第24話 魔導の支配者

 師であるリディアの気持ちを理解したカイは、全身全霊を込めた決意と勇気で想いに応える。敬愛する師であり、大切な家族であるリディアへ本気で攻撃をすることを決意する。


「あなたを、倒します!」


 カイの覚悟を受け取ったリディアは険しい表情を崩さず無言で距離をとる。ある程度の離れると振り向き剣を構える。


(……いいぞ。カイ。まだ、殺意とはいかないまでも私を倒すという気迫は十分に伝わった。……だが、手は抜かんぞ!)


 カイとリディアが剣を構える。お互い動かずに時間だけが経過する。睨み合う状況にしびれを切らしたカイがリディアへ近づこうと足を動かそうとした。……その時、リディアはカイの眼前まで一瞬で移動してきた。


「――ッ!」


 突然のことに驚いたカイは焦った様子で後方へと飛び退く。しかし、リディアは後方へ飛んだカイを一瞬で追い抜くと無防備となった後頭部へ一撃を加える。攻撃を受けたカイの意識は闇へ沈む。


 ◇


「――ッ! 痛って!」


 カイが目を覚ますと後頭部に鋭い痛みが走る。後頭部を押さえながら起き上がると状況を確認するため周囲を見渡していると声が掛けられる。


「あー! カイ様が目を覚ましましたー!」

「おっ! やっとかよ! 大丈夫か? カイ」


 目覚めたカイの元へプリムとルーアが駆け寄る。


「……あれ? 俺って?」

「何だよ? 覚えてねぇーのか? お前はリディアの野郎にコテンパンにされたんだよ」

「心配しましたー! 本当に目を覚まさないのではないかとー!」

「テメーは大袈裟なんだよ! カイの野郎がそう簡単にくたばるかっての!」

「でも、リディア様の一撃ですよ? ドラゴンスレイヤーであるリディア様の一撃……。思い出しても寒気がします……」


 二人の会話を聞いて、カイは自分の置かれている状況が理解する。対人訓練でリディアと戦い自分は敗北したのだと。カイが自分の敗北を思い返しているとある人物がいないことに気がつく。


「あれ? そういえば師匠は?」

「あん? リディアか? 何か、あっちの方で休むってよ」

「そういえば、カイ様が目を覚ましたら呼んで欲しいって言っていました。私、呼んできますねー!」

「あっ! 待って! プリム」

「何ですか? カイ様」

「俺が行くよ。ちょっと師匠に用事もあるし」

「えっ? でも、カイ様……。お身体は大丈夫なんですか?」

「うん。まぁ、まだ後頭部が少し痛いけど問題ないよ。心配してくれてありがとう。プリム」

「いいえー!」


 後頭部に痛みを感じながらも、カイはしっかりとした足取りでリディアの元へ急ぐ。


 少し移動すると小高い丘のような場所へ出る。その中で一際高い岩山の上にリディアが腰を掛けている。特に何をするでもなく一人空を眺めるリディアへカイは声を掛ける。


「師匠。すみません。遅くなりました。もう大丈夫です! 続きをお願いします!」


 声を掛けられたリディアは視線をカイへ移すがすぐに上空へと視線を戻す。リディアの行動からカイは不安に襲われる。


(師匠……。きっと怒ってるんだろうな。師匠があれだけ俺のために色々と考えてくれたのに……。俺はたったの一撃で気を失って……。……だから、師匠に伝えなきゃ!)


「師匠! すみません!」


 カイは心を込めてリディアへ頭を下げ謝罪する。


「せっかく師匠が俺のために考えてくれた修行なのに、すぐに気絶してしまいました。でも、次はもっと頑張りますからどうか許して下さい!」


 一心不乱に謝罪するカイの元へリディアがゆっくり近づいてくる。すると、リディアは頭を下げているカイの後頭部を優しく撫でる。


「えっ?」


 カイが驚いて頭を上げようとするよりも先にリディアが口を開く。


「カイ……。私の方こそすまなかった。君は優しい人間だ。本来なら、そんな君のままでいて欲しい。人に殺意を向けるようなことはして欲しくない。……だが、私はあのとき怖かったんだ……」


(あのとき……?)


「君が串刺しにされ、血塗れになり、動かなくなった姿を見た時、本当に怖かった。……君が死んでしまうのではと……、その恐怖が今も忘れられない……」


(あのときって、俺が死にかけた……?)


