第14話 修行達成。……闇の蠢き

 魔法修行二週目


 ルーアのおかげでカイはマナの感知が可能になる。今では最大魔力の三割以上となるマナを体内へ取り込めている。マナを体内へ取り込むことによる苦痛はあったが、その苦痛にもなんとか耐えられるようになっている。しかし、マナを体内へ取り入れても自分の魔力へと変換することは全くできていない。


(くっ……! まただ! マナは取り込めてる。それは理解できる。痛みにもなんとか耐えられる。……でも、どうしても自分の魔力にできない……)


 カイは自分の体内へ取り込んだマナを体外へと排出する。マナの吸収と排出……カイは、この行為を何度も繰り返していた。苦戦しているカイを遠巻きにリディアとルーアが眺めている。


「苦労してんなぁ」

「そのようだ」

「何だよ、カイが心配じゃねぇーのかよ? オメーらしくもねぇ」

「ふざけるな。カイの心配は師匠の私が誰よりもしている。だが、今回の修行……。私では力になれない」


 愛弟子であるカイが苦労している姿を見ていることしかできないことにリディアは苛立ちを感じている。対するルーアもこれ以上は力を貸せない状態のため、リディアの気持ちが痛いほど理解できた。


「まぁ、そうかもな……。ちなみに、オメーはマナを感知して吸収することはできないのかよ?」

「……マナの存在は感知できる。だが、吸収したことはない。そもそもマナを吸収するほど魔力を消費したことがない」

「なるほどな。確かにオメーのでたらめな魔力が尽きるほどの状況なんて想像できねぇな」


 リディアとルーアが話をしている間もカイはマナを吸収しては魔力に変換しようとしている。しかし、やはり上手くはいかずにマナを体外へと排出する。そうして時間だけが過ぎていきルーアがカイに今日の魔法修行を終了させる。全く前進しない現状にカイは焦りを感じている。だが、ルーアにしてみるとマナの魔力変換はできずとも体内へマナを取り込むことはかなりの成果だと思っていた。カイは気づいていないが、マナを何度も取り込むことでカイの魔力の器は当初よりも鍛えられていた。本来なら月や年単位の修行が必要となる魔力の器の強化……、マナを取り込むという行動がカイの魔術師としての力を飛躍的に伸ばしている。とはいえ、ルーアも理解している。現状ではカイがマナを魔力変換することは不可能だと。状況を打破するためにルーアはあることを考えつく。



「――というわけだ。力を貸してくれエルフの姉ちゃん!」


 白銀しろがねの館に来ていたルーアは両手を合わせて拝むようにルーへと協力を頼む。一方のルーは唐突な協力要請に困った様子で首を傾げる。


「あのー、……私は仕事中なんですけど?」

「わかってるって。今は客が誰もいねーから頼んでるだけだよ。仕事が終わったあとか、仕事がない日に少しだけでいいからよ。なぁ、頼む!」


 意見を全く聞かないルーアにルーは困惑した表情をするが、少しだけ思案するとある提案をする。


「……わかりました。あと一時間ぐらいで休憩になるので、そのときに詳しい話を聞かせて下さい」

「よっしゃー! じゃあ、一時間後にまた来るぜー!」


 返答に満足したルーアは受付からすぐに飛んでいなくなる。


 受付から移動したルーアは考える。どうやって暇をつぶすか……。


(……ふぁー。暇だな……。誰か知り合いがいればメシでも奢らせるんだけど誰もいねぇしなぁ。都合よくアルベインとか来てねぇかなぁ……。あっ! そうだ! 三階の訓練場にいるかもしれない。よし、行ってみるか!)


