第25話 修行! 修行! 修行!

 修行二日目の朝


 カイは目を覚ますと周囲を見渡す。食事は片付けられカイが前日に汚したものは片付けられている。部屋には誰もいないが片付けをした人物をカイは知っている。


(プリム……。面倒ばかりかけちゃったな……)


 プリムへ申し訳ないという気持ちと感謝の気持ちを胸に秘めて修業の準備を始めたる。すると部屋をノックする音と同時に声が聞こえてくる。


「カイ様ー! 起きていますかー? お迎えにあがりましたー!」


 声を聞いてプリムと理解できたカイはすぐに返事をする。


「うん。起きてるよ。部屋に入って来ていいよ」

「い、いえ……。それは、リディア様のご許可がなければいけませんので……。私は外でお待ちしています」


(師匠の許可? ……あぁ、そういえば師匠が鳥人間ハーピー達に言ってくれたんだっけ? 勝手に俺の部屋には入るなって。でも、変なことさえしなければ問題はないんだけどなぁ。……いや、止めておこう。また、変に鳥人間ハーピー達の間で揉ても面倒だし……)


 色々と思案したカイだが、現状維持が一番だと結論付ける。


「わかった。準備してるからもう少し待って」

「はーい!」


 プリムを部屋の外で待たせながらカイは準備を急ぐ。しかし、準備を進めているとあることに気がつく。


(ん? 今、一瞬……)


 違和感を感じたカイが足の指に力を入れてみる。力を入れた瞬間、激痛には至らないが鈍い痛みが走る。


(――ッ! ……師匠の言ってた通りだ。まだ、俺はあの移動に耐えられるだけの身体になってないんだ……)


 一抹の不安を抱きながらも準備を終えたカイは部屋から出る。カイの姿を確認すると部屋の外にいたプリムは満面の笑顔で挨拶をしてくる。


「おはようございます! カイ様!」

「うん。おはよう。プリム」


 カイの全身を観察したプリムは少し声のトーンを落とす。


「あのー、体調はどうでしょうか? カイ様……」

「うん? ……あぁ、大丈夫だよ。それよりも昨日は迷惑をかけちゃってごめんね」

「いいえ。それよりも体調が戻ったのでしたら良かったです! では、行きましょう!」


 カイはプリムに抱えられて食堂へ移動する。食堂で朝食をとり終えると全員が一度ハーピーツーリーの広場へ集まると修行場所へ移動する。


 程なくしてカイ達四人は修業場所へ到着する。前日と同じで周囲は鳥人間ハーピーの一団が護衛している。カイは寒さと息苦しさを感じながらも、昨日よりは身体が慣れていることを実感する。……とはいえ、まだ寒さや息苦しさに完全に対応はできていない。準備を進めているカイへリディアが声をかける。


「では、カイ。まずはウォーミングアップから始めろ」

「はい!」


 いざ修業開始と気合いを入れるカイ。だが、カイの動きを見ていたリディアの視線が鋭く光る。


「待て! カイ!」

「えっ? 何ですか? 師匠」


 呼び止められた理由がわからないカイに対してリディアは無言で近づくと……徐に足を踏みつける。


「つぅっ!」

「どうした? 私は確かに君の足を踏んだが、体重も乗せていなければ力もほとんど入れてはいないぞ?」

「そ、その……」

「ふぅ。全く見せてみろ」

「は、はい……」


 カイは誤魔化すのは無理と判断して素直に従う。リディアはカイの足指、脚全体の筋肉、関節を触診する。


「ふむ。骨に異常はないな。だが、筋肉と関節には損傷ダメージが残っているか……。まぁ、通常の修行をするなら特に問題はないだろう」


 「問題はない」というリディアの言葉にカイは安堵する。しかし、一方でリディアはカイを軽く睨み注意する。


「だが、カイ。なぜ、修行の前に言わなかった? 君も違和感には気づいていたはずだ。いや、恐らくだが多少の痛みもあったはずだ」

「は、はい……。すみません……」


 的を得た指摘にカイは俯き謝罪する。対するリディアは少し呆れた様子で嘆息する。


「全く……。君は本当に強情だな。今度からはちゃんと言うように! わかったな?」

「は、はい!」


 トラブルもあったが、カイは走り込み、筋力トレーニング、剣の素振りを黙々とこなしていく。普段であれば汗をかく程度だがライネス山の頂上付近ということもありすぐに息切れを起こし疲労がカイを襲う。思っていた以上に負荷が強く午前中はウォーミングアップで終了する。


