第20話 鳥人間

 白銀しろがねの館で旅の準備を整えたカイ、リディア、ルーアの三人はサイラス正面門の前に集合する。これから向かうライネス山への道筋を確認するためとカイは思っていたが実際はそうではなかった……。


「師匠。ライネス山は、ここからどれくらいで着くんですか?」

「そうだな。馬車なら一日もあれば麓までは余裕で着くだろう」


(馬車で一日か……。じゃあ、歩きなら早くて二日、遅くても三日目には着くかな?)


 リディアからの情報で大体の距離と時間を予想するカイだが、次の言葉で全てが覆される。


「だが、今回はカイの修行だ。移動も修行とする。……今日の夕方までにライネス山の麓まで移動してもらう。日が落ちるまでに到着できなければ、すぐにサイラスへ引き返して明日もう一度やり直してもらう」

「えっ!?」

「どうした? カイ」

「いえ……。あのー、夕方までは無理かもしれないんですけど……」

「構わん。今日が無理ならできるようになるまで繰り返すだけだ」

「は、はい……」


 リディアの本気を感じ取ったカイは諦めたように返事をする。すると、横で話を聞いていたルーアが口を挟む。


「おいおい。どうしたんだよ。いきなり無茶なことを言いだして。お前らしくないんじゃねぇーか? こんなカイに負担をかけるような修行なんてよー」


 ルーアの指摘を受けたリディアは腕を組み何かを考えるとカイへ向き直る。


「……ふむ。カイ。この修行は辞めるか?」

「えっ?」

「はっきり言ってしまえば、ライネス山の麓まで行くというのは剣の修行に直接関係がない。別に馬車を使って移動しても君が弱くなることもない。……だが、肉体をある程度は強化していかなければ、これからの修行で間違いなくついてくることはできないだろう――」


 淡々とした口調のリディアだが表情は真剣そのものだ。リディアの雰囲気にカイは息を呑む。


「――君は三ヵ月後の剣闘士大会に参加したいと言っていたが、今回の修行をクリアできないのなら私は君の参加を許可しない」

「――ッ!」

「はぁー! それじゃあ俺様の金貨一千枚はどうなるんだよー!」


 声にならない驚きのカイとは対照的にルーアは自分の欲望全開で喚きだす。当のリディアはルーアを完全に無視してカイに対して真剣に説明を続ける。


「先程、私は君と別れてドランの元へ行った。そのときに、ドランから前回の大会について少し尋ねてみた。五年前のことだが幸いなことにドランはよく覚えていた。そして、前回の大会にもアルベインは参加していたようだ」

「アルベインさんが……? 前回の大会にも参加してたんだ……」

「あぁ、ちなみに言うとアルベインは予選を通過したが本戦では一回戦で負けたそうだ」

「えっ!? あ、アルベインさんが!」

「ま、マジかよ。あいつ、カイより強いんだぞ……」


(あのアルベインさんが……五年前とはいえ一回戦で負けていたなんて……)


 二人の驚きを余所にリディアは話を続ける。


「まぁ、五年前なので現在のアルベイン程の強さではなかったはずだ。だが、予選を通過していることから決して弱くもなかったはずだ。つまりはカイ。君が参加を希望している大会は、それほどのレベルということだ。下手をすれば私より強い者がいる可能性もある」


 リディアよりも強い者と言われ、カイは身体を硬直させる。カイが今まで出会った中で、リディアに匹敵または超えるような戦士に出会ったことはない。可能性は低いと思いながらもカイはまだ見ぬ強者の想像して恐怖する。


「さて、長々と話してしまったが。どうする? カイ。この修行は辞めるか? それとも――」


 リディアからの選択に対してカイは過酷になるであろう修行の恐怖を押し殺して精一杯の笑顔を浮かべ気合いを入れる。


「やります! やらせて下さい!」


 カイの覚悟を再確認したリディアは微笑み頷く。


「よし。では、日が一番高くなったら移動を開始とする。君は道がわからないだろうから私が先行する。しかし、ペースは君に合わせる。つまり、君が早く移動すれば私もそれだけ速度を上げる。逆にゆっくり移動するなら、それなりの速度でしか私は移動しない。いいな?」

「はい! ……でも、師匠? 師匠が先行していたら後ろにいる俺の速度はわからないんじゃあ……」

「問題ない。君の気配を探りながら移動する。私のことは気にせず君は移動しろ」

「なるほど。わかりました!」


 こうして、カイ達は太陽が一番高くなる時間――正午まで待ち続ける。穏やかな風が流れ済み渡った空が広がる。しかし、これから始まる修行について考えるカイには天気を気にしている余裕はない。身体を軽く動かした後はひたすら開始の時を待つ。


 その時が――きた!