 よこしまな考えを持ち三階へ向かって移動しているとルーアを呼ぶ声が響く。


「あー! ルーアくん!」


 呼びかけられた声にルーアは聞き覚えがあったが、嫌な予感が全身を駆け巡ったこともあり身構えながら振りむく。振り向いた先にはルーアの予想していた人物である――ムーがいた。ルーアを認識したムーは満面の笑顔でルーアの元へと駆け寄ると、ダイブするようにルーアを抱きしめる。当のルーアは避けようか迷っていたが、面倒になってムーの好きにさせている。満足気に抱きしめるムーと仏頂面で抱きしめられるルーアという奇妙な光景が完成する。


「……オメーなぁ。俺様は悪魔だぞ……。もう少し怖がれよ……」

「いいんだよ。だって、ルーアくんはお友達だもん! ねぇねぇ! 今日は何しに来たの? 遊びに来てくれたの?」

「そうじゃねーよ。ルーに用事があったんだけど、あいつの手が空くのにまだ時間があるから暇つぶしに三階へ行こうと思ってたんだよ」


 ルーアの言葉を聞いたムーは興奮したように頬が上気して瞳を爛々らんらんと輝かせる。嬉しそうなムーの様子にルーアの本能が危険を察知して悪寒を全身へと走らせる。


「じゃ、じゃあ! 時間までぼくの部屋で遊ぼうよ!」

「……いや、えんりょ――」

「おいしいお菓子も用意するね!」

「……何? お菓子?」

「うん! ルーアくんはどんなお菓子が好きなの? クッキー? ケーキ?」


 当初は断ろうとしたルーアだが、ムーの甘い誘惑に負け部屋へと招待される。部屋に着くと案の定ムーの手によって着せ替え人形の如く可愛いがられる。しかし、ムーから提供されるお菓子が美味しかったこともあり、嫌々ながらもルーアもある意味で満ち足りた時間を過ごす。



「すみませーん。お待たせしました。ルーア君」

「ゲップ。……いや、悪いな……」

「あれー? 大丈夫ですか?」

「あー、何でもねぇ……。ちょっと食い過ぎ……。じゃなくて、さっそく話をしてもいいか?」

「はいー。でも、立ち話もなんですから待合室へどうぞ」


 待合室へ入るとルーアは早速本題であるカイが魔法の修行を始めたこと。魔力の器を鍛えマナの感知と吸収の修行していることを説明する。説明を聞き終えたルーはなぜか困り顔をする。


「はぁー。そうなんですか……」

「あぁ。だから悪いんだけどカイの奴にマナを魔力へ変換するコツみたいなのを教えてやってくれねぇか? 俺様が提案した修行なのに情けねぇ話しだけどよ……。俺様はマナの魔力変換は苦手でカイの奴に教えることができねぇ。この通りだ! 頼む!」


 テーブルの上でルーアは土下座するようにルーへ懇願する。しかし、ルーは悲しそうな表情を浮かべると頭を横に振りながら告げる。


「あのー、残念ですけど……。その修行は無理だと思います。そもそも人間にはマナを感知すること自体が困難です。マナを感知するようになるだけでも一体どれだけの時間が必要か……。酷かもしれませんが、ゆっくりと修行をするようにカイさんを説得した方がいいと思います」


 ルーからの返答にルーアは怪訝な顔をして言い返す。


「あのなぁ、エルフの姉ちゃん! 俺様の話をちゃんと聞いてないのかよ! マナの魔力変換のコツを頼んでんだぞ? マナの感知は、もう終わってるに決まってんだろうが!」


 衝撃的な発言を聞いたルーは何度も瞬きする。ルーアの説明をもう一度頭の中でリピートしてようやく理解する。しかし、それでも信じられないルーは目を見開きルーアに再度確認する。


「そ、それって! カイ君はマナの感知をすでに可能ってことですか!?」


 興奮したルーが詰め寄ってきたので、ルーアは少し驚いたがすぐに肯定する。


「そうだよ! そう言ってんだろうが!」

「……し、信じられない……。人間が……そんな短期間で? でも……、可能性がないわけじゃ……。いや、でも……」


 思いがけない事実にルーは一人で考え込んでしまう。ルーアは困惑するルーを見て眉をひそめる。しばらくの間、ルーが目を閉じて何かを考えこむが答えが出たかのようにいつもの優しい笑顔を浮かべる。


「……わかりました。次の休みに私がそちらにお邪魔します。ただ、カイ君には私が来ることは言わずに、いつも通りの修行をさせてくれますか?」

「あん? 別にいいけど、……何でだ?」

「ありのままのカイ君を見てみたいんです。お願いしますね」


 こうして、ルーアはルーの協力を取り付けることに成功する。



 リディアは一人部屋の中で集中してあることを行う。リディアの周囲には、光り輝く小さな玉が浮かぶと次々に身体へと入っていく。身体の中へ入った玉……マナを己の魔力へと変換していく。カイが修行中であるマナの取り込みと吸収、リディアは見ていただけで魔力変換も自分自身の感覚で行えていた。


