第26話 一撃!
修行八日目
ライネス山での修行を開始して一週間が経過する。修業を続けてきたおかげでカイはライネス山の環境にもようやく慣れ始めてきた。修行の当初は寒さと息苦しさでまともに動くこともできなかったが、身体が環境に順応して走り込みや剣の素振りを行ったとしても息苦しさを感じなくなる。
この驚異的ともいえるカイの成長は本人の努力もあったが、プリムによる『
(ずいぶん慣れてきたな。最初の頃は本当にひどかったからな。でも、この調子なら少しは無理ができるかも……)
午前の修行を終えたカイが午後に向けて身体を慣らしていると、プリムが笑顔で近づいてくる。
「カイ様ー。調子はどうですかー!」
「うん? あぁ、プリム。おかげさまでこの通り。いつもプリムが回復とか食事をお世話してくれているおかげだよ。ありがとう」
カイの感謝にプリムは頬を染め照れるが、すぐに頭を横に振り真剣な表情になる。
「そのお言葉は非常に嬉しいんですけど……。カイ様! 無理はなされてないですよね? 以前のようなことは嫌ですよ!」
念を押すプリムの態度を見たカイは少し苦笑する。しかし、過去に自分が犯した失態のせいだと理解しているカイはプリムの頭を優しく撫でる。唐突に撫でられたプリムは頬を赤くする。
「うん。大丈夫。もう嘘はつかないから信じて!」
「は、はい! カイ様! 私はカイ様を信じます! で、ですから……、カイ様! 私を信じて! 今日こそは夜伽をさせて下さい!」
「駄目!」
「あれー?」
夜伽の提案はカイによって即座に一蹴される。拒否される理由がわからないプリムは不思議そうな表情を浮かべて退散する。
高速移動の修行も以前よりは格段にスムーズとなり長距離の移動を行うことも可能になる。カイは自分の限界を感じながら痛みが生じないぎりぎりの範囲で修行を終了させる。
午後の締めとなるリディアとの対人戦闘。
カイとリディアは同時に前に出る。互いに剣撃を打ち合うがカイには余裕がない。だが、リディアには余裕がある。主導権を握っていたリディアは、カイの剣を大きく弾くと決定的な一撃を加えた。……はずだった。しかし、実際はリディアの攻撃は空を切るのみ。そう、攻撃を避けられていた。攻撃を避けたカイはリディアの背後にいる。
リディアの攻撃が直撃する瞬間にカイは高速移動で移動していた。背後をとられたリディアは驚いた様子で距離をとる。しかし、このチャンスを逃さないとばかりにカイは全力で追いすがりリディアへ剣撃を打ち放つ。だが、攻撃が当たる寸前にリディアは身体をよじりながら空中へ軽く飛びカイの背後から一撃を放つ。攻撃を受けたカイは吹き飛ばされ大地へ倒れ伏す。
今日の修行は終了……と、誰もが思っていた。しかし、倒れていたカイはゆっくりと立ち上がる。立ち上がるカイを見ていたリディアは笑みを浮かべる。
(そうか……。私の一撃を受ける直前に自分から飛んだな……。それで威力を多少だが殺したのか。……やるな、カイ)
その後、カイはリディアへ一撃を当てることはできず敗北するが今回の修行で初めて一撃での敗北することなく経過した。
修行後、リディアからの助言。
「成長しているな。高速移動といい。攻撃の受け流しといい。大したものだ。だが、高速移動には注意をしろ。ある程度は扱えるようになっているが油断をするとすぐに動けなくなるからな」
「はい。師匠」
修行二週目に入るとカイの成長は目を見張るものとなる。環境の変化、高速移動の使用、状況判断など全てが以前のカイよりも成長していた。しかし、リディアへ一撃を入れることは難しく二週目を通しても目標達成はできない。
修行十四日目、休息日。
