第7話 悲しみをこえて

 使い魔捜索一日目


 カイとリディアは使い魔捕縛依頼のためにサイラス中央門まで来ていた。晴天に恵まれ周囲の見晴らしはとてもよい。ピクニックをするには持って来いの日和だが、カイとリディアがこれから行うことはピクニックのような心休まるものではなく命を懸けた冒険になる。

 

「カイ。先程ルーから預かった使い魔の触媒を出してくれ」

「はい。師匠」


 カイは鞄から触媒となる一冊の本を取り出す。見た目はただの古めかしい本だが、この本は使い魔の触媒という重要な道具アイテムだ。


「出しました。師匠」

「では、その触媒を持ちながら口に出しても心に念じてもいい。『使い魔よ今どこだ』と唱えるんだ」

 

 触媒を持ちながらカイが口を開く。

 

『使い魔よ今どこだ』


 すると、カイの言葉に呼応したように触媒から青白い光が伸びていく。その光は平原の遥か先を指し示す。

 

「あっちだな」

「すごいんですね。念じただけで位置がわかるんですか?」

「あぁ、だが優秀な魔術師なら触媒を使えば使い魔を自分の元まで転移させることもできるそうだ」

「転移?」

「瞬間的に移動させることだ」


(はぁー。魔法ってすごいんだなぁ。師匠も使えるし。そのうち俺も使えるようになるのかな?)


 カイが魔法に感心しているのを余所にリディアは触媒が指し示した方角へと向きを変える。

 

「では、行くぞ」

「はい!」


 ついにサイラスから移動してカイとリディアは使い魔の捜索を開始する。触媒により使い魔がどの方角にいるのかはわかるが距離や正確な位置はまだ不明だ。二人は焦らずに歩を進める。平原を歩いているだけでトラブルも無く穏やかに時間が過ぎていく。途中休憩を挟み何度か触媒で使い魔の位置を再確認するが、使い魔は移動していないようで光は同じ方向を指し示していた。そうして、何事もなく一日目の探索は終了する。すでに日が落ち始めて辺りは夕闇に包まれ始める。


「よし。今日はここまでだな」

「はい」


(良かった。以前と違って日が暮れても歩くことがなくて……。まぁ、師匠のことだから俺に合わせてくれてるんだろうなぁ)


 前回の旅についてを考えながらカイは野営の準備を進める。まずは火を起こして休める場所と食事ができるように周囲を整える。準備が全て終わるとカイが料理をする。本日カイが作ったスープは以前にもリディアが飲んだことのあるスープだ。しかし、今回のスープにカイは生姜を細かく刻みスープへ入れる。こうすることで、身体の芯から暖かさが持続するようになる。カイなりにリディアのことを気づかっていた。そんな気持ちの籠ったスープをリディアは口にする。


「君のスープは本当に美味しい……」

「そう言ってもらえると嬉しいです」


 スープを口にした後、しみじみとリディアが少し顔を上に向ける。すっかりと日は落ち空には星が煌めく。満天の星空を眺めながら呟く。


「なぜだろうな……。料理の材料や調理方法を見ていたが、君は特別なことをしていない。だが、君の料理は不思議と美味しい……。そう、腹だけじゃなく何か違うものが満たされていくような……。そんな気がする……」


 リディアの言葉を噛みしめてカイは静かに答える。


「……じゃあ、これからも頑張って師匠のために料理を作りますね」

「……あぁ、頼む」


 他愛のない会話だが二人の心はとても満ち足りていた。

 

 食事を終え片づけも終わり二人が休憩していると。リディアがあることを思い出す。


「そういえば、少し気になることがあった」

「えっ? なんですか? 師匠」

「恐らくなんだが……、このまま進むとある森にぶつかる」

「ある森ですか?」

「あぁ、多くの魔獣が生息すると言われる森。オーサの大森林だ」


 使い魔捜索二日目

 

 カイとリディアは、オーサの大森林の前まで来ていた。鬱蒼うっそうとした木々がそびえ立ち、どこまで森が続いているのか見当がつかない。また、森の中からは動物のものと思われる鳴き声以外にも猛獣なのか魔獣なのか定かではないが――明らかに敵意のあるような威嚇音も耳に入ってくる。念のためにカイとリディアは森の入り口で触媒による位置確認をする。すると光は今までと同じ方向を指し示す……オーサの大森林内部へ伸び進んでいく。


「やはり森の中にいるようだな」

「でも、何でこんなところまで? 小悪魔インプって森で生活する魔物なんですか?」

「私も詳しくは知らないが、森で生活しているわけではないと思う。どちらかというと、あいつらは人が多い場所に出現する」

「そうなんですか? じゃあ、なんで使い魔の小悪魔インプはここまで来たんですかね?」

「恐らくだが魔獣が出るような森なら、持ち主は来ないと判断したのだろう」


 「なるほど」と納得する一方で、カイには更に疑問があったので質問する。


「でも、使い魔自身も魔獣に襲われないですか?」

「その可能性は低いな。魔獣は基本的に肉しか食べない。使い魔……。というより、今回の小悪魔インプは下級だが悪魔だから魔獣は食べることができない。つまり魔獣の餌として認識されないから襲われることはまずない。……まぁ、戯れに襲われる危険はあるだろうが小悪魔インプは空を飛ぶこともできる。小悪魔インプにとってみれば格好の逃げ場所というところか……」

「さすがは師匠。よく知っていますね」

「ふむ。しかし、面倒だな。この大森林の中を小悪魔インプ探しとは……」


 二人はオーサの大森林を改めて眺める。どこまで続いているのかわからないほどの広大な森が続いている。また、魔獣も生息するということを考えると小悪魔インプを探すだけとはいえ一筋縄ではいかないと感じていた。


「時間がかかりそうですね……」

「うむ。……だが、君の修行と考えれば逆に良かったのかもしれない」

「えっ?」

「君はまだ複数の敵と戦った経験がないはずだ。魔獣は獣と似ていて集団で襲いかかってくるものが多い。集団戦闘の経験として考えれば悪くはない」


(集団戦闘……。まだ、一体でも緊張するんですけど……。大丈夫かな?)


