第13話 魔法修行

 カイ、リディア、ルーアが白銀はくぎんの塔を訪れて三日が経過する。その間にサイラス周辺の粘液怪物スライム討伐の依頼を受けると同時に、ルーへクリエを紹介してもらえたことへの感謝を伝えるなど相変わらずな日々を過ごしていた。しかし、珍しくリディアは悩みを抱える。その悩みとは、三日前にカイから言われた『魔法を教えて欲しい』という頼みについてだ。


(ふむ。……どうすればいいんだ? 確かに私は魔法を使えるが、どのように教えればいいか見当がつかない……)


 リディアは確かに魔法を使える。だが、リディアは魔法の修行をしてきたわけでも誰かに魔法を教わったわけでもない。他者が魔法を使用しているところを見て魔法を覚えるという。ある意味リディアだからこそできる感覚的に魔法を習得して使用している。当然だが剣術に関しても誰かに教わったわけではないが、剣術に関して言えば自分なりに修行や実践を経験することで自分の剣というものを会得するに至っている。そのため、剣術を指南することはできたが魔法に関しては自信がない。というよりは、どのように教えるべきか方法が思いつかない。


(……ここは、クリエに頼むべきか? いや、白銀はくぎんの塔に所属する魔術師に頼むのは難しいだろう。なら、ルーはどうだ? 見たところかなりの魔力を持っている。魔法は使えるはずだ……。だが、ルーも仕事があるから――)


 堂々巡りとなり悩むリディアの元へふわふわと不適な笑みを浮かべるルーアが飛んでくる。


「よう! 悩んでるみたいだな」

「……何だ? 今は貴様にかまっている暇はない」

「へー、そんな態度でいいのかよ? 俺様はお前の悩みを解決する方法を教えてやろうってんだぜ?」

「何……?」

「へっ! 聞く気になったかよ?」

「……いいだろう。話せ」

「よし、いいか。ようするに――」


 ある提案をするルーアだが、提案を聞いたリディアは即座に却下する。しかし、お得意の口八丁でリディアを巧妙に説得する。ルーアの説得によりリディアは渋々といった様子で提案を受け入れる。


 ◇


 自宅から少し離れた空き地でカイは日課である剣の素振りを行う。これまでの修行により、考えごとをしていても剣に乱れはみられない。


(うーん。師匠に魔法を教えて欲しいってお願いしたけど……。何か変に悩んでいる気がするなぁ。ここは専門家のクリエさんに頼んだほうがいいのかな? でも、白銀はくぎんの塔――しかも、そこでかなり偉い人であるクリエさんが素人の俺に教えてくれるのかな? ……白銀はくぎんの塔か。ロイが行きたがってたんだよなぁ……。まさか、俺が足を踏み入れるなんて……。ロイが知ったら、きっと羨ましがっただろうな……。まだ、ザック村には行けてないけど、いずれこのお守りを届けないと――)


 剣を振りながら多くのことを考えているカイへ声が掛けられる。


「おーい! カイ!」

「うん? ルーア。それに師匠も。どうしましたー?」


 近づいてくるリディアとルーアに気付いたカイは剣の素振りを中断してリディアとルーアへ歩み寄るがあることに気がつく。なぜかリディアは複雑な表情を浮かべ、ルーアは満面の笑みを浮かべている。違和感を感じながらもカイが合流するとリディアはため息混じりに発表する。


「君に魔法を教えるための先生を連れてきた……」

「えっ? 師匠が教えてくれるんじゃないんですか?」

「すまない……。魔法に関していうと私では荷が重い……」

「そうなんですか。……わかりました。それで、その先生はどこですか?」


 周囲を見渡すカイだが、それらしい人物が見当たらない。その時、偉そうな声が周囲に響く。


「俺様だ! このルーア様が今日からオメーに魔法を教える先生だ! ちゃんと敬えよー!」


 踏ん反り返りながら鼻息荒く告げるルーアをリディアは睨み、カイは呆然とした表情を浮かべる。


「……えーっと。師匠? 冗談ですよね?」

「なんだとー!」

「残念ながら冗談ではない。私では君に魔法を教えられない。だが、ルーアなら教えられる。仮にも悪魔だ。魔法や魔力に関しては普通の人間以上に知識はあるはずだ。それに自信があると自分から売り込んできた」

