第45話 最易の道と最難の道

「で、デート? ウィンフィールド、今、お前はデートって言ったか?」


「あの。そんなに連呼しないでもらっていいですか。急に恥ずかしくなってきたんで……」


 大の大人が何度もデートと連呼している姿を見るとこちらまで恥ずかしくなってしまった。

 

 でも、デートなのは間違いない。やる気一杯な二組が先に行ってくれたお陰で、水の洞窟は絶賛観光地に様変わり。こんな絶景、観光地だってなかなか見られないって。


 少なくとも、ハイディ先輩やマリア達が出発地点であるこの場所に帰ってくるまで、数時間は掛かるだろうな。

 あの二組が選んだ最易の道は距離がべらぼうに長い。往復で6、7キロは有るんじゃないか? それを安定しない足元の中、モンスターと戦いながら走るんだ。走るだけでも結構な重労働。


「さすがだな魔王討伐者。これぐらいは余裕ってことだな?」


「いえ、そんなわけじゃないですけど。水の洞窟は先輩のパーティーと同じ組になったらまず勝てないって言われてますし」


「お。じゃあ魔王討伐者ってほうは否定しないんだな。そこは素直に認めるか」


 ヨアハが半笑いで、俺たちを見ている。

 魔王討伐者、ヨアハは確信を持った口調で俺のことを呼んでくる。

 やっぱりもう冒険者ギルドの方では裏が取れているんだろう。この学園の冒険者ギルドはそれぐらいの権力は持っているから、本気を出されたら最後まで隠し通せるとは思っていなかった。


ゲームの中のウィンフィールドと転生者である俺の違いは、この魔法学園にやってくるまでの生き方にある。


「そりゃあ、まあ。このホーエルン魔法学園が本気になったら、俺がやった裏工作なんて子供の遊びみたいなものでしょう。帝国バイエルンの一大都市の力を俺をなめたりしません」


「いやいや、お前が魔王討伐者である事実を隠しながらこの学園に入ったこと、俺は恐れ入ったぞ。ウィンフィールド・ピクミン。自分が行った偉業を祖国の一軍人に押し付けるなんて、中々出来るもんじゃない。少なくとも俺が魔王を討伐したらそりゃあ声高に叫んでいるだろうなら。俺は魔王討伐者だぞ!特別扱いしろってな!」


 特別扱いかあ。

 そんなのいらないな。俺は普通でいい。欲しかった生活は、当たり前の暮らしなんだから。魔王討伐者の異名がもたらすもの、そらふを俺はついさっき青春通りで体感したばかりだ。黄色い歓声に浮かれるのは最初だけ、すぐ後には勝手な期待感だけが増えてくる。俺にとっては魔王討伐者なんて異名、面倒事を呼んでくる重荷にしか思えないって。


「お前が倒したと言われている魔王について話したかったが、依頼に随行したギルド職員としては不真面目な行動だ。それを聞くのはまた別の機会にしておこう。ん?なんだ寒いのか?」


「いえ、そういうわけじゃ」


 ぶるっと体を揺らした。

 結界の外で自由に泳ぐ魚群を見つめていたミサキが、横目でちらちらこっちに意識を向けている。そう言えばまだ魔王アグエロを討伐した時の話、ミサキにしていなかったな。


「魔王討伐者ウィンフィールド。昨夜、ボロボロになったお前たちの家を見たぞ。3番の冒険者ギルドは魔王の出現だって大慌てだったんだが、昨日はどこにいた?」


「魔王出現? そうなんですか? 俺たち、昨夜は家に帰っていないんで」


「じゃぁお前は自分の家がどうなったのかさえ知らないのか?」


「いえ。それは知ってます。今朝自分の家に戻ろうとしたら、物々しいギルド職員が大勢いましたから」


 白々しい芝居だとは自分でも分かっているけど、そうとぼけておいた。なんでもかんでも正直に言う必要はない。


「ウィンフィールド、別に俺は敵じゃねえぞ?」


「それも知ってますよ。ヨアハさんは街の守護神、誰の敵でも無いし味方でもない。守護神は常に学園の味方だ」


「……思ったより嫌味な奴だな、お前」


 12番の冒険者ギルドに所属するヨアハ。

 守護神という特別な職業の彼は学長のお気に入りで、特別な地位に就いている。そんなヨアハから興味を持たれるというのは学生にとっては光栄なことなんだけど、俺としては嗅ぎまわれるのは勘弁願いたい。


