105話 真祖、沈む

 遠目に見えるベルトリと魔王ゴファの戦いはまるで映画の頂上決戦みたい。あいつらの周りだけ積乱雲が黒光りして、力の奔流を周りにほとばらせていた。


 さすがベルトリ、賢者だけのことはあるなあ。あの厄介な魔王ゴファを相手に一歩も引いてないなんて大したもんだよ。


 戦いに横槍を出してきそうな雑魚モンスターは的確にベルトリの仲間二人が潰しているし、あのままなら魔王ゴファを倒しちゃうかも?


 ……なんてな。無理に決まってる。

 魔王を賢者一人で倒すことが出来たら大金星です。確かに賢者は相当な高位職業だけど、一人で魔王を倒せるほど『聖マリ』の世界は甘くない。


「ば、化け物め……呪ってやるぞ、魔王ミサキ!」


 うお! びっくりした!

 呑気に賢者ベルトリと魔王ゴファの戦いを眺めていた俺の前にでっかい何かが落ちてきたんだ!心臓止まるかと思ったぞ!


「……魔王ミサキ! 貴様の裏切りは……すぐに知れ渡る……! 貴様を待つ未来は粛清のみだ!」


 ああ、こいつはあれか。ミサキに任せていたゴファの部下、真祖か。

 おっきな吸血鬼、真祖と呼ばれる高位モンスターが空から落ちてきたのだ。真祖は呪いの言葉を振りまきながら、魔王ゴファの身を案じ続ける。だけど、赤かった目は次第に白くなって、声も聞こえなくなる。死んだか。タフな奴だ。


「俺は眼中に無し、か。まぁいいけど」


 目の前にいた俺は真祖の目にも入れず、こいつはミサキのみを呪っていた。それ程、元魔王のミサキの存在が衝撃だったんだろうな。


 そしてすぐに耳を塞ぎたくなるような音を立てて、もう一体の真祖も地上に落下してきた。翼には穴が開いている。ミサキの魔法によるものだ。


「うわあ……えげつなあ……」


 俺がドン引きしていると。


「ウィン、どう!? 空を飛んでるからって、余裕を見せるのは雑魚だよね!」


 元気いっぱいの元魔王、ミサキがドヤ顔で傍にやってくる。魔王ゴファの腹心が呆気なくやられたと思って、他のモンスターもミサキに対してびびってる。


「お疲れ様、よくやった」

「んふふ、本気じゃないけどね?」


 ミサキも久しぶりに全力で暴れられて楽しそうだ。

 まあ魔王の腹心とはいえ、魔王と比べたら力の差がありすぎる。ミサキと戦っていた時間は数分間にも及んでいるし、頑張った方だろう。果敢賞をあげたいくらいだ。真相、よく頑張りました。

 

「ミサキ、怪我はしてない?」

「まっさかあ! 一撃も貰わなかったよ!」


 頑張ったミサキの頭を撫でてやると嬉しそうに目を細めた。

 そして立て続けに轟音が鳴り響いているもう一つの戦場をミサキは見つめた。ミサキはさっきよりも真剣な表情になり、俺を見上げた。


「それでウィン、これからどうするの? あのおっさんの加勢しよっか?」

「加勢は止めとこう。賢者ベルトリにもプライドがあるだろうし。最後まで戦わせてやりたい」


 それに元々、賢者ベルトリは言っていた。

 魔王ゴファとの闘いに俺たちは関与しなくていいって。そういう約束だったからな。

 あいつにはギリギリまで魔王ゴファと戦ってもらわないと困る。口先だけじゃないところを見せてもらわないとな。


「わかった! じゃあ僕は他の強そうなモンスターに喧嘩売ってくるね! ウィンはここで待ってて!」


 そう言い残して、ミサキは他のモンスターを倒すために向かっていった。頼もしい限りだよ。魔王が味方ってのは最高だな。

 しかしさ、俺のこの立場ってどうなの?

 自分よりも小さな女の子に守られ続けているってのも恰好つかない。


「ま、いいか。ミサキも楽しそうだし」


 それに俺がここで幾ら情けない姿を見せても、ホーエルン魔法学園の関係者は誰もいない。


 さてさて賢者ベルトリはどうなっているかな。

 魔王が持つ不思議な力、魅惑チャームにやられていないといいけど。


「……行くか。近くで見ないと分からないこともあるし、そろそろ限界だろう」


 俺は賢者ベルトリが戦っている戦場に足を進める。

 ベルトリは負ける、魔王ゴファに勝てるわけがない。

 ゴファと一対一で勝利しようなんて、そもそもの話が馬鹿らしい。

 『聖マリ』の世界じゃ、ゴファは魔王の中でも上位存在だぞ? 鍛え上げたマリアでも苦労するんだからな。だから俺は発動させた。


 いつものように――戦士の職業補正『折れない心ブレイブハード』を、こっそりと。

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