【ズレータ視点】ウィンフィールドの実力

 ――あり得ない、あり得ない、あり得ないだろ!


 目の前で展開される光景を見て、職業『侍』ズレータ・インダストルの脳内に、緊急信号が打ち鳴らされる。

 現れたのは、精霊だ。

 精霊――形を持たず、そこにいるもの。

 心臓を鷲掴みにされたと感じた。


『ズレータ! 死にたくなかったら、立ち上がるな!』

 

 ズレータはウィンフィールドに頼みがあった。

 ウィンフィールドが頼みを受け入れてくれる条件は、奴隷の少女を探すこと。

 それぐらいで、後輩を助けられるなら破格の条件。だからヌエトコ林まで、奴隷の少女を探しに来た。


 ズレータの後輩に目をつけたのはホーエルン魔法学園の3年生。

 厄介な人物で、とてもじゃないがズレータの力だけでは対抗出来ない。


 だから、ウィンフィールドに助けを求めたのだ。 

 冒険者見込みランク10のウィンフィールド・ピクミン。

 ランク10で学園を卒業出来れば、御の字だ。学園の外に出ても、そこそこの評価、中堅冒険者と同等の評価を受けることが出来るのだから。


「ウィン、どうする!?」

「——ミサキ! 俺がヤルッ!」


 ズレータは地面に伏せたまま、人間の急所である頭を両腕で守った。


 ――死ぬ。

 ズレータは目を瞑った。数体の精霊がこっちに向かってきていた。

 明らかにズレータとウィンフィールドを狙っていた。

 たった数秒後に起こるだろう悲劇が見えてしまった。


 ——死ぬ。死んで、しまう。


 精霊はそれ自体は高エネルギーを持つ生き物だ。

 大半の精霊に意思はなく、人間と敵対することも少ない。

 ズレータも一年生の頃、先輩パーティに交じって迷宮に挑み、精霊を見たことがある。だけど、あれは違う。あんなに殺意を持って襲い掛かってくることは無かった。

 死の予感が、全身を襲う。


 ——こんなところで、終わりたくねえよ。

 冒険者を目指す。

 ズレータが目指した未来で、死は避けては通れないものだった。

 

 それでも、まだ先の話だった。

 ズレータがいるのはホーエルン魔法学園だ。ズレータはこの学園で力をつけ、最低、後二度は職業進化を行い、学園の外に冒険者として旅立つ筈だった。

 

 ——嫌だ、死にたくねえ!


 道のりは順調だった。

 あの『聖女見習い』マリア・ニュートラルのパーティに入ることが出来て、副リーダの立ち位置を手に入れた。2年生からはホーエルン魔法学園が管理する迷宮に潜って、力をつける筈だった。『聖女見習い』マリア・ニュートラルのパーティは、自分と同じように、才能に恵まれた仲間で構成されている。

 最高の出発点、これから俺は強くなる。

 そう、ズレータは思っていたのに。

  

「……」


 ——何秒立った。

 予感した死が訪れない。

 身体には何の変化もなく、全身を襲ったあの悪寒は消えていた。


 ズレータは、地面に倒れ込んだまま、瞼を開ける。

 そして視界に飛び込んできた光景に、目を疑った。


 ——え。


 精霊を掴む、男の後ろ姿が見えた。

 緑が溢れる林の中で、彼は立っていた。身長は高い、少なくともズレータよりは数センチ高いだろう。


 ——そんな。


 少し前までは学園の皆から馬鹿にされていた。

 冒険者見込みランクが10に急上昇しても、ズレータは心のどこかで馬鹿にしている気持ちは消えなかった。だって、あいつは自分の意思も持たなくて、授業の中でも目立たず、落ちこぼれで、底辺だった。奴隷に働かせ、訓練に精を出すでもなく、社交性もなく、何のために、ホーエルン魔法学園にやってきたのか、分からない男。



浄炎リリースっと——あ。ズレータ、もう立ち上がっても大丈夫だから……」


 そうズレータに声を掛ける男の名前はウィンフィールド。

 口数少なく、常に下を向いて歩いていた。生きているのか、死んでいるのか。誰かが言い出した、スケルトンみたいな奴だって。


「……まあ、たまにこういうことがあるからさ。気にしなくていいと思う」


 ズレータは這いつくばったまま、強烈な恥を感じていた。


 ——助けられた。

 ——それだけじゃない。

 ——俺とあいつの実力は隔絶している。

 

「今のは俺たちの秘密ってことで誰に言わないで貰えると嬉しいんだけど。あ、お前の後輩は……ほら、何とかするから、今のは黙っててくれる?」


 ——精霊に恐怖を感じて、俺は何者だ。

 ズレータは地面に伏せて、厄災から目を背けて、ただやり過ごそうとした。

 なのにウィンフィールドは精霊討伐に対して何の気持ちも抱かず、まるでこんなのいつも通りだって言わんばかりの態度で、ズレータに言ってのけるのだ。

 ——秘密にしてくれって。

 

「立てる?」


 差し出された手を、ズレータは掴んだ。

 ウィンフィールド・ピクミン。二年生になって突如変わった男。黒い前髪が長く、眠そうな瞳がこちらを伺っている。

 精霊を討伐したというのに、相変わらず覇気が無さそうな男。


「……強すぎだろ、お前。どこでそれだけ鍛えた。誰にも言わないから教えろよ」

「まあ、それも秘密ってことで……」

 

 そうして、ズレータよりも遥か高みにいる男は、遠慮がちに笑ったのであった。



――――——―――――――————————

ミサキ「……あの侍、よわ!」


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