「だから、君に強くなって欲しかった。誰にも負けないような強さを与えたかった。……だが、そのために私は君をひどく傷つけてしまった。本当にすまない。……だから、もし君が私に対して怒っているなら、この修行は止めてもいいと思っている」


(師匠……)


 そう、リディアは怒っていたわけではなく後悔していた。自らの想いを先行させた結果、カイへ過度な負担をかけているのではないかと……。リディアの想いを聞いたカイは頭を下げた状態で素直な想いを伝える。


「……師匠。前にも言いましたけど、俺は師匠に感謝しかないんです。師匠はいつも俺のために時間を割いてくれる。俺のために悩んでくれる。俺のために怒ってくれる。……だから、俺はそんな師匠の想いに答えたいんです。……強くなります! 絶対に強くなります! 師匠に悲しい思いをさせないように、誰よりも強くなってみせます!」


 カイの想いを受けたリディアは何も言葉を発しない。しかし、そのとき晴れているはずの空から雨の雫が落ちる。雫が止むまでカイとリディアは黙って佇む……。


 ◇


 しばらく時間が経過して、カイとリディアはルーアとプリムの元へ戻る。


 気持ちを新たにして修業を再開する。


「よーし! では、行きます!」

「うん? あぁ、カイ。私との戦いなら今日はもう終わりだ」

「えっ?」


 突然の終了宣言にカイは目を丸くする。困惑するカイへリディアが補足説明をする。


「本来なら対人戦闘は一日の修行を通した最後にやるつもりだったんだが……。今日は初日だし君の状態を早く確認したかったから順番を変えた。そして、対人戦闘は君が立てなくなるか、気絶するまで行うが一度終了したら戦闘は終了とする」

「ど、どうしてですか?」

「君への負担が大きいからだ。修行にきているのに身体を壊したのでは話にならないからな」

「そうですけど……」


 カイの不満を感じたリディアは安心しろと言わんばかりの表情で重要なことを告げる。


「大丈夫。そんな君に私のとっておきの一つを教えてやる」

「えっ? 師匠のとっておき?」

「あぁ、今の君になら教えても問題はないだろう。それは私の高速移動方法だ」

「――ッ!」


 意外な発表にカイは驚愕する。カイは旅の中で何度もリディアの消えるような移動を目にしていた。カイからすれば神速と言って過言のない動きで、理解の範疇を超えるものだ。その移動方法を教われることに驚きと感激の両方の感情が入り混じる。


「い、いいんですか! 俺なんかに、そんな……」

「何を言っているんだ? カイ。私の移動方法を弟子である君以外の誰に教える必要がある? 私は君だからこそ教えるんだ」

「あ、ありがとうございます!」


 自分を認めてくれるリディアの言葉にカイは嬉しくなり自然と笑顔になる。一方のリディアも嬉しそうなカイを見て笑顔を覗かせる。


「さてと。では、行くぞ」

「えっ?」


 何の説明をもなくリディアが動いた瞬間に姿が掻き消える。余りにも突然のことにカイは思わず声を漏らす。呆然とするカイの真後ろへリディアは一瞬で移動していた。


「どうだ? わかったか?」

「い、いえ。気がついたら師匠の気配が後ろに移動していました……」

「そうか。では、ゆっくりと教えてやろう」


 話もそこそこにリディアはカイの返事を待たず両足を触り指示をする。


「ふむ。問題はないな……。では、まずは足先……。そうだな、指先のみに力を入れろ」

「足の指だけ……」


 詳しくは説明されないがカイはリディアに言われた通り足の指だけに力を入れる。


「よし。そのまま指先の力だけで立ってみろ」

「えっ? は、はい」


 言われた通りにカイが足の指で立つとリディアから注意を受ける。


「そうじゃない。それは、つま先立ちだ。そうではなく。足の指で大地を掴むように立つイメージだ」

「足の指で大地を掴む?」


 その方法は想像を遥かに超えて足の指……いや、脚全体へ負担をかける。ただ立っているだけで自然と身体が小刻みに震えるほどだ。だが、カイは震えそうになる両脚を抑え込み立ち続ける。


「よし。そうだ。これまでの訓練や戦いで君の身体能力は想像以上に上がっているようだ」

「くっ! は、はい……」


 カイは姿勢を維持しているだけで足がこむら返りを起こしそうなにる。そのため、返事をするのも一苦労な状態だ。余裕のないカイの状態を察しながらもリディアは最後の指示を出す。


「では、その状態で前方へ移動してみろ。当然だが移動時にも指先の力以外は使うなよ?」

「わ、わかりました。――えっ!」


 カイは返事と同時に前へ歩を進める。次の瞬間……近くにいたリディアが消えてカイは盛大に転倒してしまう。勢いがつき過ぎて転倒して、しばらく止まらずにカイは転げる。だが、転がった……いや、移動したカイを見たルーアとプリムは驚きの声を上げる。


