第3話 サイラス
サイラスを目指すカイとリディアの道中は魔物などの出現なく概ね順調に進む。そのため、徒歩での移動ではあったが三日程でサイラスへ到着する。リディアが行っていた旅の方法にカイが驚くことはあったが……。それは、また別の話。
サイラス:多くの人々が行き交う交流が盛んな街。最も特徴的なのは、魔法を学ぶことのできる
カイとリディアの二人は中央門での入国審査を終えて、ようやくサイラスへ入ることができた。
「……すみません。リディアさん。余計な時間をとらせてしまって……」
「気にしていない」
◇
本来、入国審査時には身分の証を立てる必要がある。旅の戦士であるリディアは審査についても心得があり、身分を証明するものを準備していた。また、カイが護衛に雇ったということもあり、そこまで詮索されることはなかった。カイもリック村の者だと説明して、問題なく審査が終了するはずだった。しかし、リック村が
◇
入国審査に戸惑ったこともあり、カイの表情には少し疲労がみえていたがサイラスの街を改めて見て疲労はどこかへと吹き飛んでしまう。リック村とは何から何まで違う賑やかな街の様子を見て素直に感激していた。多くの人が行き交い、多くの商店が立ち並ぶ様に目が奪われてしまう。
「はぁー。しかし、すごい人ですねー」
「ここは物流の拠点。そして、
カイが聞き慣れない言葉に頭を捻り疑問を口にする。
「リディアさん。
「魔術師が魔術を学ぶ場所だと聞いている。詳しくは知らないが……。所属するためには、それなりの実力か紹介が必要らしい」
「へぇー。リディアさんは以前にも、サイラスに来たことがあるんですか?」
何気ない質問だがリディアは眉をひそめ少し不機嫌になる。
「あぁ、一年程前に仕事でな……」
リディアの表情はほとんど変化していないように見える。しかし、短い旅ではあったが一緒に行動をしていたカイにはなんとなくリディアの感情が読み取れるようになっていた。そのため、深く尋ねることはせずに話題を変える。
「そ、そうなんですね。俺は村からほとんど出たことがなかったから……。ここに来るのも、子供の時に父さんと来たとき以来です」
カイは両親のことを思い出す。口うるさかったが優しかった母、大雑把だが頼りになった父を……。カイが目を軽く細めて、思い出に浸っているとリディアが声をかける。
「では、どうする? 護衛はここまでの約束だったな?」
「あっ、はい。リディアさんには本当にお世話になりました。本当にありがとうございました!」
「気にしないでいい。正直、護衛任務は得意ではないので、もうやる気はないが……。君の護衛なら機会があれば、また引き受けてもいいと思えた」
遠まわしなリディアの言葉だが要するに「楽しかった」と言っているのだとカイは理解して自然と笑顔になる。
「はい! また、何かの時はリディアさんにお願いします!」
「あぁ。ところで、君は剣の修行をつけてもらうんだったな? あてはあるのか?」
今後についてリディアから尋ねられるとカイは表情を曇らせる。
「……いえ。さっきも言いましたけど、俺……村からほとんど出たことがないので……。この街に知り合いはいません……。とりあえずは宿屋を探してから地道に探してみます」
「ふむ。……では、ギルドホームへ一緒に行くか?」
また聞き慣れない言葉が出たのでカイはリディアへ質問する。
「ギルドホームって、……何ですか?」
「ギルドホームは仕事の仲介所だ」
大きな街には必ずギルドホームと呼ばれる仕事の仲介所が存在する。これは多くの仕事をいくつもの部署が受け持つことで金額に差が出たり、連絡ミスにより仕事が滞ることを防ぐために生まれたシステムだ。大きな仕事では国からの依頼もあり求められるレベルも高い。高い難易度のため報酬も破格で人気がある。逆に一般市民が依頼することも可能だ。しかし、内容はお使いのようなものから魔物討伐まで千差万別だが、一般市民からの依頼は報酬が低い場合もあるがリスクも低い。報酬の低さゆえに新人戦士や新人魔術師しか雇えないという弊害も生まれている。だが、仕事を受けるにしても、依頼するにしても、自由に行えるという意味で需要は高く多くの人々が利用している。