カイは自室で悩んでいた。リディアに一撃を入れる。それで今回の修行は達成するが、その一撃を入れることは生半可なことではない。当初に比べれば、リディアとある程度の勝負ができている。しかし、カイは理解していたリディアがまだ全力を出していないことを……。
(うーん。難しい。師匠の動きは速い。追いつくためには、こっちも高速移動をするしかないけど。それでも追いつくのが精一杯で上手く師匠を追い込めない。……いや。そもそも追い込むと考えるのが間違っているのかな? 今の俺が……。いや。この修行期間中だけで、俺が師匠に追いつくのはあまりにも現実的じゃない……。だったら、師匠の虚を突くしかないんだけど……。それもなぁー……。もう、随分といろんな手段をとったけど上手くいかなかったからなぁー)
カイが頭から煙を出すほどに悩んでいると部屋の扉が叩かれる。
「カイ様ー! 起きていますかー?」
「あれ……? プリム? はーい。今、開けるね」
リディアの言明により
「どうしたの?」
「はい。カイ様。もし、よろしければなんですが……。私がライネス山のご案内を差し上げようと思いまして!」
「案内?」
「はい! カイ様は修行ばかりされていますが、たまには英気を養うことも必要だと思いまして!」
プリムの提案にカイは納得した。
(確かに……。悩んでばかりいても答えは出ないか……。身体の疲労もほとんどないし。……いいかもしれない。それに、ライネス山がどうなっているのか全く知らないんだよなぁ。山を少し登ったらハーピーツーリーに来ちゃったし。その後は、頂上付近の岩石地帯とハーピーツーリーを往復するだけだもんなぁ……)
「そうだね。プリムが良ければ案内してもらってもいいかな?」
「はい! お任せ下さーい!」
プリムは天使のような笑顔で返事をする。だが、プリムにはカイの知らない思惑を画策している。
(やったー! カイ様と二人きり。これって、いわゆるデートってやつよね! このデートでカイ様のハートを鷲掴みにするんだからー!)
腹に一物を抱えながらプリムはカイと連れだってハーピーツーリーを出ようとする。そこへ空中を漂うようにふわふわと移動しているルーアに出くわす。
「あれ……? ルーア?」
「あん? あー、カイとプリムか。……何してんだ?」
「どうも、ルーア様。私達は、これからライネス山へデー……ではなく。カイ様にライネス山をご案内しに行くのです!」
「あっそ。じゃあ、行ってこいや」
「はーい!」
「あっ、プリム。ちょっと待って。おい、ルーア。お前は何してんだよ?」
「あん? 昼寝」
悪びれもせずに平然と答えるルーアの態度にカイは呆れる。自堕落なルーアへカイがある提案をする。
「ルーア。お前も暇なら一緒に来いよ」
「あん? めんど――」
「えぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
ルーアが返事をする前にプリムが大声をあげて驚いてしまう。突然のことにカイとルーアは驚いてプリムを凝視する。一方で、プリムは『しまった』と口を
「あ、あははは……。す、すみません。何でもないんですよ? カイ様、ルーア様。お気になさらず」
「そ、そう……?」
「ははーん。そういうことか……」
カイは理解できていないが、ルーアはプリムの反応で企みに気がづく。すると何かを思いついたように意地の悪い笑みを浮かべる。
「そうだなー。暇だし俺様もついて行ってやるよ!」
「そんな偉そうに言うなよ。本当にお前は……」
「そ、そうですか……。で、では、ルーア様。ついて来て頂けますか……?」
「おう! 邪魔するぜー!」