「か、カイ? いつの間に……」

「す、すごいです! 今の動きってリディア様と同じ……」

「えっ? えっ? い、今、俺、……一瞬でここまで?」


 前方へ数歩だけ移動するつもりのカイだが、実際は数メートル先まで一瞬で移動していた。思いがけない速度にカイはバランスを崩して転倒してしまう。カイは何度も先程までの場所と自分がいる場所を見返す。困惑するカイをリディアが称賛する。


「おめでとう。カイ。それが私の高速移動方法だ。初めてだからよくわからないと思うがコントロールするには、まだまだ修行が必要だな。だが、移動することはできたな」

「は、はい。でも、こんな簡単に――がぁ!」


 カイが立ち上がろうと力を入れると脚全体に痺れるような痛みが走る。


「こ、これって……」

「高速移動の反動だな」

「は、反動?」

「そうだ。君は今、『簡単に』と言いかけていたが、この移動は簡単にはできない。まず、足の指に尋常でない力を入れる必要がある。そして、移動後に止まろうとするときには脚全体の筋力でブレーキをかけなければならない。十分に身体を鍛えていなければ、君のように一度の移動で立つこともできなくなる」


 痛みの走る脚へカイは視線を向ける。見た目に変化はないが少しでも脚や足の指を動かそうとすると鋭い痛みが走る。リディアの言葉の意味を実感しながらも鞭を入れるよう無理矢理に立ち上がろうとする。するとリディアが待ったをかける。


「無理をするな。カイ。慣れないうちに無理をすると筋肉が断裂してしまうぞ?」

「そ、そうなんですか。でも、練習しないと……」

「焦らなくていい。というより、今日はもう高速移動は禁止だ。いや、修行自体も終了だ」

「えっ! そ、そんな……」


 終了宣言にカイはショックを隠せなず落ち込んだ様な表情になるが、対照的にリディアは笑顔を見せる。


「そんな顔をするな。カイ。最初から高速移動を一度でも行えば、君は動けなくなると思っていた」

「そ、そうだったんですか?」

「あぁ。さっきも言ったように、この移動はとても身体へ負担をかける。だから、初めて行えば今のような状態になると予想はついた。そういう考えもあって、今日だけは対人戦闘を先にしたんだ」


 丁寧なリディアの説明を聞き終えたカイは理解したとばかりに大きく頷く。


(確かに……。この移動方法のあとで師匠と戦えと言われても、きっと何もできなかった。いや、立つことも難しいんだから勝負にならなかった)


「理解したようだな」

「は、はい。じゃあ、明日また頑張ります!」

「あぁ。だが、明日の高速移動は禁止だ」

「えっ! でも、練習しないといつまでもうまくできませんよ」

「わかっている。だが、完全に筋力が回復してない状態で練習をしても足が壊れるだけだ。慣れていけば連日での修行も考えるが……。しばらくは間隔を空けながらの練習が効率的だろう」

「わ、わかりました……」

「よし。では、プリム。お前の出番だ。カイに自然回復ヒーリングをかけてやってくれ」


 突然指名されたプリムは驚いてすぐに行動に移せなかったが、意味を理解するとカイの元へ駆け寄り治療を行う。


「は、はい! 今、行きまーす!」


自然回復ヒーリング:対象者の自己回復能力を一時的に高める魔法。治癒魔法キュアとは違い。対象者の自己回復能力に依存してしまう。しかし、自己回復なので、筋力の超回復も有効である。


 プリムから自然回復ヒーリングによる治療を受けるカイを見ていたルーアがリディアへ質問する。


「おい。何でオメーが魔法で回復させないんだよ?」

「私は治癒魔法キュアなどの純粋な回復魔法しか使えない。通常の回復魔法で回復させてしまうと魔力で無理やり回復させるため、筋力などの超回復は無効になり筋力や筋繊維なども以前の状態へ回復させてしまうから修行の意味がなくなってしまう。カイには今よりも強い身体になってもらう必要があるからな」

「ふーん。面倒なんだなぁ」

「まぁ。今、プリムの魔法を見て覚えたから明日なら私も手伝えるが……。今回はなるべく修行に専念させてもらおう」

「へっ! オメーも気合が入ってんだなー!」

「当然だ! カイのためだからな」


 リディアとルーアが話している間も、プリムはカイに自然回復ヒーリングを続ける。自然回復ヒーリングの魔法を受けているカイは表現できない不思議な感覚を覚える。まるで何かが身体を駆け巡るような奇妙な感覚を……。


(この感覚って……。そうだ……。あの感覚に似てる……)


