第71話 ホーエルンへの帰還
さっきまで俺は学園の外、ホーエルンの学生としては非日常にいた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
校舎の中に響き渡る鐘の音が、俺がホーエルン魔法学園に帰って来たことを教えてくれる。
「ウィン、大丈夫? あいつ、そんなにやばい奴だったの?」
きょとんとするミサキに、事情をかいつまんで説明する。
「ミサキ。俺が大賢者だってことがばれたら、この世界にいる賢者連中が命を狙われる可能性がある」
「……それって大賢者が同じ時代に一人しか存在しないから?」
「大正解。そしてあいつは賢者だった。しかも俺がホーエルン魔法学園の生徒だって一瞬で見抜きやがった。俺たちとの経験の差は明らかで、あれ以上俺の情報を与えたくなかったんだ」
「成程、そういうことね」
理解が早くて助かる。
「でもウィン。あの冒険者、賢者って割にあんまり強くなかったよ?」
「ミサキ、舐めたら痛い目に合う。俺と違って、ちゃんと順番を追って、職業進化をしてきている。見た目はそう見えなくても、あれは本物の猛者だ」
「そんな強かったかなぁ。でも、ウィン。あいつ、どうしてウィンを攻撃してきたの? ウィンに攻撃されたとか言ってたけど」
「あーそれは……」
ミサキには、大賢者へ進化したことで得たステータスの力は教えていなかった。
当然、ミサキは賢者の職業補正である心眼も知らない。
「ウィンが言いたくなかったらいいけど……それより依頼は失敗ってこと?」
「……そういうこと」
「ええー! 失敗でいいの!? もう一度行こうよ! 今度は僕一人でもいいから!」
「
焦るミサキだけど、あんな依頼が一つや二つ失敗したってどうってことはない。
それより賢者ベルトル。
あれはかなりの曲者だ。ミサキに一方的にやられていたように見えて、牙を研いでいた。反逆の余裕を与えたら、一気に形勢を逆転するタイプ。
あいつの流れに乗せられたら溜まらなかった。
流れをぶった切る意味で、移動拠点を使ってホーエルンに帰って来た。
「——あら。冒険者ウィンフィールド、もう帰ってきたんですか?」
「ええ、まあ……」
ホーエルン魔法学園に拠点を構える冒険者ギルドの中には、学園校舎の中に根を張っているギルドも存在する。
それが9番、最も特徴の無い冒険者ギルドだ。
それぞれの校舎の最上階に拠点を構え、幾つもの教室を分ける壁をぶち抜いて、巨大な一室を構築して、生徒の対応をしている
9番の冒険者ギルドは一番学生と近い距離で運営しているギルドと言ってもいい。
「それにパーティメンバーのあの子は一緒じゃないんですか?」
「ミサキのことなら、これから別の用事があったんで」
ミサキは授業の後、16番の冒険者ギルド、エアロのところでちょっとしたお仕事の用事があった。今回、早く依頼を切り上げたのは、あの賢者が面倒な相手だった他に、それが理由でもあった。
ミサキは依頼に夢中で、エアロから頼まれていたお仕事をすっかり忘れていたからな。
「分かりました。それで、成果は……見たらわかるって感じですけど」
「見ての通り、未達成ってことです。何の成果もありません」
「16番の冒険者ギルド、エアロ職員からは、貴方なら簡単に今回の依頼、達成出来るって言われてましたけど。あ。彼女とは友達なんです」
「簡単に達成出来る……でうか。俺もそう思ってましたけど、思い通りにいかないことだってありますから」
ギルドの受付嬢相手に、移動拠点の先で賢者と出会いましたなんて律儀に報告する必要はない。
「はーい。それじゃあ冒険者見込みランク10、ウィンフィールド様、次回もお待ちしております!」
……。
あのギルド職員、わざと俺の名前を呼びやがって……。
教室の中、一瞬時が止まったぞ。大勢の視線を浴びる。俺はズボンのポケットに手を突っ込みながら、教室を出て、最上階から階段を下っていく。
まっ。
成果が本当にゼロだったわけじゃないさ。
制服の胸ポケットに手を入れる。
そこには、
貨幣価値は、10万ゴールドってところかな。裏側に刻み込まれた文字。
確かにあの平原パラリオは、金稼ぎの場所として有名だ。俺がお金に困っている学生だと見抜いたんだろう。
「賢者、ベルトルか……」
あの短時間で、コインに文字を刻み込んだ。それだけで、ただ物じゃないって分かる。それに、この意味。
しんまいウィン——困ったら、俺を頼れ
しんまいってのは、新米ってことだろうけど……
案外、悪くない人だったのかもしれない。
というか喧嘩を撃ったのは、後先考えずにステータスを使った俺だからな……。
あの賢者のおっさんはやけに賢者としての生き方を気にしていた。俺にあるのは『聖女様って、呼ばないで!』のゲーム上の知識だから、賢者としての生き方を細かく知っているわけじゃない。
考え事をしながら歩いている。久しぶりに校舎の中を歩く。
「なあ、聞いたか!? あの聖女様のパーティに欠員が出たらしい! 副リーダのズレータ・インダストル! あいつが、自分から辞めたんだってよ――」
階段を降りていると、下から上がってくる連中が興味深い話をしていた。
「ズレータ!? くそ弱い奴の名前じゃねえか! 俺がぼこぼこにしてやったからな!」
思わず、足を止める。
その声に、聞き覚えがあった。それはマックス・ノースラデイ。 ズレータがマリアのパーティ脱退の理由を作った男。そして、俺を過去一年間ずっと虐めていた男。
「……」
「……ん?」
そして、戦闘を歩いていた筋肉ムキムキ。
ぴちぴちTシャツを着たマックスが、階段の踊り場に立っている俺に気づいた。
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