第65話 勝手に期待されて、失望されて
ホーエルン魔法学園で培われる人間関係の大半は利害で結ばれている。
学園が管理している迷宮とはいっても、学生が死に至る事象は稀に発生する。
そのため、同じパーティを組む仲間は出来るだけ強い方がいい、だから友情よりは職業とか、経歴とか、資産とかを重要視して生徒はパーティを組んでいる。
「……ああー、よく寝た」
昨夜にはもうズレータ・インダストルという生徒が3年生に負けて病院送りになった事実が学園に広がっていた。
ズレータの敗北が広がるの、早すぎである。
「——ウィンフィールド。お前、ズレータの件、知ってただろ」
「その前に……何で、俺の部屋にいるんですか」
短髪の髪で、レザージャケットを羽織っている。
12番冒険者ギルドのヨアハ。
朝起きたら、ヨアハがいた。それも不機嫌そうな顔で。
昨日はマリアがいたし、今度はおっさんのヨアハ。昨日エアロに人の許可なく、誰かを連れてくるなって言ったのにな……。
「ウィンフィールド。俺はお前を買っていた。だから、冒険者見込みランクが出来るだけ上がるように手を尽くしてやったんだがな」
「聞きましたよ。俺のランクが16から10へ一気に上がった理由。あんたやあの3番冒険者ギルドのギルドマスターが俺を推薦したって」
「俺がお前の実力は並大抵じゃないってことを、評議会の連中。各冒険者ギルドのギルドマスターに伝えてやったからな」
余計なことを……。
ランクが一気に上がるってことは、それだけ注目を浴びるってことだ。昨日なんてヌエトコ林から帰ってきたらまともに外を歩けない程だったっていうのに……。
噂が噂を呼んで、俺が魔王討伐者である事実以外にも、ドラゴンを一人で倒したとか、どこかの国を救ったとか、街を作ったとか、荒唐無稽な話が幾つも広がっていたんだ。お陰で、昨日はあれから家に引きこもって過ごしたよ。
「ウィンフィールド。何故、ズレータ・インダストルを助けなかった」
「あいつがそれを望まなかったから。それだけです」
昨夜、エアロが俺に教えてくれた。
郊外で生徒同士による決闘があったこと、それは決闘という規模を超えた争いだったらしい。そして負けたズレータはめでたく病院送りになったんだと。
「それだけじゃないだろ」
「それだけですよ」
だけど、そんなのホーエルン魔法学園じゃよくあることなんだ。
ここは冒険者を目指す者達の学園なんだから。
「……ズレータ・インダストルはマリア・ニュートラルのパーティから脱退するって言っているらしいぞ」
「でしょうね。あそこのパーティメンバは、敗北したズレータを許さないでしょ」
予想通りだ。
マリア・ニュートラルが率いる冒険者パーティに、敗北者はいらない。
マリアは気にしないだろうが、あいつの仲間が黙っていない。敗北者がパーティの副リーダーであることを、マリアの仲間達は許さないだろう。ズレータもそれを知っていたから、俺を同行させることで敗北を防ごうとしたんだろうけど。
「ウィンフィールド。お前がいれば、マックス・ノースラデイも――」
「あいつは狡猾ですから戦わなかったでしょうね。一気にランクを上げた今の俺を不気味に思ってるでしょう。マックス・ノースラデイに一番虐められていたのは俺ですから、そりゃああいつのやり方はよく知ってますよ」
「……そこまで分かっているなら、助けてやっても良かったんじゃねえのか」
「俺は職業『守護神』になれるほど、優しくないですから……」
俺はベッドに寝転がったまま、ヨアハを見る。
ゲーム『聖女様って、呼ばないで!』の中でも、最強格のキャラクター。
面倒見が良くて、冒険者ギルド職員としてはトップを争う人気者。ちなみに職業『守護神』ってのは、背負うものが大きいほど強くなる職業であり、ヨアハが背負っているのはこのホーエルン魔法学園そのものである。
「……っち。俺の見込み違いだったか」
そう言うと、ヨアハは席を立った。
勝手に期待されて、勝手に失望されて。大人ってやつは勝手だよ。
「——ウィンフィールド。お前の職業はな、評議会でも話題になってるぞ。ギルドが発見出来ていない、新しい職業なんじゃないかってな」
それだけ言うと、ヨアハは大きな足音を立てながら部屋を出て、一階に降りていった。
「はあー」
さて……エアロに、勝手に人を部屋に入れるなって文句でも言いに行くか。
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ミサキ「……今日はあの女じゃなかった」
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