(はぁ、はぁ、……初めて師匠と修行してた時と似てるな……。あのときも最初はすぐに息切れしてたっけ。……もう、懐かしいって思えるんだ……)


 初めての修業を思い起こたカイが呼吸を整えていると、面倒そうな表情をしたルーアが頭を掻きながら忠告をする。


「おい。オメー、何したんだよ?」

「うん? 何って……何が?」


 質問の意味がわからないカイは首を傾げ聞き返す。理解していないカイを見たルーアは、これみよがしに『やれやれ』という態度をとる。


「オメーは……。気づいてないのかよ? プリムのだよ。あいつ……機嫌が悪いっていうか、なんか落ち込んでるぞ。……多分だけどオメーのことでな」

「えっ?」


 突然の指摘に驚くカイだが、視線を周囲に走らせるとプリムを探す。しかし、周辺にプリムはいない。するとルーアが指し示す。


「あいつなら向こうだよ。何をしたのかは知らねぇーけど、ちゃんと謝るんだな」


 ルーアの捨て台詞を耳に残しながらカイはプリムの元へ急ぐ。


(もしかして、昨日のことかな……? プリムには本当に悪いことをしたな……)


 移動した先でカイはプリムを見つける。少し高い岩の上でプリムは両手の羽で膝を抱えるように座っている。見るからに落ち込んでいる様子のプリムにどうやって声をかけようかカイが迷っていると不意にプリムと目が合う。


「カイ様……」

「プリム……。その、何かあった……?」

「……別に何もないです」


 「何もない」と否定するプリムの顔はまるで拗ねている子供のようだ。明らかにおかしいプリムを見たカイはすぐに謝罪をする。


「ごめん! きっと、俺が迷惑をかけたせいだよね? 本当にごめん!」

「……違います」


 謝罪するカイを否定したプリムは岩から飛び降りる。カイの元へ緩やかに飛んでいくプリムの瞳には涙が溜まり悲しげな表情となる。


「私は……私は……、カイ様に嘘をつかれたのが悲しいんです!」

「えっ?」

「私、聞いたのに……、カイ様の体調が心配で……、ちゃんと聞いたのに……、カイ様……。大丈夫だって……言ったのに……。でも、……本当はカイ様……。無理なされてた……。痛いのに我慢していた……」


 プリムは涙を流しながらカイへ抗議をする。その姿はプリムが言うように怒っていると言うよりは悲しみに満ちている。正直に訴えるプリムの姿を見たカイは理解する。なぜ、プリムが怒っているのか、悲しんでいるのかを……。


 そう、プリムはカイが嘘をついたことを責めているわけではなく。カイの嘘を見抜けずにいた自分のことが許せずにいた。自身の過ちを痛感したカイは、意を決してプリムへ嘘偽りのない気持ちを伝える。


「プリム……。ごめんね。今さら言っても許されないとは思うけど……。でも、俺が嘘をついたのは、プリムを信じていないとか、プリムをないがしろにしたかったわけじゃないんだ。……これは俺の我儘なんだよ……」

「カイ様の……我儘?」

「そうだ……。本当は頼らなきゃいけない……。自分で抱え込んじゃ駄目だって、頭ではわかっているつもりだけど……。それでも早く強くならないといけないって……自分勝手な理屈で周りを……プリムのことを巻き込んじゃったんだ……。だから、今回のことはプリムには何の責任もない。だから、そんな顔をしないで欲しい……。俺を怒るならいいけど、……プリムは優しいから。きっと自分を責めているんだろう?」


