第15話 強襲
サイラスから四十キロメートル程離れた砂漠地帯に、カイ、リディア、ルーアの三人がいる。三人はミミズのような風貌の巨大な怪物――
「くっ!」
剣を構えながらカイは紙一重で
(……普通に考えれば頭が急所だよなぁ? ……でも、こいつの頭って口がある方でいいのか? 大きすぎてどこがなんだかわからないぞ)
カイが頭を悩ませている間も
「遅っせーぞ! カイ! 待ちくたびれちまったよー」
「黙れ! 羽虫! カイ、よくやった。だが、少し力任せすぎる。今の君なら一撃で倒すことも可能なはずだ。帰ったらそこを教えよう」
砂漠地帯にルーアの喚き声とリディアの労いの声が響く。二人を見たカイは笑顔になり、二人の元へ早足で歩んでいく。
◇
「はいー。
称賛するルーだが、カイは照れながら否定をする。
「いいえ。俺なんかまだまだですよ」
「そうなんですかー? でも、カイ君達と出会って四ヵ月程ですけど魔物討伐の成功率は百パーセントですよ?」
「ははは。師匠のおかげですから」
謙遜するようにカイがリディアを持ちあげる。しかし、横にいるリディアは頭を軽く横に振り即座に否定する。
「いいや。全てカイの力だ。君が行ってきた修練の賜物だ」
「師匠……」
二人が互いを認め合う最中にルーアが場の空気をぶち壊す。
「へっ! それもこれも親分である俺様のおかげだな。テメーら感謝しろよ!」
偉そうにカイの頭上でルーアは胸を張りながらふんぞり返る。偉そうな物言いのルーアを見たルーはいつもの笑顔を見せ、カイは呆れ顔、リディアは目を三角にして睨みつけていた。そのとき扉の方から慌ただしい音と声が聞こえてくる。全員が何事かと視線を送る。視線の先で兵士数人と何かを叫んでいる戦士風の男が揉めている。
「落ち着け!
「くそ、暴れるな!」
「化け物だ! 化け物がいるんだ! 早く! 早く! 助けにいかないとー!」
戦士風の男が兵士たちの制止を振り切り叫んでいる。戦士風の男をよく見るとあちこちうす汚れ怪我を負っている。場が荒れる中で兵士の一人がルーの元へ駆けてくる。
「すまないが、ここにいる神官にあいつの治療を頼みたい! 本来なら神殿まで連れて行くんだが……。錯乱して手がつけられん。それに彼の話が本当ならここの依頼を受けた帰りだそうなんだ……」
事情を説明する兵士に対してルーは頷く。
「はい。あの人はクライさんです。確かにここで依頼を受けています。私が担当しましたから……。すぐに神官さんを呼んできます!」
急ぎルーは踵を返して奥へと姿を消す。その間もクライは必至の形相で訴え続ける。
「助けてくれ! 化け物だ! 化け物が来るんだー!」
◇
神官の治療により、クライはようやく眠りにつく。しかし、周囲はまだ騒然としていた。そもそも一人で帰ってきたが出発の際には五人いたはずだ。残り四人の仲間はどうなったのか? 化け物とはなんのことか? 何があったのか? ……という疑問が尽きない状況だ。兵士との会話が終わりルーが戻ってくる。何が起こっているのか気になっていたカイ達はその場に残っていた。
「大丈夫ですか? ルーさん」
カイの言葉にルーは弱々しいが笑顔で対応する。
「はいー。……大丈夫です。こういう仕事ですから、依頼に失敗して全滅してしまうことも珍しくはないんですよ? 一人でも帰ってこられたのですから、そこは不幸中の幸いです……」
ルーの言葉がカイに重く響く。今まで依頼を受けてきたが、失敗することで『死』もあり得たことを再認識した。カイが押し黙っていると次にリディアがルーへあることを尋ねる。
「ルーよ。先程の男は戦士になったばかりか?」
「えっ? いいえ。クライさんはベテランの方ですよ。もう、十年近くはここで依頼をこなしていたはずですけど……」
「そうか。それにしては取り乱しすぎだな……。何があったのか……」
その場にいた全員が答えを持っていない。すっきりとしない状況だが、カイ達はルーに挨拶をして帰路へ着く。帰り道にリディアには気がかりなことがあった。
(……気になる。あの男には妙な気配が一緒についていた。……あの気配は以前あそこで感じたものに近い気がする……)
◇
翌日、カイ、リディア、ルーアの三人は昨日のことが気になり
「おはようございまーす! 今日は依頼を受けに来たんですか?」
「……いえ、何ていうか……」
「昨日のことが気になっていた。何かわかったか?」
