【12番・ヨアハ視点】史上最速の新記録
定期的に水の洞窟で行われる依頼。
新年度になって一度目の依頼に立候補の手を挙げたのは、三年生の冒険者パーティ一組と、二年生の冒険者パーティ二組だ。
「水の洞窟か。懐かしいもんだ。俺が学生の時も一度、挑戦したことがあるが、あの時はどれだけ時間が掛かったか……俺たちは中難度の道を選択したっけか」
随行ギルド職員として手を挙げたのは、12番ギルドのヨアハ。
随行業務はヨアハの仕事ではなかったが、彼は二年生の冒険者パーティリーダである少年に大きな興味を持った。
「んん、一時間と少しだったか。それでも当時はぶっちぎりで依頼達成したんだよなあ。あの頃は今よりも参加出来るパーティの数も多かったし、道の途中で人間同士の戦いもあった……それでも一時間を切ったってのは聞いたことが無かったな」
勿論、魔王討伐者という事実が確認された少年に対し、興味を抱いているのは彼だけじゃない。最上位の冒険者ギルドも同様だった。しかし、今回。彼が手を挙げた依頼に対して、誰よりも早く動いたのは12番のヨアハであった。
「ハイディ・バーミンガクは優しき道。マリア・ニュートラルも優しき道。それが水の洞窟では定石なんだがなあ」
今頃、同じ道を選んだハイディとマリアのパーティは激しく争っているだろう。
最も易しき道、出現するモンスターと彼らの力量を考えれば、最も敵となるのはお互いのパーティだ。この依頼は速さが命。時には、モンスターを押し付けることもあるだろう。少なくとも、ハイディ・バーミンガクという生徒は、そういうことが平気で出来る生徒だった。依頼を共に行うことになった者達からの評判は良くない。
「今のハイディの力だったら中難度の道でも帰ってこれる実力はあると思うんだが……安全策を取ったか。同じ道を行ったら潰し合いになるが、二年生相手ならそれでもいいって考えた。そんなところか」
あのハイディも今では3年生の中で有力な存在だが、二年生の頃はこの水の洞窟でボロボロになった経験がある。何よりも速さを優先して、最も険しい道を選んだからだ。当時の反省を生かしてか、今回の最も優しい道を選んでいる。
ハイディも当然、油断してはいないだろう。同じ道を進む相手はあのマリア・ニュートラル。パーティメンバは全員がダイヤの原石だ。
しかし、ヨアハが最も思いを馳せるのは、あの二組ではなかった。
「最も険しき道は、俺でも躊躇うぞ。確かに道のりは大幅に短いが、出てくるモンスターの質は他とは比べ物にならない。一体何を考えた、魔王問う馬車」
通常、この依頼に挑む冒険者パーティは最も優しき道を選ぶものだ。
しかし、あのウィンフィールドは最も険しき道を選択した。確かに人間同士の潰し合いは起こらないが、代わりに襲ってくるのは強力なモンスター。
ハイディとマリア、ウィンフィールド。
誰が勝利を掴むのか。順当に行けば、ハイディ一択だと考えるが――。
「くく。くくくくく、デート、デートか、くく」
ヨアハは移動拠点の傍で折りたたまれていた椅子を組み立て、腰を下ろす。水の洞窟に随行を希望する冒険者ギルド職員が多いのも、こうやって公にサボれるからだろう。
『負けるつもりもないですけど……どっちかと言えば俺は
ウィンフィールドが眠たげな眼でヨアハに語った言葉。
あれは思い出せば思い出す程、笑えてしまう。
「——はははっ! 確かにここはウィンフィールドが言う通り、絶景のデート場所だな! お前のいうこと、分からんでもないぞ!」
水の洞窟を、デート場所だなんて言う人間はヨアハの長い経験を持ってしても、初めてのことだった。けれど、確かにヨアハはこの地がモンスターが生息する水中の中だということを忘れれば、彼の言う通りだと感心もする。
もしも、この場のモンスターを物ともしない実力があれば、ここは最高のデートスポットに違いないのだ。
その後、暫くヨアハは、足を延ばして、ウィンフィールドが言う水の洞窟の結界外に広がる水中の景色を楽しんでいた。
どこからかサングラスも調達して、気分はバカンスのビーチ。
「……あの」
「——うお!! びっくりした!」
耳元で、不意に掛けられた言葉にヨアハは飛び上がって驚いた。
まだ誰も帰ってこないだろうと考えて、完全に油断していた。またハイディとマリアが最易の道を進んでから1時間半、ウィンフィールドが最難の道を進んでから20分弱しか経過していない。一体、誰が―――。
「ウィンフィールド! お前、引き返すにしても早すぎだろ!」
「いや、ゴールから帰って来たんですけど……それより、その椅子とか俺たちの分ってあったりします? ほら。あの二組が帰ってくるまでもう少し時間掛かりそうじゃないですか。今日の依頼はデートの意味も含んでいるんで。あ、デートってのはハイディ先輩やマリア達には内緒でお願いします」
信じられない言葉と共に。
最難の道を選んだウィンフィールド・ピクミン、相変わらず眠そうな目の男がヨアハを見つめているのであった。
「待て……待て待て待て! ウィンフィールド、お前今、ゴールに辿り着いたって言ったか!? そんな馬鹿な話があるか!」
余りに早すぎる帰還を信じることが出来ず、ヨアハは思わず聞き返したのであった。
――――——―――――――————————
ズレータ「マリア! 俺たちハイディ先輩とずっと同じルートだ! そろそろ奴ら痺れを切らして攻撃を……攻撃、仕掛けてきたぞ!
マリア「……戦おう。ここで先輩方を追い抜かす」
ズレータ「リーダ―の言葉だ! やるぞお前ら!」
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