 時間になると同時にリディアは何も言わずに移動を開始する。リディアの動きに合わせてカイも後を追う形で移動を開始する。


(さて、カイの移動速度は――)


 後方にいるカイの気配を感知したリディアは口元に笑みを浮かべる。


(――なるほど、正解だ!)


 後方から近づくカイはリディアを追い抜くほどの速度で駆けていた。気配を感知したリディアは即座にカイ以上の速度で先行する。ほぼ全力疾走に近い速度で走るカイ、その選択にリディアは満足していた。


(そうだ、カイ。それでいい。私の話を聞いただけでは、正確な移動距離などわかるはずもない。では、どうするのか? 安全策をとり体力を温存しながら走る? 何度でもやり直させると言われたのだから今日は道筋を覚えるだけにする? どれも間違いだ! この修行の目的は君の体力や速力ではない。君の覚悟を見せて欲しかった。ゴールの見えない移動……。それは、未だ見ぬ強敵を相手にするのと同じだ。初めての敵、実力の全くわからない敵と戦うなら全力を出すしかない。つまり、カイ。君の選択は勇気の証だ! しかし、日が落ちるまでその気持ちを保っていられるかは君次第だぞ……)


 余談だが、ルーアは邪魔にならないよう無理矢理にカイの鞄へ押し込まれていた。移動後のルーアからは――「最悪だ!」と悪態がつかれる。

 

 移動を開始して約三十分が経過すると、カイの速度が徐々に落ち始める。速度は落ちたが一般人の走る速度よりは遥かに速い。とはいえ、カイの体力が削れて全力を出すことが困難になっているのは事実だ。


(約三十分か……。思ったよりも頑張ったな。さて、ここからだぞ。カイ)

(はぁ、はぁ、ここまで長い時間を全力で走るのは師匠と初めて会った。あの夜以来かもな……)


 疲労を感じながらも極力速度を落とさないように走るカイだが息も切れ始める。疲労を感じている状態でしばらく移動をしていると、突然リディアが肩越しにカイへ視線を向けてくる。リディアの行動を不思議に感じたカイは前方を確認する。すると前方には湿地帯が広がっていた。その光景を見たカイはリディアの言わんとしていることを理解する。


(そういうことか……。師匠は先行しているけど湿地帯を突っ切るのか、迂回するかは俺に決めろってことか。さて、どうするか……)


 少し悩んだが、カイは湿地帯を抜ける道を選択する。選択した意思をリディアへ伝えるため、方向を変えずに少し速度を上げる。その行動でリディアは、カイが湿地帯を抜ける道を選択したことを理解する。カイの意思を理解したリディアは視線を前方へ戻して先行する。リディアとカイは迂回することなく湿地帯へ足を踏み入れた。湿地帯へと突入したカイはすぐに自分の選択を後悔する。なぜなら湿地帯での移動は、カイが想像していたよりも遥かに足をとられやすいからだ。即座に移動が困難となることはないが、靴や衣服の一部が泥や水を吸収して徐々に重さが増していく。油断をすれば一瞬で転倒してしまうだろう。


(これは、予想外だった……。でも、今さら迂回しても意味はない。もう湿地帯へ入ってしまったんだ。だったら、この状況で最善を尽くすだけだ!)


 状況を確認したカイは湿地帯を観察して少しでも浅い場所、地面が踏みしめられる場所へ足が着くように走ることを心掛ける。そんな都合の良い場所はほとんどないが、それでも諦めずに走り続ける。その様子を気配で察したリディアは微笑む。


(そうだ、それでいい。別に湿地帯を抜けようが、迂回しようが構わなかった。ただ君が諦めずに走ればいいと思っていた。湿地帯だろうが、迂回をしようが、困難な状況はあった。困難に直面して諦めるのか、最後まで抗うのか、その選択こそが重要なんだ。困難な状況ですぐに諦めてしまうようなら強敵と対峙した際にはすぐに心が負けを認める。しかし、可能性が低くとも勝つ方法を模索するか、模索しないのかでは、生存率も勝率も天と地ほどの差が出る! ……君は理解しているようだな)


 通常ではありえないような速度で二人は移動していたが、ついに限界が近づこうとしていた。リディアが先行してカイが追従する状態だが、カイの移動速度が落ち始め走る姿勢も崩れ始める。


(はぁ、はぁ、……ま、まずい。……そろそろ走るのは無理かもしれない。……いや、そんなことを考える暇があるなら足を動かせ! ……まだ、諦めるな!)