 自らの過ちでプリムを傷つけたと感じたカイは謝罪を繰り返す。全てを理解することはプリムにはできないが、カイの懸命さはりかいすることができた。そのためプリムは軽く頭を振るといつもの笑顔を見せる。


「正直言いまして……。カイ様が仰っていることは難しくてよくわかりません。……でも、カイ様が私のことを大切に思ってくれているのはわかります! それが、私はすごく嬉しいです! だから、今回のことはもう気にしません。……あっ! そのかわり! 今度からは本当のことを仰って下さいね! だって、私はカイ様のお付きなんですから!」


 気持ちを新たにしたプリムの言葉を受けたカイは大きく頷く。


「うん! プリムにもう嘘はつかないよ。約束する。それから、今朝のことは本当にごめん!」

「いいえ。もう気にしないで下さい」


 こうして、カイとプリムのわだかまりは解消され二人の関係も進展する。そう、プリムに初めての感情を生み出すきっかけになる。


 午後になりカイの新しい修業が開始される。


「では、高速移動の修行になるわけだが。カイ」

「はい!」

「前日に言った通り、今日は移動自体の練習はさせない。だが、そのかわり移動を行うための身体を鍛える訓練をする」


 リディアの言葉にカイは身構え緊張する。力の入るカイへリディアは指示を出す。


「まずは昨日と同じで両足の指で大地を掴んでみろ。ただし、移動は絶対にするな」

「はい!」


 リディアに言われた通りカイは両足の指で大地を掴んだ姿勢で立つ。


「よし。では、私が指示するまでそのままの姿勢でいろ」

「えっ? あ、は、はい!」


 カイはリディアの指示に従い姿勢を保持した状態で微動だにせずにいる。しかし、一分も経たないうちに限界を感じ両脚が震え出す。


(こ、これは、昨日も感じたけど相当きつい……。まだ動いた方が楽なんじゃないか?)


 ――三分経過


 カイは姿勢を保持し続けていたが、もう余裕は全くない。


(……ま、まだ……? もう、これ以上は……)


 ――五分経過


 カイはなんとか姿勢を保持して耐えるが両脚の震えが全身へ移行してしまい身体が小刻みに揺れ始めついには限界を超えてしまう。


(……も、もう、駄目だ!)


「がぁ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 限界を迎えたカイは四つん這いになり肩で荒い呼吸をしていた。疲労困憊のカイにリディアが近づいていく。


「なるほど、六分と二十秒か。初めてにしてはよくやったと言いたいが……。今後、実戦で高速移動を使用するつもりなら最低でも三十分はあの姿勢を保持して、尚且つ動けるようになる必要がある。すぐには無理だろうが目標は常に頭へ入れておけ!」

「は、はい……」


 終了後、カイはプリムから『自然回復ヒーリング』を受けて休息する。


 休憩が終わると昨日の続きである今回の修行一番の難関……リディアとの対人戦闘を行う。緊張した面持ちのカイとは対照的にリディアはいつも通り涼しい表情でいる。


「前日に言った通りだ。殺す気でこい!」

「えぇ、そのつもりです!」


 カイとリディアはお互いに剣を構える。カイは昨日の失敗を反省して戦闘開始と同時にリディアから距離をとり周囲にある岩石の影へ姿を隠す。


(まともに戦っても師匠には勝てない。だったら隠れながら戦って不意打ちをかけるしか――)


 相手の虚を衝く作戦を行うため、カイが岩陰からリディアを窺おうとする。しかし、視線の先にリディアの姿はない。


 疑問を感じた次の瞬間……カイは気絶した。


 カイが意識を取り戻すとまたプリムに『自然回復ヒーリング』を受けていた。状況が飲み込めていないカイは意識が戻っても呆然としている。


「あ、あれ……?」

「あ、カイ様。お疲れさまでした」

「えっ? お、俺……。負けたの?」 

「えーっと、……はい。リディア様が、カイ様の後ろから後頭部へ一撃を入れてカイ様は気絶されました……」

「そ、そっか……」


(いつの間に? 全然わからなかった……)