「はぁ……」

「へへん! まぁ、俺様に任せとけって!」


 こうして、今日からカイの魔法修行が幕を開ける。


 困惑の続くカイの周囲をルーアは何故か円を描くように飛び回る。その様子をカイは目で追うが特に説明もなく唐突にルーアは動きを止める。


「よーし。修行を始めるぜ!」

「おう! 頼むぞルーア!」


 気合い十分なカイの返事を聞いたルーアは露骨に顔を歪める。意味が分からないカイは首を傾げる。


「何だよ、その顔は?」

「オメーな! 俺様の話を聞いてなかったのか! 今日から俺様はオメーの先生なんだぞ! だったら口の聞き方に気をつけてもらおうか!」


 そう、ルーアはカイの口調に対して文句を言っているのだ。意味を理解したカイは苦笑するが気持ちを切り替えると背筋を伸ばして丁寧に返答する。


「はい! では、ルーア先生。修行の方をよろしくお願いします!」

「よーし。任せろ! ……つっても、そんなに時間はかからねーと思うけどなー」

「えっ? そうなの?」

「あぁ、初級の魔法ぐらいなら俺様が教えればすぐに使えるようになると思うぜ」

「……嘘くさー」

「あっ! 疑いやがったな!」


 怒りを露わにするルーアにカイは首を横に振りながらも懐疑的だ。


「あー、悪い悪い。でも、俺は今まで魔法なんて使ったことないんだぞ? それをすぐって言われてもな……」

「けっ! 人間と一緒にすんなよ。俺様なりの教え方っていうのがあるんだよ!」


 自信満々なルーアは早速カイをその場に座らせ力を抜くよう指示をする。ルーアは空中に浮きながらカイの背中に回り肩に手を置く。


「カイ。一応は聞いておくけど、オメーは自分の魔力を感知できてないんだよな?」

「魔力の感知? いや、そう言われてもさっぱりだ。……いや、です」

「まぁ、そうだろうな。しっかし、もったいねーな。それなりの魔力を持ってるのに、人間っていうのは自分の力なのに使うどころか存在にも気づかないなんてな」

「……ルーア先生はわかるんですか?」

「当り前だろうが。というか俺様みたいな悪魔は魔力を中心に身体が構成されてんだよ」

「魔力を中心……?」


 悪魔とは人間や他の生命体とは異なる。便宜上は肉体を持っているが本質は魔力に依るところが大きい。しかし、魔力だけでは魔力のないものへと干渉する際に不都合が生じる。そのために人間のような肉体を形成している。だが、その肉体は仮初かりそめのため、悪魔への物理的な攻撃は効果が薄くなる。その特性により、ルーアはリディアに何度殴られても立ち上がることができるのだ。けれど、当然ながら魔力での攻撃は防御しない限り損傷ダメージを受けてしまう。


「そうだ。だから俺様にとって魔力なんてのは当たり前なんだよ」

「ふーん? よくわからないけど、すごいんだなぁ」

「へっ! じゃあ、ちょっと荒っぽいことをするけど、……そのまま力を抜いてろよ?」

「……何をするかは知らないけど、お手柔らかに頼むぞ?」

「へへ。いくぞ!」


魔力吸収マジックドレイン


魔力吸収マジックドレイン』:対象の魔力を奪い自分の魔力を回復させる魔法。


 ルーアが『魔力吸収マジックドレイン』を使用してカイの魔力を吸収する。するとカイに今まで感じたことのない不快感が身体を襲う。


「くっ! ル、ルーア……。こ、これって……?」

「落ち着けカイ! 力を入れんな! 今、オメーの魔力を吸収してるんだけど、滅茶苦茶に手加減してゆっくりやってんだからよ! それよりも、わかるか? 魔力の流れが」


 説明を聞いたカイは自分に起きている身体の異変に集中する。すると、今まで魔力を感じたことのないカイは初めて自分の身体から何かが流れ奪われていることに気がつく。魔力を奪われることでカイは自分の魔力を感知することができるようになった。ルーアは魔力を吸収することで、カイの身体に眠っていた魔力を無理やり表に出現させたのだ。


「わ、わかる……。これが……魔力?」

「そうだ。お前が今まで感じたことのない……それが魔力だ!」


 魔力の存在をカイが理解できたのでルーアは『魔力吸収マジックドレイン』を解除する。魔法の効果が消滅するとカイは肩で息をする。疲労は続くがカイは改めて自分の身体を凝視する。特に何の外傷もないが倦怠感のようなものを感じていた。