 湿地帯へ入り三十分以上を走り続けてようやく湿地帯を抜けた。だが、湿地帯を抜けたことで、カイは少しだけ安心してしまう。その油断が命取りになり急な地面の変化に対応するのが遅れ盛大に転倒してしまう。


「がぁ!」


 頭から転倒したカイは気を失ってしまう。


 カイが目を覚ましたのは、それから五時間後だった。


「……う、あ、あれ? ここは?」

「おっ! ようやく目を覚ましやがった」

「る、ルーア? 俺は……」


 状況を確認しようとカイが身体を起こそうとする。そこへリディアが近づき声をかける。


「大丈夫か? カイ」

「師匠……。俺……、そっか転んで……」

「そうだ。思い出したようだな。大した怪我はしていなかったが、体力の限界まで走り続けたことで転倒して頭を強く打ってしまったようだ。今はそのまま休んでいろ。君には劣るが、今回は私が食事を作った。落ち着いてから食べてくれ」


 必要なことを告げたリディアはカイの休んでいる場所から離れようとする。しかし、リディアが離れる前にカイは俯き頭を下げる。


「すみません。師匠……」

「うん? なぜ、謝るんだ?」

「せっかく、師匠が俺のために修行をつけてくれたのに……初日から失敗しちゃって……。俺……、今からでもサイラスへ戻ります! それで、明日もう一度――」

「必要ない」


 カイが最後まで言い切る前にリディアが言葉を遮る。リディアに「必要ない」と言われカイはさらに落ち込むが話には続きがあった。


「君は修行を見事に成し遂げた」

「……えっ?」


 リディアは微笑みながら、火のついた薪を手にして辺りを照らす。すると湿地帯のすぐ先に大きな山脈が見えてくる。そう、実は湿地帯を抜けたこの場所こそがライネス山の麓だった。


「まさか……、ここって……」

「あぁ、修行場所のライネス山だ。君はちゃんと時間通りに、というよりは制限時間のかなり前に到着していた」

「ぜ、全然、気づきませんでした……。到着してたなんて……」

「ふふ。君は驚いているようだが私もかなり驚いた。まさか、君があの速度で湿地帯を抜けられるとは思っていなかった。嬉しい誤算というやつだな」


 本当に嬉しそうな表情でリディアは微笑む。リディアの笑顔を見たカイも嬉しくなり笑顔を覗かせる。


「さぁ。わかったなら、もう少し休むんだ。それから食事をとって明日に備えよう」

「はい……。師匠」


 ◇


 翌朝


 朝食をとり終えたカイ、リディア、ルーアの三人はライネス山の入り口へと歩いて行く。入り口の手前でリディアがこれからの説明をする。


「さてと。これからライネス山の中にある集落を目指すわけだが……」

「集落ですか?」

「あぁ。今もあるかは知らないが、恐らくはまだあるはずだ。そこの者には、以前ここへ来たとき世話になった。頼めば今回も宿くらいは貸してくれるだろう」


(なるほど、まずは修行前に拠点確保か……)


「ところで、その集落までどれくらいの距離なんですか?」

「……すまないが、よくわからない」

「えっ?」

「はぁ? おい! よくわからないってどういうことだよ! オメーしか、その場所を知らねぇーんだぞ!」

「大丈夫だ。集落があるのなら、ある程度の距離まで進めば向こうの方からやってくるはずだ」


 リディアの言葉を聞いたカイとルーアは顔を見合わせる。正直、リディアの言っていることがよくわからなかったからだ。しかし、カイはリディアを信頼しているため、それ以上は聞くつもりがなく。一方のルーアは、これ以上聞いても明確な答えは返ってこないと判断して聞くのを諦める。


 三人はライネス山の集落を目指して進んで行く。山道は舗装されていないため、でこぼこしていて歩きづらい。しかし、カイにとっては昨日の湿地帯を走ったことに比べれば何の問題もなかった。これまで、リディアとの修行に明け暮れてきたカイにとっては多少の坂道程度では体力を削られることはない。順調に成長しているカイの様子を理解してリディアは人知れず喜んでいた。


