第6話 大事なもの

 ギルドホーム:白銀しろがねの館は五階建で内部には旅や冒険に必要な施設などが設置されている。


 地下一階:武器屋&防具屋 

 一階:受付、食堂&酒場

 二階:道具屋

 三階:訓練場

 四階:事務室、待合室、貴賓室

 五階:ギルド長の部屋、会議室


 カイとリディアは依頼準備のため、白銀しろがねの館二階に来ていた。


 二階 道具屋:妖精ようせい木漏こもれ


 二人が店に入るとカウンターにいた女性が笑顔で声をかけてくる。


「いらっしゃーい! あら、初めての人?」

「はい、こんにちは。俺はカイっていいます」

「私はリディアだ」

「カイ君とリディアさんね。私はこの妖精の木漏れ日の店長のアリアよ。よろしくね」


アリア:濃い青髪のポニーテール、綺麗な青い瞳だが目が少し吊りあがり気味、人当たりのよい笑顔で明るい性格。また、着ている服の上に店のエプロンをつけていても目立つ豊満なバストが特徴の女性だ。


 カイとリディアの二人を交互に見てアリアが尋ねる。


「旅の支度? それとも魔法マジック道具アイテムかな?」

「はい。えっと……、いろいろあるんです。まずは回復薬ポーションを二つ、干し肉を三百グラム、携帯食料と水を五日分、あと寝袋をお願いします」

「はーい。それにしてもずいぶんと持っていくのね。少し遠出の旅なの?」

「いえ、ちょっと特殊な依頼で達成するまで、どれくらいの日数がかかるかわからないんです。だから少し多めに持っていこうかと」

「へー、依頼ってことは戦士なの? でも、それにしてはリディアさんは防具を付けてるけど、カイ君は防具を付けないの?」


 何気ないアリアの発言にリディアが腕を組み考え出す。


「む。そうか。防具か……」

「師匠。別に大丈夫ですよ」

「いや、今回だけではなく。これから依頼をこなすうえで必要になるはずだ。それに、いきなり防具を身に付けると剣を振るときに身体のバランスが変わるからな。馴れておいた方がいい。ここでの買い物をしたあとで地下の防具屋に行くぞ」

「わかりました。師匠」


 二人の会話を聞いていたアリアが不思議な顔で質問する。


「ねぇ。ところで、リディアさんって何の師匠なの?」


 アリアの発言を聞いてカイが青ざめる。


(アリアさん! その質問は駄目です。と叫びたい……)


 狼狽するカイを余所にアリアの質問を聞いたリディアは胸を張って答える。


「私はカイに剣を教えている。まだ剣を教えて一ヵ月足らずにも関わらず、カイはすでに赤粘液怪物レッドスライムを一撃で倒すだけの力を身につけた!」


 リディアの説明を受けてアリアはカイを興味深げな視線を送る。


「へー。若いのにカイ君って強いんだねー!」

「そう。カイは日々の修行も――」

「すごーい! 頑張ってるんだー――」


(また、始まった……。師匠。……勘弁して下さい。何か、すごい恥ずかしいです……)


 今回の褒め殺しは五分ほどで終了したが、カイの精神的ダメージは限界を超える勢いだ。


「じゃあ、準備するけど。寝袋はカイ君とリディアさんの二つなの?」


 アリアが二人へ交互に視線を移すと、少し意地悪そうな笑みを浮かべる。


「それともー、一つを二人で使うのかしら?」


 突然の質問にカイは盛大にむせ込み、リディアは意味が理解できずに首を傾げる。


「ごほ! おほ! ち、違います! し、師匠が寝袋を持っていないだけなんです! お、俺は自分の寝袋があるので……師匠の分をお願いします!」

「カイ。どうした? 大丈夫か?」

「あはははは。カイ君は可愛いなー。でも、わかったわ。リディアさんの寝袋が必要なのね。じゃあ、ちょっと待ってねー!」


 笑顔のアリアは唐突にカイとリディアへ背を向けるとカウンターの奥に向かって大声で呼びかける。


「スー! ムー! 悪いんだけど、そっちの仕事を止めてちょっと手伝ってー!」


 すると、アリアの呼びかけに反応して奥の部屋から双子が出てくる。


「何ですか? お姉ちゃん。あら? お客様がいらしていたんですね。いらっしゃいませ!」

「き、来たよ。お姉ちゃん。あ、あの、い、いらっしゃいませ……」


 出てきた双子はカイとリディアを認識すると行儀よく頭を下げる。二人ともアリアよりも背が小さく可愛らしい。双子の容姿はどことなくアリアに似ている。また、「お姉ちゃん」という言葉からもカイはあることを確信するが確認のために尋ねる。