意地の悪い笑みを浮かべたルーアは無遠慮にカイの頭上へ乗る。その行動を見たプリムは何か言いたそうな表情をするが、敢えて何も言わず無理やりな笑顔を作ると何事もなかったかのように移動を再開する。
カイ、ルーア、プリムの三人はライネス山にある滝、大洞窟、森林地帯など景色の良い場所や人間では立ち入れない場所を見て回る。初めて見る景色や風景にカイは驚愕と感激が入り混じったような声を上げ、その度にプリムへ感謝を伝える。プリムはカイから褒められる度に喜びながら誘惑しようと試みるが、その度にルーアが横から茶々を入れるように邪魔をしてくる。妨害されたプリムは頬を膨らませるが文句を言うことはできないため、新しい場所へ案内することを繰り返す。最後に三人は綺麗な花畑に到着する。
景色一面の花畑を見てカイは感嘆の声を漏らす。
「すごいなぁー。こんな自然の中でみんな生き生きと咲いてる」
「はい! カイ様。ここのお花畑は私も大好きです。……あとー、そのー、私はー、いつもカイ様のために綺麗に咲いて――」
「おーい! カイ。あっち見てみろよ。すっげー! 景色がいいぞー!」
「えっ? あっ! 本当だ!」
プリムがカイへ自分をアピールしようとしたがルーアの妨害に阻まれる。ルーアの声に反応したカイはプリムの傍から離れてしまう。プリムは事あるごとに邪魔ばかりするルーアを睨みつける。非難めいたプリムの視線に気がついたルーアは意地の悪い笑みを浮かべる。
「……ルーア様。邪魔をしてますよね……?」
「邪魔ー? 何を言ってんだ? プリム。俺様はたまたまいい景色を見かけたからカイに教えてやっただけだぜー?」
ルーアのわざとらしい物言いにプリムは拗ねたように頬を膨らませる。拗ねるプリムを見て面白がるルーアだが、少し可哀相に思ったのか、はたまた単にからかうことに飽きたのか……。ルーアは徐に空中へ浮かぶ。
「プリム。いいことを教えてやる。カイの野郎はお前みたいな奴のことは好きなはずだ。……ただ、お前が思う好きとカイが思う好きは少し違うと思うぜ?」
指摘を受けた当のプリムは言葉の意味がわからず聞き返そうとするが、ルーアは言いたいことを言うと背を向ける。
「あれ……? ルーア様。どちらへ行かれるんですか?」
「あん? 飽きたから先に帰る。……まぁ、頑張れや」
ルーアは捨て台詞を残すと一人でハーピーツーリーへ帰って行く。
(ルーア様。行っちゃった……。でも、これはチャンスよ! ここで、カイ様に猛アピールしてやるんだから!)
プリムが
「はぁー。綺麗だった。……あれ? ルーアの奴は?」
「あっ! カイ様。ルーア様は先にお帰りになったようです!」
「そうなんだ――」
カイはルーアがいないことを理解すると真剣な表情と眼差しでプリムを見つめる。
「――じゃあ、プリム。君に伝えたいことがある」
「えっ? か、カイ様……」
(こ、これって……、告白! あぁ、カイ様! やっぱり私のことを!)
プリムはカイから愛の告白をされると勝手に思い込み満面を通り越して至福の表情となる。頬を上気させ瞳もハートマークに変わってしまい天にも昇る気分になる。
「プリム。今日は本当にありがとう」
「……えっ?」
「実は修行の先が見えなくて少し焦ってたんだ……。明日からどうすればいいのかわからずに悩んでもいた。でも、プリムのおかげでリラックスできた。これで明日からの修行もちゃんとこなせると思う。だから、プリム。本当にありがとう!」
「カイ様……」
心からの感謝を受けたプリムは今まで感じたことのない感情が芽生え自然と胸が高鳴る。
(何だろう……。告白じゃなかったけど。すごく嬉しい! カイ様の気持ちがすごく伝わってくる。でも、何だろうこの気持ちは……?)