「そうなんですか……。では、そこまでご一緒させてもらってもいいですか?」
「あぁ、そこまでの護衛はサービスにしておいてやる」
表情に変化はないが、リディアはカイとの会話を楽しむようになっていた。リディア自身も気がついていないが、これはリディアにとって初めての経験だった。
サイラス中央門から十五分ほど歩いたところにギルドホーム、
見た目は要塞のような作りで五階建てとなっている。
カイとリディアの二人は並んで
受付には綺麗な白い肌が特徴なエルフの女性が笑顔で迎えてくれる。銀色の髪と緑色の瞳がとても美しく優しい笑顔が印象的だ。
「いらっしゃいませー。あまり見かけませんが……、初めての方ですか? 私は受付のルーといいます」
ルー・オベルロ・ルーラ:身長百七十センチメートル、細身で透きとおるような白い肌。銀色の髪と緑色の瞳、エルフ特有の長い耳が特徴の女性。
ルーと名乗った女性は、満面の笑顔と丁寧な口調でリディアとカイに話しかけてくる。
「私はリディアだ」
「ご依頼ですか? それともお仕事をお探しですか?」
「私は仕事だが、彼は依頼だ。彼は初めての依頼なので詳しく教えてやって欲しい」
受付嬢のルーはカイとリディアを交互に見ると大きく頷き笑顔で応対する。
「わかりましたー。では、初めての方への説明は長くなってしまいますので……先にリディアさんがお仕事を選びますかー?」
ルーの提案にリディアは軽く首を横に振り否定する。
「いや、私は特に急いでいない。彼から頼む」
「わかりましたー」
だが、二人の会話を聞いていたカイが口を挟む。
「あの、待って下さい!」
リディアとルーがカイの方へと顔を向ける。二人の視線を受けながらカイは口を開く。
「俺は右も左もわからないような田舎者なんです。きっと余計な時間がかかっちゃいます。そうでなくても入国審査で迷惑をかけたんですから、リディアさんからお願いします!」
「先程も言ったが私は気にしていない。私は仕事を急いでいるわけではない。君が優先されるべきだ」
「お気持ちは嬉しいですけど、俺も別に急いでいるわけじゃないです。それに焦ってもすぐに強くなれるわけじゃないと思うんです。だから、リディアさん」
意見を曲げない強い意志を込めた瞳でカイはリディアを正面から見つめる。懸命に意志を通そうとするカイの姿にリディアは軽く息を吐く。
「……君は意外に頑固なんだな。わかった。私が先に仕事を探すことにしよう。だが、すぐに済むから近くで待っていてくれ」
「はい、ありがとうございます。あっ! それと、ルーさん。俺はカイといいます。よろしくお願いします」
カイはルーへ会釈しながら挨拶をすませると足早にその場を離れる。ルーもカイへお辞儀を返し笑顔で対応する。カイが離れリディアと二人になったタイミングでルーは満面の笑顔で問いかける。
「リディアさんとカイさんは仲がよろしいんですね!」
何気ない言葉にリディアは軽く頭を傾げて聞き直す。
「仲がいい? 私と……彼が?」
「はいー。違うんですか?」
問いに関してリディアは何も答えない。仲が良いという意味は理解していた。しかし、今までリディアには仲の良かった者など全くいなかった。そう、リディアは友人らしい友人を一度も作ったことがない。そのため、ルーのような質問には「私に友などいない」と答えていた。しかし、カイに対して否定をしようとすると何か抵抗が生まれていた。
初めての感情にリディアが悩んでいるとルーが心配そうな表情になる。
「あのー、リディアさん。大丈夫ですか?」
ルーの言葉でようやくリディアは我に返る。
「あぁ……、……すまなかった。仕事だが魔物討伐で頼む」
「わかりましたー。少々お待ちくださいねー。えーっと、魔物討伐はいろいろと依頼があるみたいなんですが……。ご希望はありますか?」
「あぁ、希望は――」
二人が話をしていると少し離れた所から音が聞こえてくる。何か
「あらー、何でしょう?」
心配そうなルーとは対照的にリディアは特に気にしていないが、何気なく後方にいるカイの方を確認する。しかし、後方だけでなく周囲にカイがいないことに気づくと焦ったように視線を走らせる。