「あのー、アリアさんは三人姉妹なんですか?」


 質問に対して何故かアリアはまた意地の悪い笑みを浮かべる。


「うん? そうそう! この子たちは、私ののスーとムーよ!」

「お姉ちゃん! お客様に嘘を教えないで! ムーは弟でしょ!」

「そ、そうだよ。お姉ちゃん……」


 スー:水色の長い髪をおさげにして黄色のリボンをしている。アリアと同じ青い瞳でとても優しい目をしている。優しい性格。


 ムー:水色のショートカット、スーとは逆の位置に緑のリボンをしている。アリアと同じ青い瞳。気弱な性格。


 スーとムーの抗議を聞いたカイは申し訳なさそうに、ムーを女性と間違えてしまったことを謝罪する。


「あ、すみません。弟さんなのに間違えちゃって。俺はカイっていいます。えーっと。スーさん、ムー君、よろしく」

「私はリディアだ」

「いいえ。もとはといえば、姉がムーの頭にリボンなんかつけるからいけないのです。あ、申し遅れました。私はこの妖精の木漏れ日の従業員のスーと言います。それから、カイさん。リディアさん。私のことはスーと呼び捨てで構いません」


「ぼ、ぼくも、呼び捨てで、だ、大丈夫、です。ムーっていいます。お、同じく妖精の木漏れ日の従業員をしてます。えーっと。カイさん。リディアさん」


 スーとムーが丁寧に挨拶している横でアリアは楽しそうに笑っている。


「へへへー。だって、ムーって可愛いじゃない? スーと双子なだけあって、そっくりなんだもん。だから、ついね」

「そういう問題ではないです! それからムーも嫌なら嫌って言いなさい! あと、今年で十五歳になるんだから、なよなよしない!」

「う、うん。頑張るよ。スーお姉ちゃん。あ、でも、リボンは別にいいかなぁ。ぼ、ぼく、可愛い小物とか好きだし……」

「もぉー! そんなことを言っているから……。あ、失礼しました。お客様の前でお見苦しいところを……」

「あっ! す、すみません」


 失態に気付いたスーとムーは同時に頭を下げるが、アリアはその姿を楽しそうに眺めている。そんなアリアに気づいてスーが厳しい目でアリアを睨みつける。


「ところで私達を呼んだ理由は何ですか? カイさんとリディアさんへのご挨拶のためですか?」

「うん? 違う違う。リディアさんの寝袋をあんた達二人で一緒に選んであげて欲しいのよ。そういうのは、あんた達の方が得意じゃない?」

「なるほど。理解しました。では、リディアさん。カイさん。私達の後について来て下さい」

「こ、こちらになります」


 目的を理解したスーとムーは先導して商品がある場所へと案内を開始する。二人に導かれるようにカイとリディアも追従しようとするが……。ある人物が大声を上げる。


「ちょっと待ったー! カイ君は置いていって!」

「えっ?」


 突然の制止にカイは驚いて声を出して立ち止まる。一方のリディアは意味が理解できないのか疑念の視線をアリアへ飛ばす。二人の疑問を解消させるようにアリアは説明を始める。


「だってー。寝袋が必要なのはリディアさんでしょう? まだ旅に必要な物があるかもしれないじゃない? だったら、カイ君はこっちで消耗品の確認を私と一緒にやったほうが効率的だと思わない?」


 アリアの提案に納得した様子でカイとリディアは「なるほど」と頷く。しかし、スーだけはアリアへ疑惑を込めた視線で睨みつけ確認をする。


「……お姉ちゃん。カイさんを置いていって欲しい理由は本当にそれだけなんですね?」

「うん? 当然でしょう。それ以外に何があるのよ?」


 釈然としないのか、スーはアリアを睨み続けるが諦めてリディアを案内することにする。


「わかりました。では、リディアさん。こちらになります」

「いってらっしゃーい! あっ! もし良かったらテントとかも説明してあげてねー! ゆっくりでいいからねー!」


 スーとムーの案内でリディア達三人は店の奥に行き、カウンターにはカイとアリアの二人になる。カイと二人きりになると何故かアリアは笑みを強める。


「さてと……。じゃあ、カイ君。お姉さんとじっくり確認しましょうね」

「はい。でも、もう必要な物はないと思いますけど?」

「そっかー。じゃあ、さっそく品物を準備するけど……。カイ君には悪いんだけど、カウンターの中まで来てくれない?」

「えっ? いいですけど……。どうしてですか?」 

「うーん。ほらぁ、携帯食料とか干し肉は大丈夫だけど。水を五日分ていうのは……、お姉さんには重くて。できれば手伝って欲しいのよー」

「あぁ、なるほど。わかりました。じゃあ、失礼しまーす」


 自分の計画通りの状況にアリアは小さくガッツポーズをする。


「えーっと、お水はどこにあるんですか?」

「そこの下がタンクになってるでしょう? そこからお水が出るから革袋に分けて入れていってくれる?」

「はい、わかりました」


(うーん。カイ君。素直で可愛いわー!)


