第4話 修行

 緑粘液怪物グリーンスライムによって、滅びたリック村。カイを除いて村人は殺されてしまい今は誰もいない。本来なら……。


 現在、リック村にはサイラスから派遣された調査団が到着していた。調査団はリック村の現状を詳しく調査している。今回、調査団の団長を務めることになったアルベイン・ヴェルトが部下に指示を出す。


「お前達、まずは生存者がいないかの確認だ。急げ!」

「はっ!」


 アルベイン・ヴェルトは、筋肉質で大柄だが端正な顔立ちをした戦士だ。アルベインは、今回のリック村全滅の一報を誤りと願っていた。情報が全て正しければ村の人間は一人を除いて亡くなっているからだ。だが、村に到着してアルベインが見た現状は、情報が正しかったことを物語っていた。


(クソ! 俺がここにいれば全ての住民は救えなくとも、ある程度の住民の命は救えたものを……)


 アルベインは絶望的な村の現状を見て、激しい怒りに身を震わせると同時に暗澹あんたんとした気持になる。


(一体、どれほどの村人が亡くなったのだ? しかも、たった一人生き残った青年がいるという話だが、彼にとってはまさに地獄のような光景であっただろう。街に帰ったら青年を探して謝罪と哀悼を捧げるべきか……。いや、それだけで許されまい。……弱きものを助けるのが戦士としての務めだというのに、俺は貴族の警備などつまらない仕事ばかり命令される始末だ。そういう意味では、今回の調査を嘆願して受理されたのは良かったのかもな……)


 アルベイン・ヴェルトは強い戦士だ。サイラスの中では最強といっても過言ではない。しかし、その力を奮う機会はほとんどなかった。理由はアルベインの出生が関係している。アルベイン・ヴェルト。その二つ名は貴族の証なのだ。アルベインはヴェルト家の長男であり本来なら、この調査団に編成される予定は無かった。だが、アルベインの強い要望と事件自体は解決しているという情報から調査団の団長となった。アルベインは強いが、貴族家の――ヴェルト家の息子に怪我をされたくないという一部権力者の思惑により全く力を奮えていない現状が続いている。そればかりか、調査団の中にも突然編成されたアルベインのことを「よくわからない貴族が来た」と不快感を持つ兵士までいる。


 アルベイン・ヴェルト:身長百九十四センチメートル。黒髪の短髪、黒い瞳には常に力強い光が見える。サイラスで一番といわれているヴェルト家の長男。だが、貴族としての活動は行わずにサイラスの兵士として働いている。斧槍ハルバードを操る屈強な戦士。強さに憧れているが、弱者に対しては守りたいという正しい気持ちを持っている。


 村の調査を終えた者が、次々と村の入り口へ戻り「生存者なし」という報告を繰り返す。その報告を受ける度に、アルベインの気持ちはより沈んでいく。


「そうか……。わかった。ところで……、魔物に関してはどうだ? 報告では、緑粘液怪物グリーンスライムが多数いたということだったが……」


 アルベインの質問に対して兵士の一人が敬礼をする。


「はっ! 魔物に関しても、村の中や村の周囲にも確認はされませんでした!」


 報告を聞いたアルベインは頷き部下達へ命令を下す。


「わかった。報告通りのようだな。調査は終了だ! これより、サイラスへ帰投す――ん?」


 アルベインが調査終了の指示を出そうとしたとき、ある兵士の荷物に目が止まる。その兵士にアルベインは詰め寄り問いかける。


「待て! おい、お前! それはなんだ?」


 問われた兵士は少しばつの悪い顔をしながらも質問に答える。


「はっ? こ、これですか。これは……その……村に打ち捨てられていた物です……」

「……中身を見せろ」


 兵士は指示に従いしぶしぶと中身をアルベインへ見せる。兵士が持っていた袋の中身は、小物、ネックレス、指輪など価値のあるものが多かった。アルベインは兵士の荷物を見て表情を歪める。


「それを一体、どこから持ってきた?」


 兵士は姿勢よく敬礼して質問に答えるが目は泳いでいる。


「え? はっ! き、木の杭の根元に打ち捨てられていたものです!」


 兵士の言葉を聞いて、アルベインは頭に血が上り目の前の兵士を殴りそうになる。理性で感情を抑えてはいるが拳は握りこんでいた。


!)


「……貴様に問う。その品物が、その場所に置いてあった意味を本当に理解できないのか?」


 問われた兵士は押し黙る。兵士にもわかっていた。この品物は死んだ村人たちの弔いのために思い出の品を置いた行為だと。実際にこれらの品物はカイがリック村を去る前に、村人がよく身につけていた物や大事にしていた物を選んで墓に供えていった品々だ。価値の高い物もあったが、カイは自分が使うよりも死んだみんなに持っていて欲しいという思いで供えていた。兵士の表情を見て、アルベインは兵士も品物の意味を理解していると判断する。感情を表に出さないよう冷静な口調で兵士へ命令する。


「理解しているなら、ただちに戻してこい」


 倫理的に当然の命令をアルベインは下す。しかし、兵士は自分の懐に入った価値のある物を手放したくないためにアルベインへ反論する。


「で、ですが、団長! 死人にこのような物は必要ありません。有効に活用することこそ死者を弔う行為なので――」


 兵士の話は途中であったが、アルベインが手に持っていた斧槍ハルバードの柄を地面に打ちつける。周囲に大きな音が鳴り響き静寂が訪れる。全員が押し黙りアルベインへと注目が集中すると兵士へ告げる。


