第86話 故郷ピクミンからやってきた双子

 耐えている。耐え続けている。俺の前では、二人の兄妹が俺の事情なんてお構いなく、ぺちゃくちゃとミサキに向かって話している。

 特に、茶色の飛行帽を被った男の子。お前、話しすぎだ。


「ミサキさん。我々の故郷ピクミンは、もはや人間の世界では忘れられた国と言っても言い過ぎではありません」


「忘れられた国って、そんな言い方はさすがにどうかと思うけど、キリキ」


「いいや、事実だろ。サントリー。俺たちの故郷は終わってる。腑抜けた国民に、あの王族。あ、ウィンフィールド王子のことは当然、別です。王子は俺たちの希望ですから」


 キラキラとした目の少年。

 奴の名前はキリキ。飛行帽を被って、灰色の髪が襟足まで伸びている。そして椅子に座ってジュースを飲んでいるのが、あいつの双子の妹であるサントリーだ。

 肩まで伸ばした灰色の髪の毛に、眠たげな青い瞳。そして気だるげな表情。


「ミサキさん。俺たちは故郷に嫌気がさして飛び出してきたんです。だけど、行く当てが無かった。そこでウィンフィールドの王子の後を追おうと決めました」


「ウィン、聞いた? この人達、ウィンを追いかけてきたんだって! ウィンって凄い人気者だったんだね」


 ミサキは自分のことのように嬉しそうだ。

 俺の故郷ピクミンがどんな国であるのか、ミサキには全然話したことが無かった。思い出したくもない記憶ばかりだから。だけど、ミサキもうっすら、俺が故郷の話をしたがっていないことには気付いていただろう。


「ウィンフィールド王子が冒険者を目指しているなら、俺たちも目指そうと思ってこのホーエルン魔法学園に来たんです。最初は門前払いされましたけど、俺たちの力を見せれば特例で入学が認められました」


「ウィンの後輩、凄いじゃん! すっごい優秀みたいだよ!?」


「ま、まあな……俺も良く知ってるよ……」


 特例って……このホーエルン魔法学園の入学基準がどれだけ難しいか知っているのかよ。各国の王族や、権力者の子弟、それかマリアやズレータみたいに本当に冒険者としての才能がある若者だけが入学を認められる。

 けど、この二人の力なら……確かに、力を見せれば合格出来るだろう。


「しかし、ウィンフィールド王子。俺は一つだけ納得出来ないことがあります。王子の冒険者見込みランクが10だなんて。王子には二桁に数字なんか相応しくありませんよ。なぁ、サントリー」


「それには同意だけど、私たちこないほうがよかったかもね。キリキ、はしゃぎすぎ。王子、嫌そうな顔してるじゃん。気づかないの?」


 やべえ顔に出ていたか。

 でも、やっと俺もホーエルン魔法学園で人並みの生活を手に入れられたと思ったのに……。まさか、俺の故郷からこのホーエルンにやってくる人間がいるなんて想像にもしていなかったからなあ。


 兄のキリキと、妹のサントリー。

 兄はキラキラとした眼差しで、妹はだらっとした感じで俺を見ている。


「サントリー、別に俺は嫌なわけじゃない。ただ、びっくりしただけだ。それに今日はちょっと疲れている……」


「王子、それはいけません。俺が肩もみしましょうか?」


「キリキ。肩もみなら私の方が得意」


「いや。別に大丈夫だから……」


 こいつらは確かに故郷で俺のことを慕っていたかもしれない。

 だけど、それには理由がある。


 故郷ピクミンで魔王討伐の英雄としてもてはやされている兵士がいる。

 あの二人は俺が魔王討伐の恩を押し付けた兵士の子供だからだ……。

 こいつらの親は絶対に魔王討伐の真相を誰にも言うなって言ったのに、自分の子供にだけは秘密を暴露してしまったのだ。


「ウィンフィールド君。顔が真っ赤だけど、大丈夫?」


 このギルドの責任者でもあるエアロが、楽しそうに俺の前に飲み物が入ったグラスを置いた。カランと中に入った氷が音を立てる。

 お茶だ。心を落ち着かせる、まさに大人のエアロらしいナイスチョイス。


「ねえ、もっと教えてよ。ウィンの昔の話。ウィンって昔の話を全然してくれないから」

「ええ、沢山ありますからね。ウィンフィールド王子の武勇伝。夜通しになりますけど、覚悟ありますかミサキさん」

「あー……俺。二階で寝てくる。今日は疲れたから」


 疲労があるのは事実だ。

 ズレータの二人で、ラーズ樹林にもいったしな。

 

「王子!? 大丈夫ですか!?」


「キリキ、大丈夫。大丈夫だから。暫くほっておいてくれ……」


「分かりました。では、王子の奴隷であるミサキ様へ、如何に王子が素晴らしい人格者であったかを伝えておきますね」


 ……やめてくれ。

 といっても、俺の言葉が聞くキリキでもない。

 

 だけど、どうしてあの二人がピクミンからホーエルン魔法学園に来るのか。あいつら別に冒険者になるような性格でもないだろ。


 俺を追ってホーエルンまでくるってそんなのあり得るか?

 故郷ピクミンからどれだけ距離が離れていると思ってるんだよ……。


「——ちなみに特例で入学した君たち、職業は何なのかしら」


 そんなエアロの声を最後に、俺は二階へ上がった。

 自室のベッドで横になる。ふて寝だ、ふて寝。 

 



「うわあ……まずい時間に起きちまった」


 夕方前に寝たから、目を覚ましたのは深夜。

 途中でミサキがご飯で呼びに来た気もしたけど、寝てしまった。ギルドの中は真っ暗。だけど、喉が渇いたし、水でも飲むか。ランプの明かりをつけると。 

 

「……むぎゅ?」


 今、なんか踏んだぞ。柔らかい何か。


「あ。王子。やっと起きましたか」


「え……サントリー? お前、何してんだよ……ドン引きだぞ……」


 俺を追って、ホーエルンまでやってきた双子兄妹の妹。

 灰色の髪と青い瞳のサントリー、いつも気だるげな彼女が床に寝袋を持って横になっていた。驚きを超えると、人間って声が出せないみたいだ。

 

「えっと。王子にちょっと聞きたいことがありまして。あの奴隷のミサキさん、何者ですか――? ただの奴隷にしても、戦闘奴隷としても可笑しいぐらい、とんでもなく強くないですか?」



 

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