「何だろう? 何も変わってないけど……何かが無くなった感じがする……」

「へっ! それでいいんだよ。今までならわからなかっただろうけど今ならそれが魔力を奪われたからってわかんだろう?」

「あぁ、本当になんとなくだけどわかるよ」

「よっしゃ! これで自分の魔力の存在を感知できたな。じゃあ、今日はここまで。また明日な!」

「えっ!? 今日はもう終わりなのか? ……いや、ですか?」


 修業は成功したが時間は大して経過していない。また日も高くまだ修業は可能だ。驚くカイを尻目にルーアは真剣な表情で忠告する。


「あぁ、一応は手加減したが『魔力吸収マジックドレイン』は魔力を奪う魔法だ。大した量は奪ってないけど身体には負担なはずだ。魔法を今まで使ったことのないオメーがその状態で魔法を使うっていうのは……ちょっとお勧めできねぇな」

「……ルーア。……はい。ルーア先生に従います!」


 話を聞いたカイはルーアが自分の身体を心配してくれていることに感激する。そのため、感謝の言葉を伝えようとするが照れ臭かったのか話を終えるとルーアはふわふわと上空へと上がっていく。その姿を見たカイは笑顔を浮かべていると恐ろしい速度で石が投げられルーアに直撃する。鈍い音の後にルーアは大地へと落下していく。この光景に覚えがあったカイはある事象を思い出す。それは初めてルーアを見つけた時だと……。石が投げられた方向へ視線を向ける。すると、ゆっくりと人影が近づいて来る。その人物はカイが予想していた人物――リディアだ。


「……あのー……、師匠?」

「何だ?」

「どうして、ルーアに石を投げたんですか?」

「魔法を教えることは許可したが、君に『魔力吸収マジックドレイン』を使うなど許可していない。下手をすれば君の命に関わる」

「……いや。でも、そのおかげで魔力を感知できるようになりました。……できれば穏便にお願いします」

「そうか。魔力を感知できるようになったか、おめでとう」

「……あ、はい。ありがとうございます……」


(……師匠。穏便にお願いしますって言ったのに、……何も答えてくれない。もしかして、何か怒ってるのかな? いやいや。それよりもルーアは大丈夫か? 生きてるよな?)


 不安を抱くカイだが心配していた当のルーアが怒りの咆哮をあげて飛び起きる。


「ふざけんなぁぁぁーーーーー!!!」


(あ、生きてた)


 その後、カイはリディアとルーアの喧嘩をなんとか仲裁した。


 魔法修行二日目


 昨日と同じ場所でカイは魔法修行を行う……筈だったが、指導するルーアは「魔力を自分の手に集中させろ」と指示だけ出して横になる。あまりにも雑な指示に驚いたカイは抗議する。


「いや、魔力を集中ってどうやるんだよ? ……いや、ですか?」

「大丈夫だよ。昨日、魔力の存在には気づけたんだから魔力を手に集めるように考えて集中しろよ。それにオメーはどうやって手を握るとか、立ち上がるとか、いちいち考えてんのかよ? 考えてないだろう? 同じ感覚でやってみな」


 ルーアからの説明に納得はしなかったが、カイは言われた通りに集中して魔力を手に集めようとする。すると、不思議なことに魔力の流れがなんとなくだが理解できた。どのようにやっているのかと聞かれても答えられないが、カイは身体の中にある魔力を自分の意思でコントロールできていた。手に魔力を集中することに成功するとカイの手が淡く光出す。その様子を見ていたルーアは満面の笑みを浮かべる。


「ほらな。簡単だろう? じゃあ、そのまま手を正面に出して、あの岩に向かって呪文を唱えろ『火炎フレイム』ってな」


 カイはルーアの指示に従い呪文を唱える。


火炎フレイム


 呪文を唱えるとカイの手から炎の塊が出ると岩を打ち砕き燃え出す。呪文を唱えた後、カイは自分の手と砕かれ燃えている岩を何度も確認する。戸惑っているカイをルーアは笑顔で眺める。


「ほらな! 初級の魔法なんかすぐに使えただろう?」

「あぁ。でも、こんな簡単に……」

「へっ! 初級の魔法なんてのは、魔力がある奴なら魔力をちゃんと使いこなせば誰でも使えるんだよ。だけど調子に乗んなよ? 中級、上級魔法は魔力以外にも才能や努力が必要になるもんだからな。まぁ、これで魔法も使えるようになって良かったじゃねーか。じゃあ、魔法の修行は終了ってことで俺様は昼寝でもするかな……」


