第99話 出発前のおしゃべり

 学園の外にいる著名な冒険者から、ホーエルン魔法学園の生徒が指名されて、共に冒険に出ることは珍しいことじゃない。


 むしろ、ホーエルン側は推奨している。

 それだけの設備をホーエルン魔法学園は学生に提供しているのだから、在学中に本物の冒険者から力を請われるぐらい有名になれって。

 

 俺は知らなかったけど、賢者ベルトリとその仲間達は結構な有名人らしい。


「賢者ベルトリ、先に言っとくけど俺がいても大して役には立つとは思えない。魔王アグエロを討伐出来たのは、偶然のことだしな」

「魔王討伐者ってのは、皆そう言うもんだ。魔王を討伐出来たのは、偶然だってな。俺から言わせてもらえば、魔王と遭遇して生き残っている時点で上出来だよ」


 ベルトリと連れ立って、ホーエルン魔法学園を歩いている。

 明確な目的地もないままふらふらと歩いていると、ベルトリの姿を見て、指を向ける学生が数分に一度、現れる。


 俺は知らなかったけど、大陸南部出身の学生からすれば、ベルトリはちょっとした有名人らしい。俺にはずり落ちそうな眼鏡をかけたおっさんにしか見えないけど。

 

「懐かしいなあ、ホーエルン。俺も学生の頃は、ちょっとしたもんだった。それでも卒業時点では冒険者見込みランクが一桁には届かなかったなあ。ウィンフィールド、お前はもう一桁なんだってな」

「冒険者見込みランクに関しては、運が良かっただけだったって思っている」

「やけに謙虚だな、新米賢者。折角の機会だ、道中では俺が賢者としての生き方を教えてやるからな?」

「おい、やめろ! 人の頭をぐりぐりするなって!」


 何が楽しいのか、賢者ベルトリは自分が学生だった頃の思い出を俺に語ってくる。別に俺とこいつは友達ってわけじゃないし、親しく理由はない。

 まあ、冒険者としては大先輩だから、学ぶ所は多いだろう。

 

 

 一通り学園を歩いた所で、16番の冒険者ギルドに戻ってくる。

 明日からの準備をするらしいベルトリとは、ここで別れることになった。全く、この時間はなんだったんだよ。他愛のない話しかなかったぞ。


 明日の出発は、学園に存在している移動拠点ポータルを使う。

 このホーエルン魔法学園は、様々な国へ飛び立つための移動拠点を揃えている。規模は世界最大と言っていてもいい。 

 利用者は基本、ホーエルンの学生に限られるけどな。ホーエルンの卒業生と言っても、一度卒業してしまえば外部の人間だ。ホーエルンの移動拠点ポータルを使うには、莫大な使用料を払う必要がある。

 

「……なんだよ、おっさん。人の顔をじっと見て、今から冒険の準備をするんじゃないのか?」

「本当にいいのか? 誘った俺がいうのもなんだが、即決で決める話じゃない。相手は好戦的な魔王だぞ」


 おっさん賢者のベルトリは、俺を誘った張本人の癖に心配しているらしい。

 相手は吸血王ゴファ。幾度も討伐隊が組まれたが、その悉くを返り討ちにしている。警戒心が高く、一か所に留まることのない魔王だ。魔王領の領地に留まるよりも、人間領にいることが多い好戦的な魔王として知られている。


「ウィンフィールド。お前は戦わなくていいとは言ったが、俺たちの戦いに巻き込まれるのは確実だ」

「やばそうになったら、逃げるって。これでも俺とミサキは逃げ足だけには自信があるんだ」 


 勿論、俺も吸血王ゴファが相手と聞いて、この賢者ベルトリの無謀な挑戦に付いていく気はなかった。

 だって少なくとも、賢者ベルトリは負けるんだろうな。吸血王ゴファと言えば、『聖マリ』の世界でマリアに倒される魔王だからな。


 でもミサキが行きたいと言い出したのは信じられなかったよ。それは賢者ベルトリ達の方も同じだったらしい。何度も何度も、本気なのかと確認された。


 けれど、俺としてはミサキだけを危険な旅に向かわせるにはいかなかった。


 あの後、少しだけミサキと話した。

 何と言ってもミサキは元魔王軍の魔王だ。吸血王ゴファに対しても仲間意識がまだあるのかと思ったんだ。


「ベルトリ、あんたは自分達のことだけを心配してくれて構わない。俺とミサキは、吸血王からも逃げられる自信があるからな」


 ミサキの目的は賢者ベルトリ達と同じ。

 ――ミサキは、自らの手で吸血王ゴファを仕留めるつもりだった。

 


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