第5話 初依頼

 赤粘液怪物レッドスライムを倒して五日後の朝、カイとリディアは宿屋での朝食を終え休憩していた。しかし、ある問題がカイを困らせている。


(何か師匠……。少し不機嫌な気がする……。俺、……何かやったのかなぁ?)


 知らない人間が今のリディアを見ても疑問を感じないだろうが、カイは一ヵ月以上リディアと行動を共にしているため微細な表情の変化や雰囲気でリディアの感情を読み取れるようになっていた。ただ、不機嫌な理由については皆目見当がつかない。そのため、カイは勇気を振り絞り本人へ聞いてみることにする。


「あ、あのー、師匠。何か問題がありましたか?」

「問題? 特に問題はないが?」

「でも、何かおこ……。いえ、何か考え込んでいるような気がして……」


 カイは思わず「怒っている」と聞こうとしたが、咄嗟に言葉を濁して当たり障りのない表現にする。


「あぁ、赤粘液怪物レッドスライムを倒したアルベインについてな……」


 ◇◇◇◇◇◇


 五日前


 サイラス近辺でカイが赤粘液怪物レッドスライムを倒した後、すぐにリディアと一緒にサイラスへと戻った。その道中にカイはあることを思い出す。


(そういえば……、村が粘液怪物スライムに滅ばされたことをすぐに報告しなくて問題になったっけ……)


 報告義務を思い出したカイはサイラスの近くに赤粘液怪物レッドスライムが出現したことを門の兵士へすぐに報告した。すると報告時、偶然近くにいたアルベインが探索の指揮を執ることになる。


「よし。私が指揮を執り、これより周囲の探索をする。油断はするなよ!」

『はっ!』


 アルベインは十人の兵士と共にサイラス周囲を探索する。まずは、カイが最初に赤粘液怪物レッドスライムと遭遇した場所へ行く。その近辺をくまなく探索すると身元不明の男性三人の死体を発見する。


「た、隊長……。この者達は?」

「わからん。身元確認のために所持品の確保と死体もまとめておくように」

「は、はっ!」


(しかし、こんな場所になぜ三人も男がいたんだ? 何かの依頼の帰りか? ……あとで、カイ君、リディア殿にも心当たりがないか尋ねてみるか……)


 周囲を探索したが赤粘液怪物レッドスライムは見つからないため、アルベインは死体の場所を起点として三つに部隊を分けての探索へと切り替える。起点場所に兵士三名を置き周囲の警戒とサイラスからの増援待ち、兵士五名が東側、アルベインと兵士二名で西側の探索をする。


「それで問題ないな、お前達?」

「は、はい……。で、ですが。も、もしも、赤粘液怪物レッドスライムと遭遇した場合は……」

赤粘液怪物レッドスライムを見つけた場合は撤退を優先で構わん。撤退できないなどの不測の事態には私にわかるように狼煙のろしなり、道具アイテムで伝えろ。いいな?」

「はっ!」

「よし! 行動開始!」 


 アルベインの部隊は五分ほど平原を探索したが、赤粘液怪物レッドスライムは見つからない。周囲を見渡すと近くに小さな林があったので林の探索へと切り替える。平原と違い遮蔽物が多いため注意して探索しているとアルベインが立ち止まる。


「ん?」

「どうかしました?」

「……お前達は下がれ」 

「は?」


 兵士がアルベインの言葉を理解するよりも早く目の前に二体の赤粘液怪物レッドスライムが出現する。


「お、おぉぉぉぉ!」

「まだ、いたようだな」


 冷静なアルベインとは対照的に兵士は慌てふためく。一人の兵士は右往左往するばかり、もう一人の兵士は槍を構え赤粘液怪物レッドスライムへ槍を突き刺すが焦りのせいで槍は赤粘液怪物レッドスライムの身体をかすめるに留まる。攻撃された赤粘液怪物レッドスライムは敵意を露わにしたように身体を槍へ絡ませながら兵士へと近づいていく。