 山道を登って三時間程が経過すると太陽が一番上空へ上る。そのときにある異変が起きる。


「えっ? これって……」

「あん? 霧? でも、これ普通の霧じゃねぇーぞ?」


 突如として発生した霧を見てカイとルーアが周囲を警戒する。一方のリディアは特に驚く様子もなく周囲を見渡す。そんなとき霧の中から声が聞こえ始める。


「人間かな?」

「人間だね」

「でも、小悪魔インプもいない?」

「いる。いる」


 カイとルーアは声の出所を探そうとするが、霧のせいで場所を特定できずにいる。


「オスがいるよ。男だ! 男!」

「本当だ! ……でも、メスもいるー。女はいらなーい」

小悪魔インプもオスだよ! 男だ! 男!」

「でも、小悪魔インプって大丈夫なの?」

「大丈夫に決まってるじゃん! だって男なんだから!」


 霧の中から漏れ聞こえてくる声から複数の何かがいることを確信する。警戒を強めるカイとルーアだがリディアに変化はない。状況が把握できないことに苛立ったルーアが声を荒げる。


「クソ! どこにいやがる! 隠れてねぇーで出てこいよ!」

「あーあー、怒っちゃった……。あんたのせいだよ」

「違うわよ! あなたのせいでしょう!」

「いーや、君のせいだ!」


 霧の中で謎の存在同士で言い合いが始まる。言い争いを耳にしたルーアは先程よりも大声で怒鳴り散らす。


「あー! いいから出てこーい!」


 ルーアが怒鳴り散らすと周囲から複数の笑い声が聞こえ……。その直後、嘘のように霧が晴れていく。霧が晴れるとカイ達は複数の存在に囲まれていた。


「なっ!」

「こいつらは……? 魔物?」


 驚愕するルーア、周囲を見渡すカイ、一方でリディアは出現した存在を眺めるだけだ。謎の存在に向けてカイは剣を構え警戒する。すると魔物の一体が前へ出てきてご丁寧に挨拶を始める。


「どうも、初めまして人間さんと小悪魔インプさん。私達は鳥人間ハーピーと呼ばれる魔物です。突然ですが、みなさんは私達の領域テリトリーへ侵入してしまいました。そのため我々に捕まってもらいます」

「はぁー? 何をふざけたこと言ってんだ! 俺様達はただ移動してただけだぞ!」

「うふふ。ですが、この辺りは私たちの領域テリトリーなんです。残念ですが諦めて下さい。それに命を奪ったり苦痛を与えたりするつもりは毛頭ございません。……むしろ、男の方々にとっては夢見心地のような時間を与えることをお約束しますよ。女の方は……、大人しくしていてもらえれば何もしません」


 鳥人間ハーピー達は、笑いながらカイとルーアを品定めするように見ていた。しかし、警戒を緩めずに周囲を観察していたカイは一つの答えに辿り着く。


(こいつら、大したことないな……。ただ空を飛んでるから射程の問題はあるけど、ある程度なら魔法で対処はできる。……けど、あっちも恐らく魔法を使うだろうから……。うーん。さっきの霧を発生させるような魔法を使われると厄介だな。どうするか……)


 状況打開の手立てをカイが考えていたが周囲にいる鳥人間ハーピーはじりじりと距離を詰め始める。そのため、カイが近くの鳥人間ハーピーに狙いを定める――するとリディアが初めて鳥人間ハーピーへ話しかける。


「お前達は……。相変わらずだな。だが、約束通り闇雲に人間を襲ってはいないようで安心した」

「えっ?」

「はぁ?」


 鳥人間ハーピーに対してリディアが知り合いのように語りかけるのを見てカイとルーアは驚いて声を上げる。しかし、周囲の鳥人間ハーピーはカイ達以上に驚愕する。


「あ、あなたは! い、いえ、あなた様は! ま、まさか!」

「えっ!? 嘘!」

「り、リディア様だわ!」

「本当だー! リディア様だー!」

「ドラゴンスレイヤーのリディア様だ!」

「ちょ、ちょっと、みんな頭が高いわよ! 早くお辞儀をして!」


 慌てた様子で鳥人間ハーピー達は口々に騒ぐと全員がリディアの前に平伏する。見事な平伏姿にカイとルーアは目を丸くする。しかし、丁重な扱いを受けているリディアは憮然とした表情で鳥人間ハーピーを注意する。