「この! くそガキが!」
誰かを罵るような言葉が耳に入る。リディアは嫌な予感がして食堂へと向かう。
食堂では、顔の赤い男性三人がカイを囲んでいた。
◇◇◇◇◇◇
――数分前
カイはリディアの順番が終わるまで、どうするかを考えていた。そのとき食堂の方で大きな声が聞こえてくる。賑やかな音や声が少し気になりカイは食堂の方へと移動する。
食堂に着くと中央のテーブルに戦士風の男性三人が昼間から酒を煽っていた。
「おーい! 酒まだかよ。全く。ひっく」
「ほんとだよ。このままじゃあ、干上がっちまうだろうがよー!」
「お前ら飲み過ぎなんだよ。俺みたいに節度ある飲み方をしろよな」
(昼間からお酒か……。リック村でそんなことをしたら、みんなから怒られるだろうなー。……そういえば村長さんが一度だけ昼間から酔っぱらって、みんなに散々注意されてたなぁ……。お酒が好きだったもんなぁ。村長さんは……)
かつて村で起こったお酒に関する思い出にカイは浸る。その時、酔っ払い達がリック村について話を始める。
「おい、そういえば聞いたか? リック村が全滅したんだってよ」
酔っ払い達の会話が聞こえるとカイの鼓動が早くなる。しかし、酔っ払い達はカイがリック村の生き残りとは知るわけもなくにやけ顔で好き勝手なことを話し始める。
「へぇー。でも、どうしてだよ? 盗賊でも出たのか?」
「いやいや、聞いた話によると
「はぁー!?
心ない言葉を聞いてカイは唇を噛みしめる。
「全くだ。いくら戦士や魔術師がいなくても全滅するなんて、村の奴ら全員寝てたんじゃねーのか?」
三人の酔っ払いは、口々にリック村への罵倒をすると声を合わせて笑い出す。
『ははははははは』
「やめて下さい!」
突然の制止する声に三人の酔っ払いは笑うのを止め発言者であるカイを見る。
「何だ、坊主。何をやめんだよ? 酒か? 固いこと言うなよー」
「違います! リック村の……みんなのことを悪く言うのはやめて下さい!」
悪口に対する行為を責められた酔っ払い達は不機嫌そうな表情になる。
「はぁー!? 何でオメーにそんなことを言われなきゃいけねぇーんだよ!」
「そうだぞ。気持ちよく飲んでたのに酔いが醒めるだろうが!」
「そうだ! そもそも、お前は誰なんだよ!」
酔っ払い達の敵意を感じながらもカイはリック村の……みんなのことを考え胸を張って答える。
「俺は……リック村のカイっていいます。リック村の唯一の生き残りです!」
三人の酔っ払いは、カイの発言に目を見開く。驚愕した三人は示し合わせたかのように声を合わせて笑い出す。
『はははははは』
傑作とばかりに笑う三人は悪びれた様子もなく下卑た笑みを浮かべ気持ちのこもっていない謝罪をする。
「悪い、悪い。それは悪いことを言ったなー」
「あぁ、悪かったなぁ。でも、オメーは生き残ったんだから大したもんだよ!」
「そうそう! 俺らが言ってんのは、死んじまった奴らのことだからよー!」
酔っ払い達の返答を聞いたカイは首を横に振り訂正を求める。
「俺のことはどうでもいいんです! それよりも村のみんなのことを悪く言ったり、笑ったことを謝って欲しいんです!」
亡き村人のために怒りを露わにするカイは真剣な表情で酔っ払い達へ訴える。真剣なカイの言葉を受けた三人はゆっくりカイへ近づいていくと。突然カイを殴り倒す。殴り倒す際に飲んでいた酒瓶を落として辺りには盛大な音が鳴り響く。
◇
スキンヘッドの男がカイの腹部を蹴り上げ、口髭の男がカイの顔面を殴る。最後に長髪の男が倒れたカイの頭を踏みつける。
三人の酔っ払いは、酒に酔った真っ赤な顔でカイへ文句を言い放つ。
「この! くそガキが!」
「舐めてんじゃねぇぞ!」
「全くだ。俺たちを誰だと思ってんだ! あー!」
三人の酔っ払いは、これだけ傷めつければカイが謝ってくると思ったようだが倒れた状態でもカイは三人に抗議を続ける。
「……村の、ごほっ、……みんなに、ごほっ……、謝って……下さい……」
どんなに痛めつけられてもカイの意志は全く折れない。倒れてもなお自分達に逆らうカイを目の当たりにして三人は気分を害してしまう。
「テメー。ふざけやがって!」
「もっと痛い目にあいたいみたいだな!」