 カイが水を入れている間にアリアは満面の笑みで他の品物を手早くカウンターの上に全て並べる。するとカイに気付かれないように後ろから近づいていく。


(よし。これで、最後だな……)


 最後の水を革袋へ入れ終えカイが持ち上げようとしたとき、突如として誰かが後ろからカイへ抱きついてきた。突然のことにカイは困惑する。


(えっ!? な、何? アリアさん? って、ちょっと! せ、背中に胸が……)


 思いもよらない状況に困惑するカイを余所にアリアは嬉しそうに抱きしめる力を強める。


「ごめんねー。カイ君があまりに可愛かったからー……。つい抱きついちゃったー!」

「あ、あのー……。じゃ、じゃあ、もう離れてもらってもいいですか?」

「うーん。もう少しだけ、この状態をキープでお願い」

「い、いや、ちょっと、動けないんですけど……」

「大丈夫、大丈夫。まだ、みんな帰ってこないから。もう少しだけこのままでいさせてー」


 これまでのアリアによる言動で、スーがカイを残す理由についてしつこく確認していた意味をようやく悟る。しかし、悟ったところでカイにはどうすることもできない。そもそもカイにはこのような経験が少なくどのように対処すればよいのか検討がつかない。仕方なくカイはアリアを説得しようと試みる。


「で、でも、アリアさん。他のお客さんも来るかも知れませんし……」

「うーん。じゃあ、しょうがないかー」


(よ、良かったー……)


 説得が成功したとカイが安堵すると、アリアは力を弱めるのではなく逆に抱きついている腕の力を強める。すると悪戯っ子のような笑みでアリアはカイの耳元で囁く。


「でもー、そのかわりに約束してー?」

「や、約束……?」

「うん! 今回の依頼が終わって、サイラスに帰ってきたらー。私とデートしましょう!」


 突然の申し出にカイは何度も瞬きしてアリアへと聞き返す。


「で、デート?」

「そう、デート! 大丈夫! お姉さんがいろいろリードしてあげるから!」

「い、いえ、お、俺には……剣の修行があって……。そういうことをしている暇はないんです!」

「知ってる。知ってるー! さっきリディアさんからカイ君のこと。いっぱい教えてもらったもん!」


 個人情報を流されたことにカイは心の中で絶叫する。


(師匠ー!)


「そんなに難しく考えないでよー。息抜きよ。息抜きだから……。痛ーー!」


 唐突にアリアが頭を押さえてカイから離れる。理由は何者かがアリアの頭を思い切り叩いたからだ。叩かれた後、周囲には「スパーン!」という小気味よい音が響いていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 カイ、アリアと別れた直後のリディア、スー、ムー。


 店の奥でスーとムーがリディアに寝袋の説明をしていた。


「これでしたら、強い風が吹いても寒さを感じずに温かくお休みになれると思います」

「は、はい。け、結構、売れている商品です」

「ふむ。寝袋といってもいろいろあるものだな。私は使ったことがないから、いまいちわからんが……」


 耳を疑うリディアの発言にスーとムーは驚きと疑問が頭をかすめる。


「あのー、失礼ですがリディアさん。お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「今回が初めての旅とは思えませんが、今まではどのように睡眠をとっていたのですか?」

「私は基本的にそこまで睡眠をとらない。だから座りながら眠ることや木の上などで眠ることがほとんどだ」


 思いがけないリディアの答えにムーが目を丸くする。


「え、えー! す、すごいですね。リディアさんは……。ぼ、ぼくには、きっと真似できません」

「ムー。その言い方は少し失礼ですよ! ……しかし、今回に限って寝袋を必要とする理由は何なのですか?」

「うん? あぁ、私はいいと言ったがカイが必要だというから仕方なくだな」


 納得していない様子のリディアとは対照的にスーとムーは理解したとばかりに顔を見合わせると満面の笑顔を浮かべる。表情の変化した二人を見てリディアは疑問を口にする。


「どうした?」

「いえ、失礼しました。リディアさんのお話を聞いてカイさんが、リディアさんをとても大切にされていることがわかりました」

「は、はい。カイさんはリディアさんのことを大事にされているんですね」

「そうなのか? ……カイが……」

「はい、カイさんはリディアさんのお身体を心配して寝袋を買うように提案されているのです。とてもお優しい方なのだとわかりました」


 スーの言葉にムーは何度も首を縦に振り肯定する。リディアはスーの言葉を噛みしめカイのことを考える。


「でしたら、カイさんのためにも私はこちらをお勧めさせてもらいます。どうでしょうか?」

「……あ、すまない。そうだな。では、その寝袋をもらおう」

「お買い上げありがとうございます!」

「あ、ありがとうございます!」


 購入が決まったのでスーとムーが商品をとり、カイとアリアのもとへと戻ろうとしたがムーがあることを思い出す。


「あっ! スーお姉ちゃん。アリアお姉ちゃんがテントも説明して欲しいって言ってたよね?」

「あぁ、そうでしたね。……そうですね。旅には必要になる可能性がありますから、このまま説明しましょうか」

「テントか……。必要か?」


 疑問を含んだリディアの言葉を受け、スーの商売人としての血が騒ぎ目の奥が輝く。


「はい! 旅には必要不可欠と思います。……ですが、先程のお話を聞く限りでは、リディアさんに必要かと言われるとあまり必要はないかもしれません。――ですが! カイさんには確実に必要だと自信を持って言えます!」