「その言葉を言えるのは、この村の生き残りの青年か! その青年を救った戦士のみ! 私や貴様が軽々しく言っていい言葉ではない!」


 想いの丈を言い終えるとアルベインは兵士へ背を向けて最後の忠告をする。


「二度と言わせるな……」

「で、ですが――」


 懲りずに兵士が言い訳をしようとするが、アルベインは兵士の言葉を待たずに振り向きざまに斧槍ハルバードで兵士を斬りつける。すると兵士の身に着けていた兜と鎧が真っ二つに裂ける兵士には傷一つなく。


『――ッ!』


 突然のことに斬りつけられた兵士だけではなく周囲の兵士も驚愕する。斧槍ハルバードは強力な武器だが普通の剣や槍よりも重量があり、扱いづらい武器と言われている。その斧槍ハルバードを、いともたやすく使いこなすだけでなく。兵士に手傷を負わせずに、兜と鎧のみを破壊することがどれだけの離れ技か理解していたからだ。


 アルベインは、兵士を睨みつけて怒りの感情を隠さずに警告する。


「次に! 何かこの私を不快にさせる言葉を口にすれば、その兜と鎧が貴様の姿になるぞ!」

「し、失礼しました! す、すぐに戻してきます!」


 顔面を青ざめさせて兵士は脱兎のごとく村へ戻っていく。その様子を見ていた他の何人かの兵士も急いで村へと戻っていく。兵士達の姿を見たアルベインは手で顔を覆いながら息を漏らす。


(はぁ……。全く嘆かわしいことだ。助けられなかった村人に謝罪や哀悼をするのではなく。死んだ村人を愚弄するような行為をする者が兵士とは……。この現状を打開しなければ、弱き者を守るなど夢のまた夢だな。さて、どうすればいいのか……)


 アルベインは空を見上げながら、現状は兵士の力よりも志の低さが問題だと痛感していた。


 ◇◇◇◇◇◇


 剣の修行一週目(初日)


 サイラス近郊の平原


 カイとリディアは剣の修行をするため、二人並んで平原を歩いていた。気持ちのよい風と周囲に生える草の香りが鼻をくすぐる。


「よし。この辺りなら問題はない」


 リディアが周囲を見渡しながらカイに改めて説明をする。


「いいか! さっきも言ったが私は人にものを教えることは不得意だ。だから君には私の剣を見てもらう。そうすれば何か気付くこともあるはずだ」

「はい!」


 気合いを入れて返事をするカイを見たリディアは即座に剣を抜き静かに構える。


「では、いくぞ!」


 その声を合図に上段、中段、下段と剣の基本となる箇所へ剣を走らせる。


 風を斬るような音と光の残像を残してリディアは剣を鞘へと収める。一連の行動を終えたリディアはカイを見て尋ねる。


「どうだ?」


 しかし、カイは何も答えない。何も言わないカイをリディアは不思議そうな表情で眺める。首を傾げるようにしてリディアはカイへ再度尋ねる。


「どうした? わからなかったか?」


 二度目になるリディアからの質問でカイは我に返る。少し躊躇するが正直な感想を伝える。


「あの……、わかるわからない以前に速すぎて見えません……」


 二人は無言になり空を見上げる。


 今日は雲ひとつない快晴。


 二人は「今日も天気がいい」と思っていた。



 リディアは考える。


(おかしい……。見えないと彼は言ったが、かなりゆっくりと剣を振るったのだぞ? どういうことだ? まさか、彼は目が悪いのか? だとすると、一度神殿に連れていくべきか? いや、今まで一緒に行動をしてきて目の悪い様子など微塵もなかった。……だとすれば、あれでも早過ぎたのか? うーん……。うん? そうか!)


 カイは考える。


(せっかく、リディアさんが教えてくれる気になったのに……。これで終わりじゃあ悲しすぎる。でも、どうすればいいんだろう? 「もっと、ゆっくりお願いします」ってお願いするか? いや、リディアさんのことだから「さっきのも、十分ゆっくりだったんだが……」とか絶対に言うはずだ。うーん。あ、そうだ!)


「わかったぞ!」

「わかりました!」


 二人は同時に答えを出す。


 まずはリディアが提案する。


「聞いてくれ。先程の剣の振りは、君には早すぎたようだ。だから、剣よりも先に身体能力を向上させればいいと思うのだ! どうだ?」


 カイは「なるほど」と頷く。


 次に、カイも提案する。


「俺の案も聞いて下さい。俺は剣に関して全くの素人なので、単純な剣を振る動作もできていないと思うんです。だから俺が剣を振るので、そこでおかしいところを師匠に指摘してもらうのはどうでしょうか?」


 リディアも「なるほど」と頷く。


 しかし、一つ疑問が浮かぶ。


「いい案だと思うが……。聞いてもいいか? 先程、君が言った師匠とは私のことか?」

「はい! 剣を教えてもらうんですから、ちゃんと敬わないと駄目だと思ったんです! いやでしたか? 先生とかのほうが――」


 カイの話が終わる前にリディアが首を横に振りながら答える。


「いや、いいと思うぞ。師匠。……師匠。……ふふふふ。師匠か」


 リディアは唇の片方だけを上げて微笑む。傍から見ると邪悪な笑みと誤解されそうな表情だ。


(……リディアさん。俺は嬉しくて笑っているってなんとなくわかるんですけど……。知らない人が見ると、恐らく悪人にしか見えないです……) 