どう切り出すかカイは悩んでいたが、リディアはお構いなしに直接ルーへ尋ねる。一方で尋ねられたルーは最初の困った表情を見せるとカイ達三人を待合室へ案内する。カイ達がソファーに腰をかけるとルーも向かい側のソファーへと腰掛ける。全員を一度見渡すとルーが話を始める。
「これから話すことは外部へは漏らさないようにお願いします。実は――」
約二週間前にオーサの大森林付近で見たことのない魔物の報告が行商人から伝えられる。そのため、オーサの大森林を調査する依頼が出た。その依頼こそが全ての始まりとなる……。
不確定な情報と調査だけということで当初は簡単な依頼扱いとなる。そのため、依頼は新人の戦士が最初に受けていた。しかし、その依頼を受けた戦士が戻ってくることはなかった。依頼は失敗したと判断される。その結果から依頼の難易度を上げ、ベテランの戦士へ依頼をする運びになる。白羽の矢が立った人物こそが、昨日いたクライを含めた五人だ。だが、昨日の様子から依頼は失敗したと判断され、生存者もクライ以外は絶望的と考えられる。
ルーの話を聞いたカイ達は沈黙するが、その沈黙を破るようにリディアが確信を突く。
「なるほど。ここへ通したのは、私達にその件を依頼したいからか?」
リディアの言葉にカイとルーアは驚き、ルーは表情を曇らせる。
「……流石はリディアさんですね。確かに上からの通達で『腕の立つ戦士に依頼を促すように』とは言われています。――ですが、個人的に申しますとこの依頼をリディアさん達に勧めたくはありません。みなさんを信頼しています。でも、今回の仕事は不確定要素が多すぎます。そもそも本当に魔物なのかすらわかりません。しかも、クライさんの取り乱したあの姿を見た後では余計に……」
全員が沈黙する。誰も口を開けない状況にしびれを切らしたルーアが突如として喚き散らす。
「あぁー! 面倒くせー! じゃあ、どうすんだよ! このまま謎で終わらせんのか!? それから、カイとリディア! お前らは行く気があるのか? それとも、ねぇのか。どっちなんだよ! それだけの話だろうが! 黙りこくってんじゃねぇー!」
一方的なルーアの言い分にルーとカイは呆気にとられるが、言いたいことは理解できたので少し微笑む、残るリディアは『うるさい、羽虫だ』としかめっ面をしている。
「……そうですね。ルーア君の言う通りです。私も私情は挟まずにお仕事をさせてもらいます。先程の依頼ですが……。よろしければ受けてもらえませんか? 依頼場所はオーサの大森林。依頼内容は謎の魔物調査です。依頼内容が内容ですので、依頼料は金貨百枚とさせてもらっています。……そして、もしも原因を取り除いた場合はさらに金貨五百枚を増額させてもらいます」
報酬が破格なことにカイは少し驚くが今まで依頼を受けた人間のほとんどが死亡していることを考えると、特に驚くことはないと考え直すとリディアを横目で窺う。目を閉じ考えていたリディアが目を開くと同時に口も開く。
「……いいだろう。ただし、調査を優先させてもらう。討伐は期待しないでもらおう」
依頼を受諾するリディアの言葉に、ルーは一瞬だけ表情を曇らせるがすぐに受付嬢としての表情へ戻す。
「……わかりました。依頼を受けてもらえたことに
不安を拭いきれないルーに対してリディアは強く頷き、カイも遅れて頷く。最後にルーアはいつものような軽口を叩く。
「へっ! 俺様達に任せとけってんだ!」
その後、ルーから依頼の詳細を説明された三人は
◇
翌日、オーサの大森林入り口付近。
サイラスからの馬車移動は特に滞りなく順調だ。唯一問題があるとすれば、どんよりとした黒い雲が空を覆っているため、いつ雨が降ってもおかしくないという状況だろう。カイ、リディア、ルーアの三人は馬車から下りるとオーサの大森林へ入る準備を始める。
「どうだ。準備はできたか? カイ」
「はい。大丈夫です。師匠」
「よし、では入るぞ」
リディアを先頭にオーサの大森林へ入ろうとする一行。すると
「では、皆さん。我々は入り口に待機しています。……ですが、事前に説明があったように一週間を過ぎる場合や護衛の戦士が危険と判断した場合……。我々はあなた方を置いてサイラスへと引き返します」
「あぁ、わかっている」
「では、ご武運を……」
心配する言葉と視線を背に受け、カイ、リディア、ルーアの三人はオーサの大森林へと足を踏み入れる。
前回と同様にオーサの大森林は視界が悪く周囲に苔があちこちに生えていたが、リディアには障害とならず、空を飛ぶルーアにも問題はない。ではカイは……?
