第63話 ヌエトコ林
ズレータ・インダストルという男の特徴を上げるなら、異常なマリアへの愛だ。
ずる賢い所もあるけれど、マリアが絡まない場面では基本さっぱりとした性格で、仲間からの評価も高い。
だけど、ズレータの悪い所はマリアが絡むと周りが見えなくなる。
マリアが絡むと途端にダメな奴になるのである。
『聖女様って、呼ばないで!』の中では、マリアが攻撃を受けそうになったら身代わり役になるぐらい、マリアのことを慕っている。
「——誰か! あの奴隷を見なかったか? ウィンフィールドの奴隷だ!」
俺は一年生の頃から、マリアから異常に絡まれていた。
真面目に授業を受けろとか、授業を無断欠席するなとか、俺の行動をマリアは厳しく咎めてきた。
入学当初から、職業『聖女見習い』として、輝きを放っていたマリア。
一年生のマドンナから一方的に絡まれていた俺を、同学年の男達は鬱陶しく思っていたらしい。当然、ズレータもその一人。
だから、ズレータからは問答無用で嫌われている。
なのに、そんなあいつが俺を頼ってくるなんてな。さすがのマックス・ノースラデイが相手なら猫の手も借りたいってか。
「ウィンフィールドの奴隷を見なかったか!? 背は小さくて、えーと、全体的なフォルムは小さくて、口は少し悪い。いや、かなり悪い……」
「ズレータちゃん。オレンジ色の髪の毛? ああ、ミサキちゃんね。あの子なら――」
ズレータが街の住人に声を掛けたら、すぐに幾つもの目撃情報が集まってくる。
凄いな、あいつ。意外と慕われてるんだなあ。
俺はその様子を遠巻きから眺めるばかり。
……俺一人でミサキを探しても、こうはいかなっただろう。
日頃から街の住人とコミュニケーションは大事だな。
「おい! ウィンフィールド! お前の奴隷がどこにいったかわかったぞ!」
そしてすぐに、ズレータが俺のところへ足早に戻って売る。
「あいつは——ヌエトコ林の中へ、入っていったらしい」
こうして、ミサキの居場所はすぐに見つかったのである。
——ヌエトコ林。
学園機能が集まる中心街から歩くこと数十分の場所へそれはある。
手つかずの大自然。学生からは夜に立ち入ったらお化けが出るとか言われて、余り立ち入る者のいない真っさらな自然。太陽が出ている間だったら、なんてことのない、ただの裏山ぐらいのものだけど。
「ウィンフィールド、ここって確かお前らの……」
「そうだよ。俺とミサキの家だった場所だ。もうすぐに見えてくる」
そう。勝手知ったる我が家だった場所。
魔王ラックんの襲来によってボロボロにされた我が家は、ヌエトコ林に入ってすぐの場所にあるんだ。
「別にズレータ。お前がついてこなくてもいいんだけど……」
「乗りかかった船だ。最後まで手伝ってやる。それよりウィンフィールド。どうしてお前ら、こんな場所に住んでやがるんだ。生活に不便なんてもんじゃねえだろ。くそ、歩きづらいな……」
「生活に不便でも俺たちにはちょうどよかったんだよ」
「寮に住めばいいだろ。寮に住んでいたら、お前だって友達が出来てあいつらに虐められることも……」
あいつらってのは、俺を虐めていた奴らのことか。
今はズレータの後輩に目を付けた、学園のいじめっ子。後ろ盾がない新入生や気の弱い奴を一方的にいたぶる悪ガキ連中。
「ウィンフィールド。お前は魔王討伐者なのに……どうして黙っていたんだよ。冒険者ギルドがランク10相当だって認めたお前ならあいつらぐらい楽勝で……」
「……」
「あ! おい! 俺を置いていくな!」
ズレータの聞き取りによれば、ミサキは俺たちの前の住まいに向かったらしい。
朝早に店を開けている雑貨屋から布袋を買い込んで……お店の店員には、忘れ物をヌエトコ林に取りに行くって言っていたらしい。
「おい! ウィンフィールド! いたぞ!」
背中に担いだ布袋を一杯にして、ズレータとは違う、しっかりとした足取りで、それは間違いなくミサキだった。目が合うと、ミサキは手を振って来て。
何かに気づいたかのように、立ち止まる。
「——ウィン、避けて!」
【大賢者の特殊補正ステータス——
「う、うお! 何しやがる! ウィンフィールドッ!」
——俺は、ズレータの胸元を掴んで、引きずり倒した。
「ズレータ! 死にたくなかったら、立ち上がるな!」
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