第69話 賢者からの攻撃
——賢者。
大賢者に進化した俺にとっては、とてもなじみ深い職業の名前だったりする。
その名前から分かるように、賢者は大賢者になる一歩手前の職業。だけど、賢者になるための道筋は常人から考えると気の遠くなるような鍛錬が必要で……。
魔法使い系統の職業に進んだ場合、賢者は一つの到達点と言われている。
そして最も大事なことがこれ。
賢者の職業を持つ人間に、大賢者である俺は出会ってはいけない。
だから――やばい、まじでやばい状況だった。
「落ち着けよ! とって食おうってわけじゃないって言っただろ! ただ、さっき、心眼で俺を見ようとしたよな!?」
「……」
「賢者同士のルール、知らないわけじゃないよなあ? 賢者相手に心眼は、ぶっ飛ばされても、文句言えないぞお!?」
男は、ローブを脱いで、顔をあらわにする。
第一印象はどこにでもいそうな、平凡な中年だった。
「心眼を使うってことは、俺の能力を盗み見ようとしたんだろ? 残念だったなあ、賢者は心眼に耐性あるからなあ。しっかし……まさか、こんな場所で賢者に会うとは思っていなかった……だが心眼を使われちゃあなあ……」
眼鏡をかけて、優し気な平凡を纏っている。
守護神ヨアハみたいに、独特の強者のオーラも感じられない。だけど、異常なステータスが、おっさんは特別な人間だということを示している。
注目すべきは、賢者に為る前の『英雄』という段階を踏んでいること。
「もう一度聞くが、賢者同士のルール、知らないわけじゃないだろ?」
「……まあ」
俺は軽く頷いた。
賢者のおっさんは一歩一歩慎重に俺と距離を取りながら、雄大なサバンナを背景に、両腕を広げる。
「お前も不幸だなあ。どうして今の時代に賢者になってしまったのか」
おっさんが、笑みを浮かべた。
くたびれた笑み。人生の悲哀を詰め込んだ、そんな顔。
「大賢者が生まれてしまって、俺たちの進化は凍結された。同じ時代に大賢者は一人だけ、それが不変の事実。つまり、賢者は行き止まりになったってことだ。それを知って、傷心旅行をな……ほら。ここって、心を落ち着けるには良い所だと思わない? そうしたら
賢者ってのは特別な存在だ。大国でも数人しか確保できない、魔法使い系統職の極致点の一つであり、誰もが認める偉大な功績を成し得ないと到達出来ない。
「なあ。学生、ホーエルン魔法学園で賢者が生まれたなんて、俺は聞いていないんだ。賢者が生まれたなら、相応の事件が起きて話題になっている筈……もしかして賢者を飛ばして、大賢者だったりするか?」
「……ま、まさか。俺も賢者ですよ、進化出来たのが最近だっただけで……」
「そうだよなあ。ホーエルンの学生が、大賢者になるなんて……あり得ないよなあ。ホーエルンには既に一人、賢者がいるしななあ」
やばいな、おっさんの目が笑っていないような。
俺があいつの能力を覗き見しようとしたことがばれている。
「なあ、学生。最後にもう一回。賢者同士のルール、知らないわけじゃないだろ?」
「……ええ、まあ」
賢者は誰もが知っている。
賢者の職業補正『心眼』が、相手の能力を盗み見るってこと。
そして、賢者の職業補正『心眼』は、冒険者ギルドでも上層部ぐらいしか知らない秘密だ。
賢者になったらすぐに教えられる。
賢者が持つ職業補正『心眼』の力は、誰にも言ったら駄目だと。
「でも……ルールだからな……」
おっさんは手をこちらに向けて――。
「——賢者に心眼を使ったら、戦闘だ。新米の賢者に、常識を教えてやらないとな」
おっさんの足元、地面が盛り上がる。
ぞくっと気配を感じる。
「学生だけど……賢者なら、これぐらいなら死なないだろ!」
濃密な、攻撃の気配。
虫食いのステータスでも分かった。
絶望的な能力差が俺とおっさんの間には、存在する。身体が恐慌状態に。このままじゃ、戦えない。即、『
だけど、間に合わない。攻撃を受ける。
「……へえええ。戦闘奴隷か。物騒な奴を連れているねえ」
「あぶないなあ! ——それでウィン、あいつは誰?」
賢者の攻撃から守るように、ミサキが帰ってきてくれた。
間一髪。ミサキが、俺に向かって地面から突き出された土の棘を掴んでいた。俺の身体を串刺しにするに、十分な威力。
遠巻きから数多の動物が俺たちの様子を見て、逃げていく。
「まさか奴隷のお嬢ちゃん、賢者の俺とやる気か?」
ミサキが鋭利な土の棘を握りつぶす。手のひらからからは血が流れていた。
「——今回は僕の番。ウィンはそこで見てて。すぐに、すませるからッ!」
そして、ミサキは俺を安心させようとしているのか、ニッと笑った。
――――——―――――――————————
一方、魔法学園。
マリア「ズレータを追放する必要は無いと思う……誰だって一度ぐらい、負けることはある」
ネロ「断固、反対! 敗北者は必要ない。あいつがパーティにいるだけで、俺たちの名前が汚れる!」
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