以前のカイは移動に苦労していたが今回はというと……。これまでの経験を活かしリディアと遜色することないスムーズな移動をカイも行えるようになっている。しかし、以前とは違い今回は未知の魔物がいるという情報と実際に命を落としている者が複数いる事実がカイにプレッシャーを与え若干だが動きを固くしていた。カイの動きに気がついたリディアは軽く振り返る。
「カイ。大丈夫だ。私がいる。……それに、君は十分に強い自信を持て」
力強いリディアの言葉にカイのプレッシャーは和いでいく。
「……はい。ありがとうございます。師匠」
しばらく探索を続けていたが魔物はおろかクライの仲間がいた痕跡も見つからない。そうこうしているうちに雨が降り始めてくる。少し早かったが探索を切り上げカイ達は野営の準備に入る。以前、妖精の木漏れ日でリディアが買ったテントをカイが手早く準備する。雨の勢いが増してきていることもあり、カイとルーアはすぐにテントへ避難する。しかし、一向にリディアがテントへと入ってこない。不思議に思ったカイがテントから出てリディアへ疑問をぶつける。
「師匠? どうかしたんですか?」
「うん? 何がだ?」
「いえ、もうテントの準備は終わったので入って下さい。そのままだと濡れちゃいますよ」
「そのテントは君のために買ったものだ。君はそこで休んでいてくれ、私は外で警戒を続ける」
当然のようにリディアは雨の中、直立した状態で警戒を続ける。しかし、リディアの発言を聞いたカイは驚き反論する。
「えっ!? そんな……。だったら俺が外で警戒します! 師匠は中で休んで下さい」
「いや、君が休むべきだ」
「いえ、俺が――」
「いや、君が――」
珍しくカイとリディアが言い合いを開始する。その様子を見ていたルーアが面倒臭そうに動き出す。
「あー! うるせえー! じゃあ、今日は特別に俺様が外で警戒しておいてやるよ。オメーらは休んでろ!」
自分から警戒することを買って出るルーアの言葉にカイとリディアは目を丸くする。二人の反応にルーアは気分を害したように怒鳴る。
「何なんだ! オメーら! その顔は! 俺様が代わってやるって言ってるんだから素直に喜べよ!」
「……いや、ごめん。ありがたいとは思ってるけど、お前からそんなことを言うとは夢にも思わなかったから……」
「貴様……。何か拾い食いでもしたな? 精神に作用する毒が発動しているぞ」
好き勝手にディスるカイとリディアにルーアは腹を立てるが、心を落ち着けて理由を語る。
「おい! 今回の依頼がヤバそうなのは俺様だってわかってる。もしも戦闘になったら俺様はほとんど役に立てねぇ。……だから、オメーらは少しでも休んで体力を温存しておけってことだよ。わかったか!」
いつものように乱暴な言葉遣いのルーアだが、カイもリディアも理解する。二人のためにルーアが率先して動いていることを……。すると、珍しくリディアがルーアに注意をする。
「わかった。では、ルーア。何かあったときは大声を出すか魔法を撃て。それで異常があったと判断する」
「おう! 任せろ。まぁ、魔物が出てきても俺様が倒しちまうかも知んねぇーけどな!」
「でも、ルーア。さすがに交代しないと眠くなったり疲れないか?」
心配するカイにルーアは片方の口元を上げ自信あり気に宣言する。
「へっ! 俺様は大悪魔のルーア様だぞ? そもそも悪魔ってのは別に睡眠なんかとらなくても問題ねぇーんだよ」
「えっ? じゃあ、普段からよく昼寝してたのは何でだ?」
「へっ? あれは、単純に昼寝をしたかったから寝てただけだぞ?」
「……えっ?」
「あん?」
カイとルーアの間に妙な空気が流れる……。
(……要するに昼間からルーアが寝てたのは、眠かったわけでも疲れていたわけでもなく……。単純にぐーたらしてただけってこと?)
ルーアの生活態度を思い起こしカイは腹を立てるが、これから見張りをするというルーアを怒るわけにはいかずあることを決心する。
(よし! 帰ったら……。こいつの生活態度を改めさせよう!)