「なっ! は、離れろ!」


 予想外の反撃にあった兵士が叫びながら槍を動かそうとするが、赤粘液怪物レッドスライムに槍を押さえられてしまい思う様に動かすことができない。そうこうしている間にも赤粘液怪物レッドスライムは槍を伝うように兵士へと徐々に近づいてく。その様子を見ていたアルベインがすかさず動く。まず、近づいてくる赤粘液怪物レッドスライム目がけて斧槍ハルバードの突きを叩きこむ、強烈な斧槍ハルバードの一撃で赤粘液怪物レッドスライムは地面に溶けるように消えていく。更にアルベインは、もう一体の赤粘液怪物レッドスライムへ横なぎ一閃する。攻撃を受けた赤粘液怪物レッドスライムは霧散して消失する。勝利したアルベインは軽く息を吐くと二人の兵士を叱りつける。


「馬鹿者が! 焦って攻撃をしかけるからそうなる。驚くのは仕方がないが、すぐに対応が困難と判断したのならば、まず距離をとり落ち着いてから攻撃をしかけるんだ!」

「……は、は、はっ! し、失礼しました。しかし、おかげで助かりました。ありがとうございます!」


(ふぅー、まったく。兵士たちの訓練が不足しているな。今度、私が直々じきじきに鍛えるか? しかし、そんな権限は私にはないか……。まぁ、声だけはかけてみるか……)


 アルベインが兵士の実力不足について悩んでいると兵士の一人が東側から狼煙が上がっていることに気が付き、すぐさまアルベインへと伝える。狼煙のろしを確認したアルベイン達は東側へと急ぐ。


 アルベイン達が東側へ到着すると三体の赤粘液怪物レッドスライムと兵士達が交戦中だった。いや、戦っているというよりは兵士達が赤粘液怪物レッドスライムに対して近づいてこないようにむやみやたらと槍を振りまわしていた。その状況を見てアルベインは手で顔を覆いたくなったが、気持ちを切り替え兵士達を助けるために赤粘液怪物レッドスライムへ単身突撃する。赤粘液怪物レッドスライム三体は固まって行動していたので、アルベインは飛び上がり真ん中の一体に斧槍ハルバードを叩きつける。アルベインの一撃で赤粘液怪物レッドスライム一体は消失する残り二体。地面へと着地したアルベインは、両脇にいる二体の赤粘液怪物レッドスライムへ遠心力を利用して斧槍ハルバードの一閃を加える。斧槍ハルバードの一閃を受けた二体の赤粘液怪物レッドスライムはほぼ同時に倒される。


「ふん。この程度か」


 アルベインの実力を目の当たりにした兵士達は信じられない様子で口々に思った感想を漏らす。


「つ、強ぇー……」

「つ、強い……」

「凄すぎだろ……」


 こうしてサイラス近辺に出現した五体の赤粘液怪物レッドスライムはアルベイン一人の手で倒された。


 ◇◇◇◇◇◇


 そのような経緯でアルベインの強さを目の当たりにした兵士達による噂が広まり、サイラスではアルベインの強さで持ち切りになっていた。


(アルベインさんが赤粘液怪物レッドスライムを倒したことが師匠の不機嫌の原因? 何で?)


 理由が理解できないカイは頭を捻り考えるが、リディアは淡々と語り続ける。


「あの男なら赤粘液怪物レッドスライム如きたとえ百体いたとしても倒しただろう。ここまで噂になる理由がわからん」

「えっ!? 師匠はアルベインさんのことを前から知っていたんですか?」

「知らん。私が初めて会ったのは君と一緒だ。管理局で一度だけだ」

「でも、それならどうしてアルベインさんなら赤粘液怪物レッドスライムを簡単に倒せるってわかったんですか?」

「会ったときに、あの男を見て大体の強さはわかった」


 平然とリディアは答えるが、その言葉にカイは驚く。しかし、根本的な疑問が解決していない。


(でも、今の話から師匠が不機嫌になる理由って何だ? 嫉妬ってこと? いやいや、師匠がそんなことで不機嫌になるなんて絶対にない。……じゃあ、何なんだ?)


