お主は――」
「勘違いをするな」
フウの話は途中だがユダは口を挟んだ。
「確かに、お前がかつて真実をあいつへ伝えなかったことは、お前のミスだ。……だが、それを恨んでなどいない」
ユダの言葉にフウは目を見開く。自分の予想が外れていたことに驚くフウだがユダは話を続ける。
「私が――いや、俺が恨んでいるのは貴様ではなく。あいつ……。かつての勇者レオ・ブレインだ!」
「なっ!? しかし、あの者は――」
「俺があいつを信じたからだ! 俺があいつを○○○○と信じ! この世界に安定と平和を与える者と信じたことが全ての過ちだ!」
普段の感情を押し殺しているユダとは違い感情を――しかも、怒りと恨みの感情を爆発させる。ユダは感情を止めることができなくなり、押し殺していた感情を爆発させるかの如く話を続ける。
「そのせいで俺はレイブンを傷つけ! かつての友を魔王様に殺されることになった! あいつが全ての元凶だ! あいつが失敗をしたおかげでどれだけの悲劇が……」
ユダは憎々しげに表情を歪ませていたがフウは悲しげな表情で口を開く。
「じゃ、じゃが、レオは魔王を――」
「やめろ! 真実を知っている貴様が! 知らんとは言わさんぞ! あいつは失敗した! 何が魔王と相打ちだ! 全てはこちらが情報操作して人間共へ思い込ませたにすぎん! あのときから魔王は生き続けているだろうが!」
周囲は水を打ったような静寂が全てを支配する。聞こえるのは感情を爆発させたユダの荒い息遣いだけだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。……く、くくくくく。だから、俺は貴様を恨んでなどいない……。恨んでいるのは、あの男だけ勇者レオ・ブレインだけだ……」
フウは何とも言えない表情になるが、一つだけ伝えようと口を開く。
「……ユダよ。……レオは精一杯やってくれたと信じておるよ……。確かに、レオは失敗したのかもしれん。じゃが、それでも百年の平和を勝ち取ったではないか……? 全てをレオのせいにしてしまうのは、あまりにも酷じゃろう?」
「……確かにな……。だが、それは一般論だ! 勇者には当てはまらん。それに奴は自分を勇者と信じていた。だから、あいつの罪は重く俺はあいつをいつまでも許せんのだ! もう、この世にいない男のことだろうがな!」
ユダは全てを語り尽くす。少し経つと冷静さを取り戻したユダは、最後にフウへ忠告する。
「……貴様のやっていることは正しいよ。魔王様に逆らうなど、ただの命知らずか馬鹿だ。そんな愚かなことをすれば、俺の様に大切な者を傷つけ失うことになるだけだ……」
語ることはないとユダはフウの元から去る。だが、去り際にフウはユダへ質問をぶつける。
「じゃが! お主はもう! ○○○○を探してはおらんのか!」
フウの言葉を聞いたユダは最後に振り向き口を動かす。しかし――
「女王様? 急に立ち上がって、どうされたのですか?」
「なっ!?」
フウは辺りを見回すが、そこは現実の世界だ。フウの前には、不思議そうに首を傾げる
(……ユダよ。お主は本当にそれでよいのか……?)
世界の真実を知る者達の会話は人知れず秘密裏に行われていた。
やがて世界を大きく揺るがすことになる真実を……
まだ誰も知らない……
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