「……いや、待て! お前ら!」
長髪の言葉に仲間の二人が動きを止める。長髪の男はカイに近づいてある確認をする。
「おい! ガキ。俺たちに謝って欲しいのか?」
「……はい。村のみんなに謝って下さい」
「なるほど、確かに俺達も言いすぎた……。わかったよ。謝ってもいいぜ?」
謝罪を受け入れる長髪の言葉に他の二人が抗議しようとするが、その前に長髪がカイへ詰め寄る。
「だけどよ? お前が俺達を不快にしたことに対しては、どう責任をとってくれるんだよ?」
「それに関しては謝ります……」
「いやいやー。そんなんじゃあー俺らの気はすまねーな。……じゃあ、こういうのはどうだ? 俺の靴を綺麗に舐めろや。そうしたら、俺達は全員でおまえの村の奴らに謝罪をしてやるよ!」
とんでもない要求をしてくる長髪に仲間二人は理解できたとばかりに意地の悪い笑みを浮かべる。長髪は自分の靴をカイの顔の付近へと乱暴に差し出す。
「ほら舐めろ!」
無造作に出された長髪の靴。すると仲間である口髭が間に入る。
「おいおい! 待てよ。それじゃあ、あんまりだろう? せめて舐めやすいようにこうしてやるよ。ぺっ!」
口髭は長髪の靴に唾を吐きかけた。長髪はにやけていた顔をさらに歪ませて意地の悪い笑みを浮かべる。
「なるほどー。これですべりがよくなったなぁー」
酔っ払い達の目に余る行動に周囲にいた人々も遠巻きにカイを心配するが、助けに来る者は現れない。この三人組は酔うとトラブルを起こす常習犯であることは周知されているためだ。そのため、助けにいき自分達がトラブルに巻き込まれることを恐れていた。倒れていたカイが顔を上げようとした瞬間――目にも止まらない速さで割りこむように入ってきた人影が長髪の顔面に拳を叩きこむ。殴られた長髪は鈍い音と共に食堂の壁まで飛ばされ壁にめりこんでしまう。突然のことに仲間の酔っ払い二人が困惑する。
「なっ! 何だ?」
「おい! どうした!」
酔っ払い二人が仲間である長髪の安否を心配するが、すぐに仲間を殴り飛ばした張本人を睨みつける。長髪を殴ったのは金色の髪をなびかせ深紅の鎧を着た女戦士リディアだ。リディアは、睨んでいる酔っ払い二人には目もくれずにカイの方へと歩いて行く。自分達を歯牙にもかけないリディアの態度が気に入らないスキンヘッドは、乱暴にリディアの肩へ手をかけて抗議をする。
「テメー、ふざけんじゃ――。ぎゃぁぁぁーーーー!」
自分の肩に置かれた手をリディアは無造作に捻ると同時に握力のみで掴んだ手首の骨にヒビを入れる。痛みに耐えかねて身を捩っているスキンヘッドの顔を見たリディアは顎に拳を叩き込む。殴られた男は宙に浮き頭が天井へとめり込んでしまう。天井にめり込んだ男をリディアは睨みながら言い放つ。
「その汚い手で私に触れるな!」
最後に残った口髭の男は「この野郎」とナイフを取り出すが、ナイフを構えた瞬間――風を切るような甲高い音が一瞬だけ響く。すると遅れて小さな金属音が周囲を支配する。ナイフの刃が斬られて床に転がる音だ。
自分の手に持っていたナイフの刃が斬られるというありえない光景を見た口髭の男は「はぁー?」と間の抜けた声を出す。
ナイフを取り出した瞬間に、リディアが自身の剣でナイフの刃を切り落としたのだ。神速の抜刀のために見えた者はいない。刃を切り落とされた男は、落ちた刃と刃のないナイフの柄を交互に見て困惑する。
「な、何が……」
困惑している口髭を睨みつけながらリディアは近づいていく。
「ひっ……」
口髭の男は完全に酒が抜け青くなる。怯えている男へリディアは吐き捨てるように言い放つ。
「どうした? 仲間がやられて気に入らないのだろう? かかってきたらどうだ?」
蛇に睨まれた蛙状態の口髭は一歩も動けない。何もできない男を見たリディアは軽く首を横に振る。
「……情けない。貴様のような臆病者がリック村の者を笑うだと? 彼らは誰一人として逃げず村に留まっていた。住民同士で助け合い守り合っていたからだ。それが、……どれほど勇気のあることか!」
己の感情に従いリディアは拳を握り込み男の顔面へ叩きつける。
「あ、あ、あ……」