「……あの男よりも、本来ならカイが称えられるべきなのだ」

「えっ?」


(……つ、つまり師匠は俺も赤粘液怪物レッドスライムを倒したのに何も言われず。アルベインさんだけが噂されているのが気に入らないってこと?)


 リディアの不機嫌な理由を理解したカイは遠慮がちに口を開く。


「いや……。でも、師匠。俺が倒したのは一体でアルベインさんは五体ですよ? しかも、俺は無我夢中でなんとか一体、向こうは余裕で五体を一撃なんですからアルベインさんが称えられるのが正しいと思うんですけど――」


 カイが説明していると珍しくリディアが強い口調で反論する。


「それは違うぞ! カイ!」


 強い口調に驚いたカイは思わず背筋を伸ばす。 


「一ヵ月前までの君は剣のことなど何もしらない素人だった。そんな君が修行をして一ヵ月程度で赤粘液怪物レッドスライムを一撃で倒せるまでに成長したんだ。対してあの男は、もともとあの程度のことは問題なくできていたのだ。どちらの方がすごいかなど一目瞭然ではないか!」


 両手でテーブルを叩きながら訴えるリディアを見てカイは困ってしまう。リディアの言っていることは確かに正しい。ただし、それはカイとアルベインのことをよく知っていればの話だ。カイやアルベインを知らない第三者からすれば一体の赤粘液怪物レッドスライムを倒した男と五体の赤粘液怪物レッドスライムを倒した男、どちらがすごいのかと問えば間違いなく五体を倒したアルベインと答える。しかし、カイはある不安を抱く。


(……多分、師匠に説明してもわかってくれない気がするなぁ。……どうしよう?)


 カイは悩み、考え、一つの結論を出す。


(よし! うやむやにしよう!)


 カイはリディアを説得することを諦めた。


「そ、そういえば、……師匠。今日からサイラスの外へ出るのも自由になったみたいですから、また修行の続きをお願いします」


 サイラスの周辺に赤粘液怪物レッドスライムが出現した日から、安全が確認されるまでサイラスの外へ出ることを自粛するようお触れが出ていた。しかし、今日になりそのお触れが解除されたのだ。平原へ行けない間のカイは朝と夜の走りこみ、筋力トレーニングしかできていなかった。そのため、カイにとっては五日振りの剣を使用しての修行になる。


「いや。もう、あの修行は必要ない」

「えっ?」


(まさか、もう修行は終了ってことなのかな? じゃあ、リディアさんとお別れか……)


 唐突な修業終了の言葉を受けてカイは寂しさに襲われる。リック村を出てからリディアと行動を共にしてきたカイはリディアを家族のように感じていた。そのため、別れることを考えると異様に寂しく感じてしまう。不安な気持ちのカイにリディアは新しい提案を口にする。


「これからは実戦形式での修行を中心にする」

「……えっ? 実戦形式の修行ですか?」

「あぁ、君は赤粘液怪物レッドスライムを意図せずとはいえ倒したのだ。ならば、これからは実戦経験を積んでいった方がより一層剣の技術を鍛えあげることができる。勿論、素振りに関しては日々の空いた時間で行うように!」


 突然の提案だがカイは笑顔で大きく頷く。


「はい! 師匠!」

「よし、では支度ができたらすぐに向かうぞ」

「えっと、どこに行くんですか?」

白銀しろがねの館だ。依頼を受ける」


 ◇


 白銀しろがねの館への道中でカイは緊張していた。 


(うー……。依頼を受けるってことは、魔物討伐だよなぁ。大丈夫なのか? まだ、赤粘液怪物レッドスライムを一体倒しただけなんだけど……。いや、弱気になってどうする。師匠に教わった剣を信じるんだ!)


 カイがいろいろと思案しているうちに白銀しろがねの館へ到着する。扉を開けると受付へと直行する。受付ではルーが笑顔で手を振っている。


「あー! リディアさんにカイ君!」

「どうも、お久しぶりです」

「カイ君。大丈夫? あのとき、すごい殴られたんでしょう? もー、今度あの三人が来たら私が注意しますので!」


 自分のことのように怒るルーにリディアがある事実を告げる。


「問題ない。あの三人は五日前に出現した赤粘液怪物レッドスライムに殺されたようだ」


 確かにあの三人は赤粘液怪物レッドスライムに殺されていた。兵士が周囲の探索の際に発見した身元不明の遺体。特徴や所持品などから、死体はあの三人と判明していた。また、リディアはあの三人が修行場所の近くにいたことから、偽手紙の犯人だと確信していた。


(師匠……。ルーさんみたいなおっとりした人にそんな言い方したら驚いてしまのでは……?)


