第72話 売られた喧嘩
「ウィンフィールドがいましたよっ! マックスさん、探してたじゃないですか!」
階段から上がってくる取り巻き連中が、俺を指さしてそわそわとしている。
おいこら。人を指さすのは礼儀知らずだって教えられてないのか。
そして、取り巻き連中の中からぐいっと身体を現したのは、俺にとって因縁の男。
「よーお! ウィンフィールド! 楽しそうだなぁ! 聞いたぜえ、俺より冒険者見込みランクが高いなんて夢でも見てるみたいだよなあ!?」
冒険者見込みランク12.マックス・ノースラデイ。
このホーエルン魔法学園の生徒だったら、知らぬ者はいない問題児。
「しかも魔王討伐者だなんて、一体どれだけの金をばら撒いたら、お前が魔王討伐者になれるんだよ! ノースラデイのこの俺だって無理だぜえ?!」
盛り上がる筋肉と、浅黒い肌。
自慢の肉体を惜しげもなく露出させたピチピチのTシャツ、そして実際に岩のような硬い身体を持つ三年生。
スマートな人間が多いノースラディの一族においては、紛れもない異端児だ。
「俺が3年生になってから、お前に関係する可笑しな噂が幾つも耳に入る! 一年生の時の情けないお前と、今のお前。どっちが本当のお前なんだろうなあ!」
でも、侍の上位職業である武者に到達していることから、その才能は本物。
既に学園の外でも名前が広まって、学園卒業後はそこそこ有名な冒険者パーティにスカウトされてるって噂もあるぐらいの有名人。
「だがウィンフィールド! 今のお前なら俺のパーティに加えてやってもいいぜ!?」
「ええ!? マックスさん、何を言い出すんですか!?」
「勿論、荷物運びに決まってるけどな!」
「ですよねえ!」
『聖女様って、呼ばないで!』の世界では、マックスは盾厄として稀有な才能を発揮するマリアの上級生。
肉食獣のぎらついた空気を纏い、こいつに目をつけられたら平穏な学園生活は送れない曰くつきの問題児。主人公の敵として君臨する序盤のボスって言葉がこれだけ似合うやつもいないんだろう。
だけど、この筋肉だるまにズレータは負けたんだ。
そして、俺はこいつに過去一年間、いびられ続けてきた。
「そういえばウィンフィールド! お前、あのズレータ・インダストルと顔見知りなんだってな! あいつは後輩のために、身体を張ってたぜ! クソ雑魚だったがな! 見ろよ、このアクセサリ! あいつの後輩から、奪い取ってやった! かっこいいだろ!?」
そう言って、マックスは舌を出しながら、首飾りを俺にみせつけてくる。
「新入生が集まる今の時期はたまらねえ! ホーエルンに留学する、たったそれだけで自分は特別だって思い上がる馬鹿共の情けない顔が見られるんだからな! ウィンフィールド! お前みたいに、最初から腑抜けた可笑しい奴もたまにいるがな!」
マックス・ノースラデイって人間はずっと、こうだ。
暴力とノースラデイ家の威光で、奪い続ける側の人間。このままいけば、マリアとは正反対の道を生きる冒険者になるんだろう。
「そういや、ウィンフィールド! 一年間、俺のしごきに耐え抜いたのは、考えればお前だけだったなあ! あのズレータが、どんだけ持つか楽しみだぜ!」
冒険者の世界は優しくない。
敗北者は這いつくばるのみだ。ズレータはこれから理解するだろう。マリアらに助太刀を頼んでいれば、俺に最後まで協力をお願いすれば、こうはならなかったって。
「ズレータはよお、折角この俺がパーティに入れてやるって誘ったのに荷物運びを断りやがった! 生意気なことを言い出したから、ぼこぼこにしてやった! あいつの整った顔で歪んでいったのは、楽しかったぞ!」
ズレータのことは、ズレータの決断だ。
俺が助けていれば、ズレータがマリアのパーティを脱退なんてことにはならなかったと思うけど……ズレータは自分で決断したんだ。
今更、部外者の俺がとやかく言うつもりはない。
「はっはー! どうだ、ウィンフィールド! お前も一年間の借りを返したいっていうなら、いつでも受けて立つぜ!?」
マックスが力こぶを見せつける。
職業『武者』。自分の身体を唯一の武器として戦う武の職業。
マックスは恵まれた力がありながら、ノースラデイ家の人間らしく陰湿に人を追い込むことも得意で、こいつに絡んでも百害あって、一利なし。
俺は通り過ぎようとするが――。
「——てめぇの奴隷が、花を買ったって噂を聞いたぜ! 奴隷が神官の真似事とは、笑わせるじゃねえか! 今度はあの奴隷をターゲットにしてやっても――」
「おい、マックス」
俺は、別に自分がどれだけ馬鹿にされたって構わない。
だけどさ……そんな俺だって、大事なことはあるんだ。
「喧嘩、買ってやるよ」
「来いやあアアアッ!」
マックスに向かって、一歩踏み込んだ。
あいつは侍の職業補正で、俺の動きを追おうとする。
でも、遅い。遅いんだよ。今の俺を、これまでと同じだと侮ったのがお前の敗因。
「っ!」
たん、と。
俺の回し蹴りが、綺麗にマックス・ノースラディの顎を打ちぬいた。
マックスは自分の身に、何が起きたのかさえ、分からなかっただろう。
「……っ」
「ま、マックスさん!」
白目を向いて、マックスの巨体が崩れ落ちる。
折角の機会だから、武者の上位職で仕留めてやった。
急所の顎に入った分、ダメージは4倍だ。
「お、おい! ウィンフィールド、きたないぞ! マックスさんは――」
「なあ、今の何が起きた! ウィンフィールドの奴、何したんだよ!」
あいつが倒れて、取り巻き連中が周りに殺到する。
汚い? どこが。弱い者いじめしてるほうがよっぽどだろ。
それに俺は回し蹴りをしただけだ。見えなかったって言うなら、鍛錬不足にも程がある。少なくともマックスは俺の動きに反応しようとするだけの意思は見せた。
「マックスが起きたら伝えてくれ」
俺は、倒れ込んで意識を失った筋肉だるまの取り巻きに言ってのける。
「ミサキに手を出したらもっと酷い目に合わせる、本気なら……覚悟しとけって」
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