第41話 新たな依頼を始めよう

 ホーエルン魔法学園の新入生たちは例外なく、夢と希望を胸一杯に詰め込んで入学してくるもんだ。 

 だけど、彼らは世間知らずではない。

 それぞれが国を代表する将来性豊かな若者たちであり、ある程度の教育を受けた彼らはこの学園の実力者たちというものを既に知っている。


 それは例えば、在学中に職業『聖女』に至ることが確実と噂される第2学年、職業『聖女見習い』のマリア・ニュートラルだったり。既に冒険者ランク見込み12に達している第3学年、職業『固定砲術士』のハイディだったり。第3学年、職業『千里の眼』ロナウド・グリンガルと、数えればきりがないので割愛。


「——握手してください! 魔王討伐者のお方と会えるなんて感激です!」


「先輩が倒した魔王って、あの魔王アグエロって噂、本当ですか!?」


 でも、俺の存在がこれほどまでに広がっていることは少しおかしい。

 俺がマリアにバラされたのは昨日のことだぞ?


「ウィン! ……大丈夫? 顔が引きつってるけど……」


「大丈夫じゃない! 俺はこういう扱いに慣れていないんだ! 走ろう、ミサキ! 俺についてきてくれ!」


 走って黒山の人だかりを脱する。

 その中にはこれまで散々俺たちをからかってきたやつらの姿も見えた。

 でもそういう奴に限って、信じられないって感じで近づいては来ないんだ。俺の姿を見て、話を聞こうとするのは一年生が圧倒的に多かった。


 青春通りを歩くのは諦めた。

 遠回りだけど、路地裏を通って目的の場所を目指すことにする。


 ぐったりしている俺とは違って、ミサキは何故かウキウキしていた。


「ねえ! ウィン! 魔王討伐者って凄いんだね! 昨日までとはウィンを見る目が違うよ! 気づいている!?」



 俺たちが目指している場所が、繁華街の一角にあるってことも、人の目を欺くなんて不可能に近い。

 そして、歩くこと数十分。

 俺たちはようやく目的地に辿り着いた。


「いらっしゃい! 今日も新鮮なのが入ったよ!」


 朝から大声を張り上げて、絶賛営業中の八百屋。通りに面して、店を開いている。

 ミサキにここが目的地だと伝えると怪訝な顔をされた。


「これが……デート?」


 心が痛い。滅茶苦茶、悲しそうな顔をされた。

 でも、違うんだ。この中に入れば、分かること。

 チンプンカンプンな様子のミサキを置いて、俺は店番のおばちゃんに話しかける。


「あのお」


「お兄さん、見ない顔だねえ! ご注文は?」


 俺は指を2本立てて、言った。


「青と海の水の洞窟ブルーロック


「ほーお、お前らで二組目だよ、入りな。後一組くれば、依頼は始まる」


「もしかして俺たちが今日の一発目?」


「今日どころか、今年度一発目だよ。水の洞窟ブルーロックは、諸刃の剣だ。信頼関係が無ければ、パーティが破滅しちまうからね。お前さん、二年生になったばかりだろ? それなのに水の洞窟ブルーロックに潜る許可を出した馬鹿職員はどこの誰だよ、まったく。ほら、そこに立たれちゃ営業の邪魔だ。さあ、行っといで」


「……ちなみに俺たちよりも先に来たのは誰?」


「それはルーキー。自分の目で確かめな」


 よっぽど俺と店員のやり取りが可笑しかったんだろうか。

 ぽかーんとしているミサキの手を引いて、店の奥に入っていく。目に入る瑞々しい野菜や果物を横目に、まるで自分の家かのように堂々と。

 店の奥にはあからさまに地下へと続く金属製の扉があって、しゃがみこんで、それを開くと地下に続く階段が見えた。大人一人分、通るのがやっとって感じだ。


「ウィン……これって、どこに向かってるの?」


「もう少しで分かる。楽しみにしててくれ」


 コツンコツンと、石壁に手を置きながら、身長に地下へ歩いていく。

 ひんやりとした空気。表通りとは別世界にように、冷え切っている。

 地下に、降りると開けた空間。そこにいたのは数人の男女。そして。


「……ウィン、あれってもしかしって移動拠点ポータル?」


 部屋の中にはミサキの身長もありそうな、透明な石が浮いていた。

 ミサキの言う通り、あれは移動拠点ポータルだ。

 世界と世界を繋げる不思議な力。でも、俺が答えるよりも先に、地下にいた一人の女性が立ち上がって声を上げた。


「――まあ! まあまあまあ! ねえねえ、皆さん! 御覧になって! あの顔、あの身長、あの表情! あれって、あの人じゃない!」


 心の中で、軽く舌打ち。

 マリアとズレータがいると思ったんだけど、お前らかよ……。


「ウィンフィールド・ピクミン! 一年生の頃から可笑しい噂ばっかり流れるいじめられっ子じゃない!?」


 それは俺たちの一つ先輩。

 第3学年の有名人、職業『固定砲術士ガトリングガン』。

 ぱっちりとした瞳に豪勢なドレス、そしてバリバリに目立つ黄金の髪。

 傍らには数人の男女を引き連れて、ハイディ・バーミンガクが率いる冒険者パーティがそこにいた。


「——お可哀そうに! まさか、私たちが相手なんて! 嬉しいことに、負ける要素が見当たらないわ! ねえ、皆! そうでしょ!?」


 パーティの冒険者ランク見込みは13。

 そしてハイディ自身の冒険者見込みランクは12。つまり、俺とミサキがこれから依頼を巡って争うのは明らかに格上の敵だった。





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