 捨て台詞を残してルーアはふわふわと空中に浮かぶとあくびをしながらその場をあとにしようとする。カイは自分の両手を見ながらあることを決意する。


「ルーア! いや、ルーア先生! 待って下さい。俺はを使えるようになりたいんです。その修行に付き合って下さい!」

「へっ? ある魔法? 何だよそれ?」


 カイは習得したい魔法をルーアへと伝える。その魔法を聞いたルーアは目を見開き驚愕する。


「バカか! 昨日、今日、やっと魔力を認識できた奴がそんな魔法を使えるわけねぇーだろ! もっと簡単な魔法から学んでいけよ!」

「無茶なのはなんとなくわかってる。でも、できれば早く使えるようになりたいんだ。だから、修行に付き合ってくれ! 頼む!」


 勢いよく頭を下げるカイ、ルーアは頭を下げて懇願する姿を見て説得を諦める。こうなったカイを止めることは恐らく無理だと。両手で頭を掻きながらルーアは喚めき出す。


「ちくしょうがぁー! ……一ヵ月だ! 一ヵ月だけ、その修行に付き合ってやる。だけどなぁ! 最初に言っておくぞ! 例え一ヵ月間の修行をしてもオメーが言った魔法を使えるようになる可能性はほとんどないからな!」

「はい! お願いします!」


 こうして、カイとルーアはある魔法を習得するための修行を開始する。


 新しい修行のためにルーアはカイを昨日と同じように座らせて力を抜くように指示を出す。指示に従いカイは素直に座る。ルーアはカイの正面に回ると真剣な表情で注意をする。


「いいか? 今からやる修行は魔力のうつわを鍛える修行だ!」

「器を鍛える?」

「あぁ……。オメーが使いたいって言った魔法は今のオメーじゃ絶対にできねぇ! そもそもの魔力量が不足してる。というか、俺様もその魔法は使えねぇ。まぁ、別に覚えたいとも思わねぇけどな」


 真剣なルーアの態度にカイは自分がいかに合理性に欠けたことを提案していることを実感して苦笑する。だが、突然ルーアがカイの頭を叩く。


「笑ってねぇーで真面目に聞け! いいか! 大事なことだ! 魔力の器を鍛えるのは、本来なら月や年単位の時間が必要なんだ! だけど、オメーは早く覚えたいってことだから無理やり鍛えるんだ。……いいか? 覚悟しろよ。死にゃあしねぇーが、楽な修行じゃねぇーぞ?」


 初めてと言っても過言ではないルーアの真剣な態度にカイは表情を引き締めて気合を入れ直す。


「はい!」


 修行のためにルーアはカイの手を握り集中すると、ある呪文を唱える。


魔力供給マジックトランサー


魔力供給マジックトランサー』:対象者に自分の魔力を譲渡する魔法。


 呪文を唱えるとルーアの魔力がカイへと流れていく。魔力が流れ込むとカイは感じたことのない感覚が身体を満たしていく。


「……これって?」

「俺様の魔力をオメーに渡してるんだよ」

「うん。なんとなく魔力が満ちていってるのがわかる。……でも、これが修行? 何ともないけど? むしろ魔力が回復して気持ちがいい感じだけど?」

「……そりゃ、そうだ。オメーはさっき『火炎フレイム』を使ったからな。その分の魔力が回復してるんだよ。今はな……」

「えっ?」


 言葉の真意を理解できなかったカイだが次第に理解する。ルーアはカイの魔力を全快にしても魔力を渡し続ける。一方で魔力を譲渡され続けるカイは感じたことのない苦痛に襲われる。


「……ぐ、がぁ……。ル、ルーア……。ま、まだ……?」


 カイの質問にルーアは答えず『魔力供給マジックトランサー』も止めない。当然だが苦痛も止まらない。しばらくは我慢していたカイもついに限界を迎えルーアの腕を全力で振りほどく。ルーアの手がカイから離れたことで魔力供給が停止し苦痛も消失する。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。……あ、ごめん。ルーア」

「三割ぐらいだな」

「えっ……?」

「オメーの魔力限界を超えて魔力を渡した量だ。せいぜい三割を超えたぐらいだ。オメーが使いたいって言った魔法を使うには、最低でもあと三割以上が必要だ。つまり本来のオメーが持っている最大魔力よりも六割増しの魔力を自分の身体に溜めなきゃいけねぇんだよ!」


 ルーアの言葉にカイは愕然とする。譲渡された魔力量だけでも我慢ができない程の苦痛を感じていたが、さらにそれ以上の魔力が必要と言われたことに驚愕する。驚愕しているカイを尻目にルーアが更に畳み掛ける。


「もう一つ言わしてもらうと、必要な魔力量がそれだけって話だ。他にも呪文を使うまでの集中、それに才能、そういったものがなければ魔力がいくらあってもお前が習得したがってる魔法を使うことはできねぇ!」

「――ッ!」


(……例え魔力を保持しても、使えるかはわからないのか……。でも……、覚えたいんだ!)