「おい! 前にも言ったはずだぞ? 私を相手にそこまで畏まる必要はない。普通に接してくれて構わん」


 注意を受けた鳥人間ハーピーだが、誰一人として平伏を止めず最初に話をしていた鳥人間ハーピーだけが顔を上げる。


「お久しぶりでございます。リディア様。覚えていますか? 私です。フォルネです」

「フォルネ? ……あぁ、あのとき羽を怪我したフォルネか?」

「はい! あぁ、リディア様に覚えていてもらえるとは感激の極みです!」

「久しぶりだな。だが、さっきも言ったが普通に接して構わんのだぞ?」

「何を仰います! リディア様は我らが里の大恩人! そして、かつてこの山を支配していた雷竜ボルクを倒して下さったドラゴンスレイヤー様です! 我々のような者が、軽々しく接することなど許されません!」


 フォルネと名乗った鳥人間ハーピーは、強い口調でリディアへの態度について説明する。次にフォルネはリディアからカイとルーアへ視線を移すと恐る恐るといった様子で尋ねる。


「そのー、リディア様……。そちらの方々は、もしかしてリディア様のお連れの方々なのでしょうか?」

「うん? あぁ、人間の方は私が剣を教えている私の愛弟子でカイという。まだ剣を覚えて間もないというのにカイは――」


 フォルネの問いに対して、リディアはカイについてこれでもかというほど絶賛して紹介し始める。傍から聞いていたカイは心の中で「久しぶりだけど、またか……」と手で顔を覆う。一方でルーアはリディアの話が長いため、カイの頭上で昼寝を始める。対照的に鳥人間ハーピー達は、リディアがカイを褒める度に「すごいですね!」「流石はリディア様のお弟子様!」などとリディアの話を真剣に聞きながら合いの手を何度も行う。


 一時間後


「――ふぅ。まだ話し足りんが、これ以上はお前たちの迷惑になるな」

「そんな! リディア様! 我々はリディア様のお話でしたら、どれだけの時間でも聞いていられます! どうぞ気のすむまでお話をして下さい!」

「うん? そうか。では――」

「し、師匠! そ、それぐらいにしないと……。えーっと、日が暮れるとまずいです! お、お話はまた落ち着いた時にでも……」

「うん? そうだな、わかった。そういうわけだ。続きが聞きたい者は、あとで聞かせてやろう」


 これ以上は我慢の限界を超えるとカイが全力でリディアを止めた。しかし、リディアの発言に対して鳥人間ハーピー達は「はい! 是非、お話の続きを聞かせて下さい!」とリディアへ返答していた。その答えを聞いてカイの心は鉛のように重くなる。


「あ、あのー、リディア様。それで小悪魔インプさんは?」


 リディアがカイの説明しかしていないため、フォルネはルーアについて再度尋ねる。問われたリディアは、カイの頭上で眠っているルーアを一瞥して面倒そうに口を開く。


「あー。……それは、ただの羽虫だ。お前達が欲しければくれてやる。煮るなり焼くなり好きにしろ」


 カイの紹介とあからさまに違うリディアの発言に、寝ていたはずのルーアは飛び起きて悪態を吐く。


「何だとテメー! ペチャパイのくせにふざけたこと言いやがって!」

「ふん。どうやら、私に殺されたいらしいな!」


 リディアとルーアがいつもの喧嘩を始めたので、カイがフォルネへ説明をする。


「えーっと。フォルネさん。ルーアは俺達の仲間で師匠の喧嘩友達だと思って下さい。師匠もルーアもお互いに憎まれ口は叩きますけど、本心ではなくただじゃれているだけです」

「な、なるほど、リディア様の喧嘩友達とは……。では、ルーア様もただの小悪魔インプというわけではないということですね。わかりました。カイ様。丁寧なご説明をありがとうございます。そして、先程まで我々が行った数々の非礼……誠に申し訳ございませんでした!」