 カイはリディアの顔を見て失礼なことを考える。


 色々と紆余曲折はあったが、二人は修行を再開する。リディアは腕を組みながらカイへ指示を出す。


「よし! では、君の剣の振りを見せてもらおう」

「はい!」


 カイは、村長の家から持ち出したロングソードを鞘から抜き構える。構えた剣を力任せに振り上げ振り降ろす。「どうですか?」と訴えるようにカイはリディアを見るが、特に何かを指摘するわけでもなく続けるようにと手で合図があるだけだ。そのため、もう一度剣を構えたそのとき――真後ろから声がした。


「ここが駄目だ」


 いつの間にか、カイの後ろに移動したリディアが後ろから剣を構えている両手を握り指摘をする。あまりの近距離にカイは少しドキドキしたが、リディアは真剣に話を続ける。


「いいか? 剣を握る力は必要だが腕全体に力を入れる必要はない」


 確かにカイは力任せに剣を握っていたので、腕から肩にかけて全体に力を入れている。


「腕に力が必要な時は、剣を振り上げるとき、振り下ろすとき、剣に何かが当たっているときだけだ。それ以外では腕に余計な力を入れるのは無駄な行為であり、剣を素早く動かすときに邪魔になる」

「……はい!」


 カイはリディアに言われた言葉を頭では理解しながらも、実行するのは大変だと感じていた。そうしてカイはリディアからの指摘を忠実に守るように、剣を握り、剣を構え、剣を振り上げ、剣を振り下ろす。しかし、力の加減を意識しながら一連の動作を行うのにはとてつもない集中力と技術が必要だった。できるだけ素早く行おうとカイも努力したが、現状では一分以上の時間をかけて剣を振っていた。剣を振るだけで一分以上もの時間をかけてしまった現実にカイは「自分には剣の才能はないのか」と顔を下に向け諦めかける。しかし、リディアは平然とした口調で告げる。


「それだ」

「えっ?」

「今の剣の振りが、私の剣の振り方だ」


 リディアはカイの一分近い時間を要した剣の振りが自分の剣だという。


「……でも、師匠の剣はすごく速い剣でしたよ?」

「勿論、速さの点を言わせてもらうなら話しにならない」


 カイはリディアに「話にならない」と言われて肩を落とす。しかし、リディアは気にせずに話を続ける。


「だが、速さ以外の剣への力の伝え方、剣の軌道は私の剣で間違いない。あとは訓練をして素早くできるようにするだけだ」


 現在の一分近い剣の振りを速くするだけ。それがどれほど大変なことかと、カイは気が遠くなる思いになるが頭を何度も横に振り考え直す。


(いやいや、大変なことは解りきっていたことじゃないか! それに、リディアさん。いや! 師匠が真剣に教えてくれているんだ。やらなくてどうする!)


 カイは決意を新たに返事をする。


「はい、頑張ります! 師匠!」


 そこからは同じ作業の繰り返しだった。剣を構え、ゆっくり振り上げ、ゆっくり振り下ろす。力の入れ具合には細心の注意を払う。焦ってしまえばリディアから「違う! 力が入っている!」と指摘される。この修行を日が落ちるまで続けた。


「よし! 今日はここまでだ」


 修業終了の合図を受けたカイは地面に両手と両膝をつく。身体中からは汗が吹き出し息も荒い。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 剣をゆっくりと振り上げ、ゆっくり振り下ろすだけの行為だが……いや、かえってゆっくりなことで肉体的にも精神的にもかなり疲労していた。疲労困憊のカイはすぐに倒れて眠りたいと考える。そこへディアが歩み寄り労いの言葉をかける。


「よく頑張った。立てるか? それとも、私が抱えていった方がいいか?」

「……立てます。……大丈夫です。これも、……修行です!」


 体力は限界を超えていたが、気持ちで体力をカバーするようにふらつく足取りでサイラスへと戻る。頑張るカイの後ろ姿を見ていてリディアは何故か嬉しくなった。


 ◇


 修行を開始して四日目。突然、カイとリディアは入国管理官から呼び出しを受ける。二人はある部屋に通されるとソファーに座るように促される。そこにいたのは、管理官の制服を着た少し太った男性。同じ制服を着た無精ひげが目立つ中年の男性。最後に大きな斧槍ハルバードを後ろに置く筋肉質な大柄の男性。


 中年の男性はおもむろに立ち上がり、大柄な男性に敬意を払い説明を始める。


「まず、こちらはヴェルト家の長男であらせられる。アルベイン・ヴェルト様である」


 カイとリディアは管理官の言葉を聞いても何の行動も起こさないため、中年男性と太った男性が慌てた様子で「立ち上がり礼をするように」と注意をするが、アルベインは右手を軽く上げる。


「それには及ばない。今回、私が来たのは貴族としてではない。調査を行った代表としてきただけだ。貴族への礼なら不要に願う」


 アルベインの言葉を聞いた制服二人は、困ったような表情を浮かべながらもカイとリディアへと向き直る。


「ゴホン。では、君達から報告を受けたリック村の情報に関しての確認が取れたので伝えよう。調査の結果、君達のもたらした情報に間違いはなかった。そのため、正式にサイラスへの入国を認めるものとする。よって君達へ課した行動制限は解除する」


 管理官からの話を聞いてカイは思い出す。


(あぁ! そういえば、確認がとれるまでサイラスの周囲から出るなって言われてたっけ……? 忘れてた。師匠はどうなんだろう?)