 緊張しながらもカイは覚悟を決め森の中へと歩みを進める。

 

 森の中へと歩みを進めると思いのほか歩きづらく移動速度が極端に落ちている。正確に言えばカイの速度が落ちていた。カイもリック村で森を歩いた経験があり、ある程度の自信を持っていた。しかし、オーサの大森林は周囲の木々が通常の木よりも高く。まるで天まで届いているのではないかと錯覚する。そのため、昼間でも視界が悪く地面や幹のあちこちに苔が多数あり油断をすると足をとられるため、慎重に歩かざるを得ない。


(ふぅー。歩きづらいなぁ……。でも、なんで師匠はこんな道でも速度が変わらずに歩いて行けるんだろう?)

  

 そう、カイの移動速度は落ちたがリディアは森に入る前と同じ速度で移動していたのだ。不思議に感じたカイはリディアの歩き方を観察する。リディアの歩行方法を見ていて、カイはあることに気づく。


(あぁ、そういうことか……。俺にできるかな?)


 あることに気がついたカイはリディアの歩行を真似するように森の中を進む。


 その結果――速度は上がった。


(よし! こういうことだ。でも、これってずっと意識するのか……? 大変だな……)


 リディアの移動速度が変わらなかった理由。それは周囲の観察と体重移動だ。リディアは周囲を見てどこを歩けば足をとられないか事前に確認をしていた。草木や苔などがない場所を的確に発見して歩行をする。どうしても苔の生えている場所を歩くときには足全体で大地を踏みしめ、移動の瞬間に力を逃がすといった無駄のない方法を常に行っていた。常人離れしたリディアだから出来る方法ではあるが、カイもリディアとの修行で徐々にではあるが常人を超え始めているのだ。カイとリディアが順調に森の奥へと進んでいく。すると何もない場所で突如としてリディアが立ち止まる。リディアは森の奥へと視線を走らせて呟く。


「いるな」


 その言葉に反応してカイは剣を抜き構える。


「師匠! 魔獣ですか?」

「恐らくだが……。十五、いや十六体だな。だが、そこまで大型の魔獣ということはなさそうだ。せいぜい狼か猪ほどの大きさだな」


 平然とリディアが答えるため、カイは以前から思っていた疑問を口にする。


「こんなときですが、……質問をしてもいいですか?」

「何だ?」

「師匠はどうやって、目に見えない人だったり、魔物だったり、魔獣がいることを判断しているんですか? やっぱり経験ですか?」


 リディアは自分の肩越しにカイを見ながら答える。


「気配というものに関して答えるなら経験だ。しかし、魔獣と判断したのは匂いだ」

「に、匂いですか?」

 

 鼻を動かながらカイは周囲の匂いを嗅ぐが、森特有の青臭い匂いしか感じなかった。苦労している様子のカイを見たリディアが補足する。


「分離するんだ」

「分離?」

「そうだ。カイが感じた匂いはこの周囲で一番匂いの強いものを感じたにすぎない。だが、匂いというのは数多くある。我々自身の体臭、花の匂い、周囲の動物、そういった匂いを無意識だが感じ取っているんだ。それらを一つ一つ分離するとわかる。今回は魔獣独特の匂いが前方から強く感じたから魔獣と判断した」


 カイはリディアの説明に驚きながらも質問を続ける。


「じゃ、じゃあ種類の判断も?」

「そこは音だな。こちらの方がわかりやすい。さっきの匂いと同じで音を分離するんだ。風の音、私達の息づかい、虫の声など不要と感じたら排除していけ。そうすれば聞こえてくる」

 

 リディアの言葉に従い、カイは一つ一つの音を消していく。すると前方から何かが草木を踏みながら進行する音を感知する。音は小さいが確実に前方から聞こえてくる。


「き、聞こえました! 師匠」

 

 成長していくカイを見たリディアは満足そうに頷き微笑む。


「でも、何で種類までわかったんですか?」

「まだ、カイには難しいと思うが歩いた時に聞こえる地面への音だ」


 リディアの言葉を理解できずカイは頭を捻る。そんなカイを見たリディアは詳しく説明する。


「自分の歩いた地面からの音を基準にすると、自分よりどの程度大きいのか小さいのかを判断できるようになる。まぁ、これも経験が必要だからすぐには無理だろうがな」


 説明を聞き終えたカイは改めてリディアという戦士のすごさを思い知らされた。それと同時にリディアを師として剣を教わっていることが、どれだけの幸運かを理解する。

 

「カイ」

「はい!」

「そろそろ向こうの包囲が完了する」

  

 リディアは話しながら身体をカイの方に向けゆっくりと後方へと移動していく。


「出てくる魔獣次第だが、基本的に私は君が危険と判断しないと手を出さない。だから、君の力で倒してみろ!」

「はい!」

 