口髭の男はその場で失禁し気絶する。拳を顔面へ叩きつける寸前にリディアは拳を止めたが、口髭の男はあまりの恐怖に耐えきれなくなり意識を消失させる。目の前で醜態を曝している男を一瞥したリディアはカイのもとへ駆け寄る。
「すまない。気付くのが遅れてしまった……」
「……いえ、俺の方こそ……。また、迷惑をかけちゃいました……」
謝罪を言い終えるとカイも意識を失う。
◇
この騒動は少し問題となる。しかし、周囲の証言により三人の男が一方的にカイを殴っていたこと。カイを助けるために割って入ったリディアの正当性を受付嬢のルーや周囲の目撃者が弁護したこと。総合的に考えた結果、カイとリディアには厳重注意処分が下される。一方で三人の酔っ払いは、トラブルの原因を作ったとして一ヵ月間は
◇
カイが目覚めると見知らぬ天井が目に入る。目覚めた場所は宿屋のベッドだ。
「目が覚めたか?」
近くの椅子に座っていたリディアが声をかけてくる。その光景にカイは苦笑いをする。
「ははは。なんか、村の時もこんな感じでしたね」
「君は少し無鉄砲すぎるようだな……」
軽い口調のカイとは真逆でリディアに笑みはない。迷惑をかけてしまったとカイは反省する。
「……すみません」
「いや、謝らなくてもいい。君の気持ちはわからなくはない。あんなゲスに村の人達を馬鹿にされれば、怒りたくもなるだろう」
一連の流れを思い出すとカイはあることをリディアに尋ねる。
「あのー、リディアさん。伺ってもいいですか?」
「何だ?」
「あのとき言った言葉は、どういう意味なんですか?」
「あのときの言葉?」
「はい。あいつらに村のことで怒ってくれたとき……村のみんなが村に留まったって……」
カイの疑問を聞くと珍しくリディアが腕を組んで考え込む。カイはリディアが困っていると感じて話を終わらせようとする。
「あ……、すみません。変なことを聞いちゃって。気にしないで下さい」
話を終了させようとするカイだったが、一呼吸置いてから意を決したようにリディアが口を開く。
「……聞きたいか?」
リディアはカイの目を真剣に見つめて問いかける。
「これは私が勝手に感じたことで何の証拠もないことだ。事実かどうかもわからない推測だぞ?」
リディアの質問にカイも真剣にリディアの目を見て答える。
「はい、聞かせて下さい」
カイの意思を理解したリディアは軽く目を閉じ話し始める。
「……わかった。私が
リディアの言葉にカイは頷く。
「村を見て回り気付いたことがある。……恐らくだが、住民の半数は逃げようと思えば逃げられたはずだとな……」
カイはその言葉に衝撃を覚えた。半分も逃げられたはずということに何かを言おうとしたが、リディアの話を最後まで聞くことにして開きかけた口を閉じる。リディアもカイが聞くことを選んだことを確認して話を続ける。
「
そう、それは事実だ。リック村の入り口に近い住民は、森から魔物が来たことを襲われる前に気付いていた。普通なら助かる者を優先するべきだが、彼らは森側の住民もできる限り助けようとした。入り口にいた数人は小さな子供や年寄りを守るために配置していた。しかし、その考えは裏目に出てしまい結果的にカイを残して全ての住民が全滅することになる。
「……そうだったんですね」
「さっきも言ったが確証はない。私がそう感じただけだ」
「……いえ、リディアさんの言っていることは正しいと思います」
目に涙を浮かべながらもカイは少し微笑む。
「だって、俺が同じ立場でもそうしていました」
カイには村にいた全員の気持ちが痛いほどわかる。リック村の住民は血はつながっていなくても全員が家族、全員が仲間だった。だから、救える可能性が万に一つでもあるのなら絶対に助けようとしたと自信を持って言える。
カイの言葉やリック村の住民達の行動を思いリディアは少し視線を上に反らして呟く。
「そうか。君たちは本当に勇気があるんだな……」
リディアはカイのような人間を気にいっている。しかし、我が身を捨てるような行動をとることはできないと確信している。
(私には人の気持ちがわからないからな……。そういった行動が尊いものとは理解しているつもりだが、実際は効率を考えて行動してしまっている。だから、……私には……できない)
