第96話 賢者の名乗り上げ

 公爵姫が叶えてくれるお願いの幅は広い。

 それは本物の冒険者しか受けられない特別な依頼クエスト受注だったり、強力な武器の支給だったり、中にはこの国で貴族になりたいなんて言った大馬鹿も過去にはいたらしい。それを公爵姫はその権力を使って、本当に貴族にしてやったって言うんだから凄いもんだ。


「このホーエルン魔法学園設立のために我が一族は財を惜しげなく注ぎ込んだ。私も一族の人間として後に続きたいと思っている。私のやり方は、有能な学生に対する投資。外では冒険者ランク一桁は、魔王軍幹部とも一対一で渡り合える猛者の証。そこまで己を磨き上げた者へ、褒美を与えることのどこが可笑しい。最もお前の場合は、学園で力を身に着けたとわけではなさそうだが――」


 ユバ・ホーエルンが俺の前に来て、これまでとは異なる表情を見せる。

 それは冒険者としてではなく、この帝国バイエルンで確固たる地位を気付いている権力者としての顔だろう。


「それに単純に興味がある。魔王討伐者である過去を隠してこのホーエルンに入学した変わり者は何を望むのか、な」


「期待値が高くて困るなあ……えっと、俺の望みはですね……」


 でも冒険者見込みランクが1桁、いやー、1桁かあ。

 自分のことながら、早すぎるなあ。ゲームの中でも2年生になってまだ夏にもなってないのにランクが1桁行くなんてなあ。


「公爵様。貴方の名前で、ホーエルンの全ギルドに伝えて下さい。この16番のギルドを取り込むには、専属冒険者である俺を負かすことが条件だと」


 一瞬、訳が分からないって顔をした公爵姫。

 だけど、俺が言いたい真意を理解したのか、高笑いをしながら約束してくれた。


「ユバ・ホーエルンの名前に書けて、必ず」



 これからホーエルン魔法学園で大事件が起きることを俺は知っている。

 学園に存在する冒険者ギルドは1番から16番。

 それぞれがよりギルドの権力を強めようと、吸収・合併を繰り返す。そして、最初に潰れるのがこの16番冒険者ギルド。

 これは『聖マリ』の世界では、確定イベントの一つ。

 

 この時期までに、他ギルドによる16番ギルドの吸収を阻止するための権力を、『聖マリ』主人公であるマリア・ニュートラルが手に入れることは不可能だから。



「ウィン。どうしてあんなお願いにしたの? 16番の冒険者ギルドを取り込む? どういうこと?」


 公爵姫が帰った後、ミサキも不思議そうな顔をしていた。床ではまだズレータはぐーすか眠っている。呑気な奴め。残された後片付けは俺たちの仕事らしい。


「——ミサキちゃん。それは私から説明するわ。今、この学園の裏側で何が起きているか」


 この冒険者ギルドの主であるエアロが二階から降りてくる。

 汚れた一階の惨状を見たくないのか途中から二階に隠れていたのに、俺と公爵姫の会話をばっちり聞いていたらしい。


「それよりウィンフィールド君。ギルドの数が減らされるってこと知ってたの?」


「ええまあ。最近、暗い顔してたのってそれが理由でしょ? 確か先週でしたっけ。ホーエルン魔法学園の上層部が、数ある冒険者ギルドの統合を決めたのって」


「ただの一学生である君がどうしてそれを知ってるのか不思議だわ……でも、その通りよ。今、この学園には1番から16番まで冒険者ギルドがあって、散らばっているの。私が学生の頃は1番から5番までしかなかったのに、増えすぎね」


「えっと、エアロ。……この16番の冒険者ギルド、潰れちゃうってこと?」


「そうよ、ミサキちゃん。程ほどに楽しくやろうがうちの理念なんだけど、やっぱり時代には即さないってことなのかしらねえ。ウィンフィールド君の言う通り、うちは弱小だし、上位ギルドが本気になってうちを取り込もうとしたら抗えない」


「潰れたら……どうなるの?」


「どうなるのかしらねえ。少なくとも今の生活は出来なくなるわ。ミサキちゃんも神官の仕事は無理になるわね……あれって許可制だから」


「ええ! 僕、神官の仕事気に入ってるんだけど!」


 今、16番を取り込もうとしてくるのは4番の冒険者ギルド。規模も懇意にしている学生の質も16番の冒険者ギルドは太刀打ちが出来ない。


「ミサキだけじゃないよ。俺もここが潰れたら困る」


 16番の冒険者ギルドは『聖マリ』のストーリーじゃ、真っ先に潰される弱小ギルド。『聖マリ』ではどこの冒険者ギルドでお世話になるかで能力の伸びやなれる職業も変わってくる。

