第89話 やり遂げた侍
「ウィンフィールド。今度は俺一人じゃなくてな、一緒に迷宮へ同行してくれってあいつが言ってきたんだよ」
興奮した様子のズレータを冒険者ギルド2階。
つまり俺の部屋に連れて来て、話を聞く。折角だから冷たいお茶でも出してやろうかと思ったんだけど、ズレータは少しでも早く俺に話を聞いて欲しいようだった。
「で、話に出た迷宮はどこなんだ?」
「驚くなよ。それがなんと……黄泉の洞窟なんだ」
よし、ビンゴだ。
公爵姫の傍にいる裏切者、エバンスがとうとう重い腰を上げた。黄泉の洞窟は、このホーエルン魔法学園においては特別な意味を持つ迷宮である。お宝が眠っているけれど、生徒が立ち入れるような場所じゃない。冒険者ギルド職員だって同じだ。
「なあウィンフィールド。あいつ、どうして公爵姫しか入り方を知らない迷宮の入り方を知ってるんだろうな……」
エバンスから、ズレータに持ちかけられた誘い。それは代々、この帝国バイエルンの大貴族であるホーエルン家の人間が眠る墓地へ、一緒に向かわないかってことだ。
冷静に言えば、墓荒しだな。
「そりゃあ、そいつが公爵姫の関係者だからだよ。でも、ズレータ。お手柄だな。そいつこそが公爵姫が探していた犯罪者だよ。うだつの上がらない生徒に違法に情報を与えて、不当に迷宮を攻略させていた犯人だ」
「おい、うだつが上がらないってのは余計だぞ」
椅子に座ったズレータから睨まれる。
「ああ、ごめんごめん。でも、やったなあズレータ。お前がそいつの信頼を稼いでくれたから、動かぬ証拠を手に入れることが出来たんだ。これで公爵姫もお前には一目置くようになると思う」
「ぶっちゃけ、ウィンフィールド。俺はお前の言うとおりにしただけだぜ。この眼鏡のお陰で、強くなることも出来たしな」
ズレータは眼鏡をかけたことで力を上達させた。
ステータスを見れば、ズレータの侍としてのレベルが8に上がってある。急激な上昇だ。もうすぐ次の職業に進化も出来るだろう。
「なあ、ウィンフィールド。今すぐに公爵姫にこの話をしてくれよ」
ズレータは立ち上がって、壁に立てかけていた愛用の刀を握る。
だけど、焦っちゃいけない。
「——そういうことだから、ユリア。公爵姫を呼んでくれ」
「は? ユリア? お前、誰に向かって話してんだ?」
ガチャリと扉が開く。
「えっ、だれだよ! ウィンフィールド、まさか今の俺たちの話、聞かれていたのか」
俺の部屋の外で聞き耳を立てていたそいつが俺の部屋に入ってくる。狭い部屋だから、3人もいれば途端に窮屈に感じてしまうなあ。
「ウィンフィールド! 誰だそいつ!」
「……ばれていましたか。私の正体が、ユリアだってこと」
「バレバレです」
「おい、無視するなって」
『上忍』のユリア。
彼女は音もせずにモンスターを討伐する、公爵姫が冒険者時代からの秘書だ。
「それで話を聞かせてくれませんか? そちらの彼が今、喋っていた内容、私にとってはとても興味深い内容でしたから」
「おい。ウィンフィールド、そのお姉さんは誰だよ。俺たちの話、全部聞かれちまったみたいだけど、いいのか?」
「いいんだよ、この人は関係者だから?」
「か、関係者?」
戸惑っている様子のズレータ。落ち着かせるために、正体を明かす。
「彼女は公爵姫、ユバ・ホーエルンの秘書、職業『上忍』のユリアさんだ」
「……まじか。ってことは、とんでもない大物だな。もしかして、あの公爵姫が冒険者時代からの仲間だったりするのか?」
「——ええ、そうですよ。私はユバ様のことを冒険者時代から支えている者の一人です。それよりも貴方達、さっきの話を詳しく教えてくれないかしら」
「勿論、いいですよ。いいよな、ズレータ」
「……俺に選択権なんかないだろ。元々、ウィンフィールド。お前から頼まれて始めたことだからな」
俺はこれまでの経緯をユリアに教えてやった。
といっても、エバンスの信頼を得るために頑張ったのはズレータだ。エバンスの言う通りの迷宮に潜って、指定された物を持ち帰る。たまには俺も手伝ったけど、今回はズレータの頑張りが何よりも大きい。
「ズレータ君。本当に貴方に近づいた男がそういったんですか? 迷宮『黄泉の洞窟』への入り方を知っていると」
ユリアがズレータに詰め寄る。
ズレータは両手を上げて後ずさる。整った顔のユリア、だけど冷静な表情とは裏腹に怒っていた。
「ほ、ほんとだ。今までは、冒険者ギルドにでかいコネがあれば入れる迷宮ばっかりだったけれど、今回は違う。本当に黄泉の洞窟への入り方を教えるって。しかも、今回は確実に手に入れたい物があるから一緒に同行するって」
「黄泉の洞窟は、代々ホーエルン家の当主が管理している迷宮であり、入りための鍵は厳重に管理されています。ふう、ズレータ君。その男との待ち合わせ場所はどこですか? 成敗します」
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