「それよりお前たちはこのまま時間切れを狙う気か?冒険しなければ、お前たちの評価も最低のものにしないといけないが」


「まぁ、俺たちには俺たちのペースがあるって言うことで」


「また俺に魔法をぶちこむんじゃねーぞ」


 昨日のゲスイネズミのことを言ってるんだろうか。あれは無遠慮にジロジロと見てきたこのおっさんが悪いと俺は思っている。




「ねえウィン! あれ見て! あいつだけ七色に光ってる! うわ! あっちで可愛いのがでっかいのに食べられた!」


 その後暫くミサキと海中を漂う魚の群れを鑑賞しながら楽しんだ。


「すっごい! ウィン、ねえ見てよあれ! 魚が吐いた空気が、光ってるよ!」


 今までずっと魔王軍で修行漬けの日々だったミサキには、この水の洞窟は随分刺激的で幻想的な光景だったようで。

 今まで見たこともないはしゃぎっぷりで、この依頼を選んだ俺も満足です、はい。


 だけどミサキは途中で何かに気づく。 

 

「あ……ウィン? 僕一人だけで楽しみ過ぎてた? そろそろ依頼を達成しに行く?」


「まさか、俺だって楽しかったよ。久しぶりに奇麗なものを見た気がするし」

 

 水の洞窟。迷宮にしては、奇麗すぎる。こんな海中に、こんな空間を作り出そうって思った亜空間使いの冒険者はとっても素敵で不思議な人だったんだろうな。


「でも、そうだな。これ以上ここにいたら、あいつらに負けるかもしれないし、ちなみにミサキはあの中だとどの道を行きたい? 最初の選択肢は3つあるわけだけど、それぞれ道の長さと難易度が全然違う」


「考えるまでもなく、あそこだよね! 遅れを取り戻さなきゃ!」


 ミサキは満点の笑顔で俺の腕を取った。

 ミサキが選んだのは最難の道だった。


 最も簡単で、最も道が長い。

 ハイディ先輩とマリアが選んだルートとは真逆の選択肢。そこは一番道が大きくて、巨大なモンスターだって結界をぶち破って入ってこれそうな広さがある。


 歩き出した俺たちを見て、ヨアハが慌てて声を掛けてくる。


「お、おい、待てウィンフィールド! そっちの道は、あのハイディが昨年選んで心身ともにボロボロになった道だって知っているのか!? お前が魔王討伐者であることも、そっちの娘が神官ってことも知ってるけどな! ちょっとぐらいは用心して、真ん中の道を選んだほうが――! というかお前、地図は読んだのか!」


 ハイディとマリアが進んだ道よりもルートはとっても短いけれど、出てくるモンスターの質はとても強力。


 それぐらいの情報は、水の洞窟を攻略しようと思った学生なら誰でも知っている常識だ。なのにヨアハは冒険者ギルド職員用のより詳しく、そして分かりやすい地図を改めて広げて、俺たちにこの迷宮のいろはを教えてくれる。こんな世話焼きっぷりが大勢の学生から慕われる原因だろうな。

 

「ウィンフィールド、お前はパーティーリーダーとしてもう少し考えるべきだ。最難の道をたった二人で進むのは――」


「えっと、俺たちなら多分、大丈夫だと思います」

 

 多分、三十分もしないで戻ってこれるんじゃないかな?



 ●


 最難の道に向かった二人を見ながら、ヨアハは頭を抱えた。


「……ハイディのパーティは冒険者見込みランクが13で、マリアのパーティは15。比べてあいつらのランクは16。これで万が一あいつらが一番に戻って来たら……俺はどうやってギルドに報告したらいいんだよ」



――――——―――――――————————

ハイディ「マリアのパーティ、ずっと私たちと同じ道を選んでますわね……もしかして確信犯かしら……だったら、この辺で攻撃して……蹴散らそうかしら」


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