「カイ様? 大丈夫ですか?」

「うん? あぁ、おかげ様でさっきよりもかなり楽になってきたよ」

「そうですか? 良かったですー!」


 こうして、一日目の修行は終了する。プリムの自然回復ヒーリングでカイの体力はある程度まで回復した。しかし、寒冷、酸素不足、リディアとの戦闘、高速移動などによる度重なる負荷によってカイは自力で移動することも困難なほど疲労してしまう。そのため、ハーピーツーリーまでプリムがカイを運ぶ形になる。カイは申し訳ない気持で一杯だったが、プリムはカイの役に立てることを喜んでいた。


 ハーピーツーリーへ到着するとカイはすぐに自室へ連れられ休むことになる。疲労が強いため食事は後でプリムが運ぶことになる。また、お世話係としてカイの状態も観察するように指示を受ける。重大な仕事を任されたプリムだが、緊張などは全くなく内心では歓喜する。


(ふっふーん! リディア様の許可もあるしー。堂々とカイ様のお部屋へ行けるわー! どうしよう! 食事を手伝っている最中に突然カイ様から求められたりしたらー!)


 プリムは自分の都合の良い妄想をしながらカイの部屋へ向かう。部屋の前へ到着すると元気な声で挨拶をする。


「カイ様ー! お食事を持ってきましたー! 入りますねー!」


 プリムは声をかけるとカイの返事を待たず部屋へ入るが人の気配を感じないことに違和感を覚える。部屋の中は薄暗く静けさに包まれていた。誰もいないのかと疑問に感じたプリムは首を傾げるが理由はすぐに判明する。カイはベッド上で死んだように眠っていた。


(そっかー、カイ様。疲れて寝ちゃったんだ……。でも、お食事をとらないと体力も回復しないし。仕方ない。添い寝をしたい欲望を押さえてカイ様を起こさなきゃあ!)


「カイ様ー! カイ様ー! お食事をお持ちしましたよー! 起きて下さーい!」

「う、うぅん……」


 プリムが声をかけ続けるとカイがゆっくり目を開ける。


「あー、カイ様! 目を覚ましましたね!」

「プリム……?」

「はい。お食事を持ってきましたー!」

「あっ……。そうか。俺、眠ってたのか……」

「はい。起こしてしまうのは忍びなかったんですが、お食事をとらないと体力の回復にも影響すると思いまして」


 プリムが申し訳なさそうな表情をしながら説明しているとカイは感謝を伝える。


「いや、ありがとう。プリム。じゃあ、食事をもらうよ……」

「はい。いっぱい食べて下さいね!」

「……うん」

「いろいろと持ってきました。これなんか油がのって美味しいんですよ! でも、私もぴちぴちでおいしいで――。あれ? カイ様? 顔色がすぐれないような……」

「……ごめん! プリム!」


 謝罪したカイは急いで近くの空き箱の中に嘔吐する。カイの身体は限界を超えた疲労で悲鳴を上げていた。修行中はリディアへ心配をかけたくないため無理をしていたが、いつまでも身体を騙すことはできず食事を前にして身体が拒否反応を起こしてしまう。突然のことに驚いたプリムは両腕の羽をばたつかせて慌てふためく。


「か、カイ様! だ、大丈夫ですか? や、やっぱり……。まだ、お身体が……。す、すぐにリディア様を呼んできます!」


 急いで外へ出ようとするプリムだが部屋の外へ出ることは叶わない。なぜなら、カイがプリムの足を掴んで制止をさせているからだ。


「か、カイ様? どうしたんですか? 離して下さい」

「ご、ごめん。……でも、プリム。師匠には伝えないで……」

「えっ! で、ですが。カイ様の体調が――」

「これは、一時的な疲労だから……。だ、大丈夫。だから、師匠には言わないで欲しい……」


 本来ならカイが何と言おうと、お付きを任されたプリムはリディアへ報告する義務がある。しかし、カイの真剣な視線に射られてプリムは動くことができず立ち尽くす。プリムにも理由はわからなかったが、何故か伝えてはいけない気がしてならなかった。そのため、プリムは複雑な表情を浮かべながら部屋に留まる。


「わ、わかりました。ですが、私はどうすれば……」

「ごめんね。プリムを困らせちゃって……」

「いえ! それは、いいのですが。カイ様の状態では、お食事をとるのは無理ですよね? どうしましょう……」

「プリム……。昨日、俺が食べたマナピーチって貴重なの?」

「えっ? マナピーチですか? いいえ。あれは神樹シーラに多く実っていますので、特に貴重ということはないです」

「じゃあ、悪いんだけどマナピーチを何個か持ってきて欲しい……。あれぐらいなら、何とか食べられると思うんだ」


 カイからの要望を聞いたプリムはすぐに動く。


「お任せ下さい! すぐに採ってきまーす!」


 言うが早くプリムは文字通り飛んでカイの部屋から飛び出ていく。すると、僅か数分でプリムは多くのマナピーチを持って戻ってくる。


「どうぞ! カイ様! なるべく美味しそうなものを選んできました!」

「ありがとう。プリム」

「いえいえ!」


 カイは気怠そうに身体を起こすとマナピーチを貪るように食べ始める。飲み込む途中でまた吐きそうな衝動に襲われるが我慢して飲み込んでいく。ある程度のマナピーチを食べ終えるとカイは倒れ込むようにベッドへ横になる。疲労困憊なカイの姿をプリムは心配そうな表情で見つめる。


