第79話 空気の読めない侍

 尾行されている。

 その可能性は考えないでもなかったけど、早すぎじゃない?


「ウィン! こっちこっち! 早く来てよ! お店が閉まっちゃうから!」

「ごめん、今いくよ。あと、ミサキ。まだお店が閉まるような時間じゃないって」


 『上忍』のユリア。

 音もせずにモンスターを討伐する、公爵姫が冒険者時代からの秘書。

 俺があいつの存在に気付いたのは偶然だった。あいつの変装している姿をゲームの中で何度も見たことがあるからだ。

 黒い帽子を深々と被って、黒髪を後ろに纏めている。 

 清楚なお姉さんって感じで、とっても優しそうだ。あんなお姉さんがいたら、友達に紹介してくれって頼まれるだろう。そんな優し気な外見。


「え……うそだろ」

「ウィン、どうしたの? そんなに高い?」

「あー、違う。そういうことじゃなくて……」

「変なウィン!」


 あのユリアまで、俺たちがいる店の中に入ってきたからだよ。

 嘘だろ、どこまで尾行する気だよ。アクセサリーを買いに来たミサキと同じように店内を物色している。その仕草はとっても自然。女性客ばっかりの店で浮いている俺よりもよっぽど場に馴染んでいる。

 俺たちにばれないよう完璧な変装だけど、俺はあいつが公爵姫の側近だってことを知っている。


「ウィン、これ、どう? この耳飾り? 似合ってる?」

「似合ってるよ。ミサキ」

「てきとーだよ! もっとちゃんと褒めて!」


 実際に似合ってるんだからどうしろってんだ。


 それよりもユリアだよ。

 俺たちを店内まで尾行し続けている。

 あの様子だと、俺たちが16番の冒険者ギルドから出てきた時からずっと尾行されているんだろう。困ったなあ、ミサキもあいつの尾行には気付かないか。

 さすが気配を隠すことに関しては、忍者の右に出るものはいないか。


「ウィンー! こっちに可愛いのがある! 見て、犬のぬいぐるみ! ウィンの部屋はさあ、殺風景だからこいつを置いたら和むんじゃない?」


 確かに俺の部屋は何もないけど……。


「ほんとだ。とっても可愛いですね」

「え? お姉さん、だれ?」

「あら。ごめんなさい、お嬢ちゃんにそのぬいぐるみ、とっても似合ってるからつい話しかけちゃった」

「えー、こいつ。僕と似てるかなあ、ねえ、ウィンはどう思う?」

「え? あ? え?」

「あは、ウィン。困ってる」


 そりゃあ、困るさ!

 だってミサキに話しかけてきたのはユリアなんだから!

 それに何で俺が恥ずかしからないといけないんだよ。頼むからミサキ、少しは静かにしてくれ。さっきから店内の注目を浴びてる。微笑ましいカップルって感じ? それとも兄妹? どちらにしてもこういう雰囲気のお店は苦手なんだ!


「あら。お嬢ちゃんの首筋、そのマーク……もしかして貴方がこの学園でたった一人の奴隷ちゃんなのかしら」

「そうだよ。僕以外の奴隷は、マリア・ニュートラルって聖女見習いのせいで全員この街から追い出されちゃったから」

「マリア……噂で聞いたことがあるわ」


 あ、そうだ。久々にステータスの力、使ってみるか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 名前:ユリア

 性別:女

 種族:人間(上忍)

 レベル:4

 ジョブ:『常人』『戦士』『忍者』『くのいち』『上忍』

 冒険者ランク;8

 HP:6840/6840

 MP:10800/10800

 攻撃力:66000

 防御力: 43890

 俊敏力: 261000

 魔力:45000

 知力: 5600

 幸運: 3600

 悩み :ユバ様にお願いをされたっていうのに、ウィンフィールド・ピクミンはお願い達成に向けて動いている気配無し。学生であれば飛びつくユバ様のお願いだけど、やっぱり今回のお願いは荷が重いのかしら……。無理もないけど、この私でさえ学生に迷宮の情報を与えている裏切者に気付けないのだから――。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 へえ、ユリアって冒険者ランクは8なのか。俺は『聖女様って、呼ばないで!』の中でユリアを仲間にしたことが無かったから知らなかった。

 そんなどうでもいい情報に一人納得。


「この学園じゃマリアはとって有名だよ。もしかして、学園の外から来た人?」

「そうよ。私、この学園出身の冒険者なの」

「ふーん。あ、ねえ。学園の外じゃ、マリアについてどんな噂が出回ってるの?」

「学園在学中に聖女になることが確実視されている才女なんでしょう?」

 

 冒険者ランクが8。

 今の俺と近しいなって思わないでもないけど、冒険者ランクは10を超えると一つランクを上げるのが一気に難しくなる。冒険者の世界は難易度の高い依頼が受けられるランク10からスタートっていうギルド職員もいるぐらいだからな。


 さて、ユリアが俺たちに近づいてきたってことは、これから先のミサキとの会話も細心の注意を払う必要が出てくるわけだ。


「才能がある子ってのは羨ましいわね。私は在学中はてんでだめだったから」

「お姉さん。そんなこと言うけど……やれる人でしょ」

「あら。どうしてそう思うの?」


 今もミサキとユリアは楽し気に会話をしている。

 俺は棚に陳列された商品を物色する振りをして、二人から離れる。そして、これから先のことを少し考えていた。


「僕、こう見えても人の強さを見抜くのが得意なんだ」

「ふふ、ありがとう。でも、どうかしね。私は冒険者だけど、戦うのは苦手」


 やっぱり公爵姫のお願いを失敗するのはまずい。

 ユリアのストーカーも始まったし……これ以上時間を掛けたくないな。ユリアがいたら、ミサキと満足に会話さえ出来なくなってしまう。ミサキが大魔王軍出身なんて知られたら、その時点で全てがアウト。


 そして問題点にも一つ気付いた。

 俺は意識しないとユリアの尾行に気付けない。これは問題だ。何が言いたいかと言うと、俺の素の能力が低すぎるってこと。 

 やっぱり常人から大賢者への進化は無理があったなあ。


 俺は棚の中から忍者の恰好をした犬のぬいぐるみを一つ取ると、二人の元に向かう。そして変装したユリアに向かって。

 

「えーと。その下手くそな演技、辞めてもらってもいいですか。ユリ――」

「こんな場所にいたか——ウィンフィールド! 10回も依頼を失敗したぞ! お前の言う通りにな! 俺の評判は地に落ちたぞ! だけど、お前の言う通りだった! 怪しい男がさっき俺に接触してきたんだ!」


 空気の読めなさすぎる、ズレータの乱入だった。


――――——―――――――————————

ユリア「……忍者のぬいぐるみ。もしかして、バレてる?」


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