「プリム? 大丈夫? もしかして、疲れちゃった?」
芽生えた初めての感情に困惑気味のプリムは少し呆然としていたが、カイの言葉で我に返る。プリムは顔を赤らめながら謝罪する。
「あー! す、すみません。カイ様。ボーっとしてしまって大丈夫です! 私は大丈夫ですから!」
「そう? ならいいけど。じゃあ、そろそろ帰ろうか?」
「はい! カイ様!」
こうして、カイとプリムはハーピーツーリーへ帰還する。
因(ちな)みに帰る途中でプリムからまたしてもカイへ懲りない提案がされる。
「じゃあ、カイ様! 今夜こそ夜伽に行きますから待っていて下さいね!」
「駄目!」
「あれー?」
相変わらずなやりとりがあった。
修行十五日目
最早、午前中のウォーミングアップはカイに苦ではなく余裕すらある。修行の成果とカイの成長を感じたとり、今日からは高速移動の修行もカイの判断で適宜やることの許可がリディアから出る。つまり、残る課題はリディアへ一撃を入れるのみとなった。
(あとは師匠との戦いか……)
リディアとの対戦前にカイが集中していると、プリムがいつもの調子でやってくる。
「カイ様ー。体調はどうですか? もしよろしければ『
「うん。ありがとう。じゃあ、少しだけかけてもらえる?」
「はい!」
プリムから『
「そういえば、この魔法を受けているときの感覚ってマナを取り込んだ時の感覚に似てるんだけど。何でだろう?」
「えっ? カイ様。マナを吸収できるんですか?」
「うん。修行してなんとか」
「すごいですね! マナの魔力吸収ができるのは、
「そうなの?」
「はい! とっても難しいってフォルネ様が仰ってました」
(そうなんだ。でも、俺の場合はマナが力を貸してくれてるだけだから、そんなに大したことじゃない気がする……。おっと。それより、この感覚についてだ)
カイは話が脱線していることに気が付き駄目もとで疑問をプリムへぶつけてみる。
「プリム。この魔法はマナが身体に作用しているの?」
「マナが? いえ。マナは魔力の塊ですけど、この魔法では使っていません」
プリムの言葉を聞いて、カイはルーに初めて言われたことを思い出す。
(そうか。プリムはマナに意思があることを知らないんだ。いや、仕方がないか。俺もルーさんに説明されるまでは知らなかった。……説明してあげたいけど、上手く説明できないからここは流すか……)
「そっか。じゃあ、マナは関係ないんだ」
「はい。この魔法で関わっているのは主に精霊です」
「……精霊?」
「はい。この世界を司ると言われている。地、水、風、火の四大元素を司る。四大精霊。そして世界には四大精霊以外にも光、闇など多くの精霊がいると言われています。
「精霊……。もしかして……。ねぇ、プリム。精霊って意思がある?」
「えっ? はい。精霊は通常では目に見えませんが、意思のある存在と女王様がよく仰っています」
プリムの話を聞いたカイはあることを思いつく。すると目を閉じると集中して心の中で語りかける。
(……ねぇ。……もし聞こえたら答えて欲しい。……回復の時に、俺の身体を駆け巡る魔力以外の何かは……。……君達は精霊なの……?)
カイが心で語りかける声に応えるように心の中で声が響く。
(あれ? 僕達がわかるの?)(すごいね! 人間で気がついた人は久しぶりだ!)
(うん、うん)(いや、遅いだろ!)
(何回も駆け巡ったもんね)(鈍感、鈍感)
精霊はカイの語りかけに騒がしく反応する。
そう、カイが感じていた身体を駆け巡っていた何かとは精霊だ。精霊の存在に驚きながらもカイは感謝を伝える。
(やっぱりそうだったんだ。……じゃあ、お礼を言わせて。いつも回復させてくれて、どうもありがとう!)
素直なカイからの感謝に精霊は気を良くする。
(へー、素直!)(関心、関心)
(じゃあ、せっかくだから。君には贈りものをするね!)
最後の言葉に疑問を投げかけようとするが、その前にカイの身体が光に包まれる。突然の発光にカイだけでなくリディア、ルーア、プリムが驚いた表情で光に注目する。光が収まるとリディアはカイへ駆け寄る。
「大丈夫か? カイ」
「は、はい……」