「か、カイ様……。本当に大丈夫なんですか?」

「……正直に言えば、相当きついよ……。でも、弱音は吐けないんだ」

「そ、それは、……どうしてなんですか?」


 カイが頑なに我慢を通す理由が理解ができないプリムは困惑した表情を浮かべる。


(カイ様……。本当に辛そう。何で無理をするのかしら? リディア様に怒られるから? それとも弱音を見せるのが恥ずかしいから?)


「……約束したから……」

「えっ……?」


 質問に答えると言うより、カイはすでに半分眠りへ誘われて意識を手放しかけている。無意識にカイは自分の原点を語る。


「強くなるって……。強くなって守ってみせるって……。誰よりも強くなって……守りたい人を……守れる……強さを……」


 最後まで語ることなくカイは眠りにつく。プリムはカイが頑張っている理由を明確には理解できていない。しかし、不鮮明ながら理解し始める。


(カイ様は……、リディア様が怖いわけでも、恥ずかしいわけでもないんだ。ただ、ゆずれないものがあるんだ。……でも、それは一体何なの?)


 ◇◇◇◇◇◇


 ハーピーツーリーより、遥か南に位置するある場所で事件が起きようとしていた。


 その場所はボルガノン地帯と呼ばれ、大地の至る所から溶岩が噴き出る火山地帯。灼熱の大地が広がる土地故に生息する魔物の多くは炎に強いもしくは炎に耐性のある存在ばかりだ。火鳥ファイヤーバード砂漠デザートスコーピオン砂蚯蚓サンドワーム蜥蜴鳥バジリスクなど様々な魔物が存在する。しかし、それらの魔物とは比較にならない強者がボルガノン地帯には存在する。その強者こそがボルガノン地帯を支配する最強の生物――ドラゴン。


 かつてライネス山を支配していた雷竜ボルクと同じ存在だ。異なる点はボルガノン地帯にいるドラゴンは雷竜ではなく炎竜ということだ。


 ボルガノン地帯の中心に存在する火山地帯……ある洞窟の中に炎竜はいる。炎竜は周囲から吹き上がる溶岩を踏み荒らし我が物顔で闊歩する。その光景は見る者を圧巻させる王者の風格を備えていた。最強の生物であるドラゴンがボルガノン地帯には……


 そう、ボルガノン地帯には四体のドラゴンが存在している。吹き上がる溶岩が大地を煮え滾らせる中、大気を震わせる様な声が周囲へ響く。


 ドラゴン同士の会話だ。


「おい。……聞いたか?」

「何をだ?」

「少し前だが、ボルクが死んだそうだ」

「何? あのボルクが。どのドラゴンに敗れた?」

「いや、噂が真実ならボルクを倒したのは……ドラゴンではなく人間らしい」


『人間がドラゴンを倒した』


 信じがたい話しを耳にして、その場にいたほとんどのドラゴンは疑念を抱く。しかし、四体の中で一番年を重ねているドラゴンが興味深げな表情を浮かべ意見を述べる。


「まぁ、信じられん話ではあるが……ありえん話ではないな……」

「ブレイブ。何か知っているのか?」


 ブレイブと呼ばれる炎竜は残り三体の若いドラゴンを一通り見渡す。


「人間の中には勇者と呼ばれる戦士が出現することがある。その戦士はドラゴンをも倒しドラゴンスレイヤーの称号を得たこともあるとな……」

「ドラゴンスレイヤー……」


 ドラゴンスレイヤーという言葉に、ブレイブ以外のドラゴンは不愉快そうに表情を歪ませる。理由は単純に面白くないからだ。若い三体はドラゴンこそが最強の存在であると自負している。若いドラゴン達の雰囲気に気づいたブレイブが釘を指す。


「落ち着け……。確かに我らドラゴンは強い。この地上において最強の生物の一つであろう。だが、驕るでない。先程も言った勇者という存在を始め、我らドラゴンを倒す者は存在する。大事なのは、その事実を認識することだ。自分こそが最強などと自惚れていると、本来は勝てるはずの相手にも負けることがある」

 

