第61話 侍の土下座

「何であの女がウィンに部屋にいるのさ! どうやって入ってきたの! ていうかウィンから離れてっ!」


 両手一杯の花束を持ったミサキが、部屋の中に入ってくる。


 ミサキが両手に抱える花束。

 あれは神官が執り行う職業進化に必要なもの。一人につき、一凛の花。それが職業進化の伝統、ミサキが抱える花束は数十人分の進化を賄える量だった。


 そして、俺はとっても動揺していた。


「ちが! ミサキ、これは何でもないから! おい、マリア! どいてくれ!」


 ベッドの上で俺に覆い被さるようにしているのはマリア。  

 今の俺たちの体勢は見方によっては、恋人のそれだ。俺の馬鹿野郎! 


 片手でベッドに手をつけ、立ち上がろうとした。今更ながらマリアも俺たちがどんな体勢をしているのか理解したのか、慌てて飛びのこうとする。

 マリア? いや、アマリアか!? ああもう、そんなことは今どうでもいい!


「僕のいないところでウィンが……」


 ミサキは、ばっさあと、花束を床に落としてしまう。


「う、うわぁぁあ!」

「ミサキ! どこ行くんだよ!」


 部屋から走り出て、階段をどたどた降りていく音が聞こえた。


「……私が言う話じゃないけど、お兄ちゃんはあの子を追いかけた方がいいと思う」

「当たり前だ!」


 靴を履いて、寝癖のままミサキを追いかけた。階段を二段飛ばしで、駆け降りる。途中で、バタンと扉が閉じる音。力任せに叩きつけられた、そんな音だった。


 一階に降りると、エアロが受付周りの掃除をしていた。その派手なイメージに似合ない箒なんかを持って、床を掃いている。俺が声を掛けるよりも先に。


「ウィンフィールド君、ミサキちゃんならあっちよ。外」


 そう言って、外を指さす。

 澄ました表情が、むかついた。

 ミサキが知らないってことは、マリアを俺の部屋に連れてきたのは、間違いなくあんただろ! でもエアロと言い争いをしている暇はなかった。


「どうも!」


 俺もミサキと同じように扉を開けて、路地裏に出る。

 一日の始まり。今日から俺の冒険者見込みランクが10に上がり、ホーエルン魔法学園は蜂の巣を突いたような大騒ぎになるだろうってエアロが言っていた。

 冒険者ランクが一気に6も上がるなんて普通じゃない。

 新入生を除いた大半の生徒は半信半疑だった俺の魔王討伐。

 眉唾の話が事実だったと今日、ホーエルンに住まう人たちが知ることになる。

 覚悟しときなさいと、昨夜エアロは言っていた。


「……あ」


 マリアに、何で俺が魔王討伐者であることを知っていたのか、聞くの忘れた!


 

 路地裏に出ても、ミサキの姿は見えなかった。

 建物と建物の間に生まれた細い小道。

 太陽が真上に上がる正午にならないと太陽の光も届かない。


 さて、耳を澄ましてもミサキの足音も聞こえない。

 ミサキの誤解を解きたい。別にさっきのは、何でもないことなんだ。ただ、マリアを宥めるためだけにああしていただけであって。


 駄目だな。考えても始まらない。

 とりあえず、大通りに出よう。誰かに聞けば、ミサキの姿を見た人がいるかもしれない。


「——おい。何で、お前がマリアよりも先に一人で出てくるんだよ」


 冷たい壁に背中を預けて、誰かが俺を見ていた。


 職業『侍』にして、マリアのパーティメンバー。

 ズレータ・インダストルだった。


「……」

「おい! 無視するなって! ちょっと面貸せよ……ウィンフィールド!」

「いやだ。マリアなら、ギルドの中にいるよ。どうせ目当てはマリアだろ」


 ギルドの外に出て、ズレータの存在に気付いてはいたけど、どうせあれだろ? マリアがこんな朝っぱらからどこに行ったのか気になってストーカーしてたんだろ?

 それって犯罪だぞ、ズレータ。


「マリアが目的じゃねえよ……勿論、気になるけどな……いや、別にパーティのリーダとしての意味であってそれ以上の意味はないけどな……」


 どうでもいい。

 俺は今、ミサキを追いかけないといけないんだ。

 とてもじゃないが、ズレータの相手をしている暇なんか無かった。


「ウィンフィールド、俺は……お前に用があるんだよ!」


 ズレータが俺の手首を掴む。

 即座に振りほどいた。職業『侍』のイケメン高身長様が、俺に何の用があるっていうんだよ。


「今は忙しいんだ。俺に用事なら後にしてくれ」

「…………ッ」


 するとズレータは俺の進む先に回り込んで――座り込む。

 愛刀を壁に立てかけて、真っすぐに切れ長の瞳で俺を見つめながら。


「ウィンフィールド! 本物の魔王討伐者であるお前にしか頼めねえことなんだ!」

 

 ——声が、でかい! 

 それだけじゃなかった。あのズレータが。

 

「お前が冒険者ランク10になったこと、今朝知った! つまり、お前の魔王討伐は事実だってことだ!」


 ——土下座。

 あのプライドの高いズレータ・インダストルが俺に向かって、土下座をしている。

 俺だって手をつけたくない汚れた石畳の上で額をつけて、深々とした頭を下げていた。


「俺の後輩が、厄介な上級生に目をつけられた! 俺だけの力じゃ、あいつを助けられねえ! 頼む、ウィンフィールド! 後生だ、お前の力を貸してくれッ!」


 マリアに引き続き、理解出来ない光景だった。 


――――——―――――――———————

ミサキ「……退いて!」

ズレータ「おい! 人にぶつかったら謝るもんじゃねえのか! ……ったく、最近の若い奴はどういう教育受けてんだよ……ってあれはウィンフィールドの奴隷か……」


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