第64話 侍の決意
冒険者の中には自分の職業を積極的に明かす者と、明かさない者がいる。
己の職業を明かすのは、当然メリットとデメリットがある。
メリットは自分の力が誇示出来ること、それに上位職業と呼ばれる職業に就いている者は尊敬の眼差しを集めることができる。
そういう意味では、ズレータは前者だった。
職業『侍』、尊敬を集めるに十分な職業といっていい。ホーエルン魔法学園の外ではよくある職業だけど、ホーエルンの魔法学園基準では十分に立派だ。
まあ、学園の中では……って話だけど。
「ねぇ……それよりウィン、聞いて! 僕らの家が奇麗に無くなっていたんだよ! 奇麗さっぱり! 何にも無かったんだ!」
「まじか……」
ヌエトコ林の中。元来た道を学園に向かって歩いている。
俺とミサキが一年間住んでいた家。あれは魔王の襲撃によって半壊していた。もう住めそうにないから、俺たちはあの家を出て行ったわけだけど……。
家そのものが奇麗さっぱり無くなっていた理由。それは魔王の攻撃を受けた証、貴重な資源として、どこかの冒険者ギルドが持って行ったからだろう。ミサキは、思い出の我が家からまだ使える物を16番の冒険者ギルドに持って帰ろうと思ったらしい。
「ミサキ。それで、ええと……マリアのことは――」
「大丈夫。ちょっとびっくりしちゃったけど……あの女、前からずっとウィンのこと探ってたから、知り合いだったんでしょ?」
「……知り合いだった」
ミサキは事情を話したら思ったよりもすんなりと理解してくれた。
俺とマリアの関係。今だって俺は信じられないけれど、ミサキは薄々察していたらしい。多分、マリアはこの1年間、俺の様子がおかしいことに気づいて、俺の目を覚まさせるために色々と何かやっていたんだろう。
「ねえウィン、それより、あいつがどうして一緒にいるの? あいつ、マリアのパーティメンバ、確かズレータ・インダストルだよね?」
ミサキが後ろを振り返って、後ろをとぼとぼと歩いているズレータを見た。
ズレータ・インダストル。あいつは俺が森の中で精霊を倒してからずっと無言だった。ホーエルン魔法学園に潜入していた魔王ミサキの素性がばれた時のため、大魔王が掛けていた保険。魔王ラックんが残していった力の残滓。
精霊は、本物の魔王だったラックんには遠く及ばない。
だけど、今のズレータが倒すのは、不可能だろうなあ。
それにあいつは職業『侍』だから、そういった殺気には敏感だし。
「ズレータにはミサキを探すの手伝ってもらったんだ」
「ふうん……まああいつ、エデンの武器屋で働いてるし、顔は広いもんね……」
「エデンの武器屋?」
「え、ウィン。知らないの?」
びっくり、といった感じで、ミサキが俺を見つめる。
「いや、知ってるけど。ミサキから名前が出てきて驚いた。ズレータってあそこで働いてるの?」
「こう見えて僕、色んな場所で働いていたから結構詳しいんだ。あのズレータは、まあ、あの嫌な女、マリアのパーティに選ばれてるぐらいだから、有名だよ」
「そうなんだ……」
ミサキを見る目が少しだけ変わる。
でも、そうだよな。ミサキはこの一年間、俺たちの生活を支えるために、学園中で働いていたんだ。今は16番の冒険者ギルドでの仕事に一本化するみたいだけど、学園の生の知識は俺以上だろう。
ふうん、でもズレータが、あそこで働いているのかあ。
後ろを見ると、俺たちと距離を取っていたズレータがすぐそこにいた。
「う、うわ。びっくりした」
「ウィンフィールド……話があるんだが」
「あーミサキ……先に帰っててくれ」
ミサキは、学園の生徒になった。
一年生の扱いだけど、授業なんかには全く興味がないらしい。俺としては学園の授業に出て人間世界の常識を色々学んでほしいところだけど、そのあたりは本人の自由意思を尊重する。
ミサキは今日一日は16番の冒険者ギルド、エアロのお手伝いに精を出すらしい。今日は何人か生徒がやってくる予定ってエアロは昨夜飲みながら言っていた。
「……あの話なんだけどな。あれ、やっぱり聞かなったことにしてくれ」
「え?」
聞き返した。
ズレータの後輩、ミサキと同じ1年生が学園のいじめっ子に絡まれた。いじめっ子の名前はマックス・ノースラデイ。
ミサキを探している間にちょっと話を聞いたけど、ズレータの後輩は今日の夜に、金を持ってこいって脅されているらしい。こういうのは、はじめの毅然とした対応が必要だ。特に、強い後ろ盾がいるってことは、大事だったりする。
だからズレータは、一応ランク10になった俺を連れて行きたかったんだろうけど。
「安心しろ。さっきのは――誰にも言わねえから。ウィンフィールド、お前がどうして実力を隠していたのかとか、職業は何だとか、色々聞きたいことはあるが、そこは詮索しねえ」
「……いやいや、そういう話じゃなくてさ。ズレータ、お前じゃマックスには勝てないぞ?」
「やってみなきゃ分からねえだろうが」
「だって、あいつ。侍の上位職業である『武者』じゃん」
「……やってみなきゃ分からねえだろうが」
そう言って、道を外れて林の中へ入っていくズレータ・インダストル。
「おい。どこ行くんだよ、ズレータ」
「修行だ」
「……」
マックスに敗北したら、マリアのパーティにいられなくなるってこと。
ズレータ分かってるんだろうか。マックスは多分、ズレータをフルボッコにしたってこと、学園中に言いふらすぞ? あいつ、そういう性格だし。
――――——―――――――————————
ズレータ「……俺は弱くない。俺は弱くない。俺は弱くない。俺は弱くない。俺は弱くない。俺は弱くない。俺は弱くない。俺は弱くない」
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