第88話 平穏な生活?

 故郷から知っている二人がやってきたけど、俺の生活ペースは崩れない。

 朝起きてミサキと一日一回適当な依頼をこなして、公爵姫のお願い達成に向けてズレータの課題進捗を見守る。

 あれからミサキの様子を確かめに魔王が来ることもないし、実に平穏な日々。

 だけど、一つ止めて欲しいことがあるとすれば――こいつらの来訪だよ……。


「俺が尊敬しているウィンフィールド王子の素晴らしい所一つ目は、どんな環境でも生き抜ける適応力だ。王子が山で一人、生活を始めたのは5歳の時だぞ、信じられるか? ミサキとやら」


 俺とミサキが根城にしている16番の冒険者ギルドの1階へ。

 故郷から出てきたキリキが毎朝、学校へ向かう前に立ち寄るようになった。毎朝、ミサキと雑談を興じている。本当に勘弁してほしい。


「ウィンフィールド王子は根っからのアウトドア体質で、モンスターだってばりばり食うんだ。一国の王子が野山を住処にしているって話を聞いた時は頭がふらふらするぐらいの衝撃を受けたぜ」

「ウィンが好き嫌いがないのはそういう理由だったんだね……」

「王子は秘密主義だからな! 俺たちだって、王子から信頼を得るまでに何年間掛かったか!」

 

 ミサキはミサキですっかりキリキの話に聞き入っているし。

 何がそんなに面白いのか、ニコニコしながらキリキの話を聞いている。


「ウィンフィールド王子の素晴らしい所二つ目は、常に高みを見据えている所だな。自らを鍛えるために、ウィンフィールド王子は自ら王宮の快適な生活を捨てて、野山に出ることにしたんだ」

「ウィンにそんな根性があったなんて……」


 いやいや、違うし。俺が山で生活を始めたのは、王宮から俺がいると不幸ばかり起こるって家族に追い出されたからだ。誰が好き好んで、野山で生活を始めるかよ。


「ウィンフィールド王子が冒険者になるために、このホーエルン魔法学園に入学したって知った時は心が震えたさ。俺たちが生まれた故郷ピクミンの人間からすれば、危険と隣り合わせの冒険者稼業を夢見るなんて考えられないことなんだ。俺は……一体どこまで王子はどれだけ高みを見てるんだって心が震えたな!」


 飛行帽を被ったキリキが自信満々に言う。


「でも今、僕とウィンがやってる依頼ってあんまり高くないような……」

「それだよ、ミサキとやら! ウィンフィールド王子は既にこのホーエルンの有名人になっているみたいだけ、適正ランクが10よりも下の依頼に挑戦していることが問題なんだ!」

「楽ちんだからじゃない?」

「そんなわけがあるかよ、ミサキとやら! ウィンフィールド王子には何か崇高な考えがあるに違いないけど、俺には分からない! それがつらいんだ……王子が適正ランク一桁の依頼を受けない理由……何だろう……あ。王子、教えてくれなくていいですよ。自分で考えるんで」

「キリキ。お前が言ってる適正ランク一桁の難しい依頼ってのは、冒険者見込みランクが一桁になれないと受けられないんだよ」


 すぐさま答える。キリキは暴走しがちなんだ。


「そうなんですか?」

「そうなんだよ。別に崇高な理由とかないから」


 はあ、早くサントリーが来てくれないかな。大体、授業に間に合うギリギリの時間帯に、キリキを迎えに双子の妹のサントリーが迎えに来てくれるんだ。


「それよりキリキ。お前、授業はいいのかよ」

「まだ、サントリーが来ていないんで大丈夫っす!」


 キリキの奴は何故だか毎朝、この冒険者ギルド一階に顔を出して授業に向かうんだ。

 しかも、この冒険者ギルドの守護者であるエアロは何も言わない。むしろ歓迎しているぐらい。それもこれも、双子が持っている特別な職業のせいだろう。

 ホーエルン魔法学園全体の特徴だけど、前途有望な生徒に関しては規則が緩くなる。


「でも、ウィン。僕もキリキの意見に賛成だよ。低ランクの依頼ばっかりじゃ身体が訛るっていうかさ……」


 その時ガチャリと扉が開く音。サントリーがやってくた。

 眠たげな眼差しでこちらに手を振って、それが一年生が校舎に向かう合図。


「あ、行っています! じゃウィンフィールド王子、また後で!」

「ウィン! 僕も行ってくるね!」

「行ってらっしゃい……」


 良い兆候なのか知らないけど、二人の同学年の知り合いが出来たことでミサキも積極邸に授業へ行くようになった。今はあいつらと一緒に歴史を学んでいるという。

 ミサキの話し相手が出来たのは嬉しいけれど、毎朝暴露大会をされるのは正直、疲れるところだ。一々、訂正しないといけないからな。

 


「あら、ミサキちゃんはいないんですか?」

「……授業ですから」


 しかも、だ。

 毎朝、立ち寄るのは暴走しがちなキリキだけじゃない。

 お洒落な帽子を被った清楚なお姉さんが、扉を開けて入ってくる。何がまぶしいのか目を細めて、俺を見る。


「残念ですね……ミサキちゃんとのお話は私の癒しだったんですが」

「ミサキはいないんで、お帰り下さい」

「不在ならしょうがないですね。あ、一杯頂いてもいいですか?」

「ここは飲食店じゃないんで、生徒以外はお帰りください」

 

 公爵姫の側近である『上忍』ユリアもなのである。

 目的は間違いなく、俺が公爵姫のお願い達成に向けて動いているかの確認だろう。わざわざ変装をして、ご苦労なことだ。


「ウィンフィールド君。何だかうちの職員みたいになってきたわね」

 

 笑って言うのは、本物のギルド職員であるエアロだ。

 こんな風に毎朝の俺は割と忙しめに過ごしているのであった。さて、毎日の来訪者が大体さばけたところで、お茶の一服でもしようと思ったら。


「ウィンフィールド! お前の言っていた通り、あいつから新たな接触があったぞ――!」


 空気を読まず、いや、今回は空気を読んでいるのか?

 何やら進展があったらしい侍、眼鏡をかけたズレータの登場だった。



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