 カイはリディアの表情を窺うが特に何とも思っていない感じに見えた。


 中年の男性はカイとリディアを一瞥して終了を告げる。


「では、以上だ。ご苦労であった」


 話が終わり、カイとリディアが立ち上がろうとするとアルベインが右手を上げ制止を促す。


「いや、待って頂きたい!」


 横にいた小太りの管理官が緊張した様子でアルベインへ恐る恐る尋ねる。


「あ、アルベイン様? どうかなされましたか?」

「私は個人的に彼らと話がしたい。君らは席を外してくれるか?」


 アルベインは管理官二人に告げたが、管理官はすぐには出て行かずに困惑した様子で顔を見合わせる。すぐに動こうとしない管理官へアルベインは念を押すように告げる。


「どうした? 席を外して欲しいと言っているのだが?」


 二度目となるアルベインの言葉に管理官の二人は慌てた様子で従う。管理官の二人が部屋から出るとアルベインは軽く息を吐く。


「……よし。邪魔者はいなくなったな……」


 部屋に残されたカイとリディアを見据えたアルベインは唐突に頭を下げ謝罪をする。


「この度は本当に申し訳ない!」


 突然の謝罪にカイとリディアは意味が分からずに否定も肯定もせずに呆気にとられる。しかし、アルベインの謝罪は終了しない。


「あなたには感謝してもしきれない! 一人とはいえ、村の者を救ってくれたこと。この国の戦士として本当に感謝する!」


 カイは困惑する貴族のような偉い人間が村人である自分に頭を下げ謝罪する光景が信じられなかったからだ。困惑しながらもカイはアルベインへと話しかけようとする。しかし、貴族のような位の高い人間と話はおろか接したことのないカイは緊張した面持ちでアルベインへ話しかける。


「あ、あのー、別にあなたが悪いわけではないので頭を上げて下さい……」


 カイから諭されるもアルベインは頭を下げた姿勢を維持して謝罪を続ける。


「……君にはもう一つ謝罪することがある。今回の調査を行ったときに一部の部下が君の村を荒らし、村の品々を着服しようとしたのだ。私が気付き未然に防いだとはいえ、安らかに眠る村人たちを冒涜するよう行為を行ってしまった……。本当に申し訳ない!」


 先程よりもさらに頭を深く下げ謝罪する。アルベインの言葉を聞いたカイは考える。


(……村の品々って、みんなのお墓にお供えした物のことかなぁ? まぁ、それぐらいしか価値のありそうな物はないもんなぁー……)


「あのー、その品物が必要なら、もう持っていってもらっても大丈夫ですよ?」


 予想外なカイの言葉にアルベインだけでなくリディアも目を丸くする。カイは二人の視線を感じて困惑する。


(あれ? なんか変なこと言ったかな?)


 驚きのあまり謝罪を忘れたようにアルベインは頭を上げて疑問を口にする。


「い、いや、あれは……村人の思い出の品ではないのか?」

「はい。お墓に供えたのは村のみんながよく使っていたり、大事にしていた物を置いたんです」

「そうであれば、……なぜ?」

「えーっと。村のみんなはもう満足しているはずなんです」


 返答の答えにアルベインは更なる混乱をきたし呟くように尋ねる。


「……満足した?」

「はい。みんなのお墓に品物を供えて、みんなは満足したはずなんです」


 真意の読み取れないアルベインは、カイの言っている意味を理解したくなり再度問いかける。


「……なぜ? そう思うのか?」


 質問に対して明確な答えができないと感じているカイは少し困ったような表情を浮かべたが最後は笑顔で答える。


「うーん……。ちゃんと説明するのは難しいんですけど、そういう人達だったんです。みんな……。だから、あの品物が必要なら持っていってもらって大丈夫ですよ? でも、できれば大事に使ってあげて下さい」


 答えを聞いたアルベインは何も言えなくなってしまう。謝罪をする前は罵声を浴びることも、殴られることも、覚悟していたアルベインだがカイとの会話に胸を打たれる。


(何と……、心の優しく強い青年だ。村の者が全滅したあとも、彼は村の者がどう思い感じるかを考えているというのか……)


 アルベインは最後にカイへ素直な気持ちを伝える。


「……ありがとう……」


 管理局から外に出るとリディアは先程のやりとりについての感想を伝える。


「君にはいつも驚かされる。私は物事にあまり驚かない方だと思うんだがな……」

「ははは。でも、本当にそういう人達だったんですよ?」


 村のみんなを思い出し笑顔になるカイ。リディアはカイの笑顔を横目に見てしみじみと呟く。


「私も暮らしてみたかったよ。君のいたあの村で……」

「そう言ってもらって、みんな喜んでくれてます。絶対に!」


 暫しの沈黙の後にリディアがカイへ告げる。


「ふふふ。だが、今日の修行も手は抜かんぞ!」

「はい。師匠!」


 ◇


 剣の修行二週間目 


 カイとリディアが、いつもの平原に到着してほどなく雨が降り始めた。地面が雨を吸収すると大地は泥と化す。周囲の草も濡れて植物特有の青臭さが広がる。


 雨を見たカイは少し顔を歪ませるが、逆にリディアは少し微笑えむ。


「ちょうどいい。雨の中でも剣を振ることは多々あるからな、君にとっては良い修行になる」

「はい。師匠!」


 カイは雨が降ったこともあり、いつもより力を込めて剣を握る。すると、すぐにリディアから注意される。


「駄目だ! 力が入っている!」


 指摘を受けたカイは少し力を弱めたが、リディアからはまた同じ注意を受ける。


「そうじゃない。いつも通りにやればいい」

「えっ? でも、師匠。この雨ですよ? いつも通りじゃあ滑って危ないと思うんですけど……」

「それは違う。私が君に教えている剣は雨だろうが雪だろうが……。いや、極論を言ってしまえば私の剣はどんな天候にも左右されない」

「えっ?」


 カイが理解できていないと感じてリディアは説明を続ける。


「雨だから、雪だから、剣が滑ってしまうと思い力を入れるという考えは間違いだ。そもそも、なぜ君は雨で剣を必要以上に強く握る? 実際に剣を振ったわけでもないのに剣が滑ると確信できるのか?」


