第78話 ミサキとのんびりお散歩
公爵姫の来訪から数日後。自室のベッドで本を読みながらだらだらしていると、ミサキにとんでもないことを言われる。
「ウィン、もうちょっとシャキッとしようよ! ウィンみたいな毎日を送る人を牛っていうんだって。このままじゃウィン、牛になっちゃうよ!」
それだけ言い終えると、ミサキは慌ただしく一階へ降りていった。
……え、俺が牛? え? 冗談だろ? がばっとシーツを跳ね除けて、壁際に設置した全身ガラスを見る。うん、寝ぐせぼさぼさの俺がいた。
「うわー……だらけてるなあ」
公爵姫の襲来から、数日。
確かに俺はミサキの言葉通り、ゆっくりしていたかもしれない。
エアロから依頼を受けて、午前中はミサキと難易度の低い依頼をこなして金を稼ぐ。依頼を達成したら、ギルドに達成報告。16番の冒険者ギルドに換金所はないから、大きなギルドに向かってお金を貰う。そうしたら大体午後になるから、稼いだ金でまったりして、落ち着いた日々を過ごしていた。
ちょうど今はお昼から二度寝の真っ最中だった。
「でも牛って、ミサキからそんな風に見られていたのかよ……」
俺は一階に慌てて降りた。
午後はミサキと一緒に買い物に出かけることにした。
「ウィン、あの人の依頼は無視してていいの?」
「あの人……?」
「ユバ・ホーエルン。エアロにも聞いてし、街のおばちゃんおじちゃんにも聞いたよ。そうしたら皆、言うんだ。とんでもなくエライ人だって。そんなエライ人の依頼をウィンは無視していいの?」
ミサキが言った街のおばちゃん、おじちゃんってのは、このホーエルン魔法学園の町中で商店を営む人たちだ。
ミサキは俺から言わせればリア充だよ。今や俺も悪童マックスを倒したとして、街人に暖かい歓迎を受けているけれど、ミサキは俺の比じゃない。
どこで手に入れたのか知らないが、ミサキは麦わら帽子を被って来た。何やら嬉しそうで、微笑ましい。近所の商店のおっちゃんから貰ったらしい。
「別に無視してるわけじゃないよ? あれならもうすぐしたら尻尾が掴めそうだからほっておいただけで……」
「ほんとかなあ。ウィン、適当なこと言ってない?」
「言ってない、言ってない。ミサキもその内、俺の言葉の意味が分かるようになるはずだって」
公爵姫の依頼は、まずとっかかりが必要だ。
俺は公爵姫の身近にいる裏切者の正体を知っているけど、そいつに直接お前が裏切者だって言っても意味がない。確実な証拠をつかまなければ。
そのためにズレータに依頼したし、あいつは俺の言葉に首を傾げていたけれど、最終的には全面的に協力すると言ってくれた。
俺を信じる理由は、俺の冒険者見込みランクがズレータよりも遥か上だかららしい。冒険者ギルドが見る目は確かなはずだとズレータは言っていた。
「ウィン、明日はもうちょっと難しい依頼に受けようと。朝のあれじゃあ簡単すぎるって。僕らの姿を見て、他の人たち変な顔してたよ?」
「そんな顔してたっけ」
「し、て、た! あれは適正な迷宮に行けよって顔だったよ。僕でもわかるよ」
水の洞窟でハイディ先輩に勝利を譲って、パトロアの大平原では、賢者と出会って逃げ帰って来た。だけど、そこからの依頼は全て達成している。
「確かに、適正ランクが15の迷宮はまずかったかな」
「まずいどころじゃないよ。あんなの目を瞑ってても達成できるもん。エアロももう少し難易度が高い依頼にしたらって言ってたよ? ほら、ウィンなんて冒険者見込みランク10なんだからさ! それに相応しい冒険をしないと腕が鈍っちゃうよ」
適正ランクっていうのは、俺たち学生が勝手に使ってる造語だ。
例えば適正ランク15は冒険者見込みランクが15の学生が受けるにちょうどいい難易度ってこと。
でも学園の外にある迷宮に挑んで、また賢者に出会っても溜まらない。
だから俺はあれから、ホーエルン魔法学園領にある迷宮の依頼をこなしていた。簡単に言えば、とっても難易度の低い依頼を。
ホーエルン魔法学園は広大で、学園が管理している迷宮は一杯ある。
ただ学園の外にある迷宮と比べると、難易度はずっと低い。
「……あ、そういえば僕、あいつの噂聞いたよ。あの女のパーティメンバーだった侍。ズレータの噂」
「おー、どんな噂?」
「一人で迷宮に潜って、散々な目に合ってるらしいよ。依頼達成は一つもなくて、マリアの……前はあいつのパーティにいたからでかい顔出来たんだって言われてるみたい。どんどん依頼のランクを下げて、今は適正ランクが16とかの依頼を受けてるんだって」
適正ランク16の依頼かあ。
冒険者になりたての二年生が受けるような依頼だ。それこそゲスイネズミの討伐みたいな、職業『
「でも、可笑しいよね。僕が知ってるあのズレータ・インダストルってそこまで弱い侍じゃなかったと思うんだけど……」
よしよし、ズレータ、頑張ってるじゃん。このままいけば、公爵姫が探している裏切者の方から落ちぶれたズレータに接触してくるだろう。
今回の公爵姫のお願い。大事なのは、向こうからの接触を待つことだ。ターゲットはズレータ・インダストル。俺はただ、待つだけでいい。
俺とミサキのお買い物。目的のお店は、年頃の女の子が好きそうな装飾品を扱っているお店。お店を見つけたミサキが歩くスピードを上げて、俺も追いかけようと。
「……まじか」
気付いた。俺たち、尾行されている。
公爵姫のお願いからまだ数日しか立っていない。なのに、もうあいつが動き出したのか。公爵姫の心強い味方、『上忍』のユリアに。
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依頼からの帰り道
ズレータ「……俺、騙されてないよな?」
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