「何? そうなのか?」

「はい。例えばなのですが……。雨が降った場合に大きな木や洞窟などで雨を防げなければ濡れて眠るしかありません。その場合は普通の方ですと。そうですね……。ムー! あなたが雨に濡れながら眠ったらどうなるのかを説明して!」


 突如として話を振られたムーは驚いたように背筋を伸ばすが素直に説明を始める。


「え、えーっと。も、もし、ぼくが雨に濡れながら寝たらきっと次の日には風邪を引いちゃうと思う……」

「えぇ、そうでしょうね。あなたは身体があまり丈夫ではないものね。……それで? 風邪を引いたらあなたはどういう気持ち?」

「えー! それは、つらいよー。だ、だって、風邪を引くと頭は痛いし身体はだるくなるから……」

「そうなのか? ふむ、私は病気というものにかかったことがないからな」

「そうでしたか。ですが、リディアさん。大抵の方は雨などに長時間濡れると風邪などの病気になり、大変つらい思いをしてしまうのです。それは、きっとカイさんも同じです。――ですが! こちらのテントがあれば、そのような心配なく休めます。何よりと思いますよ?」


 スーの話を聞いていたリディアは何かを決心する。


「カイのため……カイが喜ぶ……。よし! それを貰おう!」

「はい! お買い上げ、どうもありがとうございます!」

「あ、ありがとうございまーす!」


 スーは自分の売り込みに満足して、とても良い気分になり満面の笑顔で商品を準備してカウンターへ戻ろうとする。しかし、そのとき突然カウンターの方から嫌な気配を感じて鋭い視線で睨みつけると何かを察した。


「あの馬鹿姉は……」

「スー? どうした?」

「お、お姉ちゃん?」


 二人の質問にすぐには返答せずスーは突然どこからともなくハリセンを取り出すとムーに後を任せる。


「ムー。あの馬鹿姉がいつもの病気わるいくせだわ。私は先に行くから、あなたは商品を持ってリディアさんをご案内して……」


 尋常ではないスーの言動でムーは何が起こっているのか大体理解する。しかし、リディアには何のことか全くわかっていない。


「う、うん。任せてよ! スーお姉ちゃん」


 ムーの言葉を背中に受けながら、スーは恐ろしい怒りのオーラを纏いながらカウンターへと急ぐ。


「どうしたのだ。スーは? 何か気合が入っていたが?」

「は、はい。え、えーっと……」


(ど、どうやって、リディアさんに説明すればいいんだろう? スーお姉ちゃんはアリアお姉ちゃんのあれを何て言ってたっけ? つまみ食いだっけ? でも、よくわかんないなぁー……)


 どのように説明するかムーは苦慮するが言葉を選びながら簡潔に説明する。


「えーっと。アリアお姉ちゃんは少し変わった病気なんです!」

「病気? アリアが?」

「は、はい。そ、それで、その病気を抑えるのがスーお姉ちゃんの役目で……。今、そのためにスーお姉ちゃんは急いでアリアお姉ちゃんのところに向かっているんです!」

「ふむ。なるほど。アリアの病気をなんとかするためにスーは急いでいると。なんとなくだがわかった」

「は、はい! で、では、荷物はぼくが持ちますので、リディアさんはぼくの後についてきて下さい!」


(や、やった! ちゃんと一人で説明できた! スーお姉ちゃん。褒めてくれるかなぁ?)


 こうして、リディアとムーもカウンターへと歩いていく。


 ◇◇◇◇◇◇


 いつの間にか戻ってきていたスーが鬼の形相でアリアの頭をハリセンで何度も叩いていた。その度にアリアは絶叫して周囲には小気味よい音が響く。


「全く! この馬鹿姉はいつもいつも! お客様に失礼でしょう!」

「痛! 痛いってば! ごめん、スー! 反省してますー!」

「その言葉はもう聞き飽きました! もう本当にー!」


 怒りの収まらないスーはアリアを怒鳴りつけながらハリセンで叩き続ける。一方、その隙にカイはアリアからなんとか逃げ出していた。


(ふー。た、助かった……)


 アリアから解放されたカイが床にしゃがみこんでいるといつの間にかいたムーが近くで手招きしている。


「あ、あのー、カイさん。こ、こっちに避難して下さーい! そ、そこにいると巻き込まれちゃいますから」

「あ、ありがとう……。ムー」


 四つん這いの状態で避難したカイはムーへ感謝する。


「い、いいえ。アリアお姉ちゃんが迷惑かけてごめんなさい」

「いや、ムーが悪いわけじゃないから。……あれ? そういえば師匠は?」

「……ここにいる……」

「あ、師匠!」


 カウンターの近くでリディアはカイを睨みつけるように腕を組んで仁王立ちしている。その雰囲気にカイは尋常ならざるものを感じていた。


(……あれ? ……師匠? これって、もしかしなくても怒ってない……?)


