第90話 大賢者とミサキとズレータ

 公爵姫ユバ・ホーエルンのイベントは『聖マリ』プレイヤーには非常にお得なイベントって知られている。内容は完全なランダムだけど、達成すると必ず冒険者見込みランクが上がるからだ。


「ズレータ・インダストル! どこだあ! どこにいる!」


 さて、ズレータと公爵姫の側近、エバンスの待ち合わせ場所は深夜の月下。

 深夜の廃校舎で二人は落ち合って、黄泉の洞窟で墓荒しをする予定であった。だけど、待ち合わせ場所に現れたのはエバンスただ一人だった。


「あのガキ! この俺を裏切りやがって!? あれだけ便宜を図ってやったのを忘れたのかあ! 出てこい! 聞こえているんだろ!」


 ホーエルン魔法学園は学園都市として栄えている。

 だけど、中央を離れれば、幾つものは廃校が広がっている。

 それはホーエルン魔法学園の歴史だ。そしてボロボロに朽ちた校舎の中に、帝国バイエルンの大貴族でありホーエルン魔法学園の支配者であるホーエルン一族が眠る『黄泉の洞窟』に続く移動拠点ポータルが隠されている。


「——エバンス。まさか、貴方がホーエルンの生徒に迷宮の情報を与えていたとは。しかし、私が一番許せないことは、ユバ様のご家族が眠る黄泉の洞窟に潜ろうとしたことです」


「ズレータ! 出てこい! 何でユリアがお前の代わりに出てくるんだよ! ぶっ殺してやるから、出てこいよお!」

 

 校舎の前に広がる運動場には幾人もの人間の躯が転がっている。

 だけど、あれは本物じゃない。

 この校舎を守るために、魔法使いによって作られたゴーレムだ。そしてゴーレムはエバンスによって、見るも無残にバラバラにされていた。

 


「——怖いの? ズレータ」


 俺たちは5階建ての廃校舎の屋上から、運動場でゴーレムを相手に暴れまわるエバンスの姿を眺めていた。

 屋上をぐるっと囲む金属柵の向こうで、大声で喚く男の姿。

 あれがエバンスだ。公爵姫の目をかいくぐり、生徒を使って小金を稼いでいる男。


「ねえ、ズレータ。あいつが怖いの?」

「ウィンフィールドの奴隷、お前だってあれ見ただろ? 公爵姫が配置したゴーレムを破壊するあの姿……」

「見たけど、全然怖くないよ。ウィンもそうだよね」

 

 運動場ではエバンスと、上忍のユリアが何かを話し合っている

 この場所から分かる一触即発の空気。それをミサキは目をキラキラさせて、そしてズレータは恐ろし気に見つめていた。


「でも許せないなあ。ウィン、僕に黙ってこんな面白いことをしていたなんて」

「それは……謝っただろ」

「僕はウィンのパーティメンバーなのになあ」

「……ごめんって」

 

 俺の部屋でユリアとズレータと作戦会議をしていたら、お昼になるよりも早くミサキが帰ってきた。そして俺とズレータの行動がミサキにバレた。バレてしまった。


 「ウィン、どうして僕に内緒にしてたの?」って涙目で言われて、苦渋の決断でミサキも連れてくることにした。まさか、ズレータとユリアの前で、ミサキに黙っていたのは君が強すぎるからとは言えなかったよ。

 

「……なあ、ウィンフィールド。あの人は、エバンスに負けないよな?」


 眼鏡姿のズレータが恐る恐る俺に聞いてくる。


「あの人って誰のことだ?」

「公爵姫の仲間だよ。上忍ってことは、相当強いよな?」

「さあな」

「さあなってお前な! 大事なことだろ! あの野郎、俺のことを探してるんだぞ。殺してやるって叫んでいるし、見つかったらただじゃすまないだろ……」


 でもズレータがこれぐらいビビってるのは、エバンスの強さを知らなかったからだろう。


「ズレータ。もしかして、お前勘違いしてた?」

「……何をだよ」

「あの公爵姫のお願いだぞ? 難易度は馬鹿高いに決まってるだろ――」


 そして、俺たちの視線の先で、上忍ユリアとエバンスの戦いが始まった。



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