 何もわからず負けたことにカイがショックを受けているとリディアが近づいてくる。


「起きたな、カイ」

「あっ、師匠……」

「君が負けた理由を説明しよう」

「は、はい。お願いします!」

「よし。君が負けた理由は単純に選択ミスだ。恐らく昨日まともに戦おうとして負けたから、私の隙をつこうと考えたのだろうが……。あの方法では不可能だ」


(えっ? な、何で?)


 説明されても理解できないカイは困惑する。するとリディアが懇切丁寧に説明を続ける。


「君と私の間にある実力の差は剣の腕だけではない。まず、君は岩陰に隠れたが……。その後はどうするつもりだったんだ? 岩陰に隠れて私の不意をつけると考えたのか? 残念だが、その方法を行いたいなら気配を完全に消す修行を完了させねば無理だ。君は岩陰に隠れたつもりだろうが、私は君の気配が手に取るようにわかっていた。だから、姿自体は見えなかったが君のいる位置は把握していた。つまり、あの方法で不意を打つなら君が気配を完全に消さなければ全く意味のないことだ。長くなったが理解したか? カイ」


 自分の敗因を心に刻みながらカイは次にリディアとの戦闘を想定して色々と思案する。一方でリディアは身体能力だけでなく思考も成長していくカイを見て嬉しくなる。


 修行三日目


 午前中の修行をこなしたカイは午後の修行に向けて準備をしていた。今日は高速移動の練習を行うため、カイは自分の両脚を入念に動かしながら異常がないかを確認する。


 高速移動を行うため足の指に力を入れると大地を足の指で掴む。準備を終えるとカイは颯爽と大地を駆ける。駆け抜ける速度はまさに神速――リディアの移動速度と同じだ。周囲で見ていたルーアとプリムは感嘆の声をあげる。しかし、リディアだけは真剣な眼差しでカイの高速移動を見守る。


(よし! きついけど、なんとか移動できてる。このまま――)


 順調に高速移動を行えていると考えていた矢先、突如として視界が反転してカイは頭から岩石にぶつかる――その直前にリディアがカイを抱きとめる。


「よし、今日はここまでだ」

「し、師匠? あ、ありがとうございます……。で、でも、まだ行けますよ! 今のは足を滑らせただけです!」

「そうか? では、立ってみろ」

「はい。――があぁぁぁ!」


 カイは普通に立とうとしたが、激痛が走りすぐに膝をつき四つん這いの姿勢になる。苦悶の表情を浮かべながら自分の両脚へ視線を移す。


「な、何で……? さっきまで……、全然……」


 突然の激痛に意味がわからず困惑するカイだが、リディアは当然という表情で様子を見つめている。


「そうだろうな。移動している間は気付かないが一度止まると、どれだけ足の指や脚全体に負担をかけていたかを実感できるだろう? 移動の途中で転んだのは君の油断ではない。君の意識よりも先に身体が限界を迎えたのだ。まぁ、修行中は私が見守るから問題はないが、実戦で使う時のために普段からどの程度まで君の身体がこの移動に耐えられるかは常に意識しておくように」

「は、はい!」


 高速移動の修業後、カイはいつものようにプリムから『自然回復ヒーリング』を受ける。『自然回復ヒーリング』後はリディアとの対人戦闘へ移る。


 二人は剣を構え動かずに睨み合う。カイはリディアへ向っていき腕を狙って剣撃を入れる。当然のようにリディアは攻撃を弾くがカイは勢いを殺さずに突き進む。すると、リディアと鍔迫つばぜり合いの状態になる。


(よし。ここまでは作戦通り! あとは、ここから体重で押し込んでよろめいたところに一撃を……。えっ!? う、動かない……)