カイ自身も何が起こったのか理解できず驚くことしかできない。だが、何の前触れもない事象のため、リディア、ルーア、プリムも驚愕していた。事態を把握しきれないリディアは周囲に視線を走らせ警戒を強める。
「何があった?」
「いや、ただ精霊にお礼を言ったら贈りものをするって言われて……」
「贈り物……?」
「……はい」
「えっ!? ま、まさか!」
「贈りもの」という言葉に反応して目を見開いたプリムはカイの身体を調べ始める。すると、プリムが確信めいた表情で報告する。
「やっぱり、カイ様……。カイ様は自然魔法のいくつかを習得しています」
「自然魔法……?」
「は、はい。
プリム以上にカイ自身が驚愕する。突如として新しい魔法を覚えたと言われても、状況が理解できずにいる。全員が思い思いに口を開いたり警戒をしたりと収拾がつかなくなるが混乱気味の場に大声が響く。
「あー! うるせえ! もう、いいだろう。カイ! 魔法について今は考える必要ねぇだろう。オメーはこれからリディアと修業だろうが! それから、リディアとプリム! カイが魔法を覚えたのは精霊の仕業なんだろう? だったら、ハーピーツーリーへ帰った時に女王さんにでも聞けば済む話だろうよ。少しは落ち着けってーの!」
ルーアが一気にまくし立てるのを見て少しの間だけ呆然としたカイとプリムだが可笑しくなり笑顔になる。逆にリディアは偉そうな物言いのルーアに腹を立てる。しかし、ルーアのおかげで混乱していた場は落ち着きを取り戻す。
話し合いの結果。カイに異常がみられないことから修行は予定通り行いルーアの提案を受け入れ、あとでフウに相談することになる。
修業とは関係のない珍事のあとだが、いつもと同じようにカイとリディアの戦闘訓練が始まる。
カイとリディアは戦闘開始直後より高速移動をしながら攻撃を繰り返す。互いの剣が交わる度に火花のような光が弾ける。激しい攻防の中で先にカイが高速移動をやめる。それというのも今のカイでは約一分間の高速移動が限界だ。限界を超えてしまえばリディアに隙をみせてしまうと理解していた。一方のリディアは高速移動を続けてカイへ攻撃を繰り返す。目にも止まらぬ攻撃を回避または受け止めて対応するカイだが、限界を迎えリディアの攻撃を受けてしまう。
カイは耐え忍び訓練終了と同時に倒れ気絶する。今回のカイとリディアの戦いは今までの中で最長となる。
気雑したカイにプリムが『
◇
ハーピーツーリーの頂きにある
「それは精霊の祝福じゃ」
「精霊の祝福?」
「うむ。……懐かしいのう。数千年前は当たり前じゃったが、今ではとんと話を聞かんからのう」
フウはリディアへ話をしながら昔を懐かしむように少し遠い眼をする。
しかし、リディアは懸念していることがあるためフウへ疑問をぶつける。
「フウ。その精霊の祝福とやらは何だ? 与えられた者には、何か影響が出るのか?」
リディアの疑問に何かを察したフウは軽く頭を横に振る。
「リディア殿が心配なのはカイ殿に何か良からぬ影響が出ぬかじゃろう? 安心せい。精霊の祝福は魔法を習得させるだけの行為じゃ」
「魔法の習得だけ?」
「そうじゃ。まぁ、今の人間――。いや、人間以外もそうか……。リディア殿。かつて魔法とは奇跡の力、超常の証、神の身業などと言われておったのじゃよ。今でこそ多くの者が大なり小なり普通に扱っておるがな。当時は魔法を覚える方法は精霊などに教わるしか方法はなかったのじゃ。そして精霊から魔法を教わった者が、他の者へ法を伝えて今のような状態になったのじゃ。つまり、カイ殿は精霊から魔法を教わっただけということじゃ」
リディアはフウの話を聞いて納得する反面いくつかの疑問を口にする。
「なるほど、カイに害がないということはわかった。……しかし、なぜカイに精霊の祝福が贈られた? カイは別に魔法を覚えたいと精霊へ頼んだわけではないぞ?」
「まぁ、そこは恐らくとしか言えんが。カイ殿が精霊に気に好かれたのじゃろうな」
「好かれた?」
「うむ。精霊は基本的に悪戯好きな一面もあるが、反対に好きな者には何かを与えたいと思うのじゃよ。普通の者にも見ることができる大精霊と違い精霊の多くは普通の者には目に映らぬどころか認識できる者も少数じゃ。カイ殿は精霊に気づき話しかけて感謝を伝えた。その行為が嬉しかったのじゃろう。じゃから、カイ殿に精霊の祝福をしたのじゃ。以前、リディア殿が言っていたカイ殿が純粋という意味が少しわかった気がするのう」