 フォルネを筆頭に、その場にいた全ての鳥人間ハーピーがカイに対してお辞儀をする。先程までと態度がまるっきり変化しているためにカイは圧倒される。


「は、はい。気にしていないのでみなさん頭を上げて下さい……」

「はっ! お許しをもらいありがとうございます!」

「は、ははははは……」


 カイはもはや乾いた笑いしかできなった。そこへルーアとの喧嘩を止めたリディアがあるお願いをする。


「そうだ。フォルネ。私達はお前達に頼みがあったのだ」

「はっ! なんなりと御命じ下さい! リディア様の頼みであれば我々はどのようなことでも成し遂げて御覧に入れます!」


 リディアが「頼み」と発言すると、その場にいた全ての鳥人間ハーピーはリディアへの絶対的な忠誠をみせた。その光景を見たリディアは思わずため息を漏らす。


「そんな大層な頼みごとではない。ただ、私達がライネス山に来たのはカイへ剣の修行をつけるためだ。そのため、しばらくお前たちの集落に滞在させてもらえないかという願いだ」


 リディアの言葉を受けたフォルネは迷うことなく頷く。


「はっ! そのようなことでしたら女王様に確認するまでもございません。リディア様がご滞在をお望みでしたら何年でも……。いえ! 一生を我が集落で何不自由なく暮らせるようご配慮を致します!」

「……いや、一生は困る。とりあえず、一ヵ月程を予定している」

「はっ! 畏まりました! では……、お前たち! リディア様、カイ様、ルーア様を丁重に我らが隠れ里へお連れするのだ!」


『はい!』


 鳥人間ハーピー達は周囲の木々に手をかざして魔法を唱える。


森林制御フォレストコントロール


森林制御フォレストコントロール』:周囲の木々を自由に操ることのできる魔法。


 鳥人間ハーピーの魔法で木々がゴンドラのような形を形成する。そのゴンドラにカイ達を乗せ、鳥人間ハーピー達が紐状の蔓を足で器用に持ちゴンドラを空中へと持ち上げる。鳥人間ハーピー達に運ばれる形でカイ達は空中を移動する。


「うわー!」

「どうした? カイ」

「いや、その、俺、空を飛ぶのは初めてなんです。空から見る景色って、想像していたよりもすごいんだなぁーって!」


 カイは生まれて初めて見る空からの景色に感激していた。子供のように目を輝かせているカイを見た鳥人間ハーピー達は矢継ぎ早に提案をする。


「そうなんですか? カイ様。それでしたら、私が綺麗な星の夜にカイ様を空中へと運んで差し上げますわ!」

「いえ、私が絶景の場所をご案内します!」

「いやいや、それよりも美しい花畑を上から――」

「いえ。それなら、私が――」

「私も――」


 その場にいた多くの鳥人間ハーピーが我先にと訴え始める。その様子を見かねたフォルネが他の鳥人間ハーピーへ釘を指す。


「お前達! カイ様はリディア様の愛弟子だということを忘れるな! 無礼な態度やカイ様、リディア様をご不快にさせれば、どうなるのか……覚悟はできているのだろうな?」


 フォルネの言葉に鳥人間ハーピー達は身震いした後、すぐに謝罪をする。


『も、申し訳ありません! カイ様! リディア様!』

「えーっと。はい。大丈夫です……」

「カイがいいなら、私は気にしない」


 謝罪を受け入れられ鳥人間ハーピー達は胸を撫で下ろす。しかし、カイには先程から妙な違和感が燻る。


(何だろう? 最初からなんかおかしな気はしてたけど……。男に対して鳥人間ハーピー達の態度がおかしいというか、妙というか……)


 腑に落ちない疑念を抱えているとカイの頭上で寝転んでいたルーアが忠告をする。


「おい。鳥人間ハーピーには注意しておけよ?」

「うん? 注意って、……何を?」

「はぁー、オメーはこの状況でなんとなくわかんねぇーのかよ?」

「この状況? というか、状況が変化しすぎて対応しきれるわけないだろう」

「……そりゃそうか。まぁ、鳥人間ハーピーの性別を見ればわかんだろう」

「性別?」


 ルーアに言われてカイは周囲の鳥人間ハーピーの性別を確認する。


(えーっと。女性、女性、女性、女性、女性、女性、女性、じょ……)


 突如としてカイはルーアの言わんとしていることを理解する。


「る、ルーア!」

「何だよ。うっせーなぁ……」

「も、もしかして、鳥人間ハーピーって女性しかいない種族なのか?」

「そうだよ。だから、あいつらが子孫を残すには他種族の男と交配するしかねぇーんだよ」

「ぶー!」

「うん? カイ。どうした? 大丈夫か?」

「あ、す、すみません。ちょっと、高い景色に驚いちゃって……」

 