 雨の降りしきる中でも真剣に説明するリディアをカイは真剣に見つめる。


「私の剣を……。私を信じて欲しい。いつも通りでいいんだ。それで失敗をした場合は私が教える。だから君は私が教えた剣の修行をして欲しい」 


 リディアからの忠告を受けたカイは一度目を閉じる。何かを決めたかのように目を見開いたカイは素振りを再開する。その素振りは以前から修行で行っている剣だ。カイはリディアを信じて剣を振るう。一心不乱に剣を振るうカイの姿を見て、リディアは目を細め口元に笑みを浮かべる。


 雨が降りしきる中で何度も素振りを続けていると、唐突にカイの剣が手から離れて飛んでいってしまう。剣を飛ばしてしまったカイを見たリディアが注意しようと口を開こうとした時、先にカイが謝罪を口にする。


「すみません! 師匠! 集中が途切れて一瞬だけ力が抜けてしまいました」

「その通りだ! 一瞬だったが力を抜いた。それが失敗の原因だ。ちゃんとわかっているな?」

「はい!」

「どうする? 少し早いが今日は終了にするか? 疲労が強いなら無理をしてもしょうがないぞ?」

「いいえ! 師匠。今のは集中が一瞬途切れただけです。まだ、やれます!」

「わかった。続けろ!」

「はい! 師匠!」


 その後も二人は日が落ちるまで修行を続けた。


 ◇


 剣の修行三週間目


 今日は修行の開始前にリディアからカイへ今までの修行で感じていた点を注意する。


「君は少し頭で考え過ぎだ」

「でも、師匠。ちゃんと考えて剣を振らないと、また余計な力が入っちゃいますよ……」


 不安を訴えるカイの返答にリディアは軽く頭を横に振るとある指示を出す。


「そろそろ問題ないはずだ。何も考えずに剣を振ってみろ」

「何も考えずに……ですか?」


 戸惑うようなカイの言葉にリディアは大きく頷く。カイはリディアに言われた通りに剣を構えると何も考えないように目を閉じる。


(何も考えずに剣を振る。何も考えずに、何も考えずに、……あれ? これって考えてないか?)


 カイを見ていたリディアは余計なことを考えていることを悟り注意をする。


「無心になれ」


(無心……)


 少し静寂が場を支配するとカイは剣を握り、剣を構え、剣を振り上げ、剣を振り下ろす。所要時間は約一秒。


 目の前でカイが振る剣を見たリディアは満足そうに微笑み頷く。一方のカイは自分が振った剣に驚きながらリディアへ尋ねる。


「えっ? 今の問題なかったですか?」

「あぁ。私の剣の振りだ」

「でも、どうして……? 意識してると全然遅いのに……」


 困惑するカイにリディアは「当然」と言わんばかりに答える。


「簡単だ。修行の成果が出ているだけだ」

「でも、修行では剣を振るのに約一分です。速くても四十秒ぐらいでした。一秒なんて全然手の届かない領域でしたよ?」

「それは君が意識し過ぎているからだ」


 意味が理解できないカイは首を傾げるが、リディアは構わずに話を続ける。


「大体、私が普段剣を振る時に力の入れ方を考えていると思うか? 特に戦いの最中にそんなことを考えている暇があるはずがない」

「じゃあ、最初から何も考えずに剣を振っていれば、これぐらいで振れたってことですか?」

「振るだけなら最初から一秒ほどで振れただろう。ただし、剣を振っているだけだ。私の剣ではない。君はこの約三週間、私の剣を振るためだけに剣を振っていた。それが君の身体の血となり肉となっているんだ。簡単にいえば癖になりつつあるということだ」


 リディアの説明を受けて、カイはようやく理解する。理解した途端にカイは自分の腕や手を見ながら感動したように目を輝かせる。


「す、すごい! すごいです! 師匠! でも、教えるのが不得意って言ってましたけど、全然上手じゃないですか!」


 喜びながら称賛するカイだが、リディアは頭を横に振りすぐに否定する。


「それは違う。これは私だけの力ではない。君が提案したから、この方法を行っただけだ。正直、私だけではこのような方法は思いつかなかった」


 否定するリディアの言葉を聞いて、カイは修行の初めを思い出して笑顔を覗かせる。


「ははは。そういえば、最初は二人で考えたんでしたね。でも、この教え方なら他の人に頼まれても教えられるんじゃないですか?」


 素直な提案だが、リディアはまた頭を横に振り否定する。


「それは無理だろうな」

「えっ? 何でですか?」


 リディアはカイの目を正面から見据えるようにして語る。


「この方法が成功したのは、君の強い意志と君が私を信じてくれたからだ。他の者では根をあげるか、私の言っていることを信じずに我に走ってしまうだろう。君は当然と思っているのかもしれないが、君が今日まで行ってきたことは普通の人間では決して真似のできないことだ。誇っていい」


