【モンスター視点】眠そうな目つきの男の子

 人類と敵対する魔王軍には、長らく空白であった地位が存在した。

 魔王軍を納める頂点の存在だ。人間の間では、大魔王なんて称号で呼ばれている。


 そして、本日。

 偶然、帝国領バイエルンで活動をしていた一体の魔王に指令が下った。

 秘密のお仕事。誰にも知られるなとの内容だったので、指令を受けたモンスターはホーエルン魔法学園に忍び込んだ。


 ――魔王軍の魔王ミサキが一体、人類へ寝返った。

 そんな噂は魔王の間で即座に共有され、そのモンスターは冷や汗をかいたが、その正体を知れば納得もした。


 大半の魔王は、ミサキ・コクリュウが魔王になるなんて大反対だったからだ。

 いつか、魔王となった人間が人類に寝返るだろうことは容易に想像できた。


「むがが――! 離しなさい! 私が誰だか分かっているんですの!? 私はあの、ハイディ・バーミンガクよ!? こんな真似をして、ただで済むと思ってるの! まさか身代金でも要求するつもり!?」


 燃える火薬ガンパウダーは嫌だった。

 何故、魔王である自分がこのような他愛のない仕事をせねばならないのか。

 ホーエルン魔法学園にいることも、この喧しい少女を誘拐することも、燃える火薬ガンパウダーの信条に反するのだ。


 燃える火薬ガンパウダーに与えられた仕事。

 それはウィンフィールドという人間が、魔王に匹敵する力を持つか確かめること。


 意味が分からない。大魔王は一体、何を考えているのか。特別な娘として扱っているあのミサキ・コクリュウを取り戻したいのなら、そう命じればいいのだ。


「……手荒な真似はしない。だから、静かにしてくれないか」


「馬鹿!? 馬鹿なんですの!? 冒険者ギルド職員の身分を偽ることは犯罪よ! それにこんな真っ暗な場所に人を連れてきて、急に縛るなんてどんな変態!? 今すぐに縄を解きなさい!」


「……参ったな」


「一体、何が目的なの!? バーミンガクの名前に釣られた身代金目当てなら、お馬鹿ね! そんなお金はありませんわよ! とっくに落ちぶれてますから!! 私を連れ去っても1ゴールドにもならないわ!」


 燃える火薬ガンパウダーは人間に擬態している。

 茶色のコートを着込み、顔の下半分は白いマスクで隠し、サングラスを掛けている。魔王ぐらいになれば、自分の姿を多少いじるぐらい造作もない。

 まあ魔王はプライドが高いので、そんな真似をする者もいないが燃える火薬ガンパウダーにプライドなんて無い。


 ホーエルン魔法学園への潜入は、驚くほど余裕だった。

 もっとも、それは燃える火薬ガンパウダーの魔王としての特性にあるからだが。


「解放されたかったら、この学園にいるウィンフィールド・ピクミンという男について、知っていることを全て教えろ。お前は今朝、あいつと依頼を通じて戦ったんだろう? ……素直に教えたら、解放してやる」


 燃える火薬ガンパウダーの目的を聞くと、後ろ手を縛られ、椅子に座らせられた少女は急に大人しくなった。


「……最低の男」


「……最低の男なのか」


 燃える火薬ガンパウダーは思う――もう、帰っていいだろうか。


 少女が語るウィンフィールドの評価、とてつもなく低いのだ。


 ちょうど今日、ウィンフィールドなる男と依頼を掛けて争ったらしい少女を見つけたので、燃える火薬ガンパウダーは拉致を決行。この街ではギルド職員が絶対の権力を持っていることは知っていたので、ギルド職員を偽れば、少女はほいほいと疑いを持たずについてきた。


 しかし、可笑しいのは、少女が語る言葉が嘘ばかりのことだ。

 ウィンフィールド・ピクミンが過去に魔王アグエロを倒したのは事実であり、昨日、リッチを討伐し、夜間に魔王を追い返したことも事実だ。


 なのに、少女は全て偽りだと語っている。これは一体、どういうことだ?