(はぁ……。困ったな。容易くできてしまうとは……。カイの力になりたくて試したが……。やはり無理だ。私には容易くできてしまう。なぜできないのかがわからない……。だが、そんなことをカイに言うわけにはいかない。……あんなにカイが頑張っているのに……)


 少しでもカイの力になりたいリディアはマナの魔力変換を実践してみた。例え失敗しても何かヒントやコツを伝えることができればと考えて……。しかし、結果としてマナの吸収と魔力変換の両方を容易く達成してしまう。その事実が逆にリディアを苦しめている。容易くできたことをカイに伝えてしまえば、カイに嫌われてしまうのではないかとリディアは恐れていた。リディアは小さい頃に似たような経験があり、結果的に周囲から人が離れる要因の一つとなっていたからだ。


(……カイが私を嫌うはずはないと信じている。だが……、それでも万が一と考えてしまう……。以前の私なら悩むことはなかっただろうな……。孤独が当然だったころの私なら……)


 悩み考えていると自宅に入ってくる気配を感知する。その気配でリディアは入ってきた人物をすぐに理解する。家に入ってきたのはカイだ。


「師匠。遅くなってすみません。すぐに食事を作りますね!」


 いつもと変わらない笑顔でカイはリディアに話しかける。日常的な光景がリディアにはとても嬉しく感じられる。しかし、同時にこの光景がなくなることを考えると恐ろしくなる。嫌な想像を頭から排除するが片隅には不安が付きまとう。


「どうかしました? 師匠?」

「うん? ……いや、何でもないが?」

「そうですか? それならいいんです」


 リディアにはわからなかった。


 こんなときに、どうすればいいのか……。泣けばいいのか、笑えばいいのか、怒ればいいのか、リディアにはわからない。そのため、特に何でもない質問をする。


「そういえば、カイ」

「はい、何ですか?」

「君は何の魔法を使おうとしているんだ? 覚えたい魔法があるそうだが?」


 何気ない質問にカイは少し考えると笑顔を覗かせる。


「それは秘密です。でも、使えるようになったら師匠に見てもらいたいんですけど……。いいですか?」

「……あぁ、構わない。では、楽しみにしていよう」

「はい! 頑張ります!」


 リディアの悩みはカイの笑顔を見て消失していく。


 ◇


 いつものようにマナを体内へ吸収するが、吸収しただけで魔力変換はできない。苦慮する様子のカイを遠目から見ている二人がいた。ルーアとルーだ。


「あんたならわかんだろう? あそこまでしかカイはできないんだ。もう、三週目になるけど全然なんだよ。……だから、何でもいいからアドバイスをしてやってくれ」


 厳しい表情でルーアはルーに懇願するが、ルーは微笑みを浮かべカイを見ている。微笑むルーの意味がわからずルーアが尋ねようとするが、その前にルーが口を開く。


「すごいですね……。カイ君。……本当にマナを感知しているんですね。しかも、体内に吸収することまで……」

「うん? あぁ。でも、そこからが進まねぇーんだよ。だから、あんたに――」


 ルーアが話してる途中だったが、ルーはゆっくりとカイの元へと歩み寄って行く。一方のカイは修行に集中するあまりルーの接近に全く気がつかない。ほとんどカイの真後ろまで近づくとルーは「どうも、カイ君」と声をかける。気配に気づかなかったカイは突然の声に驚くが、ルーだとわかるとすぐに警戒を解き疑問を口にする。


「えっ? 何で、ルーさんが?」

「カイ君。そのままでいいから聞いて下さい。今のままでは、マナを魔力へと変換するのは無理です。通常は人間がマナを魔力へ変換する時、自分の魔力を理解してからマナを自分の魔力へ変換するんです。マナをただ吸収して魔力にするのは余程の魔術師か……。もしくわ、ことわりを無視したような存在だけです」


