第60話 大賢者とアマリア

「……」


 二人してベッドに倒れ込んだ。

 俺の上に、マリアが覆いかぶさって、静かに見つめ合う。


「……」


 どうして俺は、マリアのことをアマリアと呼んでしまったんだろう。 

 俺に助けを求めるような、縋るような表情が、記憶の底に燻っていた女の子と似ていると思った。ただそれだけ。


 だって俺が覚えているアマリアと、マリア・ニュートラルは全然違う。


 俺とアマリアが人生を共にした時間はずっと昔の話。当時の俺たちは、まだ、一人で街に出ることも心配され、大人がまだ目を離さない年頃だった。


 あれから随分と時間が過ぎた。

 人の未来なんて予測出来ない。そんなの分かってるけど……。


「……マリア、お前はアマリアなのか?」


 アマリアは昔、俺が旅先で出会った女の子だ。

 ふらふらといっつも夢見心地な、危うげな雰囲気を持つ女の子だった。


「遅すぎだよ……やっと、思い出してくれた……」

「いや、遅すぎって言われても……キャラが違いすぎるだろ……外見もそうだけど、性格も喋り方も……」

「私と……お兄ちゃんがさよならしてから、何年たったと思ってるの……」

「ちょっと待て……マリア、お前にそう呼ばれると…………困る」


 しかも、お兄ちゃん呼び。 

 確かにアマリアは俺のことを、ウィンお兄ちゃんって呼んでいた。同い年だけど、あの頃のアマリアには、俺がずっと大人びて見えたらしい。


 だけど、今のマリアにそう呼ばれれると違和感が凄い。マリアは学園でも随一の人気者、俺みたいな底辺が対等に喋っていい相手じゃないんだ。


「……ひぐっ」 

「え!? どうして泣いてんの! 俺が何かしたなら謝るけど!?」

「……ぐすっ………」

「ちょっと待ってくれ! こんな場所を誰かに見られたら――」

 

 学園でも屈指の人気者、あのマリア・ニュートラルがウィンフィールドに抱き着いて泣いていたなんて……前代未聞のスキャンダルだっての――!


「——本当に、まずいんだよッ!」


 マリアのことが大好きなズレータ・インダストル辺りに殺される!





 数分間、俺のお腹に顔をうずめるようにして、マリアは泣き続いていた。

 俺はもうどうしていいか分からず、蒼色のさらさらとしたマリアの髪の毛をさすることしか出来なかった。


「……本当に、アマリアなんだな」


 アマリアは、こっくりと頷いた。


「そっか……」


 そう言われれば、受け入れるしかなかった。


 思い出したくもない、ホーエルン魔法学園に来るまでの記憶。

 この魔法学園にやってくるような上流階級出身の学生たちは、大体が家族から愛情を一杯注がれてきて、順風満帆な人生を過ごしている。

 かたや、俺は違う。

 誰かと誕生日を一緒に過ごした記憶も無い、そもそも自分の誕生日すら知らない。


 それでも、確かに数人はいた。

 隠れ職業『厄病神ゴースト』を持つ俺という人間に、興味を持ってくれた人たちが。その内の一人が、アマリアだ。

 海で溺れかけている所を、俺が助けて、懐かれたんだ。


「ごめん、もう大丈夫……お兄ちゃん……びっくりさせてごめんね……」


 マリアは、いや、アマリアは目を真っ赤にしてそう言う。


 とても受け入れられる真実じゃない。

 でも、頭の中で、そういうこともあるかと、納得している自分もいた。

 だって、俺はもう既にゲームの中と同じように魔王ミサキに洗脳されるって愚行を犯しているし、もう何でも来いって感じだ。


 マリアがどこで生まれて、どんな経験を経てホーエルン魔法学園にやってきたのか。

 『聖女様って、呼ばないで!』ゲームの中でも、主人公マリアの過去は余り触れられていなかったし、そういうことがあってもいいだろう。

 というかマリアが自分はアマリアだって言ってるんだから……。


「いや、いいんだ……多分、人生で一番びっくりしたのは間違いないと思うけど、俺はこれからどうすればいいんだ? えっと、何て呼べばいい?」

「二人きりの時はアマリアがいい……」

「分かった、アマリア」


 やばい。なぜか、滅茶苦茶恥ずかしい。

 しかも、いつになったら俺の身体の上から退いてくれるんだよ。やけに良い匂いがして……反応に困る。

 俺とこいつは、これまでずっと敵同士だったんだぞ。少なくとも、俺はこいつがホーエルン魔法学園の奴隷解放を言い出してから、面倒な目に合っているんだ。


「あ! でも、お兄ちゃん。学園ではマリアって呼んで! アマリアの名前は捨てたから!」

「捨てたって、何があったんだよ」

「それは……お兄ちゃんにも、言えない。知らない方がいいと思う」

「……」


 昔のアマリアとは何もかもが違う。

 アマリアの髪の毛は茶色だったけど、今は深い蒼色だし。

 それに、それにだ。身体の成長とかは置いといて……。


 あのアマリアは、とてもじゃないけど聖女になる才能なんて無かった!


「……なあ、アマリア。お前はもしかして――」


 でも、一つだけ心当たりがあった。

 だから聞こうとした。


「——うわあああああ! 僕がいない間に、何やってるの!?」


 部屋の入り口から絶叫が聞こえた。

 そちらを見ると、ミサキがいた。

 両手に、色とりどりの花束を持っている。そう言えばエアロが昨夜、本格的に16番冒険者で神官による、ちゃんとした進化の儀を売り出すって言ってたな。


「——ウィン、そいつから離れて! その女は、危険なのッ!」



――――——―――――――———————

ミサキ「エアロ! 何で! あの女を! ウィンの部屋に通したのッ! 僕、あの女だけはウィンに近づけないでって言ったよねッッ!?」


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