108話 大賢者の経歴
「愚かな魔王が人間に
この世に存在する魔王の数は流動的だ。
時には百を超える時もあるし、時には片手で数えられることもある。だけどどの時代でも変わらないのは、魔王と呼ばれるモンスターが人類の国に匹敵する軍勢を率いているということ。
今、人類が確認している魔王の数は50に足らないぐらい。
ちなみに『聖マリ』の世界では、定期的に魔王を討伐しないと、魔王の数がどんどん増えてしまう。100を超えると、ゲームオーバーだ。
「……だから言ったのだ! 呪われた人間を育てる意味はないと――!」
ゴファは軍勢の中からひょいと抜け出して現れたミサキを見て、一人空の上でぶつぶつ呟いている。時折聞こえてくる声を分析すると、ミサキに対して猛烈な怒りを抱いているようだ。ゴファ配下の軍勢は、魔王様の怒りを前にしてどう動いていいのか分からないみたいである。
けれどミサキが元魔王だってことは、ゴファの配下もよく分かっている。
何よりもミサキが持ってきた真祖二体の首が大きい。こいつらは魔王ゴファの中で最も高い地位にいる幹部的立ち位置だからな。
「ゴファ、久しぶり。賢者一人を相手にするのに空から降りても来ないなんて、それでも魔王? 弱気なところは変わってないね」
「テディ、サイガヤを襲ったのはお前かッ――!」
でっかい声で、空気がビリビリと震えている。
大量の血涙を流しながら、夜空を支配するゴファが大きく慟哭した。不運にもゴファの涙に触れたモンスターが痛みの叫び声を上げている。
「ウィンに言われたんだ。二体の真祖が厄介だってね。だから先に仕留めさせてもらったよ。でも真祖二体はお前の血族、やっぱり真祖ぐらい成長すると原点のお前を殺さないと滅ぼしきれないみたいだね」
しかし俺の隣に立つミサキ。
俺のことを洗脳していた元魔王は吸血の王を前にしても全く怯むことがなかった。それどころかミサキは俺の前に出て、魔王ゴファと対峙した。
「――賢者ウィンフィールド……ゴファの奴、お前の奴隷のことを魔王って言ったぞ……ただの戦闘奴隷じゃなかったのか……」
すっかり蚊帳の外となった賢者ベルトリが空のゴファとミサキを交互に見つめていた。ゴファがべらべらと喋ってくれたお陰でこの場にいる全員にミサキの正体がばれてしまった。
「賢者の俺と対等に戦えるんだ、只者じゃないとは思っていたが……」
そういえばパトロアの大平原で賢者ベラトリは俺を襲って、ミサキに襲い返されていたっけ。魔王と呼ばれた人間、それは決して明らかにしてはいけないミサキの過去だ。『聖マリ』の世界では、聖女マリアと対峙する敵として君臨する魔王ミサキ。
「賢者ベルトリ。ミサキは味方だ」
だけど未来は俺が変えた。
『聖マリ』の世界じゃ何者でもなかったウィンフィールドという俺自身が今、16番の冒険者ギルドに属して、新たな賢者として認知されたこと同じことだ。
「賢者として、俺が保証する」
オレンジ色の髪を後ろに纏めたお幼い元魔王。
彼女も俺が手を貸したことで未来を変えた。そりゃあ元魔王って経歴はインパクトがでかすぎるさ。魔王ってのは人類の敵、そのイメージは中々覆せない。
「……分かった。そいつが賢者ウィンフィールド、お前の切り札ってことだな」
「納得、早すぎない?」
「舐めんなよ、新米賢者。俺の度量は半端ねえぞ」
賢者って高位職業に成るような人間は話の分かる奴が多い。それは賢者という職業に進化するための条件が膨大な経験を必要とするからである。
「え、ウィン。僕はウィンの味方なだけで……」
「ミサキ。空気読んで」
「ちぇ、分かったよ……あ、おっさんの仲間二人は僕が助け出したから」
勿論、賢者ベルトリも全部納得したわけじゃないだろう。だけど、この絶体絶命の状況で元魔王が仲間であるということ程心強いこともないだろう。それにミサキが連れてきたのが真祖二体の首だけじゃなかったことも大きかった。
ゴファの軍勢に捕らわれていた賢者ベルトリの仲間、タイフーンとミチクが俺たちの元に合流している。随分暴れてくれたようで、ヘロヘロの様子。
賢者ベルトリもこの二人も、戦力としては計算出来ない。
「で、ウィン。どうするの? 相手はあのゴファ、負ける気はないけど結構苦労するかも。少なくとも、この人たちを守りながら戦うなんてのは無理……あれ、そういえばさっきからゴファの奴、静かだね――あいつらしくない」
ミサキが視線を空に見上げてようやく気付く。
腹心を傷つけられたゴファは憤怒の表情でミサキを見つけていた。すぐにでも攻撃を仕掛けてくると誰もが思っていた。だが、奴は上空に静止したまま。
「ウィン。その本、どこから出したの?」
「……あ、ありえねえ……賢者ウィンフィールド……その聖典はまさか――!」
ゴファは動かないんじゃない。動けないのだ。
その事実に気付いたのは、ミサキよりも賢者ベルトリの方が早かった。
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