「わかった。お前に任せるけど、無理はするなよ?」
「おう! オメーらこそ二人きりになるからって油断すんじゃねぇーぞ!」
からかうような捨て台詞を残してルーアはテントから勢いよく出て行く。こうしてテントにはカイとリディアだけになる。広いテントではないが、二人が座ったり、眠ったりするのに支障はないほどの広さはある。二人は余計な体力を使わないように携帯食で食事をとりすぐに休むことにする。だが、眠りに着く前にカイはリディアへ質問する。
「それにしても、師匠。ここまでは何事もなく来れましたけど、本当に未知の魔物がいるんですかね?」
「……それは、わからない。だが、何かがいるのは確かだな……」
「えっ? そうなんですか?」
「あぁ、ここまで何事もなく来られたことがすでに問題だ」
発言の真意が理解できないカイは首を傾げる。カイの行動から理解していないと判断したリディアは補足する。
「以前、この森に来た時のことを覚えているか?」
「はい」
「おかしいとは思わないか? ここまで進んできて魔獣どころか動物の気配がないことに……」
リディアの問いにカイはようやく気づく森に入ってから異様に静かなことに……。魔獣が襲って来ないどころか生き物の気配を感じなかったことを……。リディア程ではないが、カイは以前よりも気配の探知が可能になっている。そのため、異様な状況に驚愕する。
「そ、そうですよね……。あれだけ警戒しながら移動していたのに何も探知できなかった……。でも、師匠。それって一体……」
カイの疑問にリディアはゆっくりと頭を横に振る。
「理由はわからない。だが、何かが起こっている。そして人間だけでなく魔獣や動物も襲われた可能性がある。……君は気づかなかったようだが、あちこちに戦闘の痕跡があった」
「えっ!? そんな痕跡があったんですか?」
「あぁ。ご丁寧に痕跡を消してはいたが細かい痕跡は残っていた。まず間違いない。そして痕跡を隠すということは、ある程度の知恵があるということ。それに、ばれるとまずいと思っている者がいるということだ」
次々に知らされる事実にカイへ言い知れぬ不安が襲う。しかし、同時に自分自身が非常に情けない気持に陥る。同じように移動していたが、リディアは異常に気がつき、一方でカイは何も気がつくことができなかった。役立たずの自分がリディアに迷惑をかけているとカイは落ち込んでしまう。意気消沈しているカイの様子を見たリディアが心配そうに尋ねる。
「うん? カイ。どうした?」
「あ、いえ……。俺は……。すみません。師匠」
唐突なカイからの謝罪にリディアは意味が分からない様子で首を傾げる。
「なぜ謝るんだ?」
「……俺は師匠に鍛えてもらっているのに……。何も気づけなくて……。それどころか迷惑ばかりかけています……」
下を向きながら申し訳なさそうに話すカイの頭部をリディアは優しく撫でる。
「カイ。そんな悲しい顔をすることはない。君はまだ修行の途中だ。気づけないこともある。だが、それはこれから学んでいけばいい。……焦らなくていい。だから、カイ……」
不器用なりに励ますリディアの言葉にカイは感謝する。沈んだ気持ちを奮い立たせると気合いを入れて声を上げる。
「……はい! 師匠! 俺、頑張ります!」
「あぁ。では、そろそろ休もう」
いろいろとあったが、二人は休むことにする。
横にはなったが、カイは緊張していた。
(……よく考えたら、師匠と同じ空間で寝るんだよなぁ……。いやいや、野営とかではいつも近くにいたじゃないか同じことだ。……でも、なんか緊張するなぁ……)
リディア……というよりは、女性と同じ空間で眠るということに気持ちがざわめくカイだが気持ちを落ちつけて眠りに入る。一方のリディアは先程カイに言われたことを考えていた。
(役に立たないか。……違うよ。カイ。私は君がいてくれてとても嬉しいんだ……。君の笑顔を見ると胸の奥が暖かくなる。逆に君が悲しんでいると胸の奥が痛くなる。……だから君には笑顔でいて欲しい……)
◇◇◇◇◇◇
地下へと続く螺旋階段を歩く二つの影がある。漆黒の鎧と漆黒の
「トリニティ。やれ」
「ふむ、ふむ、ふむ、友よ。やれとは何のことだ?」
理解していないトリニティの言葉にユダはため息をつく。このやり取りは何度目なのかと愚痴を言いたくなっていた。だが、トリニティへ注意したところで余計に疲労することをユダは理解している。そのため、何度も説明したことをまた口にする。
「……死体を目の前にすれば、お前がやることなど一つしかあるまい?