 事実を聞いて不安を抱いたが、使える可能性があるならとカイは修行を続けることを改めて決意する。諦めない様子のカイにルーアは大きく息を吐く。


「これだけ言っても駄目か……。まぁ、いいさ。じゃあ、一ヵ月だからな! それ以上は諦めろ! ゆっくり修行するならいくらでも付き合ってやるけど、これからやる修行は無茶な修行なんだからな!」

「はい!」


 説明を終えたルーアはカイに楽な姿勢で座るように指示をする。指示されたカイはルーアの指示に従う。


「カイ! これからオメーにはマナを感知して吸収する特訓をしてもらう!」

「マナ? 吸収?」

「けっ! そこから説明かよ。いいか? 目には見えねぇが大気にはマナが満ちてるんだよ。あー、マナっていうのは魔力の塊みたいなもんだ。そんで精霊やエルフなんかは大気のマナを吸収して自分の魔力を回復したり上乗せするんだよ」

「へー! すごい便利じゃん! ルーアも普段は吸収してるのか?」

「やろうと思えばできるんだろうけど……。基本的に俺様は大気のマナを吸収してない」

「えっ? 何で?」


 ルーアの返答にカイは疑問を持つ。自分の魔力が不足しても大気中のマナを吸収して魔力を回復することに何の問題もないと考えたからだ。カイが疑問を持つことはルーアも予期していたのですかさず説明する。


「マナの吸収っていうのは難しいんだよ。特に俺様みたいな魔力が基になっている存在にとってはリスクが高すぎる。失敗すると死ぬ可能性があるからな……」

「えっ?」

「簡単な話だ。自分の身体に自分じゃない魔力を取り入れるんだぞ? ちゃんと吸収できなきゃ拒絶されて身体が崩壊する……。さっきみたいに『魔力供給マジックトランサー』で魔力の質も相手へ馴染むように調整すれば話は別だけどな」

「……じゃ、じゃあ、俺も失敗したら……」


 命の不安を感じたカイにルーアは頭を横へ振り否定する。


「いいや、人間は死にゃあしねぇよ。人間やエルフは俺様と違って魔力が基になってないからな、肉体が基だから多少だったら無理に身体へ入れても死にゃーしねぇ。そりゃあ、アホみたいに体内へ取り込んだら死ぬこともあるだろうけど……。普通はその前に気絶しちまうだろうよ。けど、魔力全快状態でマナを吸収すればさっきオメーが味わった苦痛はあるだろうがな」


 先程の苦痛を思い出したカイの表情が険しくなる。表情が変化したカイに気づいたルーアだが構わずに説明を続ける。


「それでだ。オメーはこれからの修行でマナを感知して吸収する。そして最終的には今のオメーが保持している魔力の六割以上を体内に留めるんだ! わかったか!」


 静かに目を閉じるとカイは覚悟を決めて目を開く。


「はい!」


 ◇


 こうして、カイはマナの感知をする修行を開始する。自然体になり大気のマナを感知するため集中カイだが、この修行は想像以上に困難を極める。そもそもマナの感知や吸収を人間で行える者は数少ない。可能なのは一部の上級魔術師のみだ。その理由は、もともと人間がマナを自然に感知することができないこと。また、マナを吸収することにも慣れていないことが原因だ。そのため修行を開始して一週間が経過してもカイの修行は全く前進していなかった。カイ自身も修行をしても手応えがなく焦りを覚え始める。


(……うーん。何だろう。何にも変化していない気がする……。これは思った以上に難しいなぁ……)


 全く意味のない日々を繰り返すカイを見ていたルーアも珍しく頭を悩ませる。


(けっ! 全くマナが集まってねぇ。……いや、そもそもマナの存在に気づけてねぇな。でも、どうすりゃいいんだ? 俺様にとってマナなんてのは普段からそこらにあるもんだ。だから別に何とも思ってなかったけど、人間があそこまでマナを感知できないなんて思ってもいなかったぜ。このまま修行をさせても恐らく何の成果もねぇな……。まぁ、それが当然といえば当然か? そもそも無理な提案だったんだ。別にできなかったからって何の問題もないしな……。……いや、違う。何にも成果なしなんて俺様のプライドが許さねぇ! ……それに、カイのためにもならねぇ……)