「あー。そうだったんですね。ご愁傷様です」


 人の死を聞いても平然と受け答えしているルーにカイは驚いたような表情になる。


「うんー? どうしたの? カイ君?」

「いえ。あの、ルーさんが意外に人が死んだことをすんなりと受け入れてるのが……」


 リディアとルーの二人はカイの発言の意図がつかめない様子だったが、ルーは指を顎に当てながら少し考えると理解する。


「あー。なるほどー。カイ君は私が人の死に対して動じないことが不思議なんですね? うふふ。こう見えても私はこの仕事をして長いんですよ。だから、大抵のことは経験済みなんです!」


 「任せて」と自信満々に自分の胸を叩くルーに頼もしさを覚えるが、カイは少し疑問を持ってしまう。どうみてもルーの見た目は二十歳前後にしか見えないからだ。


(十代から働いていたとしても、そんなに長くは働いてないような気がするんだけどなぁ……)


「あのー、ちなみにルーさんはこのお仕事を何年続けているんですか?」

「私ですか? えーっと、確か今年で二十年ぐらいかなぁ?」

「えっ!? に、二十年? だ、だってルーさんそんなにお若いのに……」


 驚愕するカイに逆にリディアとルーが疑問を感じる。しかし、リディアはカイがリック村からほとんど外へ出ていないことを思い出して理解する。そのため、カイへ詳しく説明する。


「カイ。エルフというのは人と違う時間ときを生きる種族なんだ。恐らくだがルーは二百年以上は生きている」

「えっ! に、二百年!? そ、そうなんですか?」

「はいー! 私は二百五十四歳になります。でも、人間の年齢でいうと二十代ぐらいと思っていいですよ。エルフの中では、まだまだ若い方なんですよ?」


 エルフは森や精霊と生きる種族といわれている。寿命は人の十~二十倍と言われ大抵千年以上は生き続ける。長生きしているために人間では知りえない多くの知識を持っている。しかし、人と違いエルフは変化を極端に嫌う性質があり、あまり森から出ることはない。ただ、ルーのように外への憧れを持つ者も少なからず存在している。


「そうだったんですね……。すみません。不躾にルーさんのことを色々と聞いてしまって……」

「ぜーんぜん。気にしないでいいですよ」


 話が落ち着いたと判断したリディアがルーへ切り出す。


「ところで、今日は仕事を受けたいんだが構わないか?」

「はいー。どんなお仕事をご希望ですか?」

「カイが一人でも達成可能な依頼を頼む」

「えっ? えーーーーーーーーーーーー!」


 カイは思わず大声を上げていた。カイの予想では、最初なのだからリディアの依頼について行っての補助的な役割だと思っていたからだ。一方のリディアはカイが驚いていることに怪訝な表情を浮かべる。