 剣を構えるとカイは全ての感覚を研ぎ澄ませ警戒を強める。すると藪が揺れる音、獣のような呻り声が近くまで聞こえてきた。もう耳を澄まさなくても十分届く距離まで近づいて来ている。静寂を破る音と共に十六体の魔獣が姿を現す。

 

 黒い体毛、狼のような姿、血走った真っ赤な瞳、ブラックウルフだ。


ブラックウルフ:姿は狼と同じだが、獰猛さと攻撃性は狼の比ではない。また、夜には闇に紛れて姿を隠す特殊能力を持っている。


 出現した魔獣をカイは油断なく観察する。ブラックウルフは前方に四体、中間に六体、後方に六体と布陣している。前方のブラックウルフは今にも襲撃してきそうな状態だ。だが、焦ることなくカイは一瞬目を閉じて心を落ち着ける。次に目を開けた瞬間にカイは全速力で駆け出す。まずは前方の四体に意識を集中させる。カイの動きに合わせて、前方四体のブラックウルフも飛び出すように駆け出してくる。


 次の瞬間、カイは奇妙な感覚に襲われる。迫ってきているはずのブラックウルフの動きがとても遅く感じたのだ。まるで歩いているのかと錯覚する程だが、実際にはブラックウルフは全速力でカイへと距離を詰めようとしている。しかし、カイにとってはあまりにも遅すぎる速度だ。カイは四体のブラックウルフそれぞれに横斬り、上斬り、手首を返し横斬り、上斬りの一刀を浴びせ四体全てを斬り伏せる。


「――ガッ!」

 

 仲間が斬られる様を見た残りのブラックウルフは驚いたような声を出すと方向を変え撤退を開始しようとする。しかし、カイは四体のブラックウルフを斬り伏せた後も動きを止めずに、中間にいた六体のもとへ駆け出している。距離が開いていたので、より近い三体へ向かい斬りつける。三体は逃げようとしていたことが仇となり、無防備にカイの斬撃を受けると力を失ったように大地へ倒れる。


 残ったブラックウルフへカイは向かうが、残りの九体は距離が開きすぎているために追いすがるが距離は開いていくばかりだ。「逃げられる」とカイは感じたが、突然にカイの横を信じられない速度で影が通り過ぎる。その影は九体のブラックウルフに追いつくと一瞬で全てのブラックウルフの首を跳ね飛ばす。その影の正体をカイは理解していた――リディアだ。


 ブラックウルフ九体を斬り伏せたリディアは、ゆっくり歩み寄りながらカイを労う。


「見事だ。無駄のない見事な斬撃だ」


 少し疲労はあったがリディアからの賛辞にカイは笑顔を見せる。


「いいえ。俺は一杯一杯でした。……ただ、変な感覚があったんです。魔獣がゆっくりと動いているような奇妙な感覚が……」

「その感覚は修行による成果だ。これから、もっと君の集中力と感覚が鋭くなればいずれは私を超えるかもしれないな」


 リディアを超えるという発言に対してカイは首を横に振り苦笑いをする。


「いえ、師匠を超えるなんてまだまだです。それに師匠の方こそ、あの距離から追いついて斬り伏せるなんて本当にすごいですよ」

「邪魔はしたくなかったが、あの距離では九体には逃げられると判断して手を出させてもらった」

「……正解です。俺ではあの距離はもう無理でした」


 ゆっくりと移動していたリディアがカイの横に並ぶ。そのためカイは警戒を解こうとしたが、リディアは警戒を解かずにカイの後方を睨み続けている。その姿を見てカイも後ろを向いて警戒する。リディアが警戒している周囲をカイも注意して観察する。すると、カイもなんとなくだが何かがいると理解する。厳しい視線で睨み続けるリディアが強い口調で言い放つ。

 

「いるのはわかっている。出て来い!」


 リディアからの指摘に観念したのか、五人の人間が次々と姿を現す。


 見た感じは戦士風の男性が二人、男性の魔術師二人、男性の神官一人の構成だ。先頭にいた戦士風の男は頭を下げながら笑顔でリディアとカイの方へ歩んでいく。

 

「いやー、すみません。のぞき見するつもりはなかったんですが、何か戦っている気配があって警戒していたんですよ。おっと、すみません。自己紹介をしますね。私はラグ。後ろにいるのは私のチームメンバーですよ」


ラグ:茶色の髪は整えられている。身長百六十四センチメートルでやや小柄だが、身体はがっしりとした筋肉質。常に笑顔を絶やさない。

 

 満面の笑みを浮かべながら近づくラグという男にリディアは剣を向けて忠告する。


「止まれ! 妙な動きをすれば斬るぞ!」


 ラグとその仲間達へリディアは鋭い殺気を飛ばす。ラグは立ち止まると両手をあげ戦意がないことをアピールする。


「いやいや、待って下さい! 私達はあなた達の敵ではないですよ。たまたま、あなた達の戦いの近くにいただけなんです!」


 ラグの説明でカイは納得するが、リディアは警戒を解かずに剣を向けた状態でいる。


(なんか。師匠の警戒がいつもより強い? ……というより、なんかピリピリしてる気がする。何なんだろう?)