 ブレイブの忠告を聞いた三体のドラゴンは一様に頷き理解を示す。すると、あるドラゴンが思いついたように提案をする。


「ならば、ドラゴンを倒したという人間へ会いに行かんか?」

「何だと? どういうことだ?」

「ボルクを倒したというのが事実か確認をしにいくのよ。そこまで距離があるわけでもないしな。……どうだ?」


 ブレイブを含めた残りのドラゴン達が顔を見合わせると相談を始める。話し合いの結果、全員一致で賛成となる。


「よし。行ってみるか。このところ暇であったしな」

「そうだな。それに、ここにも飽きてきた。場合によっては住処を変えるのも良いと思うが……」

「だが、ボルクの住んでいた場所はライネス山だろう? あそこは活火山ではなかったぞ?」

「そこはブレイブ。あなたにお願いする。あなたの魔法なら可能だろう?」

「……ふむ。住みよいところであれば考えよう」

「よし。では、さっそく――」

「待て!」


 若いドラゴン達が翼を広げ飛び立とうとした瞬間。ブレイブが大声を出して制止させる。三体のドラゴンは疑問を投げかけようとするが、あることに気がつく何かが近づいて来ていることに……。


「……何だ?」

「油断するな。異様な気配が――」

「グギャーーーーーーーーーーー!」


 ドラゴン達が警戒している最中にある者が断末魔の叫びを上げながら吹き飛んできた。吹き飛んできた者は上位火精霊サラマンダーと呼ばれる精霊だ。上位火精霊サラマンダーは、勢いよく壁に激突して消滅する。


上位火精霊サラマンダー:蜥蜴のような上半身だが、下半身は蛇のように尾しかない。全身が炎の化身のため炎による攻撃は意味をなさない。逆に冷気や水に弱い。


「なっ!?」

「誰だ!」

「ここを我ら炎竜の住処と知ってのことか!」

 

 ドラゴン達は上位火精霊サラマンダーが飛んできた方向へ敵意を露わにする。ドラゴン達の怒声が響く中、ゆっくりと近づいてくる者がいる。それは……。


「ごめんなさい。上位火精霊サラマンダーに用はなかったのよ。でも、ここへ入ろうとしたら邪魔をするから……。面倒だから殺したわ。……あれって、あなた達が召喚したの?」


 闇の中から堂々とした足取りで人影が現れる。漆黒のローブと特徴的なピエロのような仮面を付けた魔術師――レイブン。


 レイブンを見たドラゴン達は目を見開き烈火の如き怒りをぶつける。


「何だ貴様は! 人間か!」

「……いいえ。人間ではないわ」


 レイブンは素っ気なく返答するが詳しく説明する気はなく淡々とした様子で進み続ける。自らの領域テリトリーへ土足で踏み入るレイブンに対して若いドラゴン達は敵意を露わにして周囲を取り囲み始める。一方で四方を取り囲まれているレイブンは気にすることなく周囲にいるドラゴンを値踏みするように眺める。


「一、二、三、四体……。ふーん。予想より数がいて良かったわ。これなら今日で面倒な作業も終わりね」


 独り言のようなレイブンの呟きに若いドラゴン達は気分を更に害すが、ブレイブだけは嫌な予感が身体を覆い始めることに気づく。しかし、若い三体のドラゴンはレイブンの異様さに気がつかずに、どのように殺すかとしか考えていない。浅はかな仲間を見たブレイブは念のため他のドラゴンへ『通信テレパス』で指示を出す。


通信テレパス:魔力により、直接相手の心に話しかける魔法。相手の魔力を感知することができるなら例えどんなに距離が開こうが話すことができる。また、実力のある魔術師なら範囲を決めて不特定多数の相手へ同時に声を送ることも可能だ。


≪落ち着け。我がその侵入者と話をする。それまでは手を出すな。……だが、いつでも攻撃できるよう準備だけはしておけ≫


≪わかった≫


 『通信テレパス』を終了させるとブレイブは巨体を動かしレイブンへ近づく。レイブンを見降ろしブレイブは威厳を持って名乗りを上げる。


「我はブレイブ! この地を総べるドラゴンの長を務める者! 問おう! 汝は何者だ!」


 ブレイブの名乗りを聞いたがレイブンからは敬う様子や恐怖する様子もない。だが、興味深そうにブレイブを眺めるレイブンの様子は見て取れた。そのことに気づいた若いドラゴン達は「無礼な奴」と内心で更に怒りを溜めこむ。しかし、ブレイブは相手の異様さから更に警戒を強める。


(この者は何者だ? 我が召喚した上位火精霊サラマンダーを容易に倒しただけではなく。我を含むドラゴン四体を前にして恐怖も驚きも見せないとは……)


