第91話 上忍の敗北

 俺たちが見つめる先で、公爵姫の側近である『上忍』ユリアがエバンスを迎え撃っている。一見すると、ユリアは職業特性を活かした素早い動きで、エバンスを翻弄しているように見えた。

 二人の戦いは熾烈だった。


「おい! ズレータ、でてこいよお! お前だって美味しい思いをしていたのによお! チクりやがって! お前には天罰を与えてやるからなあ!」


 だけどエバンスはユリアを相手にしながら、ズレータに向けて語り掛ける。

 その声が屋上に聞こえる俺たちにまで届く。はは、どんな大声だよ。あいつ、肺活量やばすぎ。そしてそんなエバンスにビビる男が一人。


「うぃ、ウィンフィールド。ユリアさんは、あいつに勝てるよな?」

「さあ」

「さあって、お前なあ……!」

「公爵姫の目を掻い潜って、好き勝手していた奴だぞ? 生半可な実力の筈ないだろ。しかも、黄泉の洞窟に向かうなんて、相当逝かれてないと無理だって」


 黄泉の洞窟は、ホーエルン魔法学園を支配するユバ・ホーエルンにとって聖域とも言える大切な場所だ。エバンスがどんな言葉でズレータを誘ったのか知らないけど、あいつがやりたいことはホーエルン家の墓荒しだ。


「頼む……頼む……ユリアさん、あいつに勝ってくれ……」

「うわあ。見てウィン。こいつ、遂に神頼みはじめたよ」

「……奴隷。お前、神官だったら襲われないとでも思ってるのか」

「別にそんなこと思ってないけど」


 まあ、俺はあの二人の勝敗を知ってるけどなあ。

 エバンスの実力とユリアの実力、どっちも本物の冒険者としてはそこそこ上位に分類される腕自慢だ。ただ『上忍』の力ってのは斥候だったり、暗殺だったり、その力が発揮されるのは限定された戦場だからなあ。


「——ユリアア! お前、一人で俺を止められるとでも思ったか!」

「汚点は静かに消す。エバンスの行いは私とユバ様だけの秘密で終わらせる。安心して、エバンスは旅に出たとても言っておくから」

「全て俺に勝てたらの話だけどなあ! 聞いてるか、ずれえええた! 今すぐにこいつを仕留めて、お前に会いにいってやるからなあ!」

 





 『上忍』のユリアは、決して油断なんかしていなかった。

 忍者らしく陽動して、姿を消したり、まあ、必死に戦っていたよ。エバンスのことがよっぽど許せなかったんだろう。

 俺から見ても、ユリアは同僚相手に手を抜かず戦っていたように思う。

 

「ユリア、どうしてお前の職業で俺に勝てると思ったんだ。忍の分際で俺に真っ向から挑むなんて、少し前のお前からは考えられねえよ!」

「……」

「賢者ユバ・ホーエルンは来ねえ。あいつが今、ホーエルンにいないことはしっかり調査してんだ。じゃないと、こんなにでかい賭けに出るかよ」


 ユリアがうずくまっている。

 まあ、そうなるよな。

 口からは大量の血を流して満身装威。


「う、うそだろおお! ユリアさん普通に負けてるじゃねえか!」


 エバンスは強い、少なくともこんな『聖マリ』が始まって数週間かそこらで勝てるような相手じゃない。今のマリアのパーティが全員で挑んでも無理だろう。


「あ、馬鹿。ズレータ」

 

 その声で、エバンスが上を見上げた。

 屋上のフェンス超しから見ていた俺たちを見る。肉食獣のような獰猛な笑みで。


「——ズレータ! そこかあ! 待ってろよ! 今、迎えに行ってやる!」


 よっぽどズレータのことがむかついたんだろうな。

 

「後で可愛がってやるよ、ユリア!」


 エバンスは地面に蹲るユリアに蹴りを入れて、俺たちがいる廃校舎に入ってくる。


「やばい、やばい、やっばいぞ! ウィンフィールド! あいつが上がってくる! 早く逃げよう!」


 ズレータは柵の下を覗いて、校舎に入ったエバンスを確認した。

 顔を真っ青にしながら、弱気なセリフを吐いている。対して、俺たちと一緒にあいつらの戦いを観察していたミサキは冷めた顔。


「ねえ、ウィン。どうしてこんな弱い奴と一緒に行動したの?」

「ウィンフィールドの奴隷! てめえ、今のを見てなかったのか! あの上忍のユリアさんがやられたんだぞ!? 逃げなくてもいいのか!」

「ウィン。こいつ、弱すぎだよ。あ、僕。別に職業とか、力とか、そういうこと言ってるんじゃないよ。ただ、そんな覚悟でよく侍の道に進もうと思ったね」


 ミサキが冷たい顔で、どぎつい毒を吐いた。

 そして、今の言葉はズレータのプライドに触れたようだった。


「侍の道も知らねえ奴隷が、好き勝手言いやがって……」

「この前、授業で習ったよ。でもがっかりだなあ。後輩のために立ち上がった侍がウィンの同級生にいるって聞いて、少しは興味があったんだけど」

「俺がマックスに負けたことを言ってんのか……何も知らねえ癖に勝手なこと言いやがって……」

 

 煽るなって、ミサキ。言いたいことは分かるけど。

 侍という職業は攻撃に特化し、防御を捨てている。勇気のない者が選ぶ職業じゃない。

 

「まあ、さ。ズレータ、俺もお前がビビりまくってることに驚いているよ」

「……ビビるだろ! あの公爵姫の側近があっさりとやられたんだぞ!」

「いやいや、エバンスだって公爵姫の側近だって。黄泉の洞窟に続く移動拠点ポータルを使える人間なんて早々いないからな」 


 屋上に続く扉が大きな音を立てて開け放たれた。


「よお、ズレータ! 会いたかったぜえ! 地獄に送ってやるからなあ!」


 短い赤髪を整髪料を使って逆立てた男。武器の類は何も持っていない。

 一戦を終えたばかりだからか、全身から発せられる熱気を肌に感じた。


 あいつの名前はエバンス、さっき下で『上忍』ユリアを仕留めた男。

 そして冒険者ランク8に分類されるギャンブラーが、俺たちの前に現れて。


「それで……お前ら二人は、ズレータの友達か何かか?」



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