 カイの心配を余所にリディアは警戒しながらラグへ問い正す。


「あそこで何をしていた?」


 リディアの質問が理解できなかったのかラグは首を傾げる。しかし、笑顔を絶やさずに質問には答える。


「いや、ですからたまたまいただけですよ。あなた達もそうだと思いますが、私達はサイラスで依頼を受けてきたんです。この森には依頼のために来ただけです」

  

 少し考えた後、リディアは剣を鞘に収める。その姿を見てラグは安堵の笑みを浮かべる。しかし、カイは気付いていた。

 

(師匠。剣は収めたけど、警戒は全然解いてない。この人達に何かあるのかな……?)


 厳しい表情のリディアは、その場から早々に立ち去るために踵を返してカイを呼ぶ。


「カイ。行くぞ」

「は、はい」

「ちょっと待って下さい!」


 突如として制止を促すラグの呼びかけにリディアは背を向けた状態で立ち止まり、カイはラグの方を向いて立ち止まる。ラグは満面の笑みで両手を広げながらある提案をする。


「もう日も落ちてきました。どうですか? ここで会ったのも何かの縁です。一緒に野営をしませんか?」

「断る」


 リディアはラグの提案を即座に拒絶すると、有無を言わさずに先へ進もうとする。対するラグはあまりにも瞬間的に断られ呆気にとられたが、すぐに我にかえり再度提案する。


「す、すみません! でしたら、あなた達のお近くで野営をさせてもらうのは許してもらえませんか? 情けない話ですが、我々は人数がいるだけで腕に自信がないのですよ。お願いします」


 振り返ったリディアはラグを一瞥すると敵意を込めて言い放つ。


「いいだろう。だが、もう一度だけ忠告してやる。妙なことをすれば斬る!」


 こうして、二組は十メートル程の間を開けて並び合う様に野営をする。


 表面上はいつもの野営だが、リディアがいつもと様子が違い警戒をしている。カイは理由を知りたかったが、ラグ達の野営地と距離が近いこともあり理由を聞けずにいた。そんなとき、ラグの野営地から男性が一人歩いてくる。リディアは近づいてくる男性を睨みつける。男性は杖を持ち、ローブを羽織っていた見るからに魔術師の恰好をしていたが、顔は幼く少年といってもおかしくない風貌だ。

 

 魔術師風の男性が、カイとリディアへ恐る恐る声をかける。


「あ、あのー、……すみません」


 声をかけられるとリディアは、男性を睨みつける。


「何だ?」

「あ、いや、その……」


 傍から見ていたカイは、自分と同じか年下のような魔術師風の男性が少しかわいそうだったので助け船を出す。


「師匠。そんなにピリピリしないで下さい。……えーっと。それであなたは?」

「あ、僕はロイって言います。今回はラグさんのお手伝いで来たんです」

「そうなんですか。俺はカイっていいます。……失礼かもしれないですけど、ロイさんは若く見えますけど? おいくつなんですか?」

「僕ですか? 僕は今年で十七歳になります」

「あー! そうなんですか。俺はこないだ十七歳になりました」

「そうだったんですね。でしたらカイさん。僕に敬称はいりません。ロイと呼んで下さい」

「だったら俺もカイって呼んで欲しいな」


ロイ:十七歳の男性。身長百五十センチメートルと小柄な体格。黄緑色の髪で肩まで届かない程度に伸ばしている。魔術師としての修行をしている。


 同い年ということでカイは警戒を解くとロイを隣に座らせる。カイの近くにロイが座ったために警戒していたリディアが口を開く。


「ロイと言ったな? ここには何の用で来た?」


 突如として質問をされたロイは下を向き遠慮がちに話し始める。


「あ、あの、失礼かもしれませんが……。あなたは白銀はくぎんの塔の関係者ではないですか?」

 

白銀はくぎんの塔? あの魔術師が魔法を学ぶっていう塔のことか? でも、なんで師匠のことをそう思うんだろう?)


 ロイの質問に対してリディアは冷たく言い放つ。


「違う。用が済んだのなら帰れ」


 ロイはその言葉で下を向き帰ろうとするが、カイがリディアとロイにフォローを入れる。


「ロイ待って! 師匠もそこまでピリピリせずに少し話を聞いてあげてくれませんか? お願いします!」


 カイはリディアへ頭を下げて懇願する。カイに頭を下げられたこともあり、リディアは少し考えこむとロイに一つ確認をする。


「一つだけ聞かせろ……。お前はあのラグという奴と組んで長いのか?」

「えっ? ラグさんですか? いえ、実を言うと僕はラグさん達のことをよく知りません。ただ、ラグさんが今回の依頼に協力すれば白銀はくぎんの塔へ紹介してくれるということで、初めて同行しているんです」


 ロイの説明を聞いたリディアは、カイにしかわからない程度だが若干警戒を解く。カイにとってはそれがリディアのロイに対する評価だと理解できた。


「わかった。なら私がもう確認することはない。カイ。君の好きにしていい」

「ありがとうございます。師匠」


 二人のやり取りがロイには理解できず少し困惑する。そんなロイの様子を察して、カイは安心させるように友好的に話しかける。


「ごめん。ロイ。びっくりさせて。昼間に魔獣と戦ったから師匠は周囲を常に警戒しているんだよ」

「あっ……。そ、そうだよね。僕達は魔獣と戦っていないけど、カイとリディアさんは魔獣と戦ったんだもんね」


 会話をすることでロイの警戒も少し解けたと確信したカイは気になっていたことを質問する。


「ロイに聞きたいんだけど、なんで師匠。えーっと、俺の剣の師匠でリディアさんって言うんだけど……。なんで師匠が白銀はくぎんの塔の関係者だと思ったの?」

「……僕は魔術師の力はまだ全然なんだけど、魔力の流れを感知することは普通の人より優れているんだ。それで君の師匠……リディアさんを見たときにものすごい魔力を感じた。勿論、今も感じている。だから、てっきり……」