「なるほど、なるほど、なるほど、了解した。では、いくぞ!」
宣言したトリニティは六本の腕を全て天にかざして高らかに叫ぶ。
『
力ある言葉に呼応するように地中から赤黒い霧がたちこめ死体を呑みこんでいく。すると霧に包まれた死体が偽りの生命を得て動き出す。
さまざまな
多種多様な
「ほぅ。
「残念、残念、残念。是非とも一手交えたかったものだ」
「……トリニティサマガ、テヲクダスホドノモノデハアリマセンデシタ……」
突如として雑音のような声が部屋の片隅から響くが、ユダとトリニティは当然のように響いてきた声の主と会話をする。
「そうか、そうか、そうか、お前が言うのであればそうなのだろう。……だが、我は騎士だ! 騎士たる者、剣を交えてこそだと思うのだ!」
大袈裟に
「ご苦労だったな、レイアー。お前の働きは称賛に値する」
レイアーと呼ばれた人物はユダの言葉に対して深々と頭を下げる。
「モッタイナイオコトバデス。ユダサマ。……ワタシハ、トリニティサマノフクカントシテ、ユダサマノメイレイドオリニウゴイタダケデス」
「その命令通りに動くということが重要だ。私の横にいる貴様の主人のように命令をよく理解できない者が私の周りには多いのでな……」
ユダの痛烈な皮肉に対して肯定も否定もできないレイアーは何も言わずに佇む。一方で嫌味を言われたトリニティは、そのことを理解せずに「そうか、そうか、そうか、大変だな友よ」と他人事のようにユダへ相槌を打つ。皮肉も通じないトリニティにユダは頭を抱えたくなるが、これ以上は面倒と話を戻す。
「それで、レイアーよ。何か問題はあるか?」
「……オソレナガラモウシアゲマス。ニンゲンドモガ、ワタシノソンザイニキヅキハジメタカノウセイガアリマス」
「ほぅ。そうなのか? まぁ、さすがに帰ってこない人間が増えれば異常に気づくか……。では、撤収だな。場所を変える。……だが、最後にもう一度だけ狩りの場所へ行け! そして人間がいた場合は殺して、いつも通りにここへ持ってこい。何もいなければすぐに帰還しろ。いいな?」
「カシコマリマシタ。カナラズヤゴキタイニソッタコウドウヲトッテミセマス」
命令に受諾したレイアーは闇の中へ消えていく。
◇◇◇◇◇◇
朝日と植物独特の青臭さを感じたカイは目を覚ます。眠りながらも警戒はしていたが、特に異常もなく夜は終了する。起き上がり隣にいるリディアへ視線を移すがすでに姿はない。テントの入り口へ視線を動かそうとすると、リディアがいつもの口調で尋ねてくる。
「起きたか? カイ」
寝起きとは思えない、いつもの凛とした姿のリディアがいる。
「あ、はい。おはようございます。師匠」
「あぁ、おはよう」
警戒をするようにテントから視線を走らせているリディアへ近寄る。
「何かありましたか?」
「いや、特に何もないようだ。ルーアの奴もあそこの木の上で警戒しているようだな」
状況を説明しながらリディアはルーアがいる木を指し示す。「何もない」というリディアの言葉に安心したカイは同時に一晩中警戒をしてくれたルーアへ感謝をする。
「良かった。……じゃあ、朝ごはんを作ります! 雨も止んでいますから、スープでも作りますよ」
「わかった。なら私はテントを片付けよう」
「はい、お願いします」
テントから外へ出ると周囲を軽く見渡すが、リディアの言う通り異常は何もない。カイは早速スープを作る準備をする。火を起こすと鍋に水と調味料を入れ、あとは煮立つのを待つだけの状態になる。準備は整ったので、ルーアを呼ぶためにカイはある大木まで歩み寄る。大木の根本に到着すると上を見上げ、木の上にいるであろうルーアへ声をかける。
「おーい! ルーア!」
「うん? 何だよ! カイ!」
「朝ごはんにするから降りてこいよー!」
「おっ! よっしゃー!」
「食事」というワードに反応するとルーアはすぐに降りてくる。
「ルーア、寝ずの番をご苦労様。身体が冷えたろう? 温かいスープにしたからいっぱい食べてくれ」
「おう! 言われなくても食べてやるよ!」
テンション高く答えたルーアは、カイを置き去りにして一目散にテントの方へ飛んで行く。だが、テントから焦った様子でリディアが叫ぶ。
「ルーア! 上だ!」
突然のことでルーアは反応することができない。無防備な上空から黒い影がルーアを目掛けて高速で落下してくる。黒い影はルーアがいた場所を正確に貫く。
何かを突き刺したような鈍い音の後、辺りに血生臭い臭いが広がる。大地には血だまりが形成される。そう……、上空から降ってきた何者かに腹部を貫かれてしまう。
カイが――
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