 誇らしげに称賛するリディアの言葉を聞いてカイは気恥ずかしくなったのか、右手の人差指で頬を掻く。修業の場でまろやかな空気が流れ二人を癒す。しかし、突如として表情を引き締め直して修行を再開させる。


「だが、剣を振るのに一秒というのは実践の戦いと考えるとあまりにも遅い。今日からは、どんな状態でも無意識に私の剣を振れるように速度を更に縮めていくぞ!」


 新しい目標を提示されてカイも気合を入れ直す。


「はい、師匠!」


 ◇


 剣の修行一ヵ月目


「では、行くぞ」

「はい、師匠」


 カイとリディアの二人は宿屋から出るところだ。その時、宿屋の主人に呼び止められる。


「すみません。あなたがリディアさんですか?」

「うん? あぁ、私はリディアだが何か用か?」

「いえ、あなたに渡して欲しいと手紙を預かっているんです」

「手紙?」


 宿屋の主人から手紙を受け取ると、その場で手紙を開けて中身を確認する。


「ふむ」


 手紙の内容:リディアさんへ、申し訳ありませんが本日、白銀しろがねの館、受付へ顔をお出しください。


 受付嬢:ルー


 カイが少し心配そうにリディアに問いかける。


「師匠。どうかしたんですか?」

「うん? あぁ。なんでも、ルーが私に用があるそうだ」

「依頼ですか?」

「いや、このような依頼形式は聞いたことがない。まぁ、話を聞いてくる。君はどうする? 一緒に来るか?」


 カイは頭を横に振りながら伝える。


「いえ、まだまだなんで先に行って始めてます」

「そうか。確かにもう一人でも変な力で剣を振ることはないだろうが、速さを意識すると雑になることがあるからそこは注意しておけ?」

「はい、師匠」


 二人は別れてそれぞれが目的の場所へ向かう。


 外へ出ると少し雨が降り始めていたが構わずに歩を進めて行く。


 白銀しろがねの館に到着したリディアは、すぐに受付にいるルーのところまで歩いていく。ルーの姿を確認したリディアは声をかける。


「来たぞ」


 リディアに気付いたルーは笑顔で応対する。


「あー、リディアさんじゃないですか! あのときは災難でしたね。でも、ちゃんとリディアさん達は悪くないって言っておきましたから!」

「あぁ、あのときは世話になった。それよりも何の用だ?」


 リディアの質問にルーが瞬きをしながら首を傾げる。


「はいー? 何の用ってなんですか?」


 リディアは手紙を受け付け台へ出して告げる。


「今日、ここに来るように呼び出したのではないのか?」


 手紙について指摘をされたルーは目を見開く。


「えー! 私、こんな手紙は知りませんよ?」

「何……?」


 否定するルーを見たリディアは怪訝な表情をすると何かを思い立ったかのように踵を返す。


「狙いはカイか!」


 足早に白銀しろがねの館を出るリディア。急いでいるリディアの背にルーが何かを訴えているが急いでいるため、無視するようにカイのいる平原へと向かう。


 ◇◇◇◇◇◇


 リディアが白銀しろがねの館に到着したとき、カイもいつもの平原に到着する。


 雨が降っている灰色の雲が覆う空を少し見上げながらイは気合を入れる。


「よし、始めるか。雨がちょっと強くなってきたけど……。これも修行だ」


 剣に手をかけるカイを少し離れた岩陰から窺う男三人がいる。以前カイを殴り、リディアに叩きのめされた酔っ払い三人だ。


「よし。あのガキ一人だ」 

「あぁ、間違いねぇ。今頃、あの化け物女は白銀しろがねの館だろうよ」

「でも、急がねぇとすぐに戻って来ちまうんじゃねぇか?」

「わかってるよ。あのガキだけなら一分もかからねぇよ」


 三人はそれぞれ武器を手に取る。


「あのガキの無残な姿を見れば、あの女どうなるかな?」

「悔しがるだろう」

「いや、泣き崩れるだろう」


 三人は下品な笑みを浮かべ動き出そうとする。


「よし。行くぞ」

「おう」

「お……。あーーー!」


 襲撃をしようとしているのにも関わらず突如として仲間の一人が大声を上げる。二人が注意するために後ろを見る。しかし、振り向いた先にいたのは仲間の姿ではない。振り向いた先にあった光景は、スキンヘッドの男が粘液怪物スライムに取り込まれている最中だった。


「な、な、な!」

「こ、こいつ、粘液怪物スライムか?」


 相手のことなどお構いなく粘液怪物スライムはもう一人の男。長髪に狙いを定めるように粘液状の体を伸ばし始める。すると、長髪は横にいる口髭を粘液怪物スライムに向かって蹴り飛ばす。


「えっ? な、なんで?」


 粘液怪物スライムは蹴られた男を自分の全身に取り込む。一方、長髪の男は悪びれもせずに言い放つ。


「悪いな。まだ、俺は死にたくないんでね。よし、準備完了だ」


 長髪は粘液怪物スライムが口髭を取り込む隙にある道具アイテムを取り出していた。掌に収まる程の小さな石。火炎石フレイムストーンと呼ばれる魔法マジック道具アイテムだ。


火炎石フレイムストーン:衝撃を与えると爆発して周囲に炎が発生する魔法マジック道具アイテム


 粘液怪物スライムには炎が弱点だと長髪はすかさず粘液怪物スライム火炎石フレイムストーン投げつける。火炎石フレイムストーン粘液怪物スライムを直撃すると周囲に弾けた音が鳴り響く。次の瞬間には、粘液怪物スライムは炎に包まれる。