 話ているうちにロイは下を向いて落ち込んでしまう。俯くロイにカイが再び声をかける。


「ロイはどうして白銀はくぎんの塔で魔法を学びたいの?」

「実は……僕はサイラスの住人じゃないんだ。知っているかわからないけど、ザック村っていう村の出身なんだ」


(あ、ロイも村の出身なんだ……)


「両親は小さい頃に死んじゃったけど、おじいちゃんとおばあちゃんが僕の面倒をみてくれたんだ。でも、三ヶ月前に二人も病で倒れて亡くなってしまった……」

「ごめん。ロイ。辛いことを思い出させて……」


 カイの謝罪に対してロイは両手を振り否定する。


「気にしないで、カイ。確かに悲しかったけど、もう乗り越えたから。でも、二人が亡くなって僕は一人になってしまった。……それでも村のみんなが優しかったらなんとか生活はできたけど、僕は体力とかなくて村のみんなの役に立てなかった。みんなは気にしていなかったけど、何かしてあげられないかって考えてたんだ。だから、唯一の取り柄の魔法を伸ばして、いつか村のみんなに恩返しをしたくて……。有名な白銀はくぎんの塔の扉を叩いたんだけど……。あそこで学ぶには、ある一定以上の魔力か誰かの紹介がなきゃ学べなかったんだ。僕は田舎者だからそんなことは知らなくて……。それで、途方に暮れていたところにラグさんが僕の話を聞いてくれて……。今回、ラグさんのお手伝いをすれば白銀はくぎんの塔へ紹介をしてくれることになって、ここにいるんだよ」


 話を聞いたカイは自分に近しいものをロイに感じて微笑む。

 

「そうだったんだ。ロイは村のみんなに恩返しがしたくてサイラスへ来たんだ。ちょっと俺に似てるかも……」

「えっ?」


 ロイが驚いた顔をしてカイを見る。


「実は俺も村出身でね。リック村って言う村の出身なんだ。……いや、だったかな……。リック村は粘液怪物スライムに襲われて滅んじゃって、もう俺一人しかいない……」

「そ、そんな!? ご、ごめん! カイ。僕こそ君に辛いことを思い出させてしまって……」

 

 ロイの言葉にカイは頭を振り笑顔を向ける。


「大丈夫だよ。ロイ。初めはすごく悲しかったけど……、今はもう一人じゃないから大丈夫なんだ――」

 

 カイは一呼吸置くとリディアを見る。


「――今は師匠がいるから」


 その言葉の後、カイとリディアはお互いに何も言うことはない。だがカイにもリディアにもわかっていた。言葉はないがわかっていた。


 お互いの感謝を……  


 何も言わないカイとリディアの二人を見たロイは何かを察したのか微笑みながら「少し、カイが羨ましいな」と言ってからその場を後にする。


 使い魔探索 三日目


 リディアとカイは準備を終え出発しようとしていた。するとロイが近づきリディアとカイにお辞儀をして挨拶をする。


「リディアさん、昨日は失礼しました。依頼頑張って下さい。カイ。サイラスに戻ったらどこかで会おうね」

「うん。ロイも頑張って!」


 カイとロイは二人握手をする。そうしてロイは離れて行く。カイとリディアは出発するために触媒の本を使用する。相変わらず使い魔は動いていないようで、触媒の本が指し示す光は同じ方向だ。


「では、行くぞ」

「はい。師匠」


 二人が出発しようとした時、ラグが笑顔で近づいてくる。


「いやー。どうも、昨日の夜はあなた方が近くにいてくれたので安心して休めましたよ」


 リディアはラグの方を見向きもせずに憮然と言い放つ。


「そうか、良かったな」


 ラグを無視するようにリディアは歩きだすがラグは構わず話を続ける。


「あのー、もしよろしければなんですが私達の依頼を手伝ってくれませんか?」


 突拍子もない提案にリディアとカイは足を止める。カイはラグの言っている意味がわからず目を丸くする。一方のリディアは厳しい表情でラグを睨みつける。二人の視線を感じてもお構いなしにラグは笑顔で話を続ける。


「私達はこれから熊爪ベアークローを討伐に行くんですが? どうでしょう? 何やらロイ君とも仲良くなっていたようですし、ここ――」


 ラグの話は途中だったが、リディアは殺気を込めた視線を飛ばしながら剣を抜きラグへ最終通告をする。


「言ったはずだぞ妙なことをするなと。消えろ!」

 

 ラグはリディアの殺気に後ずさりしたが去り際には、リディアとカイに笑顔で「失礼しました」と頭を下げながら離れていく。


 ラグ達が見えなくなると、ようやくリディアは剣を収める。リディアが警戒を解いたことを理解したカイは昨日から感じていたことを質問する。


「師匠。大丈夫ですか? 昨日からずっと警戒してましたよね?」


 リディアは一度だけ周囲に視線を走らせたあと、カイの方を向いて話し始める。


「あぁ、すまない。あいつらが近くにいたので説明ができなかった。許してくれ」

「大丈夫です。わかってました。師匠」


 カイの返答にリディアは表情を少し緩ませると話し始める。


「……あの男。ラグと言ったか、あいつが話していることは嘘ばかりだ」

「えっ?」


 リディアは少し息を吐くように一呼吸を置く。それからカイへ「歩きながら話そう」と告げる。


 リディアが先行しながらカイはそれに追従する形で進んでいく。昨日と一緒で歩きづらい道だったが、前日の歩行方法に少し慣れてきたカイは遅れることなくリディアへついて行く。その道中にリディアがラグについて説明をする。


「昨日、あいつは私達に『たまたまいた』と言った。しかし、奴の気配はブラックウルフに会う少し前から感じていた」


(えっ? じゃあ、最初から見ていたのか? 何のために?)