 そう、カイの作戦には決定的な欠陥があった。確かにカイは修行を積み常人以上の力を身につけている。また、リディアは女性であることを考慮して力で押し切ろうとする。しかし、カイは失念しているリディアは女性だが、類をみない程の怪力だということを……。


 何とか押し込もうとしていると、リディアが逆に力を込めてカイを吹き飛ばす。後方へ飛ばされたカイの態勢がよろめいた瞬間にリディアが一撃を加える。攻撃を受けたカイは敢え無く気絶する。


 修行後、リディアから一言。


「説明するまでもないが、私は君よりも力がある。だから、あの作戦を行うなら私以上の力をつけることだ」


 リディアから指摘され、カイの男としての尊厳がまた一つ失われた。


 修行四日目


 いつも通り午前の修行を終える。昨日の高速移動による影響が残っているため、本日は脚全体の筋力強化を行う。前回は六分二十秒の姿勢保持が限界だったが、今回は約十分間の姿勢保持に成功する。しかし、修業後は疲労と脚の酷使により、いつものようにプリムから『自然回復ヒーリング』を受ける。


 一日の締めとなるリディアとの対人戦闘。


 今回のカイは戦闘開始直後から連続で攻撃を続ける。避けられようが受け止められようが、お構いなしに攻撃を繰り返すことでリディアの隙を探そうと試みる。しかし、攻撃は悉く受け流され逆に姿勢を崩されリディアの一撃を受けカイは気絶する。


 リディアからのアドバイス。


「手数で攻めるという発想は悪くない。しかし、それだけではあまり意味がない。今後は手数で攻めた後に、どうするかも考えるように」


 修行五日目


 いつも通りに午前の修行を終え、午後より高速移動の修行を行う。


(よし。前回は自分の限界がわからなくて、危うく岩にぶつかりそうになった。だから、今日は自分の限界を確認しよう)


 前回リディアから注意された点を考慮して、カイは自分の限界を探ることを第一に考え修行を行う。


 修行を続けることで高速移動自体はスムーズに行えるようになっている。ルーア、プリムはカイの移動に感嘆の表情を浮かべているが、リディアは前回と変わらず注視している。高速移動の負荷により、カイの脚は徐々に限界が近づく。


(……そろそろか? よし。一旦……止まる!)


 限界だと判断したカイは高速移動を止めて停止する。だが、停止した瞬間に両脚へ激痛が走る。


「ぐっ! がぁっ! な、何で……?」


(ま、まだ、遅かったってことか……?)


 苦悶の表情浮かべ苦痛による悲鳴を上げたカイを心配してプリムがすぐにカイの元へ駆けつけ『自然回復ヒーリング』をかける。


「カイ様。今、魔法で回復させますから!」

「あ、ありがとう。プリム」


 苦痛に顔を歪ませているカイの元へリディアもゆっくりと近づく。


「それでいい。よくやった」

「えっ?」


 リディアの言葉にカイは驚く。驚愕するカイにリディアが微笑みながら補足する。


「君は自分の限界を考えて動き自分の力で止まった。これは君が高速移動をコントロールした証だ」

「で、でも、また限界を超えていたみたいですけど……」

「それは違う。君は限界を超えてはいない。まぁ、限界の少し手前というところか?」

「限界の少し手前……ですか?」

「あぁ。もし限界を超えていれば、前回のときのように止まることができず転倒していた。しかし、今回の君は自分の力で停止した。その脚の痛みは限界を超えた痛みではなく。単純に高速移動の負荷による痛みだ。更に練習と肉体強化が進めば押さえられていく」


 リディアの説明にカイは一筋の光明が見えた気がした。ゴールはまだ遥か先だが、少しでも前進することができたと確信する。そのため、カイは自分でも気づかずに笑顔になる。カイの確かな成長を感じたリディアも喜び微笑む。


