【他者視点】吸血王ゴファ
小国リンデマにて名高い観光地エルフィがゴファによって蹂躙されている。
その連絡を誰よりも早く受けったのは、彼らが定期的に故郷とやりとりをしていたからだ。
「ゴファ様を呼べ! 活きの良い魔法使いだ!」
「ゴファ様を呼べ! きっと、ゴファ様自らが食事とされる! 一人は魔法使いの職を納めているようだ! ゴファ様の大好物だ!」
タイフーンとミチクの二人は餌として、名乗り出ることに躊躇いはない。
高い金を出して魔王に関する情報を集めたが、魔王の軍勢を見て実感する真実は、金で買い取った情報とは大きく違っていた。
魔王討伐者の経験は、金では変えない。
二人がリーダーとして慕う賢者ベルトリの言葉だ。
「ゴファ様がお越しになる前に、存分に痛めつけておけ!」
初めから、自分たち3人で吸血王ゴファの軍勢をどうにか出来るとは思っていなかった。
彼らは自ら望んで、捨て石となるつもりだった。
自分達の力でゴファの進軍を少しでも止めることが出来れば、後に続く者達が楽になる。
幸いにも彼らの故郷は、帝国バイエルンと接している。
ホーエルン魔法学園が管理する
「男はいらないだろ! 殺してもいいか!」
「よこせ! ゴファ様に与えるのは、魔法使いの女だけでいいだろう!」
タイフーンとミチクの役割は、ゴファを呼び出す餌になることだ。
湖畔に面し、廃墟と化した町の中で、二人の冒険者はその時を待ち続けた。
時間の感覚は無くなっている。
何か布のようなものを顔に巻かれ、何も見えない。
だけど、それが空から自分たちに近づいてきたことはよく分かった。
「やかましい」
立てない程に痛めつけられた二人の前に、その魔王は悠然と現れたのだ。
満月を背にし、大柄なタイフーンの二倍はありそうな巨躯。
「我らの進軍が冒険者にこれ程早く見つかるとは」
常に軍勢の最奥に君臨し、優秀な配下を動かして、利を得る深淵の魔王。
姿が見えないにも関わらず、二人は恐怖に足が震えた。
何も見えないが――これが、魔王の圧力。
吸血鬼のなれの果て。生き血を啜り、人間と敵対を続けている古き魔王。
「人間よ。お前達は、どこの所属だ? 天真のクランか、アスマ率いる殲滅部隊、ヤガミの勢力……」
恐らくゴファのものだろう熱い息を顔で受けながら、二人は死と隣り合わせの時間を味わう。
あの吸血王ゴファが目の前にいる。
「ドトールのクランか? それとも――」
ぶつぶつと有名なクランの名前を挙げ、タイフーンやミチクの反応を見ている。
吸血王の言葉で出てくるクランは、大陸でも有名なものばかり。
冒険者ランク1から3にランク付けられる傑物が率いているクランだ。
けれど、タイフーンやミチクが所属している冒険者クランは精々、中小規模。
「……どれも違うようだ。ならば偶然、故郷に帰ってきた冒険者か?」
タイフーンは魔王を前にして、隔絶した力の差を理解した。
冒険者家業を続け、そこそこに名前を売ってきた。大手クランからスカウトを受けたこともあるが、地道に仲間と成長を続ける道を選び、重戦士からさらに進化することが出来た。
「ふん、つまらん。職業も大したものではなさそうだ。おい、私がこのような粗悪な人間を食うとでも思ったか? 片付けろ……」
吸血王ゴファを前にして、恐怖以外の感情を何も出すなと、彼から言われていた。
だから、二人は耐え続けた。
「私の腹を満たしたいなら賢者でも、連れてくることだな。ん……」
あの吸血王ゴファがわざわざ二人の前に姿を表したという、異常事態。
万の軍勢と戦うこともなく、目的の魔王が目の前にいる。
彼の言うとおり――こんなに全て、上手くいくなんて。
「何を、笑っている――」
そのとき。
暗がりの中に、閃光が満ちた。
光の直撃を受けたゴファが一瞬目を閉じる。
次の瞬間、目の前には男が一人。
黒い髪は伸び、冴えない男だ。
先ほどゴファが名前を挙げた有名クランの代表が持つ、輝くような存在感はどこにも見えない。
それでも。それでも。
「ご、ゴファ様! ゴファ様の耳が――!」
「何者だ! ど、どこから現れた!」
目を見開いたゴファの片耳、人間のこぶし大はありそうな耳が地面へ落ちる。
吹き出す鮮血。
真新しい血を浴びたタイフーンとミチクの前に、見慣れた男の背中が現れる。
「……人間、お前の名前だけは聞いてやろう」
「賢者ベルトリ。呼ばれたから、出てきてやったぞ、ゴファ!」
こうして、冒険者ランク4に位置づけられる男の孤独な戦いが始まった。
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