第52話 魔王襲来の理由

【——大賢者ウィンフィールド! 理由は不明ですが、魔王の戦意低下! 対話に応じる可能性高し、落ち着いた対話によって目的を聞き出すことを推奨します!】


 サラと以前名乗ったステータスさん、この力は本当に便利でいいものだ。

 職業補正であるステータスの力。相手の能力値なんかを把握する力が受動的な情報取得と考えたら、サラの声は能動的な情報取得だ。


 この二つがあって、そこそこの能力があれば鬼に金棒。

 最強の冒険者が出来上がる。

 そりゃあ、これまでの大賢者が後世に名前を残す有名人になったのも納得だ。


【あの! えーと! 私の声、聞こえてますか!? 無視しているのなら、寂しいんですけど! 今までの大賢者様、ご主人様はもっとサラの言葉を聞いてくれる良い方ばっかりだったんですけど! 何ていうか大賢者ウィンフィールドは、真逆ですね!】


 だけど生憎、俺は転生者だ。

 サラよりも、この世界のことをもっと知っている。


 だから――魔王との戦い方だって知っている。


 話しかけることが重要?

 いやいやいや、俺の後ろには魔王を怖がっているハイディ先輩がいるんだぞ。

 ここであの魔王に話しかけたら、絶対にミサキのことに話が及ぶだろ。ミサキ関係以外で、魔王から招待状を貰って溜まるかよ。


 ハイディ先輩に、ミサキが元魔王とか気づかれたら洒落にならないんだよ。


【……やばくないですか? 大賢者ウィンフィールド。貴方、まじで私の声、無視してますよね? もしかするとうるせーな、俺には俺の考えがあるんだから黙ってろよってレベルですよね?】


 ご名答。

 俺には俺の考えがある。


【……あの、死にますよ? 自分がどれほど危機にあるか、分かってます?】


 ——魔王フェニタンは動かない。倉庫の奧で、ハイディ先輩を縛り付けていた椅子の傍で鬼火を揺らしている。サラは魔王の戦意が減少しているって言ったけど、それは間違いじゃないだけで正解じゃない。


 魔王が待つ倉庫の奧へ動き出そうとしたところで、抵抗を感じた。見れば俺の服を掴むハイディ先輩がいた。「何を考えているの……?」恐れを帯びたハイディ先輩の声。

 そう言えばサラは、大賢者という存在が導く者だって言っていた。


「ハイディ先輩。戦いますか?」

「……戦う? …………な、何を言ってるんですの」

「じゃあ、逃げるんですか? 今なら、あいつも追いかけてこないと思いますよ」

「それは……」

 

 あれは化け物だ。ハイディ先輩も感じ取っている。

 季節外れの分厚いコートを着込んだ男が、とんでもない力を持っていることを。


「ハイディ先輩。一つだけ、教えときます。水の洞窟で、俺は貴方に勝利の権利を譲りました。最難の道を選んだけど、モンスターが出てこなかった。それが俺たちが勝利した理由です」

「……今はそんなの関係ないですわ。どうやって、逃げるかを……」


 ハイディ先輩は蛇に睨まれたカエルのように動けないみたいだ。

 圧倒的上位の存在に立ち向かえる者は多くない。

 けれど、俺が知っている『聖マリ』世界のハイディ先輩が、飛躍的に強くなる条件は強者に立ち向かうことだった筈。


【ご主人様! その、マリアって子が近づいていますけど!】

「——時間切れ。案外意気地なしなんですね、ハイディ先輩」

 

 サラは以前、強く願えば、俺の意思が届くと言っていた。

 だから、サラにはずっと伝えていた。

 

 マリア・ニュートラルという女子生徒が、ここに近づいたら教えろって。


「後で、怒らないで下さいよ」

「え……? ッッーー」


 倉庫の外に向かって、ハイディ先輩の身体を全力で蹴り飛ばした。

 ハイディ先輩は、俺が何をしたのかも理解していなかっただろう。まさか、俺から攻撃を受けるなんて想像もしていないに違いない。

 うん。身体に力が全然入ってなかったから、俺の能力でも簡単だった。


【ええええええええええええええ! ご主人様! 何をしているんですか! 女の子を蹴り飛ばすなんて犯罪ですよ!】


 職業『投擲術士スローワー』の特性は蹴り飛ばす相手だって通用するんだ。

 倉庫の外へ蹴り飛ばしたハイディ先輩は、上手く着地出来ているだろうさ。さて、ハイディ先輩が誰か冒険者ギルド職員を連れてくるまでに終わらせないとな。

 それにマリアに魔王との戦いを見られるわけにはいかない。


 じっと、こちらを見つめていた三つ目の男が、口を開く。


「……同族を助けた理由を知りたい」

「俺たちの事情と無関係だ。魔王軍の魔王を凋落したのは俺だからさ」

「……違いない」


 すると、魔王フェニタンはぐいっとマスクを外す。


「……お前に話すべきではないのだが、今、魔王軍は大きく真っ二つに分かれている」


 マスクの下から出てきたのは、笑みだった。


「……魔王ミサキが裏切ったのか、そうでないのか。裏切ったことすら、大魔王からの指令と考える魔王もいる。だが……大多数の魔王は快く思っていない」

「何が言いたいのか、分からないな」

「ウィンフィールドという人間が……あの子を守れるのか否かが……知りたい」


 やっぱり、そうか。

 魔王フェニタン、目的は魔王軍から抜けたミサキじゃなくて、俺。

 ってことは、大魔王からの命令だな? 愛するミサキを守るに相応しい人間か確かめる、アイツの考えそうな指令といったらそんなところだろう。


「……お前が同族に優しいことは分かった。どうやってミサキが魔王軍の人間だと気付いたのかは問わない……お前の優しさにミサキは救われたのだろう……」

「なあ、魔王。色々と教えてくれるけど、あんたは俺の味方なの?」


 思わず聞いてみたら、魔王フェニタンは淡々と答えてくれた。


「……同族は、同族の元にいるべきだと、考えている」


 やっぱりフェニタンは優しい魔王だよ。

 だからこそ、ミサキの父親代わりは魔王の中でも人間に強い敵対意識を持たないフェニタンに探って来いって指令を与えたんだろう。


「それじゃあ、もう一つ質問。強さが必要ってどれぐらい? 」

「……お喋りはここまでだ」


 無表情の男に化けた魔王フェニタンの魔法が襲ってくる。

 鬼火、自由自在に動く地獄の業火。不死鳥フェニタンの真骨頂は異常に高い耐久性で、攻撃方法は実に単純。手数の多い鬼火が中心。


「だが、そうだな……俺から……魔王から逃げられるぐらいの力は必要だ」



――――——―――――――————————

エアロ「今日はお昼からずっと働いてくれるってほんとう?」

ミサキ「ウィンが帰ってくるまでだけどね! ほら、僕が稼がないとウィンも大変だしさ!」

エアロ「……ウィンフィールド、あの子が奴隷所有者って悪口を言われる理由が分かった気がするわ」


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