「あ、あの、……し、師匠?」

「なんだ!」

「……いえ、何でもないです……」


 恐ろしいリディアの威圧でカイはみるみる小さくなる。一方、カウンター内ではスーが何度も何度もアリアをハリセンで叩いていた。


 ――十分後。


「いやー、ごめんねー! つい魔がさしちゃって」

「ついじゃないでしょう! お姉ちゃん!」

「悪かったってばスー。もう許してよー」

「私に謝るのではなく。カイさんに謝って下さい! 全くお客様をなんだと」

「わかったって。ごめんね。カイ君」

「いえ、……もういいです」

「お詫びに今度デートしてあげ――痛い!」


 全く懲りていないアリアの顔にスーが思い切りハリセンを叩きつける。顔を押さえるアリアを気にせずスーはハリセンを力強く握り警告をする。


「お姉ちゃん……。本当にいい加減にして……」

「はいはい。じゃあ、お会計にしましょうか。迷惑かけちゃったから割引しとくね」

「えっ? でも、それはさすがに申し訳ないですよ」

「いいえ! カイさん。今回のことは全面的に姉が悪いので気にしないで下さい。割引分は今月の姉のお給料から引いておきますから!」

「あー! いじわるー!」

「当然です!」

「ちぇー……。まぁ、いっか。カイ君に抱きつけたと思えば安いもんだしー。あー、ウソウソ。ハリセンを構えるのは止めて。えーっと。じゃあ、合計で――」


 ポーション     金貨一枚銀貨五枚         二個  金貨三枚

 水         銅貨二枚             五日分 銀貨一枚

 携帯食料      銅貨四枚             五日分 銀貨二枚

 干し肉 百g    銅貨五枚             三百g 銀貨一枚

                                銅貨 五枚

     

 寝袋                             銀貨四枚

 テント                            金貨一枚 


「――金貨四枚、銀貨八枚、銅貨五枚だけど、迷惑かけた分を引いて、……ちょうど金貨四枚でいいわよ」

「えっ? そんなに割引いてもらっていいんですか?」

「いいの! いいの! それに初めて来てくれた記念ってところも含めたから。それにー、またカイ君には来て欲しいしー」

「あははは……。じゃ、じゃあ、金貨四枚です」


 乾いた笑いをしながらカイはアリアに金貨四枚を支払う。


「はい、毎度ありー!」

「全くお姉ちゃんは……。カイさん。リディアさん。ご迷惑をおかけしました。もし、よろしければ次回も妖精の木漏れ日をご利用下さい」

「よ、よろしくお願いしまーす!」


 アリアは手をあげて、スーとムーは二人で綺麗なお辞儀をしてカイとリディアを見送る。


(まぁ、大変だったけどいいお店だったし。また必要な時はここで買い物をしよう)


 店の感想をまとめていると背後から懲りないお誘いの声が響いてくる。


「あー! カイ君! デートのこと忘れないでねー!」

「黙れ! 馬鹿姉!」

「痛いー!」

「お、お姉ちゃん達、お、落ち着いて……」


(……何も聞こえない。何も聞こえない……)


 カイは後ろの騒ぎを無視した。


 すると今まで無言だったリディアがカイを呼ぶ。


「カイ」

「は、はい! 師匠!」

「アリアとデートの約束をしたようだな?」

「えっ!? ちが――」  

「だが、残念だったな。この依頼が終わった後も修行は続く! デートなんぞする暇はないと思え!」


(えっ?)


 カイはリディアの勘違いを正すよりも嬉しさが込み上がる。この依頼が終わっても修行は続く。つまり、まだまだリディアとは一緒でいられることがわかった。そのことがカイにとっては何よりも嬉しかった。そのため、カイは満面の笑顔で返事をする。


「はい! 頑張ります!」


 ◇◇◇◇◇◇


 地下一階 武器屋&防具屋:戦士ナイトソウル


 地下一階の戦士ナイトソウルまでカイとリディアは来たが、カウンターに人の姿が見えなかった。いや、店は開いているが従業員らしき人物が見当たらない。


「すみませーん!」


 カイは呼びかけてみるが何の応答もない。


(……あれ? 今日は休みなのかな? でも、そうしたらお店の扉は閉まってるよな?)


 疑問を感じながらもリディアへと尋ねる。


「休みですかね? 師匠」


 しかし、カイの言葉に対してリディアは集中するように軽く目を閉じると呟くように答える。


「いや、いる」

「えっ?」

「店の奥に二人……いや三人だな。恐らくだが何かを作っているな」


(……何で、そんなことまでわかるんだろう?)


