102話 1回目の忠告

 俺たちが移動した先は巨大な湖畔の近くにある廃村の地下らしい。


 魔法で明かりを生み出すと、一つの教室ぐらいはありそうな広さの部屋に、上へと続く階段や保存食や水といった壁際に山積みにされていた。

 静かに階段を上り、上に続く蓋を静かに開けると、ベルトリを先頭に寂れた一軒家の一階に出た。


「あれが魔王軍、こんなに近づいたのは初めてだ」


 これまた静かに窓の外に目を向けると、湖が見えて、水辺や空には夥しいモンスターの数。

 普段はリゾート地として栄えているんだろう面影はどこにもない。


「聞いていた話と違うな、ベルトリ……」

「ち……ここまでゴファの侵攻が進んでいたとは思わなかった……まずいな……リンデマはもはや国として機能していない……」


 ふうん。ベルトリたちも理解していなかったわけだ。

 魔王に挑むっていう、その意味を。


「ベルトリ、本当にあれを私たちで……」

「出来るかじゃない、やるんだよ……ここは俺たちの故郷だ……」


 いやいやいや。正直言って無茶にも程があると思うよ?

 だって賢者ベルトリは『聖マリ』の歴史にも出てこないモブキャラだ。確かに賢者って職業は強いよ? それでも勝ち目はゼロ。魔王討伐を舐めちゃいけない。

 俺としてはベルトリ達がこれで諦めてくれたら嬉しかったりするんだけどな。


 今、侵攻を受けているこの場所はこいつら3人の故郷みたいだけど、それでも自殺行為だと思うんだよなあ。気持ちは分かるけど。


「ミチク、精神錯乱の症状はないか」

「ベルトリ。私は大丈夫だが……」


 一つ明るい材料があるとすれば、俺の存在かな。

 魔王討伐には、実績のある案内人の存在が欠かせない。その点、俺は魔王討伐者の中でもピカイチだろう。だって、俺は吸血王ゴファのことをよく知っているから。

 吸血王ゴファは魔王の中でも一際強力な軍勢を持つことで知られている。


「……」

「おい、タイフーン、どうした」


 びびってるなあ。あの大男、こっちに来てから一言も喋らないし。

 さて、そろそろどれだけやばい場所にいるかって理解したかな。よおし、俺がちょっと魔王討伐のやり方を教えてやろうとするかな?


「おい、ベルトリ。約束、覚えているよな?」 


 話しかけると、ベルトリは俺を見て目を丸くした。

 何だよ、お前の仲間たちみたいにあの光景に俺がびびってるとでも思ったのかな。ちっちっち、俺はこれでも魔王討伐者なんだよ。まあ、俺が倒した魔王ってのは一匹狼気質で、群れる吸血王ゴファとは大違いだけど。

「分かっている。ここでは魔王討伐者であるお前の言葉が絶対だ。おい、タイフーン、おまえもいいか?」


 事前に伝えていた。

 こっちじゃ、俺の言葉に従えって。


「あ、あいつら、俺たちの故郷を、許さねえっっ!」


 魔王の軍勢を真っ向から倒すなんて考えてはいけない。

 あれに対抗するには数千、万単位の軍隊が軽く必要だ。気づかれたら。終わりなんだ、終わりなんだよ馬鹿野郎。だからそんな大きい声を出すんじゃねえ! 気づかれるだろうが! 


「ゆ、許せねえ! は、はああ! あいつら、ぶっ殺してやる!」

「おい、タイフーン! ま、まて!」


 反射的だった。ベルトリの仲間が建物の中から飛びだそうとする。おい、馬鹿かよ。馬鹿なのかよ。それって考え無しの行動だろ!?

 そうだよな! タイフーン! だってお前、頭が良いようには見えないもんな! 


 だから俺は、建物の中から出て行こうとする男に対して。


「いぐっ」


 大男、タイフーンの首を掴み、壁に叩き付けた。

 躊躇はしない。全力だ。

 壁にめり込むぐらいの力で、一瞬で奴の意識を飛ばすぐらいの勢いで。


「ウィン」


 ミサキが気を利かせて、衝撃音を魔法で吸収してくれたから、建物の外にいるあいつらには気づかれなかった。手を離すと、俺よりも遙かに体格の良いベルトリの仲間は何も言うことなく気絶する。


 ベルトリと仲間の女は呆気にとられたまま俺を見た。

 何だよ、俺の力が信じられないってか? ふざけんな、見かけ通りのわけがないだろ。


「ベルトリ。一回目の忠告だ」


 はあ、ひどすぎる。これが賢者のパーティかよ。

 魔王が持つ恐怖を煽る力。誰もが魔王に対しては、ひれ伏すものだ。魔王が持つ精神汚染、こんな早く影響するなんて先が思いやられる。

 俺は賢者ベルトリのパーティに対して、心の中で評価を一段階下げた。


「勝手な真似をするなら、俺がお前たちを殺す」


 だから嫌だったんだよ。聞きたくなかったんだよ。

 故郷を助けたいなんて分かりやすい意味、それは俺が命を掛けて魔王討伐を実行した理由と同じだった。

 多分、俺はこいつらを見捨てられない。

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