 リディアとの対人戦闘。


 今回のカイは最初から全力でリディアへ攻撃すると決めていた。自分にできる渾身の攻撃をするため、戦闘開始直後に上空へ飛び上がる。降下する勢いをつけてリディアへ剣撃を叩きこむ。だが、そこにリディアの姿はなく……。リディアは、何事もなかったかの様に攻撃直後で無防備となっているカイの背後から一撃を加える。まともに攻撃を受けたカイは気絶する。


 リディアからの注意。


「やりたいことはわからなくもないが……少し無謀すぎる。特に君と私では実力差があるのだ。避けられることを考えるべきだ。せめて攻撃が失敗したときには、すぐにその場から離れることを心掛けるように!」


 修行六日目


 午前の修行を終え午後になると下半身の強化と姿勢保持を行う。当初よりも修業をスムーズに行えるようになる。姿勢保持の時間は前回と同じ十分程度だが、全体的な疲労度が減少してきている。


 最後はリディアとの対人戦闘。


 カイとリディアの二人が剣を構える。戦いが始まるとカイは即座に距離をとる。距離をとるカイに追いすがるようにリディアは距離を縮めるため前進する。しかし、リディアが前進すると同時にカイが突如として前進する。カイはリディアの動きを予想するかの様に行動する。一方で距離感を狂わされたリディアはすぐに停止する。すると、カイは地面を斬りつけ砂埃を発生させ視界を遮る。だが、リディアはカイの気配を読み位置を把握する。


(甘いな、カイ。右だ!)


 リディアの予想通りカイは右から姿を現うと剣撃を撃ち込む。予想通りとばかりにリディアは攻撃を受け止める。同時にカイの剣を上へ弾き反撃しようとする。しかし、リディアには違和感があった。


(何だ? いつもよりも剣撃が軽すぎる気がする……)


 剣撃の違和感に気がついたリディアだが、すでに時遅くカイは次の一手に移っている。カイは


 そう、右からの剣撃は片手によるものだ。そのため、いつもよりも軽い剣撃となっていた。では、なぜ両手を使用しなかったのか……。それは――リディアの裏をかくためだ!


火炎フレイム


 カイが空いている左手からリディアへ向かい『火炎フレイム』を放つ。完全にリディアの意表をついた。普通なら避けられない攻撃――だったが、リディアは向かってくる『火炎フレイム』を拳に魔力を集中させて殴りつけ霧散させる。拳で霧散されるなどと予測していなかったカイは驚きのあまり動きが一瞬停止する。その隙が命取りとなりカイはリディアの一撃を受けて気絶する。


 プリムからの『自然回復ヒーリング』を受けている途中にカイは意識を取り戻す。目を覚ますと同時に敗北したことを察する。


(また、負けたのか……。くそ! まだ考えが甘かった。まさか、火炎フレイムをあんな方法で防ぐなんて……)


 カイが反省をしているとリディアが近づき称賛を送る。


「見事だ。今までの戦闘で今回が一番惜しかった。私も予想していない見事な攻撃だ」

「あ、ありがとうございます。師匠。でも、まだまだです……」

「そう悲観するな。言っている通り今日の戦い方は良かった。だが、駄目だった点を言わせてもらうなら。予想外のことが起きた時に動きを止めたことだ」

「あっ……」

「何も考えずに停止してしまえば無防備になってしまう。例え予想外の行動をとられてもできることをやるべきだ。あの場合なら距離をとり避ける防御に徹する。まぁ、他にもあるが……。とにかく何か対処をするべきだ。カイ。相手も同じだ。何をしてくるかはわからない。だが、その中であらゆることに対応するよう心掛けている。そして、それを可能にするのは経験だ。だから、一つ一つ学んでいけばいい。それが、きっと君の力になる」