 唐突なルーからの説明だがカイは少しだけ理解する。今まで魔力変換できなかったのは、自分の魔力をカイ自身が理解しきれていないからだと。しかし、同時に困ってしまう。魔力の理解と言われても、カイは魔力がなんとなくあることを理解しているだけだ。カイにとって魔力とは「なんとなく身体にあるもの」という感覚的な意味合いが強い。すると、まるでカイの悩みを理解しているかのようにルーは説明を続ける。


「大丈夫です。カイ君がマナを無理に魔力へ変換する必要はないんです。今から私がマナを体内へ取り込んで魔力にするのでよく見ていて下さいね?」


 説明を終えたルーは、静かに目を閉じると言葉を紡ぎだす。


『大気に漂うマナに願う。我が声に耳を傾けたまえ、願わくば我が力の糧とならんことを』


 言葉を言い終えると同時にルーの中へマナが吸収されていく。吸収されたマナは魔力へと変換される。いや、マナ自身がルーの魔力へ姿を変えていく。その光景を見ていたカイは呆気にとられる。なぜなら、マナを体内へ吸収することもなくルーが言葉を発してマナがその言葉に従ったようにしか見えなかったからだ。呆気にとられているカイにルーは笑顔で話しかける。


「はい。これで終わりです。カイ君。やってみて? 私が言った言葉をそのまま言うだけでいいの……。ただ、マナに心から願って下さい。そうすれば、マナはきっと応えてくれるから……」


 確認したいことは山のようにあったが、カイはルーの指示に黙って頷き言葉を紡ぐ。ルーに言われたようにマナに願いを込めて……。


『大気に漂うマナに願う。我が声に耳を傾けたまえ、願わくば我が力の糧とならんことを』


 すると言葉に反応して周囲のマナが大量にカイの身体へ入り魔力に姿を変えていく。吸収した魔力は保有していた最大魔力を遥かに超え、二倍以上の魔力となり尚且つ苦痛も感じない。あり得ない状況にカイは驚愕する。


「な、何で? 今までよりも多くのマナを取り込んだのに何ともない?」

「当然ですよ。今までカイ君はマナを無理に取り込んでいたんです。……でも、今は違います。無理に取り込んだのではなく、マナ自身が協力してカイ君の魔力になってくれたんです」

「マナ自身が……?」

「はい。よく勘違いされているんですが、マナはただの魔力の塊なんかじゃないんですよ。マナには意思があるんです。とっても小さいですけどね。だから無理に魔力へと変換するのではなく、マナに協力してもらえれば身体に負担なく行えるんですよ? 今のカイ君みたいに……」


 ルーの説明を聞いたカイは驚きの連続だった。マナに意思があったこと。マナが協力をしてくれたこと。浮き足立つカイとは対照的に落ち着いているルーはいつもの笑顔で確認をする。


「どうでしょうか? お役に立てましたか?」

「あ、はい! ルーさん。ありがとうございます! おかげで助かりました」


 笑顔で感謝を伝えるカイに満足したようルーは軽く会釈をしてゆっくりとした足取りでルーアの元へと戻る。一方のルーアは驚愕のあまり目を見開き口を大きく開けていた。


「あ、あんな……、簡単なことなのかよ……。しかも、マナに意思があったなんて知らなかったぜ……」

「えぇ、マナには意思があります。……でも、見た目ほど簡単じゃないですよ?」

「あん? 何でだよ? 要するにマナに願えばいいんだろう?」

「はい。でも、先程も言ったようにマナには意思があります。マナが力を貸してくれるかどうかはマナ次第なんですよ」

「はぁ? じゃあ、今のはたまたまってことかよ?」


 ルーアの疑問に対してルーは頭を横に振り否定する。


「違いますよ。カイ君はマナに好かれているんです。修行を見せてもらってわかりました。だから、この方法を教えたんです」

「好かれてる? カイがマナに?」

「はい。マナは純粋な心を持っている人が好きなんです。だから、マナはカイ君に力を貸してあげたがっていたんです。でも、カイ君は無理にマナを魔力へと変換しようとしていたからマナは反発していたんです」


