103話 餌になってくれませんか?

 魔王という存在は、俺達人間にとって特別な存在なんだよ。

 魔王が持つ不思議な力、魅惑チャームと呼ばれるそれは人間の本能へ訴える恐ろしさだ。魔王ごとに魅力チャームの在り方はそれぞれだし、効果も違う。


 俺たちは一度、地下に戻って、これからを話し合うことにした。

 地上に出てきたと同じように、ぷかぷかと発光する移動拠点ポータルが目に入った。あれに触れば、俺たちは安全なホーエルン魔法学園に戻れるわけだけど……。


「ウィン、凄いね。この建物、地下と地上が完全に分かれてるよ。全く別の空間だ、どんな魔法を使ったらこうなるんだろう……」


 ミサキはしげしげと地上に繋がる扉から顔を出したりして、構造を観察している。

 この場所はホーエルン魔法学園が頑なに守り続けている重要拠点だ。おいそれと場所がばれないように、大金を使って幾重にも複雑な魔法がかけられている。


「でも、あの人たち……すっかり、しょげちゃったね。情けないなあ」

「こら、ミサキ。そういうこと言わない」

「だってさあ……あれ見てよ」


 特に魔王軍の威容に呑まれてしまった大男、タイフーンはもう役に立たないだろう。

 今は深く項垂れて、何かを考えこんでいる。故郷がボロボロにされて、とても憤っていたさっきの姿はどこにもない。心がすっかりやられている。


「あれで魔王を討つなんて、どの口が言えたんだろう」

「ミサキ。言い過ぎ」

「だってウィン、魔王の姿を見たわけでもないのに、魅惑チャームに引っかかるなんて、話にならないよ」


 呆れた顔のミサキ。

 でもお俺は、ある程度仕方ないと思っていた。

 魔王が持つ力、俺達の本能へ訴えかける恐怖チャームへの対抗は、鍛えてどうにかなるものじゃないからな。

 だからこそ、魔王討伐者に与えられる力――魅惑チャーム克服の力は重宝されるわけだ。


「ウィン。そっちの二人はまだマシみたいだけどさあ……」


 タイフーンに対して、何とか平常心を保っているのが賢者ベルトリとあの女だ。

 固い地面に手をついて、何かを考えこんでいた賢者ベルトリが立ち上がって、俺達の方へ向かってくる。ま、まずい。今の話、聞かれたか?


「ウィンフィールド、改めて例を言わせてくれ。お前のお陰で仲間の命が救われた」

「……いやまあ。礼を言われる程のことじゃあ」

「吸血王ゴファの軍勢があれ程だとは思っていなかった。情けない……これでも冒険者としてはそこそこのキャリアを重ねた。俺の仲間も、魔王の魅惑チャームに抗えると自信はあったんだが……仲間はもうあのざまだ」

「ねえ、おじさん。これから、どうするのさ?」

「……さすが魔王討伐者の奴隷だな。あの軍勢を見ても、何ともないのか」


 賢者ベルトリ、その表情は一気に年齢を重ねたように憔悴している。


「ねえ、どうするの?」


 ミサキが賢者ベルトリの周りをぐるぐると回っている。


 こら、止めなさい。気が散るだろ。それにベルトリを煽っちゃ可哀そうだ。誰だって、あの魔王軍を見れば戦意喪失もするさ。

 特に吸血王ゴファは特別だ。あいつが率いる軍隊はほかの魔王軍を凌いでいる。


「……命があっただけでも、儲けものだと考えている。まだ、他の二人の意見を聞いていないが、俺個人としては撤退もありだと考えている」

「え、えええ! うそでしょ!」


 何故か焦るミサキ。

 あ、そうか。ミサキは吸血王ゴファに用事があるんだったか。


「早すぎだよ! この移動拠点ポータルを使うのだって学園のお偉いさんと凄い交渉をしたんでしょ!? 勿体ないって!」


 これ、ミサキ。やめろって。

 ベルトリの肩を掴んでガクガク揺らすんじゃない。おい、止めろって。賢者ベルトリも、何でミサキのされるがままになってるんだよ。実績のある冒険者なんだろ?

 俺たちは、何だかんだ言ってもただの学生だぞ。


「……いいんだ、奴隷。俺たちじゃ……あの軍勢を突破することはできない」

「――馬鹿! それが、ゴファの魅力チャームだってまだ気付いてないの!? ウィン」

「分かってるよ」


 俺は手をパチンと打った。

 取るに足らない魔法だ。それでも効果はてき面。

 両手の掌の上で発生した小気味良い音を聞いて、賢者ベルトリは目の色を変えた。


「……ん?」


 何度も目をパチクリさせて、瞬いた。

 俺とミサキはその様子をじっと見つめる。


「……まて、まてまて! まて!」


 すると地下の隠し部屋に覆われていた陰鬱な空気が消えて、まるで移動拠点ポータルを通って、この部屋にやってきたばかりの時。

 ベルトリの顔に魔王討伐をやってやるぜとばかりに燃え滾る気持ちが戻ってくる。

  

「まさか……この俺が、魔王の魅惑チャームに掛かっていたのか?」

「うん。おじさん、ばっちり掛かってたよ? そこの大男は錯乱、そっちの目つき悪い人は陰鬱、おじさんは戦意喪失の効果。まあ、魔王が使う魅力としては常套手段だよ。ねえ、ウィン」

「だな」


 とまあ、こんなふうに。

 魔王は様々なやり方で、敵となる人間の心を揺さぶるんだ。


「……これが、魔王討伐者の余裕って奴か。見直したぞ、賢者ウィンフィールド。おい、タイフーン、ミチク。お前らもこれで文句ないな?」


 だから魔王討伐には、魔王討伐の実績がある人間が必要不可欠。

 魔王の魅力によって可笑しくなった者たちの目を覚まさせるためにな。

 魔王の一人。吸血王ゴファは己の軍勢を目撃した人間に恐怖を持たせるよう、軍勢に魔法をかけている。目を覚ました賢者ベルトリを筆頭に、再び魔王討伐者3人の顔色に力が満ちていった。

 その様子を見て、俺もほっと一安心。

 さて。

 これで俺も魔王討伐に同行する人間としての最低限の義務は果たせたわけだ。


「教えてくれ、ウィンフィールド。お前なら、どうやって吸血王ゴファを攻略する」

「なあ、ベルトリ。俺にいい考えがあるんだけど、怒らないか?」

「……内容による」


「手っ取り早くゴファを呼び出そう。そのために、そっちの二人を餌にしていい?」


 湖畔に集結しているあの軍勢を真っ向から打ち倒すなんてやり方は、『聖マリ』主人公のマリア様にお任せするって。

 俺が選択するのは、相手の弱点を突いた邪道だ。

 ……吸血王ゴファ、攻略方法は単純なんだよなあ。

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