 どうしてわかるのかをカイは尋ねようとするが、その前にリディアは大きく息を吸うと大声を出す。


「誰かいないかぁーーーーーーーーーーー!」


 突然の大声にカイは驚き耳を塞いだ。すると店の奥から急いで誰かが駆けてくるような足音が聞こえてくる。近づいてきた人物が乱暴に店の奥にある扉を開く。出てきたのは赤髪の青年でよほど急いだのか息を切らせている。


「はぁ、はぁ、す、すみません。お、お待たせしました。ようこそ、戦士ナイトソウルへ……。はぁ、はぁ……」


(本当にいたんだ。すごいなー。師匠)


 赤髪の青年は汗を拭うような仕草をしながらも丁寧に接客をする。


「えーっと。何かお探しの品がありますか?」

「あぁ、鎖帷子チェインメイルが欲しい」

「はい、鎖帷子チェインメイルですね。でしたら、こちらに――」


 青年が説明を終える前にリディアがある注文をつける。


「この店で一番硬く軽い鎖帷子チェインメイルを貰いたい」

「えっ? 一番ですか……? えーっと。それは……。す、少し、お待ち下さい!」 


 青年はさっきとは逆に店の奥へ走って行く。青年がいなくなったところでカイはある事情をリディアへ打ち明ける。


「あのー、師匠。申し訳ないんですけど、俺そこまでお金ないんです……。だから、いい物よりも逆に一番安いのでいいんですけど……」

「駄目だ」

「えっ?」


 即答で否定されたことにカイは驚いて声を上げる。しかし、リディアはお構いなしに話を続ける。


「防具というのは自分の身を守るものであると同時に己の身体へ常日頃身につける物だ。これから君は戦士としての道を歩んでいく。最初の段階で動きづらく重いような物に馴れてしまうと、その動きづらさや重さに馴れてしまい変な癖ができてしまう。君は今、戦士として一番大事な時期なんだ。師匠としてそのようなことは許さん」

「師匠……」

「それに防具は君にあげるつもりだから金の心配はいらん」

「えっ? そ、そんな……! 師匠にそこまで甘えるわけにはいきませんよ!」


 慌てた様子で遠慮するカイだが、対照的にリディアは冷静な口調で……。ただし、カイへ感謝の感情を込めて話を続ける。


「いいんだ。君はこの約一ヵ月間、私の指示を守り剣のみを振るった。私の言葉を少しも疑わずにだ。……私はそれが嬉しかった。だから頼む。もらってくれ」


(……師匠。違いますよ……。本当に嬉しいのは俺なんですよ? 師匠のおかげで俺、……強くなってるんです。でも、そんな師匠の言葉を聞いたら俺のことは言えませんよ。……師匠はずるいですよ。本当に……)


 リディアが会う者、会う者にカイのことを称賛するのは、別にアルベイン以上の名声をカイに与えたいわけではない。単純にリディア自身が嬉しいからだ。傍から見ると身贔屓みびいきにしか見えないが、リディアにとっては一ヵ月の修行でカイが成したことは人生の中で初めてのことばかりだった。リディアはカイと一緒に日々を過ごすことで多くのものを受け取ったことを実感している。そのため、カイに言葉では言い表せない程に感謝していた。それは親の愛情にも近く、兄弟の愛情にも近く、親友との友情にも近い。しかし、何かが違う。その感情をリディアはまだわかっていない。そんな感情の吐露なのだ。


 カイとリディアが、この一ヵ月間に過ごした短くも濃い日々……。お互いの感謝を二人が噛みしめていると。突如として闖入者がやってくる。


「誰だ! この忙しいのに、ややっこしいこと言ってる奴は!」


 店のオーナーであるドワーフのドランだ。


ドラン:ドワーフ特有の背の低さ、頭はモヒカン、サングラスを掛け、髭は無精ひげがバラバラと伸び、顎髭だけは仙人のように伸びている。


「お前らか! なんか面倒な依頼をして来たのは?」


(うわー。なんて髪型……。しかし、姿はゴンさんにそっくりだな……。いや、逆だなゴンさんがこの人の種族に似てたんだろうなぁ。一度だけでも会わせてあげたかったなぁ)


 カイはドランを見て風貌に驚きながらも、かつてのリック村の知り合いゴンに似ていることに感動している。一方のリディアは全く動じることなく平然と要望を伝える。


「特別無理な願いを言ったつもりはないが? ただ、この店で一番硬く軽い鎖帷子チェインメイルが欲しいと言っただけだ」 

「それが面倒なんだよ! いいか! この店で一番ってことは、俺が作った物ってことなんだよ! いきなり来たってあるわけねぇーだろうが!」


 ドランの抗議を聞いてカイは大体の事情を察する。しかし、リディアは全く状況を理解していない。


(あー、だから、さっきの人は慌てて奥に戻っちゃったんだ)


「なるほど、それは失礼をした。では、改めて依頼しよう。この店で一番硬く軽い鎖帷子チェインメイルを作ってもらおう!」


 リディアの宣言にも似た要望を聞いたドランは口を大きく開けて停止する。サングラスで目がどうなっているかは見えないが、恐らく丸まっていることだろう。カイもリディアの発言に頭を抱える。