「どうした? さっき次の修行は依頼を受けた実戦形式だと言っただろう?」

「い、いえ、そうなんですけど……。てっきり師匠のサポートかと思ってたので……」

「何を言っている。君の修行なのだから君がメインに決まっている」


 二人の会話を聞いていたルーが心配そうに声をかける。


「あのー、お仕事なので修行とは違うと思うんですけどー?」


 当然ともいうべきルーの心配に対してリディアは胸を張る。


「問題ない! 万が一の時は私がカイを助ける。私はカイの師匠なのだからな!」


 堂々と師匠に任せろと言っているリディアの姿がカイは少し恥ずかしかったが、それとは関係なしにルーが首を傾げる。


「そういえば先程から師匠って言われていますけど、……何のお師匠さんなんですか?」

「カイは私に剣を教わっている。そして、カイはすでに赤粘液怪物レッドスライムを一撃で倒すほどの腕前になっている!」

「へー、すごいんですね!」

「そうだろう! 何しろカイは剣を習って一ヵ月程なのに――」

「うわー。すごい、すごーい――」


 仕事の話は一向に進まずリディアがカイのことを褒め、ルーがそれに対して絶賛する状態が続く。その状況を傍から見ていたカイの表情は沈痛なものへと変化する。


(これ、いつになったら終わるんだ? ……というか、師匠。絶対にアルベインさんに対抗しようとしてる。はぁー。師匠が嬉しそうなのはいいんだけど、なんか変なところで性格が以前と変わり過ぎな気がするんですけど……)


 十分程経過してリディアとルーの話はようやく一段落つく。


「うふふ。今のお話でカイ君の実力は大体わかったので私はカイ君に、このお仕事をお勧めします!」


(あー、なるほど。ルーさんが師匠の話に乗ったのは、俺の話を聞いて俺の実力を判断してから依頼を選ぶためだったのか。流石は年の功!)


 カイが失礼なことを考えていると、突然ルーが笑顔でカイを睨む。


「カーイ君。今、何を考えてたのー?」

「えっ? ……い、いえ、る、ルーさんは綺麗なだけじゃなくて、仕事もそつなくこなして、すごいなぁーって思ってました……」

「そっかー。ありがとう!」


 ルーを褒めたことで睨んでいた視線は消失する。カイは身体が震えそうになるのを必死で堪える。


(……何? 心を読まれたの? もう失礼なこと考えるのは止めよう。……うん)


「そ、それで、ルーさん。その仕事ってどんな仕事なんですか?」

「はいー。カイ君へのお勧めは使い魔のです」

「何? 使い魔のだと? それは難易度が高すぎだ。私でも成功させるのは困難だぞ」

「えっ! し、師匠でも勝てない魔物なんですか?」

「いや、倒すのなら問題はない。捕獲というのが問題なのだ。私は生けどりが苦手だ」

「……あぁ、そういうことですか。納得しました……。えーっと、すみません。ルーさん。師匠も難しいようなので、他の依頼にしてくれませんか?」


 勝手に話が進んでいたのでルーは頬を膨らませて抗議する。


「もー、私の話をちゃんと聞いて下さい! 使い魔の捕縛ですよ! ほーばーくー!」

「捕縛? 同じでないのか?」

「ぜーんぜーん、違います! この使い魔はもうすでに捕獲されていたんです。でも、主人のところから逃げてしまったんです」

「契約を解除されたというのか?」

「いいえ。契約状態のまま逃げたそうです」

「そんなことが可能なのか?」

「はいー。私もそう思って調べたんですけど不可能ではないみたいです。ですが、その使い魔は魔力の補給ができないはずなので、かなり弱っているはずです」


 二人の会話をカイは横で聞いていたが全く理解できないでいる。


(契約とか魔力の補給とか何なんだろう? そもそも使い魔って、どんな魔物なんだ?)


 ルーとリディアはカイが理解できていないことを表情や仕草で察する。


「ルー。すまないが、カイのために使い魔のことをわかりやすく説明してくれないか?」


 リディアの願いをルーは満面の笑みで承諾する。


「はいー。お任せ下さい! ですが、少し長い話しになりますので質問は最後にまとめてお願いします。えーっとですね。そもそも使い魔というのは魔物の名前じゃないんです。触媒を使って魔術師が魔物と契約を交わして成立した瞬間にその魔物を使い魔と呼びます。ですので種類はいろいろといます。ちなみに今回の使い魔は小悪魔インプです。それでですね。今回、問題なのは契約をされた状態で使い魔が逃げたことなんです。本来は契約をされている限り使い魔は主人の命令に従うはずなんです。理由は二つあってですね。契約時に使い魔は主人へ忠誠を尽くすように契約をするからです。そして、契約した使い魔にとっては触媒からの魔力補給がないと満足に魔法を使うどころか動くことも困難になるからなんです」


 カイはルーの話を聞いて何となくだが使い魔について理解する。しかし、そうなると先程リディアが口にした疑問へ戻ってしまう。ルーはカイも大体のことを理解したと判断して確信に迫る。