「そうか」
話を終えた二人は何か納得したように微笑み合う。
◇
修行三週目に入りカイの戦い方が変化していく。戦闘時間を延ばすようにカイは粘り続ける。そのため、決着がつくのは夕刻の日が沈みかける時間帯となる。しかし、戦闘が長引いてもカイはリディアへ一撃を入れることは叶わずに無情にも時だけが経過して行く。
一撃を入れることができない状態で修行を始めて四週目……
修行二十七日目
今回もカイとリディアの戦闘は長丁場を向かえる。カイは紙一重でリディアの攻撃を掻い潜り続ける。一方のリディアは余裕でカイと対峙していた。長引く戦闘の影響でカイの体力が限界であることはリディアだけでなく傍で見ているルーアやプリムからも明らかだ。夕刻近くになり、いつものように決着がつくと誰もが感じる中でリディアは考える。
(今日で二十七日か……。もうすぐ一ヵ月経つな。私に一撃を当てるのは無理かもしれんな……。しかし、ここまで強くなってくれたのは嬉しい誤算だ。もとより私に一撃を入れるというのは目標だ。カイが強くなってくれるようにと考えての提案だからな……)
そう、リディアが修行当初に『一撃を入れなければ剣闘士大会への出場を許可しない』と言っていたが、あれは本心ではない。目標を明確にしてカイに発破をかけることが目的だ。つまり、リディアとしては今回の修行による目的は全て達成していた。ライネス山での修行によりカイは高山の環境へ適応、身体能力の大幅な向上、高速移動も短時間だが行える。また、リディアと戦闘を繰り返すことで対人戦闘の経験も積むことができた。
リディアはカイの成長に十分過ぎるほど満足している。だが、当のカイはまだ諦めていない。
……リディアへ一撃を入れることを……
満身創痍のカイだが準備は整ったと確信してある作戦を実行に移す。
リディアが攻撃のために間合いを詰めるとカイは高速移動で避ける。しかし、ある場所で足がもつれ態勢を崩してしまう。カイの隙を見逃さないリディアはすかさず追撃する。
(疲労が強い中で高速移動を行った反動だな……。残念だが、カイ。今日はここまでのようだな!)
勝利を確信するリディアはカイに追撃を放つ。しかし、それこそがカイの作戦通りの動きだ。リディアが距離を詰めている最中でカイは剣の腹をリディアへ向ける。行動の意味が悟れずリディアは一瞬だけ怪訝な表情をする。だが、すぐにリディアは理解する罠に嵌められたと。
次の瞬間にリディアはカイの一撃を鎧の上に受けてしまう。
一撃を加えたカイは一言。
「師匠……。俺の勝ちですね……」
勝利宣言をしたカイは崩れるように地面へ倒れ込み泥のように眠りにつく。
周囲にいるルーア、プリムも反応できず硬直している。攻撃を受けたリディアですら驚愕のあまり呆然と立ち尽くす。しかし、ルーアとプリムは我に返るとカイの元へ駆け寄る。一方でリディアは、攻撃を受けた箇所を見ながらカイの行動を思い返していた。
(……そういうことか……。今までの行動……。全ては、このために……)
カイが実行した作戦とは簡単に言ってしまえばただの目眩ましだ。ただし、単純な目眩ましではない。時間をかけリディアへ気付かれぬよう細心の注意を払った目眩ましだ。カイが最近の戦闘を長引かせたのは全てが準備のためだ。日が落ちていく太陽の位置、光の角度、一番日が当たる場所、必要な情報を得るために戦闘を行っていた。こうして誰にも気づかれることなく着々とカイは作戦を準備して実行へ移す。まず、いつものように時間をかけて戦闘をする。不自然でないようリディアに追い込まれる。攻撃を避けた際にわざと隙を作る。最後に追撃してくるリディアへ剣の腹を利用して日の光を反射させ視界を一瞬だが奪う。
その一瞬を逃すことなくカイはリディアへ一撃を加え見事に成功させた。
(カイ……。君は本当に強くなったな。まさか、私に一撃を当てるなんて。ふふ、本当は冗談だったなんて言ったら、君はどんな反応をするんだろうな? 怒るかな? 驚くかな? いや、きっと笑うのだろうな……)
見事に一本取られたリディアだが、カイの成長を感じてとても嬉しそうな笑顔を浮かべる。