「……分かったかしら? ウィンフィールドって男は、嘘ばっかりなのよ! 魔王を倒したとか、昨日は女の子を救ったとか! 噂が本当なら、水の洞窟で正々堂々戦えば良かったのだわ! だから、あんな男に勝利を譲られたことが許せない……」


 そこへガラガラと音を立てて、シャッターがゆっくりと開かれる。

 闇の中に、外の明かりが差し込み、燃える火薬ガンパウダーは誰がやってきたのか理解した。どうやら招待状は無事に届いてくれたらしい。


 さて。現れたのは、眠そうな目つきの少年だ。


 眠そうな目の少年は、後ろ手を縛られたハイディに声を掛ける。


「ハイディ先輩。あの、変な奴にはついていかないとか、そういう常識は家で教えて貰えなかったんですか?」


「見て分からないの!? 私は冒険者ギルド職員を騙る変な男に手足を拘束されているの! それに常識なら貴方以上に知ってますわ!」


「まあ、そうみたいですね」


 燃える火薬ガンパウダーは、ウィンフィールドの評価を最低ランクに認定。

 あんな人間が、魔王アグエロを討伐し、魔王ラックんが油断していたとはいえ、半命を削り、あの魔王ミサキを凋落したというのか。信じられなかった。


「それよりどうしてウィンフィールド! 貴方がここに!」


「えっと。それは、まあ。何て言うか」


 燃える火薬ガンパウダーは少女を縛っていた縄を外して、解放してやる。

 立ち上がらせ、背中を押した。

 二人を殺して、任務は終わり。大魔王には、見込み違いだったと伝えておこう。


「……気が変わったこんなつまらない相手だと思わなかった。お前たち二人で掛かってこい。一人も二人も変わらない。燃えろ」


 燃える火薬ガンパウダーはサングラスを外すと、炎が燃え上がる。

 


「——え? は!? あれ、何です!? というか、目が三つありますわ!」


 相手の姿を見て、ハイディは目を見開いた。

 サングラスを外した男、人間じゃない。だって、目が三つある。額に目がある。


 人間だと思っていた。だけど、人間とは似ても似つかない。

 顔を見るだけで分かる。それはモンスターだった。そりゃあ、マスクをしてサングラスをしていたから、素顔は分からなかったけど。


「やば、やばい! ウィンフィールドさん、ギルド職員を!」


 肌感覚で理解してしまう。

 死ぬ。死ぬ、殺される。あれは、違う。冒険者ギルドの人たちを、それも一番とか、二番とか、三番の職員とか、守護神のヨアハとか呼ばなくちゃ対抗出来ない。

 

「安心してください。ハイディ先輩」


 ぽんと、頭に手を置かれて。

 おい、お前。私、先輩だぞ。先輩の頭を撫でるなんて、何やってる。

 怒らないといけないところだけど、ハイディにそんな余裕は無かった。


「これは俺の戦いで、貴方は全く関係が無い。怖かったら――」


 だけど、そう言えば。

 昨夜、ホーエルン魔法学園にモンスターが侵入して、林の中にある倉庫を破壊したと。一年生は魔王の襲来だなんて騒いでいて、二年生や三年生は笑っていた。 

 魔王の襲来なんて、早々在る話でもない。

 ホーエルン魔法学園に魔王みたいな強力なモンスターが侵入し、戦っていたのは数十年前の話なんだから。


「——目を瞑っていて下さい。すぐに終わらせますから」


 そして、ハイディ・バーミンガクは理解することになる。

 マリア・ニュートラルの発言によって広まった一つの噂。


 ウィンフィールド・ピクミンは魔王討伐者であるって、ふざけた話は嘘なんかじゃなかったことを。




―――――――――――————————

ズレータ「おい、マリア。お前、変だぞ? 急にウィンフィールドのことを気にしだして、昨日からあいつのことばっかりだ。それにあいつが魔王討伐者って話も、どこから知ったんだよ」

マリア「ズレータには関係がない。それより早くあの人を探そう。私が知ってるウィンフィールドなら、絶対厄介ごとに巻き込まれてるから――」


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