「だから、私は確認のために質問したが奴は本心を言わずに煙に巻こうとしていた」


 説明の途中だったが、カイにはある不安があったロイのことをリディアに尋ねる。


「師匠。……じゃあ、ロイも何かを企んで近づいて来たんですか?」

 

 リディアはカイの質問に難しい表情で答える。


「……恐らくとしか言えないが、ロイに関しては何も関係ないだろう。確かに最初は私も疑ったが……。彼の動きを見ていたが素人としか思えない。昨日、ロイが言っていたようにラグに誘われて初めて討伐に来たのだろう」


 ロイを友達と思っていたカイはリディアの言葉で安堵する。だが、リディアの表情は晴れないその表情が気がかりでカイは尋ねる。


「師匠。何か気になることがあるんですか?」

「……あぁ、あいつらが私達に付きまとっていたのは熊爪ベアークロー討伐に私達を巻き込みたかったと予測がついたが、ロイを連れてきた理由がわからない」

「魔術師の力が必要だったんじゃないですか?」

「それも考えたがラグの仲間に魔術師はいた。ロイである理由がない。そもそも今からあいつらが討伐する熊爪ベアークローには弱い魔法は効果がない」

「えっ!? そ、そうなんですか?」

「あぁ、熊爪ベアークローは長い爪と獰猛さが特徴的な魔獣だが、もう一つ厄介な能力がある」

「……厄介な能力?」

熊爪ベアークローは魔獣だが全身の体毛が特殊な魔力を宿している。その影響なのか『火炎フレイム』『アイシクル』『サンダー』などの初級魔法は効果がない。最低でも中級の攻撃魔法でなければ倒すことは無理だ。ロイがどの程度の魔法を使えるかは知らんが、昨日の話から初級以上の魔法が使えるとは思えない」

「……ま、まさか、それを知らないんじゃ?」

「それもない。ラグの動きからそれなりに戦士としての経験は積んでいるはずだ。討伐する魔獣のことを調べていないはずはない」

 

 リディアの説明を聞いていたカイは何か嫌な予感が全身を覆い始めていた。カイは迷った挙句にリディアへと懇願する。


「……師匠。お願いがあります。ロイのところに行かせて下さい!」


 先行していたリディアは足は止めたが何も答えない。カイは下を向いて言葉を絞り出す。


「……わかっています。自分達の依頼も片づけてないのに、勝手なことを言っているってことは……。でも、でも、……ロイは友達なんです! 罰は受けますから、お願いします。俺を……ロイのところに行かせて下さい!」


 頭を下げて懇願するカイにリディアはゆっくりと近づく。リディアはカイの頭へ手を伸ばす。するとリディアはカイの頬を両手で優しく包むように掴むと頭を下げていたカイの顔をゆっくりと上げる。リディアの眼とカイの眼がお互いに見つめ合う様にすると優しく語りかける。


「カイ。最初に言ったはずだ。今回の依頼は君の依頼だ。君の好きなようにやっていい。何かあったときは師匠の私が助ける。わかったな?」

 

 我儘を聞き入れてくれたリディアに感謝しながらもカイは目に溜めた涙を溢さないよう我慢して気合いを入れて返事をする。


「ありがとうございます! 師匠!」


 そこから二人は来た道を戻りロイ達が向かった方向へ急ぐ。正確な場所がわからないためカイは焦っていた。


(どこだ? どこだ? ロイ? 無事でいてくれよ!)


 その時、獣の雄叫びのような声が周囲に響く。カイは辺りを見渡すがどの方角か見当がつかない。しかし、リディアは今の雄叫びで大体の方角と距離がわかったので、カイに「ついてこい」と言い走りだす。少し移動するとリディアは前方の開けた付近が雄叫びのあった場所と特定する。そのため、後ろからついてくるカイへ声をかける。


「開けた場所に出る! そこが雄叫びの聞こえた場所だ!」

「はい! わかりました!」


 リディアとカイの二人が目的の場所へと出ると、そこには目を疑う光景が映し出された。


 ◇◇◇◇◇◇


 リディアとカイの二人と別れた後、ロイはラグ達と熊爪ベアークローの群れを発見していた。


熊爪ベアークロー:熊のような出で立ちだが、身体能力は熊とは比べられないほど高い。魔獣特有の真っ赤な血走った眼。また、両手の爪が三十センチメートル以上伸びていて剣のような切れ味を誇る。攻撃性も高く縄張りに獲物が侵入すると容赦なく襲いかかる。さらに全身の体毛は特殊な魔力を秘めていてある程度の魔法を弾いてしまう。


 ようやく見つけた熊爪ベアークローを眺めながらラグが薄笑いを浮かべている。


「よしよし。やっと見つけたぜ」


 ラグとは対照的にロイは生まれて初めて見る熊爪ベアークローに怯えて足が震えていた。しかし、ロイは勇気を振り絞り震えを止める。


(……頑張れ。これが終われば白銀はくぎんの塔に入れるんだ。村のみんなに恩返しするためにも頑張るんだ!)