 リディアの言葉でカイは気づく。これまでの敗北全てが無駄ではなく自身の血肉となる大切な経験であることに……。


 誰もまだ気づいていない……。


 この気づきが今後のカイを急激に成長させるきっかけになることを……。


 まだ、誰も知らない……。


「は、はい! 師匠! 次も頑張ります!」

「よし。その意気だ。……おっと、一つだけ言い忘れていた。剣撃からの火炎フレイムの手段は良かったが、今後は魔法の使用を禁止とする」

「えっ! ど、どうしてですか?」

「まぁ、普段の戦闘では使ってもいいが……。今回の修行は剣闘士大会を目的とした修行だ。剣闘士大会では攻撃魔法で相手を攻撃するのは禁止だろう? 牽制で使うのは反則ではないが、万が一にも相手へ当たればそこで試合は君の負けになる。だから、使うなら他の魔法……。そうだな、目くらましなら『照明イルミライト』など……。攻撃魔法以外なら許可する」

「あっ! そ、そうか……。わかりました。忠告、ありがとうございます。師匠」


 修行七日目


 今日は修行の疲れを蓄積させないために休息日となる。自室内にいたカイは身体にどこか問題や異常がないかを確認していた。


(……よし。疲労は残っているけど痛みや違和感はないな。これなら特に問題はない! 今日は明日に向けて作戦を考えるのと、イメージトレーニング。それと、しっかり休もう!)


 ◇


 ハーピーツーリーの頂きにある鳥人間ハーピー女王クイーンが鎮座する社に鳥人間ハーピー女王クイーンであるフウがいる。フウが座している前に深紅の鎧を身につけた金髪の女性――リディアがいる。


「それで、リディア殿。カイ殿の調子はどうじゃ? 修行は順調に進んでおるのか?」

「そうだな……。私の予定をかなり裏切っている」

「およ? 上手くいってないのか?」


 心配するフウの言葉に対してリディアは笑顔で首を横に振る。


「そうではない。カイは私の想像以上に成長している。身贔屓みびいきと言われるかもしれないが、カイは本当によくやっている。私は師として誇らしいと思えるほどに……」

「ほぅ。リディア殿がそこまで言うとは……。リディア殿が選んだことだけはあるということかのう」

「それは違う。私はカイを選んでいない。カイが私を選んでくれた。……それに、正直なことを言えば私はカイに剣の才能があるとは思っていなかった」

「何と? そうであったのか? では、なぜカイ殿に剣を教えようと思ったのじゃ?」


 フウの疑問にリディアは軽く宙を見ると一瞬だけ遠い目をする。


「私がカイに剣を教えようと思ったのは、……私が変わらねばならないと感じたからだ」

「変わる?」

「あぁ……。私は昔から大抵のことができてしまった。それが普通だと思っていた。だが、実際はそうではなかった。周囲の人達は、私を羨望と畏怖を込めた瞳で見ていた。私はそんな周囲の気持ちが理解できずに孤独だった……。それはどこに行っても変わらなかったが、カイだけは違った……。カイは私を正面から見てくれた。そして、私を優しい人間だと言ってくれた……。だから……、なんだろうな。カイに剣を教えることにしたのは……。私は人にものを教えるということをしたことがなかった。だから、どうすればいいのかわからなかった。ふふふ。おかしなことに最初の修行はカイと一緒に考えたんだ……。今では懐かしい。カイはあのときよりも確実に強くなった……」


 カイのことを語っているリディアは静かな口調であったが、フウにはとても満ち足りた表情に見えた。


「なるほどのう。カイ殿はリディア殿の本質を見抜いておったのかも知れんのう。ところで、リディア殿から見てカイ殿が一番優れておる部分は一体なんじゃ?」


 質問を受けたリディアだが返答せずに沈黙する。一方で質問をしたフウが不思議に感じる。


「何じゃ? そんなに難しい質問ではないじゃろう?」

「そうだが……」


(カイの一番優れている部分か……。努力家な部分、心の強さ、素直な剣筋、――だが、カイのもっとも優れている部分は、そういったところではないな)


「正直……、言葉で上手く説明はできないが……。カイの優れている部分は――純粋なところだ」

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