翌日
カイは自室で目を覚ます。起きると同時に周囲を見渡す。
(あれ……? 俺……? ……俺、師匠に攻撃を当てたんだよな……? それとも……夢だったのかな……)
眠りから覚めたカイが状況を把握しようと思考を巡らせていると扉を叩く音が聞こえてくる。
「カイ? 起きているか?」
「あっ! 師匠。はい! 起きてます!」
カイの目が覚めていることを確認したリディアは部屋へ入ってくる。
「おはよう。と言ってもすでに日はかなり昇って、もう昼を過ぎるだろうがな」
「えっ? そ、そんなに寝てましたか?」
「あぁ、余程疲れていたのだろうな。だが、見事だったぞ。君は私に一撃を入れた。目標達成だな」
「あっ……」
リディアの言葉を受けてカイは昨日の事が夢ではないと確信を持つ。事実を認識するとじわじわと心の底から喜びが溢れ出てくる。しかし、カイの喜びを余所にリディアは話を続ける。
「では、目覚めたばかりですまないが私に付き合ってくれ」
「えっ? あっ! は、はい! どこに?」
「フウのところだ」
◇
カイ、リディア、ルーアの三人は
「何じゃ。リディア殿。改まって?」
「あぁ、感謝を伝える。お前達が協力してくれたおかげで修行は予想以上の成果と共に終えることができた。ありがとう」
感謝を伝えるとリディアは頭を下げる。リディアに続くようにカイも遅れて頭を下げる。ルーアだけは
「なははは。よせ、よせ。リディア殿。お主が妾達に感謝することなどないぞ。なにせ妾達はお主に命を救われておるのじゃから。それよりも修行が終わったということは、すぐにでも帰るのかのう?」
「あぁ。だが、カイを少し休ませてやりたいので予定通り、あと三日は滞在させてもらえると助かるが」
リディアの要望を聞いたフウは笑顔で頷く。
「三日どころか幾日でも滞在してもらって構わぬ。だが、それなら二日後にでも、また盛大にお祝いをさせてもらおう。恩人達の旅立ちをな!」
「それは嬉しいが、……迷惑ではないのか?」
「迷惑なものか。それよりも何もせずに恩人達を帰らせる方が無粋であろう?」
フウの言葉に従い
(何だろう……。何か胸の奥がモヤモヤする。何でだろう……? リディア様達が……。違う……。カイ様がいなくなるって考えると胸が苦しい。これって……、何だろう……)
初めて感じる心のモヤモヤを抱えたプリムはあることを決心する。
翌日
カイ達を盛大に祝うために
手伝うこともできないカイは少し手持ち無沙汰を感じていた。そんなカイの元へプリムが突如として訪れある提案をする。
「あのー、カイ様。もうすぐ日が暮れるじゃないですか……? この間のお花畑なんですけど。あそこは夜空がとても綺麗なんです! 是非、カイ様にお見せしたいんです!」
「夜空……?」
(そういえば最近は修行が終わるとすぐに寝てたから、夜空なんて全然見てなかったなぁ。うん。いいかも!)
「プリム。お願いしてもいい?」
「はい!」
こうして、カイとプリムは以前訪れた花畑へ到着する。まだ日が出ているため空は明るい。しかし、周囲は薄らと日が陰り始めている。もう少しで完全に日は落ちる時間を潰すためプリムがある話を始める。
「カイ様! 人間っていろいろな話を知っているじゃないですか? 実は
「
「あっ! 興味を持ってくれましたね。では、お話させてもらいますね!」
遥か昔、人間と魔物が争い続けていた時代。一人の
話のクライマックスの直前にカイが声を上げる。カイの声に反応してプリムは話を中断する。
「あっ!」
「えっ? どうしました。カイ様?」
「いや、話の途中なんだけど。もうほら……」
カイとプリムが周囲を見渡すと辺りはすっかり日が陰り周囲には闇が下りてきていた。
「あれ? 本当ですね。話に夢中で気がつきませんでした。じゃあ、お話は帰る時にでも、また話しますね! では、せっかくですから空を見上げて下さい! カイ様!」
プリムの言葉に従いカイが空を見上げる。すると、夜空一面に星が煌めいていた。まるで宝石や魔法の光のような幻想的な光景が広がっている。
「すごい。綺麗だなぁ……」
カイが感嘆の声を漏らし感動している姿を見たプリムは心の中でガッツポーズをする。
(やったー! 大成功よ! カイ様。すごく喜んでくれてる!)