 決意をこめたロイの肩をラグが優しく叩く。ロイは突然肩を叩かれたことに驚くがラグということがわかり安心する。


「大丈夫だ。ロイ。そんなに緊張しなくていい。お前のやることはそんなに難しいことじゃない」


 ロイはラグの言葉で冷静さを取り戻す。


「はい! 作戦通りにみなさんを援護するため魔法を放ちます」


 気合い十分なロイの言葉をラグは優しい笑みで否定する。


「ははは、ロイ。別にそんなことをする必要はないんだよ。お前にはもっと重要な任務があるのだから」


 思いがけないラグの言葉にロイは困惑する。


「えっ? でも、ラグさん。僕は魔法ぐらいしかできることはないんですけど?」


 ラグはロイには見えないように周囲の仲間に合図を出しながら、ロイには笑顔で答える。


「そんなことはないさ。お前にしかできない。重要な任務がある。!」


 その言葉の意味をロイが悟るよりも早くラグの仲間が後ろからロイの後頭部を叩いて気絶させる。


 そう、ラグ達がロイを連れてきた目的……それは熊爪ベアークローの餌としておびき寄せるためだった。


 ラグ達はロイが目を覚ましても逃げられないように、倒れているロイの四肢に刃物を刺して四肢の腱を切断する。そうして動けない状態のロイを熊爪ベアークローから少し離れた窪みの中へ投げ込みロイを放置する。ラグ達はロイを襲うために窪みの中に入って来るであろう熊爪ベアークローを全員で仕留めるための準備を始める。そのうちにロイから流れる血の匂いが周囲に漂い始める。人間では決して気がつかないだろうが、魔獣は獣の数十倍の嗅覚を持っているために反応を示す。熊爪ベアークローの群れは周囲を血走った眼で追いかける。すると一体の熊爪ベアークローがロイのいる窪みへと近づいて来る。

 

 ◇


 獣のような雄叫びが聞こえてロイは目を覚ます。目を覚ましたロイは自分の置かれた状況が全くわからなかった。小さな窪みにいることはすぐにわかったが、こんな場所にいる理由も動くことができない理由も理解できない。全てはラグ達による非道な行為によるものだが、そんなことをロイが知る由もない。そのため、ロイは大声で助けを呼ぶ。


「だ、誰かー! 助けて下さーい! 誰かー!」


 その声は空しく周囲に響くだけで誰にも届かない。いや、正確にはロイを罠に嵌めたラグ達には届いていたが、ラグ達はロイの助けを求める声を聞いても無視をしていた。いや、無視するだけではなく。必死に助けを求めるロイを嘲る様に笑っていた。


 助けを求めても無駄とロイも理解する。この場所で助けを待つことも考えるが、嫌な音が近づいてくることにロイも気がついた。周囲から聞こえる獣のような雄叫びと足音だ。その音から留まっていてはまずいことを本能が叫んでいた。そのため、四肢の激痛に耐えながらなんとか窪みから出ようとする。しかし、四肢の腱を切断されたロイが動かすことのできる部位は頭部と体幹のみだ。その唯一動かすことのできる部分を使いながらロイは移動を開始する。それは芋虫のように身体全体を使い、もがきながらも少しずつ動くことだ。だが、動くたびに四肢からは激痛が走り心が折れそうになる。ロイは痛みに耐えかね自然と涙が零れ嗚咽の様な声も漏れていた。


「……うぇ……うぅ……。……くっ……」


(……い、痛い……。……痛いよ……。……無理だ……。こんなの……動けるわけ……)


 しかし、助かりたい気持ちと自分がやるべきことをロイは思い出す。


(……駄目だ! 村のみんなのために……白銀はくぎんの塔に……入るんだ!)


 決意を新たにしてロイは再び身体を動かす。少しずつだが確実に窪みを登る。そうして窪みの端までなんとか登りきる。


(あと少し!)


 そう、……本当にあと少しだった。


 ロイは後ろに生温かい何かを感じた。


 気のせいだと思いたかったが、本能的に思わず振り返り見てしまう。


 振り返った先にいたのは体長二メートルを超す熊爪ベアークローだ。


 ……そして、ロイの命は終わった……


 ◇◇◇◇◇◇


 カイとリディアが開けた場所で初めに目に入ったものは、首を噛み千切られ身体のあちこちがバラバラになっている。二人ともわかっていた。誰がやられたのかは、だが考えるよりも先に目の前の熊爪ベアークローに剣撃を入れる。


 カイは心の動揺を完全に抑えることはできなかったが、熊爪ベアークローの右腕を斬り飛ばす。右腕を斬られた熊爪ベアークローは残った左腕の爪でカイを襲うが、その爪がカイに届く前にリディアに首を跳ね飛ばされる。


 目の前の熊爪ベアークローの首が跳ね飛ばされたことが理解できたカイは剣を離すとロイの頭を抱きしめる。


 リディアは熊爪ベアークローの首を跳ねた後、さらに後方にいた四体の熊爪ベアークローを確認する。放置すると面倒と考え、残りの熊爪ベアークローまで高速で駆け抜け全ての熊爪ベアークローの首を一撃で跳ね飛ばす。全てを終えた後、リディアはカイのもとへ歩いて行く。



 無残だった……

 

 あまりにも無残な姿だった……

 