物思いに耽るリディアにカイは大切なことを伝える。
「いいえ、俺は全然です。それにリディアさんも同じことをしてくれたじゃないですか」
「……私が?」
言葉の真意が読み取れないリディアは珍しく困惑する。リディアの困惑がカイにも伝わったので補足をする。
「さっき村のみんなのために怒ってくれていたじゃないですか? それが、あのとき村のみんなが思っていた気持ちですよ」
「あれが……?」
言われてみてリディアは考える。カイが殴られた姿とリック村を馬鹿にしていた男達を見て、リディアは無性に腹が立ち男達を殴り飛ばした。今までも殴りはしたろうが、あそこまで感情的に殴ったことはないと過去を振り返る。
「そうか、……あれが……」
「はい。リディアさんは優しい人です」
「私が……優しい?」
「はい。自分のためじゃなくて人のために怒れるのは、優しい証拠だって母さんがよく言ってました」
何も言わずにリディアは目を瞑る。
「あ、すみません。人の受け売りなのに偉そうなことを言っちゃって」
「……いや、ありがとう。……少し、わかった気がする」
感謝を述べたリディアは唐突に椅子から立ち上がる。
「えっ?」
カイは「何が?」と思ったが質問する前にリディアが話を締める。
「この部屋は君のために借りた部屋だ。まだ疲労があるだろう? 今日は休め」
一方的に話を終えたリディアは足早に部屋を後にする。
リディアの「わかった」とは、リディアが今まで生きてきた人生でどうしても理解できなかったことだ。
リディアの人生は孤独だ。産まれも親も知らないリディアは孤児院で生活を送る。しかし、誰よりも優秀なリディアは物心ついてすぐに周囲のやっていることが理解できなかった。
なぜ、「笑う?」
なぜ、「怒る?」
なぜ、「泣く?」
なぜ、「楽しい?」
当たり前な感情だが、人にとって大切な『喜怒哀楽』というものがリディアには不足していた。さらに問題なのはリディアが優秀すぎたことだ。小さい頃からリディアは全て簡単にこなしてしまう。当初はそんなリディアを周囲は「すごい!」「教えて!」など、称賛していたが、リディアは感情の表現が上手くできず。
「すごい!」と言われても「簡単だ」
「教えて!」と言われても「なぜ、できない?」
リディアにとっては周囲の人が褒めてくる理由やできない理由が本当にわからず真剣に尋ねていた。しかし、周囲の人間はそう受け取らずにリディアの態度に腹を立てる。結果として周囲から人は離れ、リディアに「恐れ」や「妬み」を持つ者ばかりになってしまう。だが、リディアとしては周囲と分かり合いたい、理解したいと願っていた。そんな思いとは裏腹に今日までリディアは孤独な人生を歩んでいた。
そんなリディアだが、カイの言葉を聞いて。いや、カイと行動を共にしてきたことで、今までリディアが理解できなかった。
「人の気持ち」が少し理解できたのだ。
自分の部屋に入ったリディアは、誰もいない部屋で決意の意味を込めて言葉にする。
「……私も変わるべきだな……」
◇
翌日
カイの部屋をノックする人物がいた。
「はーい。開いてますよー」
扉を開けて入ってきたのはリディアだ。
「おはよう」
「はい。おはようございます」
「君に確認したいことがある」
「はい。何ですか?」
「君は以前、私に剣を教えて欲しいと言ったな?」
カイはそのときのことを思い出す。
「はい。断られましたけど……」
「その気持ちは、まだあるか?」
突然の言葉にカイは困惑する。
「えっ?」
リディアは真剣にカイを見る。
「私に剣を習う気持ちは、まだあるのかと聞いている」
「……はい。リディアさんがよければ、俺に剣を教えて下さい!」
カイもリディアの視線に負けない強い視線を送る。
「いいだろう。今日から私が君に剣を教えてやる。……だが、これだけは最初に言っておく。私は人にものを教えることが苦手だ。だから、万が一だが死んでも知らんぞ?」
脅しにも似たリディアの言葉を聞いたカイの背筋に寒気が走るが決意を胸に抱き声を張り上げる。
「はい! よろしくお願いします!」
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