「どうですか? カイ様」
「うん。すごいよ! プリム。ありがとう! ……師匠にも見せてあげたいなぁ……」
「……えっ?」
カイの何気ない言葉にプリムの心がなぜかざわつく。
(あれ? 何? 何でリディア様の名前を聞いた時に変な感じがしたの?)
理解できない感情がプリムの胸を締め付けるが、深く考えることをやめてカイを誘惑しようとする。だが、突如としてプリムは感知する。少し離れた場所から妙な気配があることを……。
(うん? ……この気配って? 男の気配? カイ様じゃなくて? ……でも、変だ……。こんな気配が突然出現するなんて……。気味が悪い……)
プリムは不意打ちのように出現した気配が気になり仕方なく確認することを決める。
「あのー、カイ様。……申し訳ないんですが、少しこちらでお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」
「うん? いいけど、何かあったの?」
「いえいえ! 何もありません。ただ、少し気になることがありまして……」
「うん。わかった。でも、どうせなら一緒に行こうか?」
「いいえ。カイ様のお手を煩わせるほどのことはありません。では、失礼します」
カイへ謝罪をするとプリムは両腕の羽をばたつかせ飛び立つ。
(もう! せっかく、カイ様といい雰囲気だったのにー! 何なの、この気配は? 人間が迷い込んだ? あり得るけど、ここまで接近していたら警戒中の
そう、ライネス山の中は常にハーピーツーリーにいる
しかし、プリムは間違いなく
気配を辿りながら移動していると、プリムはすぐに侵入者を発見する。侵入者は見た感じ幼い少年で大きな帽子、派手なローブを身に付けている。外見では魔術師と思われる。
(人間の魔術師? まさか監視魔法を無効化したのかな? でも、あんな小さな子供みたいな魔術師が? ……他にも仲間がいるのかな?)
警戒してプリムは周囲を見渡すが他には誰も見当たらず気配も感じない。プリムは悩んだ。一度ハーピーツーリーへ引き返して仲間に報告するか。それとも、一人で侵入者を捕まえてハーピーツーリーへ連行するかを。
(でも、連れて帰るにも……カイ様がいらっしゃるから無理ね。仕方ないわね。カイ様をハーピーツーリーへお送りしてから報告しようっと)
すぐに拘束することはできないと判断したプリムはその場を後にした――つもりだったが、プリムは何もないはずの空間に思い切りぶつかり地面へ落下する。ぶつかった衝撃で一瞬だけ意識を失うがすぐに態勢を整え何とか地面に着地する。プリムは何もないはずの空を見上げ声を張り上げる。
「な、何!?」
「あれ? もう罠に掛かったの? ラッキー! 一晩くらいは待つと思っていたけど、僕って運がいいなー!」
歓喜する少年の言葉を耳にしたプリムは確信する。目の前にいる少年魔術師が何かの魔法を使用していると。しかし、どのような魔法かは見当がつかない。プリムは警戒した様子で少年を睨みつける。
「あなた、……何者? このライネス山へ何しに来たの?」
「うーん。答えてあげたいけど、それは意味がないからやめとくよ。ごめんね。
「……意味がない?」
「そうだよ。だって、お姉さんはこれで終わりだもん。捕まえろ、バァー!」
「マァー!」
少年魔術師の言葉に応じるように突如として地面から奇妙な唸り声と共に大きな手が出現してプリムを掴んで捕えてしまう。掴まったプリムは身をよじる様にして拘束から抜けだそうとするが掴んでいる手は微動だにしない。プリムを拘束しているのは二メートル以上もある
「こ、これって、まさか!?
「正解!
「ちょっと、待っ――」
プリムが何かを言いかけるが少年魔術師は、気にせず自分の目的を遂行する。
少年魔術師――レイブンの副官リコルはプリムを背にすると。
一言。
「バァー、握り潰せ!」
リコルの言葉に応えバァーがプリムを握り潰す。何かが壊れるような音が周囲に鳴り響く。
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