「あなたから強い魔力を感じる……。もしかして、あなたが上位火精霊サラマンダーを召喚したの?」


 レイブンからの質問を聞いたブレイブは戸惑う。こちらから質問をしているにも関わらず逆に質問で返されたからだ。本来なら無視をするか攻撃を行うところだが、相手の情報を少しでも入手するべきと判断する。


(ふむ。事を荒立てる前に会話をするべきか……)


「……そうだ。あの上位火精霊サラマンダーを召喚したのは我だ。だが、そんなことを問うためにわざわざ来たわけではあるまい? そちらの問いに答えたのだから、こちらの問いにも答えよ!」

「……別にいいわよ。それで? 名前が知りたいの? 目的じゃなくて?」

「いや、目的を教えてもらえるのであれば目的を聞こう」

「そう。わかったわ。私がここへ来た目的は――」


 レイブンが目的を話すと言って語り出す。だが、語り出すと言ってもすぐに終了する。なぜなら、レイブンがボルガノン地帯へ来た目的は全く複雑な話でもなく。これからレイブンが発するある言葉を聞けば、誰が聞いても瞬時に理解できるからだ。


 レイブンの目的……


 それは……


「――


 レイブンの言葉を聞いた瞬間にブレイブを含めた四体のドラゴンは瞬時に動く。全員が一斉に炎のブレスをレイブンへ吐き出す。ドラゴン四体による炎のブレスが周囲を灼熱地獄のような光景へ変化させる。あまりの高熱により岩石は溶解して溶岩へ変質する。普通に考えれば、この炎の中で生き残れる者はいない。例え同族のドラゴンでも炎を無効化でもしない限り瀕死の損傷ダメージを負うほどの炎だ。勝利を確信したドラゴン達は口々にレイブンを罵る。


「ふん! 愚かな人間が! 思い知ったか!」

「全くだ! 調子に乗りおってからに!」

「だが、奴は人間ではないと言っていたぞ?」

「どうでもいい! もう終わった」

「……そうだな。流石にこの炎では……。うん?」


 レイブンの死を確信していたブレイブだが、炎の中に何者かが存在していることに気が付き声を荒げる。


「待て! まだ終わっていないぞ!」

「何を言って――」


 若いドラゴンが何かを言いかけた瞬間にレイブンを包んでいた炎が霧散する。すると、霧散した炎がある者の手の中に収束していく。ある者とは、ドラゴン全員が見つめる――レイブンだ。


「ふーん。それなりの炎みたいね」


 レイブンは自分の手の中に収束させたドラゴン達の炎を見ながら平然と呟く。自分達のブレスをいとも容易く防いだレイブンの化け物じみた強さに若いドラゴン達はようやく気がつく。一方でブレイブは結論を出す。


(これは……、不味い! ……逃げるべきだな……)


 レイブンには勝てないと認めるブレイブだが、誇り高いドラゴンが逃走するのか……。いや、迷わず逃走する。確かにドラゴンは最強を自負して自尊心も高い。しかし、命の危険があれば余計なプライドは即座に捨てる。強者であると同時に命の大切さも理解しているのがドラゴンだ。だからこそドラゴンは長く生きながらえることができているともいえる。一部にいる人間のような『逃げるくらいなら潔く死を選ぼう』『誇りのために死のう』という感情は理解できないし、全く持ち合わせてはいない。


 逃走方法を模索するブレイブだが時すでに遅く……。レイブンが手の中に収めていた炎を一瞬で消失させると宣言する。


「……じゃあ、始めるわね?」


 戦闘開始の発言を聞いたブレイブは叫ぶ。


「全員! 逃げろ!」


 ブレイブの声に反応したドラゴン達は一斉に翼を広げて飛び立とうとするが……。


「遅い」


 レイブンは短く呟くとすぐに魔法を放つ。


永遠エターナル氷結フリージング


 魔法が放たれると周囲は白に包まれる。


永遠エターナル氷結フリージング』:名前が冠するとおり、対象者を永遠の氷に閉ざしてしまう。上級魔法。


 レイブンの魔法が放たれると周囲のドラゴンだけではなく。ボルガノン地帯全体が氷結する。溶岩地帯を氷結地帯へ一瞬で姿を変えてしまう。この中では誰も生きられない……。しかし、辛うじて生きている者がいた。その生き残った者をレイブンは興味深げに眺める。


「へぇー。すごいわね。私の魔法に抵抗レジストするなんて。……でも、力不足みたいね?」

「ぐっ!」


 辛うじてレイブンの魔法に抵抗しているのはブレイブだ。他のドラゴン達は抵抗できずに凍結するが、ブレイブはレイブンの魔法に何とか頭部だけは氷結せずに耐える。しかし、徐々に身体から氷結が広がり完全凍結まで時間の問題だ。