「ふー。命拾いしたぜ。おっと、この炎のせいであのガキもこっちで何かが起こってることに気づくだろうな……。チッ、サイラスへ帰るしかないか」


 仲間の死を気にも留めず長髪が面倒そうにサイラスへ身体を向ける。しかし、耳元で何か音が聞こえることに気がつく。何気なく後ろを振り向く……。すると眼前へと迫る粘液怪物スライムを目にする。


「えっ? な――」


 最後まで言葉を発することなく粘液怪物スライムに包まれ男の命は終わる。


 ◇


 後ろから大きな音がしたのでカイは音の方へ視線を送る。


 視線の先には、周囲と変わらぬ草原と大きな岩があるのみ。よく見ると岩陰の後ろから炎と黒煙がうっすらと確認できた。


「なんで火が? 雨が降ってるのに……」


 何か嫌な予感を感じながら岩陰に目を凝らす。すると、岩陰から赤い球体のようなものが跳ねるように飛び出す。


 赤粘液怪物レッドスライムだ。


 基本的に炎は粘液怪物スライムの弱点だ。ただし、例外もある。この赤粘液怪物レッドスライムも例外のうちの一体だ。赤粘液怪物レッドスライムは下級の粘液怪物スライムの中では強い部類に入る。その理由は炎に対する耐性と攻撃性が高いこと。炎に耐性はあるが氷や水に弱くもなく。水の中でも問題なく活動できる。攻撃性の高さから生物を見つけるとすぐに攻撃してくる。また、分泌することのできる酸が強力で人間や動物程度だと一分もかけずに溶かしてしまう。


(……粘液怪物スライム? でも、前に見たやつと違って赤い? 何か違うのか?)


 突然のことに驚愕するカイだが身を守るためにすぐさま剣を構える。しかし、赤粘液怪物レッドスライムを目の前にしてあの日の……リック村が滅んだ夜のことがフラッシュバックする。恐怖・混乱・悲しみなどいろいろな負の感情がカイを襲う。


 現在、カイが構えている剣はリディアとの修行で培って習得したものではなく。ただ感情に任せて剣を握っているだけだ。


(……駄目だ。修行の成果が出せてない。でも、師匠は無心って言ったけど……。アイツを見ていると、どうしてもあの時の感情が……)


 強烈な不安や恐怖による負の感情に負けないようにカイは強く目を閉じ抗う。だが、カイが戸惑っている間にも赤粘液怪物レッドスライムはカイとの距離を徐々に詰めている。迫る赤粘液怪物レッドスライムを見て焦ったカイが再度剣に力を入れる……そのとき、どこからかともなく声が響く。


『違う。力が入っている』


 突如として響くリディアの声に驚いたカイは周囲を見渡す。しかし、周囲にはリディアだけでなく誰一人いない。怪訝な表情をしながらカイはもう一度剣を構える。すると、いないはずのリディアの声が間違いなく聞こえた。


『ここが駄目だ』


『いいか? 剣を握る力は必要だが腕全体に力を入れる必要はない』


「腕に力が必要な時は、剣を振り上げるとき、振り下ろすとき、剣に何かが当たっているときだけだ。それ以外では腕に余計な力を入れるのは無駄な行為であり、剣を素早く動かすときに邪魔になる」


『私の剣を……私を信じて欲しい』


『無心になれ』


 今までの修行でカイが何百、何千、何万回と剣を振ったのと同時にリディアはカイに数え切れないほど声をかけていた。恐らく一人の修行では、赤粘液怪物レッドスライムを前にカイは恐怖で何もできず殺されたかもしれない。しかし、カイが行った剣の修行は一人ではなく……カイとリディア二人の力で培ったものなのだ。もう、カイに恐怖はない。冷静さを取り戻したカイはリディアの声に従い。剣を握り、構えると、襲い掛かる赤粘液怪物レッドスライムに剣を振り上げ、振り下ろす。


 次の瞬間に全ては終わっていた。


 赤粘液怪物レッドスライムはカイの剣で一刀両断されていた。


「ギュェーーーーーーー!」


 周囲に甲高い音が鳴り響く。赤粘液怪物レッドスライムによる断末魔の叫びなのか、霧散する音なのか、カイにはわからなかったが確実に倒したと確信した。すると後ろから声をかけられる。


「見事だ」


 いつの間にか近くまで来ていたリディアが称賛しながらゆっくりとカイに近づいて行く。一方のカイは初めての実戦により強い疲労を感じ膝をついている。


「はぁ、はぁ、師匠。……いたんですか?」

「いいや。私が着いたのは、ちょうど君が赤粘液怪物レッドスライムを両断したところだ」

赤粘液怪物レッドスライム?」

「そうだ。カイが今倒した魔物だ」

「――ッ!」


 が耳に届くとカイは驚いた顔をリディアへと向ける。


「うん? どうした?」

「師匠……。今、俺のことをカイって呼んでくれましたよね?」

「あぁ、それがどうかしたのか?」


 疑問を感じているリディアへカイは満面の笑顔で話す。


「ちゃんと名前で呼んでくれたの。多分、初めてですよ?」


 嬉しそうに話すカイを見たリディアも満面の笑顔になる。


「そうか? そう言われてみるとカイと呼んだことはなかったかもな」


 リディアの笑顔を見たカイはあることを思う。


(その笑顔も初めて見ました……。師匠は笑った方が可愛いのにもったいない……)