 ルーの話しを聞いてルーアは大体のことを理解するが、同時にあることが頭にきていた。


「……そういうことか。だから俺様が魔力に変換しようとしても全然上手くいかなかったのか! このクソマナ野郎がぁー!」

「うふふ。普通はそうですよ? 一部の人間がマナを魔力へ変換するのも無理矢理やっているんです。本当はそんなことをしなくてもいいんですけどね……」

「けっ! ……でも、カイが好かれてる理由はなんとなくわかる気がするぜ……」

「えぇ、そうですね……」


 話を終えると二人はカイをしばらく眺め、その後でルーはルーアに挨拶をして離れて行く。


 ルーは歩きながら過去を思い出していた。今はもういない人物のことを。思い出したようにルーは呟く……。


「……あの人も……マナに好かれていれば……」



 カイ、リディア、ルーアは、サイラスの街を出て周囲の平原を歩いていた。今日はよく晴れ風も穏やかだ。目的の場所は何もない平原で周囲には人も動物も見当たらない。


 カイはリディアに見せたいものがあった。それは、この一ヵ月間でカイが修行をして習得したものだ。準備を始めるためにカイは一人で駆け出し周囲に誰もいないことを念入りに確認する。


「よし! じゃあ、師匠。見ていて下さい!」

「あぁ、わかった」

「しかし、わざわざ見せるほどのもんかぁ?」

「……お前はカイが覚えた魔法を知っているのか?」

「あん? そりゃそうだろう。魔法に関しては俺様があいつの先生だからな!」


 ルーアのしたり顔を見てリディアの心がざわつくが気持ちを静めてカイへ視線を送る。


(……しかし、カイはそんなに覚えたい魔法があったのか? 今まで魔法に関して、そこまで固執してはいなかったが……)


 リディアが自問自答するように考え込んでいると、準備の完了したカイが集中して静かにマナへ語りかけ始める。


『大気に漂うマナに願う。我が声に耳を傾けたまえ、願わくば我が力の糧とならんことを』


 マナへ願うと呼応するようにカイの周囲に淡い光を放つ小さな玉が出現する。小さな光の玉……マナはカイの体内に入り魔力へと姿を変える。マナの取り込んだカイは魔力を右手に集中させると右手を空に向かい上げる。すると右手が輝き始めて魔力が具現化する。具現化した魔力の光はやがて真っ赤な炎となる。


火炎竜巻フレイムサイクロン


 炎の竜巻がカイの前方の空間を焼き尽くす。魔法を放ち終えたカイはその場にへたり込むように倒れる。疲労困憊ひろうこんぱいなカイの元へルーアが飛んでいき悪態をつく。


「はぁ、はぁ、できた。……でも、疲れるなぁ……」

「あーあー、全く。何で無理してまで、こんな広範囲の上級魔法を覚えるかなー? 確かに強力だけど、使い勝手はそんなによくねぇーぞ?」

「ははは……。いいんだ。この魔法は俺にとって思い出の魔法だから……」


 カイとルーアのやり取りを見ていたリディアは全てを理解する。


 カイが覚えたかった魔法、カイが苦しんでまで覚えようとしていた魔法、その魔法がどんな魔法だったか、リディアは理解する。


 大の字で地面に横たわるカイの元へゆっくりとした足取りでリディアは移動する。歩みを止めたリディアは無言で座るとカイの頭部を優しく持ち上げ自分の膝の上へと乗せ、いわゆる膝枕の姿勢になる。突然のことにカイが驚いて何か言おうとするが、先にリディアが口を開く。


「……君が覚えたかった魔法。なぜか理由を教えてもらってもいいか……?」


 静かに尋ねるリディア……。


 答えはわかっていたが、リディアはカイの口から答えを聞きたかった。


 リディアの質問にカイは屈託のない笑顔で答える。


「俺が……この魔法を覚えたかったのは、初めて師匠に出会って見た魔法だからです……。俺にとっては師匠との思い出の魔法なんです!」


「そうか……、ありがとう……」


「いえ……。あ、あのー……。それよりも、師匠? もう大丈夫ですよ? 立てますから、だから――」


「少し、このままでいてくれ。……これは師匠の命令だ……」


「……はい、師匠……」


 カイとリディアは同じ姿勢で穏やかな時を過ごす。因みにルーアは気を利かせたのか何も言わずに少し離れた木の上で昼寝を始めた。


 ◇◇◇◇◇◇


 ある場所の、ある城の、ある円卓に、一人の男が座っていた。眼光鋭く普通の人間なら睨まれただけで恐れを抱くような冷たく青い瞳、漆黒の鎧を纏い黒い外套マントを身につけている。表現するなら黒衣の騎士とでもいうのだろう。男は待っていた。約束の時間はとうに過ぎていたが、最初から時間を守る者などいないと諦めている。そのため、座して待つ……。