「惜しいわね。あなた……私が師事していればきっとドラゴンで最強の魔術師になれたと思うわ。……でも、ここまでね。さようなら」

「ま、待て! き、貴様は何者だ……」


 ブレイブは死を覚悟していたが、せめて自分を倒した者の名を心へ刻むため叫ぶ。対するレイブンは特に感情を出さず淡々と語る。


「……まぁ、いいわ。私は。……じゃあ、おやすみなさい」


 レイブンからの別れの言葉を最後にブレイブの意識は闇へ堕ちる。


「……さてと、もういいわよ。出てきて、トリニティ」


 レイブンの呼びかけに応じるように近づいてくる者がいる。漆黒の兜、深紅の外套マント、六本の剣を携えた不死者アンデッド不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティだ。


「流石、流石、流石、ドラゴンの群れをたった一人で滅ぼすとは! まさに、これ――」

「うるさい! 口上はいいから早くやることをやって! 私は時間の無駄が嫌い」


 意気揚々と語っていたトリニティだが、苛々としたレイブンの言葉を受け押し黙る。無言のトリニティは六本の腕全てを上げながら高らかに叫ぶ。


リビングきるデッド


 トリニティの言葉に呼応して大地から赤紫色の煙が立ち込めるとドラゴン達を包み込んだ。すると、凍結していたドラゴン達は偽りの生命を得ると氷を破壊する。そう、炎竜からドラゴンゾンビとなって……。


「ぐぎゃー!」


ドラゴンゾンビ:かつてドラゴンだった者が偽りの生命を得て動き出す。生前のような知能はなく魔法なども使うことはできない。しかし、凶暴性が格段に跳ね上がり口からは猛毒と腐食性のブレスを吐くことができる。


 ドラゴンゾンビを見ながらレイブンはトリニティの能力について考える。

 

(『リビングきるデッド』……。相変わらずふざけた能力ね)


 トリニティの使用している『リビングきるデッド』とは、魔法ではなく特殊能力だ。死体さえあれば、一度に何十、何百でも不死者アンデッドを生み出すことが可能な便利な能力だ。しかし、重大な欠点もあった。それは、生み出される不死者アンデッドの力は素材となる死体に大きく影響されること。つまり、強い者の死体からはより強い不死者アンデッドが生まれるが、弱い者からは骸骨スケルトンのような最下級の不死者アンデッドしか生まれない。そのため、この能力を効果的に使用するには強者の死体を探すか強者を倒さなければならない。


(ふん。これも全部ユダのせい。私にこんな面倒なことをさせるなんて。……全く、帰ったら死ぬほど愚痴ってやるんだから覚悟していなさいよ。……でも、流石にドラゴンゾンビが四体も手に入ったんだから戦力としては十分でしょう。……うん?)


 作業は終了したと結論付けるレイブンがあることに気がつく。一体のドラゴンが不死者アンデッドに変化せず煙の中で蠢いていた。予想外のことにレイブンは身構える。


「これは、……何? トリニティ。説明して」

「さて? さて? さて? 我もこのような状態は見たことがない」

「ちっ! ……役立たず!」


 レイブンはトリニティに悪態をつきながらも、警戒を絶やさず煙の中を注視する。


(まさか。まだ死んでいなかったの? ……いえ、それはない。『永遠エターナル氷結フリージング』は氷結させた瞬間に死を与える魔法。言いかえれば、死んでいなければ氷結されない魔法。……じゃあ、何なの?)


 異様な事態に空気が張り詰めていく。だが、レイブンは煙が徐々に収束して小さくなっていることに気がつく。更に収束した煙の中で異様な魔力の高まりを感知する。ようやく事態を呑み込んだレイブンは仮面の下で笑みを浮かべる。


「あぁ、そういうこと……? ふふふ」

「おや? おや? おや? レイブンはこの意味がわかったのか?」

「えぇ、すぐにわかるから黙って見ていなさい」


 トリニティの使用している『リビングきるデッド』の特性。生前の力が強ければ強い不死者アンデッドが生まれる。つまり、弱ければドラゴンであろうがドラゴンゾンビではなくドラゴンとは全く関係のない不死者アンデッドが生まれる。しかし、逆に強ければドラゴンゾンビ以上の不死者アンデッドへ姿を変える。


 今まさに目の前で起こっているように……。


 収束していた煙が晴れると見たことのない不死者アンデッドが姿を現す。姿は骸骨そのものだが、闇の衣を纏い、異様な魔力を持ち周囲に死をまき散らすような禍々しい存在……。


「これは? これは? これは? どういうことだ?」

「ふふふ。トリニティ。喜びなさい! 最強の不死者アンデッド深淵アビスリーパー』が手に入ったわよ!」

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