 そうして、二人は並んでサイラスへ戻る。


 ◇◇◇◇◇◇


 夜のリック村、約一ヵ月前の粘液怪物スライムの襲撃によりこの村に人間は誰もいない――はずだった。


「おーい。そっちはどうだ?」

「うん? 駄目だな。もう、大したもんは置いてねぇよ」


 夜のリック村を家探しする二つの人影。その正体は、アルベインの調査団にいた兵士二人だ。あのとき、アルベインに恐怖して何も持って帰ることができなかった。そのため、二人はわざわざ非番の日にリック村へ来て価値のある物を探していた。


「しかし、暗いなぁ……」

「しょうがねぇよ。でも、日が落ちる前には村を出たかったんだけどなぁ」

「まぁ、そういうなよ。それなりに収穫はあっただろ?」

「まぁーな。……でも、この暗闇の中をサイラスまで帰るのは無理だぞ?」

「大丈夫だって。そんなに壊れてない家もあったから、今日はそこに泊まろうぜ? さぁ、移動しよう」


 二人が廃墟となった家から出て村の中央辺りまで歩いているとあることに気がつく。


 前方の暗闇に誰かが立っていることに……。


 驚いた二人は持っていた明かりを人がいると思われる場所へ当てる。


「誰だ!」

「……あら? 人がいたんだ?」


 光に晒され浮かび上がった人影の正体……。この滅びた村にいるには場違いと言って差し支えないほどの美女だった。赤紫色の長い髪、濃い深緑の瞳、真っ赤な唇、胸元が大きく開いた赤いドレスのような服を着ている。女性は全身から妖艶な雰囲気を醸し出している。街などで出会えば、不埒な思いを持つことは間違いない。しかし、この滅びた村にいるには、あまりにも奇妙だった。兵士の一人が怪訝な表情で女性へ尋ねる。


「あんた何者だ? 何で、……ここに?」


 兵士が質問をすると、謎の女性は面倒そうな表情で口を開く。


「うん? 質問は一つにして欲しいんだけど? まぁ、いいわ。ここにいる理由は私の部下を探しているからよ」

「部下?」


(部下を連れているということは、どっかの貴族か王族なのか?)


 謎の女の正体について兵士が考えていると、今度は謎の女から質問が飛ぶ。


「えぇ、見かけなかったかしら?」


 兵士二人は顔を見合わせお互いに首を振る。兵士二人の反応を見た後、村を見渡しながら平然とした口調で謎の女性は呟く。


「そうなんだ。じゃあ、やっぱり全滅したのかしら?」


 平然とした口調で恐ろしいことを言う謎の女性。兵士達は不気味に感じながらも確認をする。


「……なぁ、あんたの部下って何人だよ? 全滅したかもしれないってことは二、三人か?」


 兵士の方を見向きもせずに、謎の女性は自分の爪や手を見ながらつまらなそうに返答する。


「私の部下? さあ? 百以上はいたんじゃない?」


 またも謎の女性は驚愕するような内容を平然とした口調で話す。恐怖を誤魔化すように兵士は強い口調で訴える。


「百人以上だって! そんな人間がここにいれば普通は気付くだろう! それに全滅しても、そこらへんに死体がなきゃあおかしいだろう!」


 兵士の言葉に謎の女性は一瞬だけ目を丸くする。だが、兵士の言った意味を理解した途端……腹を押さえて大笑いをする。


「あははははははっはっはははは!」


 謎の女性の高笑いに、兵士二人は気味が悪くなり背筋に悪寒が走る。恐怖を感じている兵士二人に対して、謎の女性はからかうようにあることを伝える。


「――はぁ、はぁ。ごめんなさい。笑っちゃって……。 ふふふふ。そっか、あなた達にはちゃんと説明していなかったわね?」


 兵士二人を見ながら謎の女性は楽しそうに真実を告げる。


「私の部下ってね。人間じゃないのよ? 粘液怪物スライムって知ってる? その中の緑粘液怪物グリーンスライムをこの村の近くで大量に召喚して放しておいたの。そのとき、一ヵ月後に様子を見に来るから、この村にいろって言っておいたのよ」


 唐突な告白に兵士二人は困惑する。この村を滅ぼした粘液怪物スライムが部下だという謎の女性。どうするべきかと言わんばかりに二人は顔を見合わせる。しかし、困惑する兵士を構うことなく謎の女性は逆に質問をする。


「ところでー、あなた達は何でこの村にいるの? ここの村人じゃあないんでしょう? ひょっとして泥棒とかかしら?」


 人をあざ笑うような笑みを浮かべる謎の女性。二人が質問に答えるか、逃亡するか、迷っていると。


「おい! 人間の分際で何を無視している!」

『――ッ!!』


 突如として真後ろから響いた声。驚いたように二人が振り向くが、相手を認識する暇もなく頭部以外を粘液に包まれてしまう。一連の行動を見ていた謎の女性は両腕を腰に当てながら新しく出現した声の主である女性に文句を言う。


「ちょっとー! まだ質問の途中なのよ?」


 新しく現れた女性は謎の女性に頭を垂れると丁寧に謝罪をする。


「申し訳ありません! しかし、この人間共があまりに無礼であったものでつい……」


「もう! ……まぁ、いいわ。あっ! そうだ。最初の質問に答えてなかったわね。まぁ、頭は出てるんだから聞こえるでしょう?」


 謎の女性は芝居じみたように身なりを整えると口元の笑みを強め堂々と名乗りを上げる。



 『粘液女王スライムクイーン』サーべラスは兵士二人に投げキスをして夜の闇に消えていく。

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