 しばらくすると不意に気配が出現する。気配に対して男は静かに告げる。


「遅いぞ。貴様らは時間も守れないのか?」

「あーん。ごめんなさーい。でも、私が一番早いんじゃない? だったら許してよ」


 出現した気配の主である女性は悪びれもせずに意見を述べると謝罪もそこそこに自分の席へと着く。赤いドレスのような服を身につけ、赤紫の長い髪をなびかせる女性は口元に笑みを浮かべる。一方で男は少しだけ不機嫌な様子で眉間に皺を寄せ尋ねる。


「……まぁいい。ところで、。他の連中はどこにいる?」


粘液女王スライムクイーン』サーべラスは男の質問に対して面倒そうにそっぽを向く。


「そんなの私が知るわけないじゃない。あいつらと一緒に行動なんてしてないんだから」

「……困ったものだ」


 男が呆れかけている最中に次々と気配が出現すると部屋の中に声が響いてくる。


「失敬、失敬、失敬。大事な友との約束に遅れてしまった。騎士としてあるまじき行為だ。処断してくれて我は一向に構わんぞ?」


「何だテメーら。もう来てたのか? 暇な奴らはいいなぁ!」


 漆黒の兜、深紅の外套マントを靡かせた六本腕の不死者アンデット不死者アンデット聖騎士パラディン』トリニティ。獅子のような出で立ちに三メートル近い巨体の『魔獣王ビーストキング』リガルドがそれぞれ反対の方向からやってくる。二人を確認した男は少し苛立った口調で命令する。


「無駄口を叩かずに早く座れ!」


 男の言葉に対して、トリニティは申し訳ないと会釈をして、リガルドは舌打ちをして、それぞれ従い自分の席へと座る。全員が席へ着くと男は口を開く。


「では、全員揃ったな? 報告をしてもらおうか」


 男の言葉にサーべラスが首を傾けながら抗議をする。


「えー! まだ全員いないじゃない。レイブンちゃんが来てないわよ?」

「うむ、うむ、うむ、確かに友が一人足りないな……」

「けっ! あのちびは何をしてやがる!」


 三人の抗議に男は端的に説明する。


「レイブンは今回の会議には参加しない。あいつは別命で動いている」

「あら? そうなんだ。なーんだ。つまらないのー」

「そうか、そうか、そうか、ならば安心した」

「別命だ? 生意気な野郎だ!」


 全く話が進まないため男は軽くため息を漏らす。


「……話しを戻すぞ? 報告をしろ! まずはサーべラス。お前からだ」

「はーい! といっても、特に何もないわよ? 言われた通り各地に配下の粘液怪物スライムを送り込んで情報収集はしているけど、お目当てであるの情報は全くないわ」

「そうか……、ところで目立った行動はしていないだろうな? 送り込んだ粘液怪物スライムも、なるべく下級のものにしてあるな?」


 男の言葉にサーべラスは口元に右手人差し指を持っていきながら少し思案する。その時、あることを思い出す。


「えぇ、言われた通りに下級の粘液怪物スライムしか使っていないわ。私の任務は情報収集だもんね。……でも、報告し忘れていたことがあったわ」

「……何だ?」

「わざとじゃないんだけど、村を一つ滅ぼしちゃった」


 妖艶な笑みを浮かべながらサーベラスは全く悪びれもせずに男に報告する。眉間の皺をさらに深くさせ、男はサーべラスを鋭く睨む。しかし、男の視線に気がついてもサーべラスは表情や態度を崩さない。