(師匠……。この人の言いたいことは、そういうことを言っているわけではないです……)


「てめぇ! 人の話を聞いてんのか? すぐに作るのが無理だって言ってんだよ!」

「ふむ。つまり作れんということか?」

「……何?」

「だから、お前では一番硬く軽い鎖帷子チェインメイルを作れんのだろう?」

「あの、師匠そうじゃなくてですね。たぶ――」


 この状態はまずいと感じたカイがリディアへ説明しているとドランが途中で制止させる。


「待った! 兄ちゃん。それ以上は言わなくていい。……姉ちゃん名前は?」

「私はリディアだ」

「俺はドランだ。俺を相手にいい度胸だ! こんな奴は久しぶりだ。いいぜ、作ってやる! あんたに最高の鎖帷子チェインメイルをな!」


 話が違う方向へと流れて行くことを唯一感じ取っていたカイは不安を感じる。


(あっ……、やばい。この人も変に勘違いしてる。どうしよう……)


「何を言っている? 私の鎖帷子チェインメイルは必要ない。カイのために鎖帷子チェインメイルが欲しいだけだ」

「ん? あっ! こっちの兄ちゃんのだったのかよ!」


(う……。やばい。じろじろと見られてる。俺も師匠みたいになんか言わなきゃいけないのかな?)


 値踏みされるようなドランからの視線を感じたカイは困惑する。


「……見た感じはひょろいんだけど。戦士なのか兄ちゃん?」


(……まずい。……何て言えばいいんだ? 正直に言えば「戦士見習いです」が正しいんだろうけど。……なんかそんなことを言ったら「ふざけんな!」とか言って、防具を作ってくれない気がする……)


 カイを品定めしているドランにリディアはいつも通りの口調で指示を出す。


「カイは戦士だ。カイ。見せてやれ」

「えっ? 何をですか?」

「君の剣の振りだ」

「えっ?」

「剣の振りだぁ?」

「師匠。それは、いつもの剣を見せればいいんですか?」


「そうだ。君の剣筋を見て実力がわからないような鍛冶屋なら大した物は作れん」

「なっ!?」


(あっちゃー。師匠。ハードルを上げないで下さい……)


 時すでに遅くリディアの言葉にドランは顔を真っ赤にして声を荒げる。


「面白れぇ! 見せてもらおうじゃねぇか!」


 いつものリディアの視線と敵意丸出しのドランの視線を感じながら諦めたようにカイは剣を抜く。


 覚悟を決めたカイは軽く息を吐くと。目を閉じ、剣を構え、剣を握り、剣を振り上げ、剣を振り下ろす。


 それだけの動作……。だが、それだけでドランはサングラスを乱暴にとりながら何度も瞬きしてカイを凝視する。


「う、嘘だろう……? 何だ。今の……? あんな無駄のない剣の振りはみたことねぇぞ。ど、どこで、その剣を……?」


 驚愕するドランの言葉を聞いてカイの頭にはある事象がフラッシュバックする。一瞬で顔は青ざめて驚愕の表情へと変化する。


「えっ?」


(……嘘でしょう? このパターンって……)


 案の定、カイの不安は的中する。ドランの質問にリディアは胸を張って答え始める。


「私がカイに剣を教えた。カイは一ヵ月足らずで赤粘液怪物レッドスライムを一撃で倒す程の力をつけた!」

「何!? たった一ヵ月だと!」

「そう、カイは私の教えを守り――」

「ふんふんふん、本当かよ――」


(……師匠。……すみません。……ギブアップです)


 カイは店にある椅子に座るとガックリ肩を落としてうなだれる。


 精魂尽きたカイをよそにリディアとドランの話は三十分にも及んだ。


 ――三十分後。


「もっと聞いてみてぇが、なんか兄ちゃんもお疲れみてぇだし。これぐらいにするか」

「うむ、なかなか有意義な時間だった」


(やっと……終わった……。もう、早く……依頼に……行きたい……) 


 リディアとドランの生き生きとした顔とは対照的にカイは疲れ切った顔をしていた。


「いやー、いいもん見せてもらった。さてと。じゃあ、鎖帷子チェインメイルだったな。いいぜ、兄ちゃんのために作ってやる!」


(よし! ものすごい! 本当に、ものすごい困難だったけどなんとかなった。本当なら今日はもう帰って眠りたいなぁ……。いやいや、依頼の初日からそんなんじゃ駄目だ。頑張ろう。うん、頑張ろう……)


 安堵の表情を浮かべるカイだが、ドランにはひとつだけ懸念があり心配そうな表情を浮かべる。


「……でもよう、最高の鎖帷子チェインメイルって言ったけど。お前ら金は大丈夫か?」

「いくらだ?」

「そうだなぁ。まぁ、輸送費と材料費、後は加工費だから……。まぁ、細かいのはいいけど、最低でも五百はもらうことになるぞ?」

「ご、五百!? そ、それって金貨五百枚ってことですか?」

「いや、そりゃそうだろう」


 「当たり前だろう」と言いたげなドランの言葉にカイは目を見開き心の中で絶叫する。


(いや、無理! 金貨五百枚って下手したら一生遊んで……いや、それは言い過ぎかな……? でも、しばらくは遊んで暮らせる額でしょう?)