 冒険者としての強さを求める学生が16番を選ぶ理由は無いもんな。


「このギルドが持ってる緩い雰囲気、好きなんだ。他のギルドの専属になったら、やりたくもない依頼を受けないといけないしな」


「ふふ、ウィンフィールド君らしい後ろ向きな理由ねえ。そう言ってくれるのは嬉しいけど……今さら足掻いたって、どうしようもない感じなのよねえ」


 この16番の冒険者ギルドで、専属として依頼を受注するのも俺とミサキしかいない。エアロの言う通り、木っ端のような冒険者ギルドだ。


「うちは大御所のギルドが囲っているような最有力の学生もいないし、贔屓にしてくれる学生の数は皆無……学園が決めた流れには逆らえないわね」


 大抵、冒険者ギルドにはそのギルドの顔とされる生徒が所属している。


 1番の冒険者ギルドには神話の魔女なんて呼ばれている3年生がいるし、2番の冒険者ギルドには外の高位冒険者から武器作成の指名が来る鍛冶屋が在籍している。


 彼らは今すぐに学園を卒業して、魔王軍を蹴散らすことも出来るだろう実力者だ。

 ハイディ先輩のようなちょっとした実力者とは格が違う。


「エアロ。俺はさっきも言った通り、このギルドを気に入っている。それは俺だけじゃない。ミサキと同じだ」


「うん。ウィンが一年生の時、僕を雇ってくれたのはここだけだし。僕も出来ることなら協力するよ」


「……二人の気持ちは嬉しいんだけど、うちみたいな弱小ギルドが今後も成立するには贔屓にしてくれる学生の数が必要なのよね」


「エアロ、数じゃない。数か質のどっちかだろ? だったら、簡単な話だ。今、ここのギルドを贔屓にしているのは常人ノーマル神官プリースト。つまり、俺とミサキだ」


 対して、16番の冒険者ギルドにはこれまでギルドの顔になれる学生がいなかった。それが、このギルドが取り込みやすいと思われている原因だろう。


 だったら、有力な生徒がこのギルドの味方であることを告げればいい。


「俺たちの職業を明かせば、事態は変わる。この16番は一気にこのホーエルンでも名の知れたギルドになれる。ミサキ、いいよな?」


「いいよ。僕はウィンと違って、隠す理由が無いし。それに僕もホーエルン魔法学園のこと、ちょっとは分かって来たから。そろそろ、上を目指そうかなって思ってた」


 ミサキの同意も得た。


「エアロ。俺の職業は当然、常人ノーマルみたいな始まりの職業じゃない」


「待って……本当にいいの? 一応私も正規のギルド職員だから、所属している学生の職業を知ってしまったら報告する義務がある。魔王討伐者の職業、大勢が血眼になって探していたし、自分の職業を広めることはメリットばかりじゃない。だから私も敢えてウィンフィールド君の職業を聞かなかったんだけど」


「構わない。16番冒険者ギルドは、このホーエルン魔法学園で最も優れた学生を囲っているって広めて欲しい。それが何よりの牽制になる」


 俺の職業を知るために、数多のギルド職員が動いていることは知っていた。


 魔王討伐者の職業。それは誰もが気になる注目株。実際に街を歩いていて、俺に直接職業は何かって聞いてくる奴らもいたし。

 俺の職業を明かすことで何が起きるか。


 きっと、影響はホーエルン魔法学園だけに留まらない。俺たちの情報は、野を超え山を越え、学園の外にいる有力な本物の冒険者たちにも広がるだろう。



「俺の職業は賢者ワイズマン。そして俺の奴隷であるミサキの職業は 大神官 グレート・プリーストだ」


 大賢者と知られるのは悪いけど、ここまでならギリ許容範囲だろ?





 これで、少なくとも生徒の格で言ったら16番の冒険者ギルドは最上位の数字を持つギルドと並ぶことになる。

 おいそれと他のギルドもうちに手を出すことは無いだろう。


 ……無いだろう、と思っていたのに、話は思いもよらぬ方向に向かうものだ。

 

 



 俺とミサキの職業を明かすことで、学園に少なくない衝撃を与えるとは思っていた。賢者と大神官のコンビ、職業の質で言ったらとてつもない。

 たった二人だけの冒険者パーティでも、学園随一の力を持つ冒険者パーティとして数えられるようになる。

 神官はそこそこの数があるが、大神官への進化は極めて難しいのだ。

 格で言えば、マリアが目指している『聖女』にも匹敵する。


「ウィン、起きて! 一階が凄いことになってるから!」


「……」


 ズレータと俺が一緒に行動していたことは、学園でちょっとした噂になっていたことは知っている。マリアの冒険者パーティを追い出されたズレータ・インダストル。

 あいつが変わり者のウィンフィールドと一緒になんかやっているって。


「ほら、ウィン! 昨日飲みすぎて頭が痛いなら、水持ってくるから!」


「ありがと……それで、何がどうしたって?」


 だけど、ズレータの冒険者見込みランクが一気に3つも上がり、俺の職業が賢者であると一気に広まった。 

 それにただの神官と思われていた奴隷の職業が極めて難易度の高い大神官だった。これだけの情報が提供されて、ホーエルン魔法学園の学生らが起こした行動は一つ。

 

「僕も何が何だか! だけど、あいつら。ズレータのランクが上がったことをウィンのお陰だと思ってるみたいで、弟子入り志願させてくれってどんどん1階に集まってるんだよ!」


 どうやら俺は、やりすぎてしまったらしい。 

 


 

 そして、一階に集まっていた大勢の学生の姿を見ると、頭の中で大きなファンファーレが名乗り響いた。


【ウィンフィールド・ピクミン。レベルアップ条件の達成。大賢者レベル1からレベル2へ移行。レベル2への恩恵は大幅な能力値の上昇——大賢者ウィンフィールド、レベルアップしますか?】


 


――――——―――――――———————

次話から新章へ。


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