「そうか。それで人間共の動きに変化はあったのか?」

「うーん。村の調査に人間達が来てたけど、別に私達が動いているとは気づいてはいないみたいよ?」

「……ならいい。引き続き情報収集を続けろ。くれぐれも目立つなよ?」

「あっ! 待って! 実はその村の粘液怪物スライムを全滅させた奴がいるんだけど? ……そいつが勇者ってことはあるかな?」


 悪戯っぽい笑みで重大なことをあっさりと報告するサーべラスに男の苛立ちはさらに増し表情の険しさもより深くなる。対照的にサーべラスは微笑を崩さずに面白がっている。


(こいつは……。何の報告も上げていないかと思えば、そんな情報を持っているとは……)


「……そいつの情報は?」

「えーっと。何でも旅の女戦士で百体以上の粘液怪物スライムを一人で倒したみたいよ?」

「ほぅ、ほぅ、ほぅ。それは、興味深い」

「ふん。粘液怪物スライム如き例え千体いたところで相手になるか! しかも、下級の粘液怪物スライムだろうが! 種類はなんだ、サーべラス!」


 周囲で報告を聞いていたトリニティは興味深げに反応する。一方でリガルドは虫の居所が悪い様子で喚き散らす。リガルドの物言いにサーべラスは一瞬だけ不快気な表情を浮かべるが、すぐに笑みを取り戻す。


緑粘液怪物グリーンスライムよ」


 サーべラスの返答にリガルドは呆れた様子で吠える。


「くだらん! 緑粘液怪物グリーンスライムだと!? そんな魔物を倒したからといって勇者であるはずがない!」

「あら? 私は勇者を見つけたなんて一言も言ってないわよ? 勇者の可能性があるかもって話をしただけ、勘違いしないでもらえるかしら?」


 挑発するようなサーべラスの言葉にリガルドがさらに噛みつこうと口を開きかけるが、二人の会話に男が割って入る。


「もういい! 二人とも落ち着け。……サーべラス。そいつが勇者かはわからんが、できる限り情報を集めておけ! あとは現状通りで構わん。それから、リガルド。報告中に騒ぐな! 文句なら後で聞いてやる」

「うふふ。はーい。了解しました」

「……くそ! わかった。悪かった」


 楽しそうに笑うサーべラスと不機嫌なリガルド、ともに納得した様子はないが男の言葉には素直に従う。


「……では、次だ。トリニティ。報告しろ」


 指名されたトリニティは即座に反応する。トリニティは何故か突如として立ち上がり外套マントを翻すと、右手三本で拳を力強く握り、残り三本の左手は円卓に手をつけ、身体は小刻みに震える。


「すまぬ、すまぬ、すまぬ。魔王様のため、そして友のために勇者を見つけ出そうと諸国を歩き回っていたが……、勇者を見つけることは叶わなかった。全くもって不甲斐ない結果だ!」


 全身を大袈裟に動かしながら残念な様子を表現するトリニティ。その様子を見ていた三人はそれぞれ違った反応をする。男は呆れため息を吐き、サーべラスは楽しそうに微笑み、リガルドは不快そうに顔を歪める。念のために男はトリニティへ確認をする。


「……トリニティ。私はお前に勇者を探せと命令などしていない。勇者の捜索や情報収集はサーべラスの管轄だ。お前には諸国を巡りながら不死者アンデッドの創造を行い。創造した不死者アンデッドを使い各地で小さな騒ぎを起こせと命令したはずだが?」

 

 男の問いに対して、トリニティは全ての腕で腕組をして首を傾げ考える。


 ――思考して三分経過すると。


 トリニティは、ようやく思い出したかのように口を開く。


「何と、何と、何と、そうであったか!? それは失敬した。てっきり我は諸国を巡り勇者を探すことが目的と思っていた。しかし、安心するがよい友よ。旅の途中で人間の戦士達と戦い不死者アンデッドの創造は何度か行った。その者達がなんとかしたであろう」


 全く安心のできない説明を聞いた男は軽く頭を抱える。一方でサーべラスは傑作とばかりに下腹部を押さえて笑い、リガルドは怒りに満ちた表情でトリニティを睨みつけている。仕方ないとばかりに男はトリニティへ視線を向ける。しかし、直前にサーべラスとリガルドを軽く睨み余計な茶々を入れるなと牽制する。男の視線に気づいた二人は目で合意の合図を送る。


「……わかった。トリニティ。お前はよくやった。だが、お前には新しい任務を与える。そのため別命あるまでは城に留まれ。外に出る際には絶対に私の許可をとるんだ。いいな?」