 不安全開なカイの心配を余所にリディアはいつも通り平然としている。


「問題ない」

「えっ! 師匠。今、何て言いました?」

「問題ないと言った」

「師匠! 金貨五百枚も持ってるんですか?」

「手持ちの金貨ではそこまでない」


 要領を得ないリディアの言葉に不思議そうな表情でドランが首を傾げる。


「あん? じゃあ、どうすんだよ?」

「これをやる。売れば金貨五百枚以上にはなるだろう」


 言いながらリディアは懐から透明な手のひらに収まる水晶を出してドランに手渡す。


「――ッ!?」 


 水晶を渡されたドランが驚きのあまり、かけていたサングラスを落として大声を上げる。


「……お、おめぇ。これ、嘘だろ……。竜水晶じゃねぇか!?」

「そうらしいな」

「そうらしいって、お前コレ……。売るとこに売れば、金貨五百枚どころか金貨五千枚以上の価値があるぞ!」

「――ッ!」


 驚愕するドランの言葉にカイは絶句しながらも頭の中で多くの情報が駆け巡る。


(ご、五千? 金貨五千枚?……いや、これこそ絶対に一生遊んで暮らせる額だよ! ……いや、そういうことじゃない!)


 リディアが大事な物を手放そうとしていると感じてカイは全力で止めようとする。


「師匠! 駄目ですよ! そんな大事な物と交換なんて!」

「大事? 別に私はこんな石を大事にしたことはないぞ?」

「……でも、金貨五千枚なんでしょう?」

「そうらしいな。特に興味はなかったが、何かに使えるかと思って持っていただけだ」


 カイとリディアの会話にドランも確認のために口を挟む。


「おい! いいのかよ! コレと交換で? 下手したら金貨五千枚を超えんだぞ?」


 ドランの最終確認にもリディアは一切動じることなくいつも通りの口調で淡々と話す。


「構わん。私にとって必要なのはカイを守るための防具だ。そんな石を持っていたところでカイの身を守ることはできない」


 リディアの言葉を聞き終えるとカイとドランは何も言えなくなる。


「それで? 作ってもらえるのか?」

「……駄目だ」

「そうか。では手持ちがないので、後日また依頼をすることにする」


 話を終了させようとするリディアの言葉を聞いてドランは首を横に振る。


「……勘違いすんな。鎖帷子チェインメイルだけじゃ割に合ってねぇだろうが! お前らがよ!」


 疲労した様子でドランは椅子に腰をかけて話を続ける。


「全く……。今日はびっくりすることばっかだなぁ。はぁー、この竜水晶は俺がなるべく高く買いとってくれるところで売ってやるよ。それで差額は返してやる。それでいいだろう?」

「別に交換で構わんが?」

「こんな不利な取引を自分だろうが相手だろうがさせられるわけがねぇだろうが! これが最大の譲歩だ! 嫌なら他にいけ!」


「そうか、ならそれでいい」

「……あー、そうだ。作るのはそれなりに時間がかかっちまうから兄ちゃんにはとりあえず既製品になっちまうが、このミスリル製の鎖帷子チェインメイルを持っていけ」

「いくらだ?」

「アホか! 金なんてとれるわけねぇーだろう! サービスだサービス! 全く……」

「そうか。感謝する」

「へっ! どっちが感謝しなきゃいけねぇんだか……」


 ミスリルの鎖帷子チェインメイルを装備したカイは少し動いてみる。


「どうだ? 違和感や重すぎることはないか?」

「はい。師匠。ほとんど重さを感じません」

「はん。そりゃー、ミスリルだしな。銅とか鉄と一緒にすんなっての」

「では、行くぞ」

「あ、はい。師匠」


 リディアとカイが階段を上がっているとドランがカイを呼び止める。


「兄ちゃん!」

「はい?」

「いい師匠を持ったな。大事にしな」

「……はい! ありがとうございます!」


 リディアとカイの背中を見送るとドランは独り竜水晶に向かい話を始める。


「はっ! 信じられるかよ? 金貨五千枚の宝石よりも俺が作る金貨五百枚の鎖帷子チェインメイルを選ぶんだとよ。その理由が自分のためじゃなくて、あの兄ちゃんのためってか……? まぁ、確かに竜水晶は宝石としての価値しかねぇ。でも、鎖帷子チェインメイル……いや防具ってのは。比べればどっちに価値があるかなんてわかりきってんだけどなぁ。……でも、普通の人間はそれができねぇんだよ。だから、あの姉ちゃんは本当にをわかってるってことなんだ……」


 呟きを終えたドランは立ち上がると決意を新たに工房の方に戻っていく。


「さて、俺も頑張って作るか。あいつらの命を守る価値あるもんてやつをな!」

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