 思わず噴き出すほど驚いたカイは周囲を気にして先程よりも小さな声でルーアに再度尋ねる。


「る、ルーア。こ、交配ってつまり……」

「あん? 人間だと確かセッ――」

「あーーーーーーーーーーーーー!」


 ルーアのセリフを最後まで言わせないようカイは大声で叫ぶ。しかし、そのせいでリディアや周囲の鳥人間ハーピーが心配そうな視線を送ってくる。


「あ、す、すみません。あ、あっちの方に見たことのない景色が見えて驚いちゃって……」

「あー! そうだったのですね。でも、そこに気づくとは流石はカイ様です。あそこは我らの隠れ里の入り口になっているのですよ。ですから周囲の霧とは違って桃色の霧をしているのです!」


 カイの苦し紛れな発言を鳥人間ハーピーは信じて丁寧に説明する。しかし、残念ながらカイに鳥人間ハーピーの説明は全く頭に入らない。最後にカイは重要なことをルーアへ確認したかったからだ。


「おい! ルーア!」

「何だよ! さっきから、うっせーな!」

「大事なことなんだよ! じゃ、じゃあ、鳥人間ハーピーが男に対して態度が変なのは……」

「そりゃあ、子種狙いに決まってんだろう?」


 ルーアの身も蓋のない発言にカイは一瞬だけ意識を飛ばすがすぐに我に返り意識せずに呟く。


「……嘘だろう」

「嘘じゃねーよ。まぁ、でも、安心しろよ。あいつらは子孫を残したいだけで、別に相手と結婚をしたり、一緒に暮らしたいわけじゃねぇーんだよ」

「そ、そうなのか?」

「あぁ。人間にはわかんねぇーかもしんねぇーけど、あいつらは子孫を残せれば相手なんか誰でもいいんだよ。人間じゃなくても男で子供さえ残してくれればいいらしーぜ」

「で、でも、鳥人間ハーピーが生まれるとは限らないじゃないか。人間との間になら人間が生まれる可能性だって――」


 カイの言葉が途中だが、ルーアは片手を左右に振りながら否定する。


「あー、そりゃあない。鳥人間ハーピーの特性で鳥人間ハーピーが身籠った場合は百パーセントの確率で鳥人間ハーピーしか生まれないようになってんだとよ」

「えっ? そうなの?」

「そうだよ。夫を必要としないのは、その特性のせいもあるのかもな。男にしても、どんなに子供を作ろうが男の種族が生まれてこなきゃあ子供に愛情も持ちにくいんじゃねーの?」

「うーん……? そういうものかな……? どんな姿でも自分の子供なら愛情を注げる気がするけど……」

「でしたら、カイ様! 私と一夜をともにしませんか?」

「――ッ!」


 いつの間にか、黄緑の髪でショートカットの鳥人間ハーピーがカイとルーアの会話に入ってくる。その鳥人間ハーピーは笑顔でカイに提案する。


「すみません。盗み聞きするつもりはなかったんですけど……。どうやら私達のことを話されていたようでしたので、つい興味が出てしまいました」

「い、いえ……。こちらこそ、みなさんのお話をコソコソと話してしまって、すみません……」

「いーえ、気にしないで下さい」


 受け答えしている最中だというのに鳥人間ハーピーはカイへ自分の胸を押し当てるように近づいてくる。


「あ、あのー、近すぎませんか……」

「うふ。カイ様ー。難しく考えなくていいんですよ? 私たち鳥人間ハーピーはルーア様が仰る通り子孫を残すことを第一に考えているんです。ですから、カイ様がお望みになるのでしたら、私が――」

「皆さま。そろそろ我らが隠れ里へ入ります。霧の中を通るので、しばらく視界が悪くなりますのでご注意して下さい。……ん? おい! プリム! お前も持ち場につけ! 今回はリディア様、カイ様、ルーア様といった我らの里にとっての大恩人をお招きするのだ! 気合を入れろ!」

「あっ、はーい! すぐに戻りまーす。……ちぇー、残念。……でも、カイ様。私はいつでも大丈夫ですからね!」


 プリムと呼ばれた鳥人間ハーピーは、カイにウィンクをして持ち場へ戻る。鳥人間ハーピーの隠れ里へ入る前から、カイには嫌な予感が止まらない。

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