「はいー。今、お二人が考えているのは契約状態でどうして逃げたかですよね? 簡単に言うと喧嘩をしたそうなんです」


 ルーの答えにカイとリディアは同時に頭を傾ける。


「えーっとですね。依頼主さんの話ですと。その逃げた使い魔があまりにも口が悪くてろくにいうことを聞かないものだから、使い魔に向かって『出ていけー』って言ったそうなんです。そうしたら、その言葉が主人の命令として認識されたみたいで……。そのまま外に出て帰って来なくなったそうです」


 カイとリディアは二人で顔を見合わせる。


 二人とも思った。


((……くだらない))


 そんな微妙な空気を感じ取ったルーが慌てた様子で補足をする。


「えーっと。でもでも魔力が不足しているといっても小悪魔インプは悪魔の一種ですから放って置くのは危険だと思うんです。それに、さっきのリディアさんの話を聞いた限りですとカイ君は魔法を使うような魔物とは戦ったことがないみたいですし。魔力がほとんど残っていないはずの小悪魔インプは危険も低くてちょうどいいと思うんです」


 話を聞き終えたカイはリディアを見る。しかし、リディアは軽く目を閉じてカイへと告げる。


「今回の仕事はカイ。君の仕事だ。君が受けたければ受ければいいし、受けたくなければ無理に受ける必要はない。他にも仕事はあるはずだ」 


(うーん。小悪魔インプって言われても全然知らないから判断できないけど。この仕事に詳しいルーさんが大丈夫って言ってるなら大丈夫なのかな? ただ、これだけは聞いておかないと……)


「あのー、聞きたいんですけど、捕縛ってどうするんですか? 俺は魔物を捕まえた経験がなくて……、簡単にできるものなんですか?」


「あー、それは大丈夫ですよ。依頼主さんから触媒を預かっていますから、使い魔が近くにいるときに触媒を持って命令すれば使い魔はいうことを聞きますから」


 カイは「へー」と感心する。しかし、逆にリディアには疑問が浮かんでしまう。


「ちょっと待て! 触媒をこちらに預けるのか? 破損や消失をしても責任はとれんぞ?」


 使い魔の触媒とは、使い魔と主人の契約の要である。触媒を使えば、どのような命令も使い魔へ命令することができる。例えば触媒が敵対するものに奪われて、使い魔に主人を殺すように触媒を用いて命令をされてしまえば自分の主人だろうが使い魔は迷わず殺す。使い魔の触媒とはそれほど大切な物なのだ。


「はいー。最悪消失しても構わないと言っていました。というのも、今回の依頼は捕縛ということになっていますが、依頼主さんは使い魔を倒してもらってもいいと思っているようです」

「えっ? そうなんですか? じゃあ、なんでわざわざ依頼を出すんですか?」

「えーっと。依頼主さんとしては自分の使い魔が周囲の人に迷惑をかけるのが嫌なだけで、別に捕縛してまた使い魔にしようとは考えていないようなんです」


(使い魔ってそういうものなの? 話を聞いてると、てっきり犬とか猫を飼うペット感覚だと思ってたのに……。でも、一応は魔物だからしょうがないのかな? こんなのウルばあちゃんに言ったら怒られそうだなぁ……。ウルばあちゃんは猫を我が子のように可愛がってたもんなぁ。そういえば、あの猫たちは逃げられたのかな? それとも粘液怪物スライムに……)