 身体はバラバラでほとんど原形を留めておらず胴体も傷だらけだ。そこには、もうかつてロイだった面影は残っていない。そんなロイの頭部をカイは大事そうに抱えていた。


 憔悴したカイのすぐ近くにリディアが立つとリディアはこの現況を作りだした外道ラグを睨みつける。


 リディアの殺気に満ちた視線に睨まれていたが、外道ラグ達は悪びれもせず笑顔で話し始める。


「いやー、残念ですよ。まさか、こんなことになるなんて……。ロイ君には前に出るなと行っておいたんですが……。熊爪ベアークローがあまりに恐ろしかったようでパニックを起こしてしまったんですよ。私達も助けようとしたんですが、力及ばず本当に申し訳ない」


 外道ラグの話を聞いてリディアは不快に満ちた表情で吐き捨てる。


「それが貴様の言い訳か? 聞くに堪えんな。この状況がわからないとでも思っているのか? お前らはこの青年を囮にしたのだろう!」


 外道ラグは悲しんでいるような顔を作り出すと、リディアの指摘を真向から否定する。


「そんなことをするわけがないじゃないですか? こんな素直な青年を私達が囮に使うなどありえませんよ。……それとも、何か証拠でもあるのですか?」


 外道ラグの指摘にリディアは押し黙る。カイとリディアが到着したときには、もうすでにロイは熊爪ベアークローによってバラバラにされていた。おかしいという状況証拠はあるが、囮にした決定的な証拠は何一つない。


 沈黙するリディアを見て勝利を確信したのか外道ラグ達は口元に下卑た笑みを浮かべる。

 

「では、我々はそろそろ熊爪ベアークロー達の死体を回収してサイラスへ戻ってもいいですかね? 勿論、あなた方が熊爪ベアークローを倒したのは理解していますが……。回収する方法もないようですから構いませんよね?」


 我慢の限度を超えたリディアは外道ラグ達の首を全て叩き落とすために剣へ手を伸ばす。しかし、その瞬間――


「駄目です! 師匠!」


 叫ぶようなカイの制止でリディアは剣から手を離し外道ラグ達に告げる。


「一刻も早く、私達の前から消えろ! さもないと本当に殺す!」

  

 外道ラグ達はリディアが放つ全開の殺意に顔を歪めるが、目的である熊爪ベアークローの死体を回収してから森を後にするために動きだす。そんな外道ラグ達にカイは一つだけ確認をとる。


「聞きたいんですが……、ロイの遺体は連れて行かないんですか……?」


 カイの質問に対して外道ラグ達は「あぁ、荷物が一杯なんです」と悪びれもせずに答える。


 外道ラグ達の言葉にリディアは拳をありえないほど強く握る。あまりの力で握っていたので、自分の手が傷つきそうになっていた。だが、対照的にカイは静かな口調で告げる。


「じゃあ、……ロイは俺達が弔います……」


 外道ラグ達は「ご自由に」と言って森を去った。


 ◇


 そこには静寂があった誰も何も語らずにただ静寂が……。


 カイはロイの頭を抱きながら考える。


 一体、どれだけの恐怖だったか……


 仲間だと思っていた者達に裏切られ……


 魔獣を目の前にして……


 想像することができない……


 そんな打ちひしがれているカイにリディアは声をかける。


「カイ。あれで良かったのか?」


 何気ないリディアの言葉にカイは声を荒らげる。

 

「いいわけないじゃないですか! ロイは俺と同じなんですよ! 少しでも強くなって恩返しがしたい! みんなの役に立ちたい! それだけだったんですよ! なのに! なのに! ……なのに。……なのに……」


 感情をコントロールできずに叫んだカイは申し訳ないと言う表情に変化するとリディアへ深く謝罪をする。


「師匠……。ごめんなさい……。師匠にはいつも助けてもらっているのに……。いつも、守ってもらっているのに……。いつも、一緒にいてくれているのに……。こんな……こんな……子供みたいに……当たっちゃって……ごめんなさい……」


 涙を流しながら謝罪するカイへ寄り添うように近づくと、リディアはカイを優しく抱きしめる。そして、カイにゆっくりと優しく語りかける。


「いいんだ。カイ」

 

「私は君に感謝しているんだ」


「覚えているか? 私が以前、……君に言ったことを?」


「『私は人の気持ちがわからないんだ。』と。それは、今も変わらないが……」



「それは君がくれた私の一番大切なものなんだ」


「だから、いいんだ。カイ。泣いても。怒っても。苦しんでも」


「私もそれを一緒に受け止めるから……」


「……師匠。……ありがとうございます……」


 その言葉の後、カイは感情を爆発させる。カイの全てをリディアは受け止めた。


 しばらく周囲には慟哭どうこくが鳴り響く。


 ◇◇◇◇◇◇

 

「ここで、いいのか?」

「はい。師匠。ロイには申し訳ないけど。連れていくことはできません」


 全てが終わった後、ロイの遺体を可能な限り集めてカイとリディアで遺体を埋めた。カイは右手に何かを握りしめながらロイの墓に誓う。


「カイ。それは?」

「ロイのお守りみたいです。いつになるかは、わからないですけど。ロイの故郷のザック村に行ったときに、このお守りをご両親のお墓に届けたいと思います」


 リディアはカイを優しい瞳で眺める。


「君らしいな……」

「……じゃあね。ロイ」


 悲しみを胸に秘めてカイとリディアはロイの墓を後にする。

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