 頭を大きく横に振りながらルーアは考える。どうにかしてカイにマナの存在を認識させる方法がないのかを……。今まで生きた中で一番頭をフル稼働させてルーアは悩み考える。その時あることを思いつく。しかし、その方法の危険性も理解しているため躊躇する。だが、修行をしているカイを再度見て覚悟を決めた。


火炎フレイム!』


 突如としてルーアが魔法を唱える。しかも、それは一度だけではない。


火炎フレイム』『火炎フレイム』『火炎フレイム』『火炎フレイム』『火炎フレイム』『火炎フレイム』『火炎フレイム』『火炎フレイム』『火炎フレイム』『火炎フレイム』『火炎フレイム


 ルーアは近くにある大岩へ『火炎フレイム』を連続で唱え始める。突然の行動に驚くカイ、自宅にいたリディアも度重なる爆音に気づき外へ出てきて怪訝な表情で様子を窺う。


「お、おい! ルーア。どうしたんだよ?」

「黙ってろ! 『火炎フレイム!』 よし! これぐらいでいいだろう……」


 ルーアの行動が全く理解できないカイとリディアを尻目にルーアは真剣な眼差しで説明を始める。


「いいか、カイ。俺様が今からマナを吸収する。それをしっかり見とけ! そうすれば、少なくともマナの存在は理解できるはずだ!」

「えっ!? で、でも、お前はマナの吸収に失敗すると死ぬこともあるって……」

「わかってる! だから、一度しかやんねぇからな! よく見とけよ!」


 一方的に宣言するとカイが制止する間もなくルーアはマナの吸収を始める。すると、ルーアの周囲に赤白い小さな光の玉のようなものが浮き上がる。玉はルーアへと徐々に流れていく。そう、このときカイは初めてマナを認識した。その後もルーアはマナを次々に体内へ吸収していく。だが、突然ルーアの動きが――マナの吸収が停止する。小さく震え出すルーアが苦悶の表情を浮かべると突如として地面へ落下する。


「――ッ! ルーア!」


 異常に気がついたカイはルーアの元へすぐに駆け寄る。一方のルーアはマナを吸収していたが魔力変換に失敗したことを理解して愚痴を零す。


「チッ! ……やっぱり、マナを吸収するのは……好きじゃねぇ。クソ……。マナを体外へ出すしかねぇ!」


 仕方がないとルーアは自分の魔力と一緒にマナを体外へと排出する。しかし、その影響で大量の魔力を消費してしまいルーアの身体が透けていく。


(……や、やっべぇー……。このまま……じゃ……。きえ……ち……まう……)


 存在が消失していると認識しながらも、どうすることもできない状況を悔いているルーアの意識は闇へ落ちる。



(……あー、失敗したな……。カイの野郎にいい格好をしたかったから、はりきりすぎたな。……まぁ、いいか……。無駄じゃなかったはずだ。あいつなら、あれでマナの存在には気づけただろう……。でも……、もっと、あいつらと一緒にいたかったな……)



「――あ……」

「――るーあ……」

「ルーア!」


 心配するカイの声でルーアは意識を取り戻す。しかし、ルーアはなぜ消滅しなかったのか理解できないでいる。マナの吸収に失敗したことで大量の魔力を消失して消滅したはずだと思っていたからだ。その時ルーアはあることに気がつく。自分の魔力が徐々に回復していることに……、魔力を渡してくれている存在に……。


「気づいたか? 馬鹿者が、あやうく消滅するところだぞ?」


 リディアだ。


 リディアがルーアに『魔力供給マジックトランサー』を行いルーアに魔力を分け与えていた。おかげでルーアの魔力は回復して消滅を免れる。


「……り、リディア……? 何で?」

「何でだと? 本当に馬鹿な奴だ。放っておけば貴様が消滅してしまうから私が魔力を分けているのだ」

「そうだけど……。わざわざ、オメーが……?」

「当然だ。貴様をいつか殺すのは私だと言ったはずだ。勝手に消えることなど許さん!」


 「いつか殺す」というリディアの返答にルーアは力なく笑う。そして、カイが涙を流していることに気がつく。


「悪りぃ……。心配かけた……」

「……もういいよ。ルーア。……でも、あんなことは二度とするなよ!」

「……へっ。頼まれてもやってやんねぇーよ……」


 こうして、ルーアは九死に一生を得た。ルーアの命をかけた行動でカイはマナの存在を認識することが可能になる。

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