「カイ。大丈夫か?」

「あ、すみません。師匠。大丈夫です」


 一呼吸置いてカイはルーに依頼を受けることを伝える。


「……ルーさん。その依頼を受けます!」

「はいー。了解しました。では、これが使い魔の触媒です」


 ルーが渡してきたのは一冊の分厚い本だ。


「これが触媒なんですか?」


 本を持ってみるが、カイにはただの本にしか見えない。するとリディアもカイが持っている本に触れる。本に触れたリディアは眉毛を少し動かして確信する。


「なるほど、確かに魔力が込められているな」

「そうなんですか?」

「あぁ、そこまで大した魔力ではないが間違いない」

「えーっと。触媒の使い方を説明した方がいいですか?」

「問題ない。使い方は知っている。それに、カイには実際に使わせて経験を積ませたいのでな」

「はいー。じゃあ、気をつけて行ってきて下さい!」


 カイとリディアはルーに挨拶をすると受付を後にする。


「よし。では、行くぞ」

「いや、師匠。その前に道具屋に行きましょう」

「構わないが……。なぜだ?」

「準備がいるからです」

「携帯食料と水は三日程度なら持っているが?」

「この依頼だと使い魔を見つけるのに時間がかかると思います。携帯食料と水は多めに持っていった方がいいです。それに、念のために回復薬ポーションとかも持っていきましょう。それから師匠は寝袋を持ってないでしょう?」


 カイの提案にリディアは頭を捻る。


「寝袋……。必要か? 私は座りながら寝てもいいし、木の上でも寝れるぞ?」

「知ってます……。サイラスに来る道中に師匠が行っている旅の方法を体験してますから……。師匠。あれは旅ではなくサバイバルです」

「うむ。まぁ、君が言うならそうなのかもな。では、道具屋に向かうか? 確か二階だったな」


 二階へと移動している最中にカイは、リディアとリック村からサイラスへと向かう道中が驚きの連続だったことを思い出す。


 ◇◇◇◇◇◇


 約一ヵ月前


 リック村からサイラスへの道中をカイとリディアは二人で歩いていた。リック村に二台の馬車はあったが、粘液怪物スライムに馬が殺されていたので歩くしか移動手段がなかった。リディアは一定の速度でカイの前を歩き先導する。


(ふぅー。結構、歩いたけどリディアさん休憩しないのかな? いや、出会ったときもすぐに去ろうとしたし、きっと急いでるんだろうな。邪魔しちゃいけない)


 カイはリディアに気を遣い何も文句を言わずについて行く。しかし、日が落ちて辺りが薄らと闇に包まれてもリディアは歩き続ける。ついに日も完全に落ち周囲は夜の闇に包まれる。それでもリディアは明かり一つ出さずに歩き続ける。さすがに不安になりカイが声をかける。


「あ、あのー、一体どこまで進むんですか?」

「うん? どこまで? 街に着くまでだが?」


 当然のような物言いのリディアにカイは絶句してしまう。


(えっ? もしかして、サイラスまで休まずに歩くつもりなの? そんなに急ぎの用事があるのか?)


 リディアが不思議な顔をしているので、カイは念のため尋ねてみる。


「あのー、サイラスに何か急ぎの用事があったんですか? だとしたら、昨日から足止めしてしまって本当に申し訳ありません」

「急ぎの用事? そんなものはないが?」


 リディアの答えにカイは驚愕して、しばらく言葉が出なくなる。暫しの沈黙後に再度カイは尋ねる。


「……えっ? じゃ、じゃあ! なんで休まずにこんな暗闇の中を歩いているんですか?」

「目的地がサイラスだからだ」


 答えを聞いたカイは呆然となり、発言したリディアは当然という顔をしている。


「目的地を言っていなかったか?」

「……い、いえ、それは知っていますけど。……あ、あのー、休憩とか食事とか睡眠とかって、リディアさんはどうされてるんですか?」

「休憩? 特に決まってとることはない。歩いている程度で疲労はしないからな。食事は携帯食料を食べるか、そのあたりの草や動物を狩るなどして食べることもあるが……。移動の時は特に決めてはとらない。睡眠も必要だと思ったらとるようにしている」


(えっ? 旅の戦士ってみんなそうなの? いやいやいやいや! 村にだって何回か旅の戦士が来て泊めてあげたときに「歩きすぎてもう疲れましたよ」とか「夜の移動は危険なので、村があって助かりました」とか言ってた。……リディアさんって何者なの?)