「うむ、うむ、うむ、了解したぞ。友よ」


 最後に男はリガルドへと視線を移す。しかし、男の表情は険しさを増し、口調も先程の二人への対応より刺々しい。


「さて、リガルド。お前の番だが……。詳しい報告はお前の副官からもらっている。優秀な副官がいて良かったな?」

「ふん。奴はいちいち口うるさいからな。勝手にさせているだけだ。だが、問題はないだろう? こいつらと違って俺様は命令通りに動いたぞ」


 命令を完遂したと自信ありげなリガルドだが、対面している男の表情は険しい。


「確かに命令通りに戦ったようだが……。やりすぎだ馬鹿者が……、言ったはずだぞ! 全滅はさせずに、ある程度の者は生かせと。なぜ命令を無視した? いいわけがあるなら聞いてやる」

「はっ! そんなことか? くだらない。戦いだぞ? 殺し尽くすまでやるのが当然だろうが! 貴様は甘いのだ! そんなことでは相手に舐められてしまうだろうが!」


 怒鳴り散らすリガルドに対して男は冷静を装うが、瞳の奥に静かな殺意が宿り始める。凍てつくような殺意が場を包み始めるとリガルドの背筋に寒気が走る。緊張の走る最中に男は最後通告をする。


「……わかった。貴様の意見は聞いてやった。では、ここで選択肢をくれてやる。これからは私に従うか? それとも、……ここで死ぬか? 今すぐ選べ!」


 男が放つ本気の殺意にリガルドの顔は青ざめる。次の発言で自らの運命が決定することになるリガルドは慎重に口を開く。


「……従おう。『魔人王デーモンキング』ユダ……」


 恭順するというリガルドの言葉を受けた『魔人王デーモンキング』ユダは殺気を解くと『粘液女王スライムクイーン』サーベラス、『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティ、『魔獣王ビーストキング』リガルドの一同を見渡す。


「では、これで終了だ。各人とも命令通りに動くように! 私はこれから魔王様へ報告へいく。……散れ!」


 話し合いが終了すると三人はそれぞれ動き出す。三人の気配が消失すると精神的な疲労からユダは軽くため息をつく。その時、男か女か定かではないくぐもった声が響く。


「……終わった?」


 響いた声を聞いてユダは苦笑する。


「ふっ……。いたのなら話し合いに参加するべきだろう? レイブン」


 ユダの問いかけに応えるように闇からゆっくりと人影が出てくる。出現した人物は、漆黒のローブを纏い、顔にはピエロのような仮面をつけている。容姿は仮面とローブで隠れて定かではないが身長は百六十センチメートル程、また口調から女性と判断できた。


 レイブンと呼ばれる人物は首を軽く横に振る。


「いや。私はあいつらが好きじゃない。……知っているでしょう?」

「あぁ、知っている。……ここにいるということは準備が終わったのか?」

「えぇ、あとは命令を待つだけ。……これで私の望みが一つ叶う……」

「……そうか。だが、少し待て。魔王様からの命令はまだ出ていない」

「知ってるわ。……いつ頃出るかわかる?」


 問いかけに対してユダは少し視線を宙へと向けて考える。


「正確にはわからないが……。そこまで時間は掛らんだろう。早くて数年だな……」

「……そう、ならいい。何十年も待っていたんだから今さら数年ぐらい待てる」


 レイブンを見ながらユダは少し寂しげな表情をする。


「確認するが……。後悔はないな?」

「後悔? なぜ?」

「……私の……いや、俺の口から言わせるのか?」

「あら? その言い方は久々に聞いたわね」

「お互い様だろう? それで? どうなんだ?」

「……さぁ、どうだろう……」


 答えを濁した状態で二人の会話は終了する。レイブンは闇の中へ消え、ユダも魔王の元へ向かう。


 長い廊下を歩き大きな門にたどり着く。


 門の前でユダは口を開く。


「魔王様。ユダでございます。作戦の進行状況を報告しに来ました。扉をお開け下さい」


 言葉が放たれると数秒後に扉はゆっくりと開いていく。


 躊躇することなく部屋へと入るとユダはある地点まで進む。


 部屋の中央付近で跪くユダ。


 玉座には――魔王がいた。

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