 カイが頭を悩ませていると、リディアが不思議そうに問いかける。


「どうした? もしかして疲れたのか?」

「えーっと。……はい、結構前から……」


 カイは考え方を変えた恐らくリディアには言わないと駄目だと思ったからだ。


「そうだったのか。もっと早く言ってくれて良かったのだが……。では、休憩にするか?」


 リディアの言葉を聞き、カイは自分の考えが間違っていないことを確信する。


(とにかく、やっと休憩できる。はぁー、疲れた。……明日からはちゃんと言おう)


 辺りは日が落ちてしまい闇に閉ざされている。そのため、火や明かりをつける道具をカイは手探り状態で探すことになる。


「どうしたんだ?」

「いえ、暗くなってしまったので……。道具を出すのもちょっと大変で……」


 カイの言葉を聞いたリディアは少し考えると周囲の枯れ枝を集め地面に置く。その枯れ枝へ人差し指をかざすと一言唱える。


火炎フレイム


火炎フレイム』:炎の塊を対象物へぶつけて燃やす。初級魔法。


 『火炎フレイム』という言葉が響いた次の瞬間、枯れ枝が燃えて辺りが明るくなる。


「これでいいか?」

「あ、はい。ありがとうございます!」


(へー。魔法ってすごいなぁ)


「じゃあ、食事の準備をしますね。ちょっとだけ待って下さい」

「食事の準備? 携帯食料ではないのか?」

「はい。リディアさんには護衛をしてもらっているわけですから、少しでも温かいものを食べて元気をつけてもらおうと思いまして。……とは言っても、そんなに料理は得意じゃないので期待はしないで下さいね?」


 鞄から鍋を取り出すと水を入れいくつかの調味料を加え沸騰させる。その後、持ってきた干し肉をナイフで削り鍋の中に入れていく。あとは煮立つのを待つだけの単純な料理だ。煮立つまで少し時間があったので、カイは魔法についてリディアに尋ねてみる。


「でも、魔法ってすごいですね。あんな簡単に火をつけられるんですから。あれは薪とかに火をつけるための魔法なんですか?」

「いや、あれは攻撃魔法だ。君がもし覚えたとしても、普通に打てば薪程度は一瞬で灰になるだろう」

「えっ? そうなんですか。じゃあ、さっきは何で?」

「魔力量を調整して火が燃え移る程度にしただけだ」


(……しただけって。なんかリディアさん簡単に言ってるけど、それって本当は凄いことなんじゃあ……)


 カイの予想は正解だ。魔法を使うことは、魔法を覚えてしまえば誰でもできる。しかし、その魔法を強弱するなど調整をするというのは話が変わってくる。それは自分の中にある魔力の放出量を調整することになるが、魔術師と呼ばれる者も魔力の流れを理解して放出量を調整するにはかなりの修業期間を要する。魔力をコントロールできる魔術師は大抵が上級魔術師として名を馳せるほどだ。


「おっ! そろそろ、いいかな?」


 鍋が煮立って辺りに食欲を刺激する匂いが漂い始める。鍋から少しスープをとったカイは味見をして問題ないと判断する。あとは鍋から熱いスープを器に移してリディアへ渡す。


「どうぞ。大したものじゃないですけど、リディアさん。食べて下さい」

「頂こう」


 リディアはカイの作ったスープを一口含むと手を止める。その反応を見たカイは不安に襲われる。


「すみません。お口に合いませんでしたか……?」

「……いや。美味しい。こんなに美味しいスープは初めてだ……」


 「大げさですよ」とカイは言おうとしたが、リディアの表情を見て口を閉ざしてしまう。なぜなら、リディアの表情がとても真剣だったから。


 カイの作ったスープは特別に美味しいわけでも、特別な物が入っているわけでもない。カイが作ったスープよりも美味しいスープをリディアは口にしたことがある。だが、リディアにとってはカイの作ったスープが間違いなく一番美味しいと感じた。それはリディア自身も気づいていない……。リディアがカイのスープを一番美味しく感じた理由はカイがリディアのためにスープを作ったこと。また、誰かと一緒に食べるという状況がリディアの心に初めての感情を与え食事を美味しくさせていた。


「じゃあ、おかわりもありますから、いっぱい食べて下さい!」

「あぁ。では、おかわりだ」


 この日、リディアは初めて食事を楽しいと感じていた。

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