第40話 既に有名人

 『聖女様って、呼ばないで!』。

 俺がいるこの世界の主人公は、誰が何と言ってもマリア・ニュートラルだ。

 学園でも類を見ない才色兼備にして、天に祝福された聖女適正の少女。マリアの言葉に、誰もが心動かされる、そんな強さを持った時代の寵児。 


 この世界に生まれて分かったことがある。

 マリアは生まれついての人気者だ。言葉にするのは難しいけれど、俺だってみんなと同じだ。心を強く保たないと、マリアの言葉にはぐっと心を動かされそうになる。そんなあいつだから、学園の誰もがマリアの一番になりたがっている。

 あんな姿を見ちゃ、ゲームの中でマリアがあれだけモテモテだった理由も分かるさ。

 

 マリアの人気っぷりは、あいつリーダーを務める冒険者パーティにもよく表れている。あいつが一年生の頃は、多くの同学園の生徒が二年生になったらマリアの冒険者パーティーに入れてくれって頼んでいた。

 そして、今。数人の才能あふれる男女がマリアの周りには集まっている。

 マリアの冒険者パーティメンバは、熟練の『聖マリ』プレイヤーが選抜したのと同じ。侍ズレータを副リーダに添えて、魅力的な二年生が集まっている。


 マリアはモテモテ、つまり俺とは正反対ってやつ。

 あいつが学園の光なら、俺は闇? いや、それはいいすぎか。

 でも、マリア・ニュートラルって少女はそれぐらいモテモテなのである。


「ウィン、今日はどこにいくのっ!?」


 オレンジ色の髪の毛、元気一杯に俺の服を引っ張る少女。

 実年齢は不明、でも16歳のマリアよりは年が下なのは間違いない。昨日までは魔王軍に所属していて、学園に俺を使って侵入していた魔王ミサキ。

 マリアと比べれば言い方は悪いけど、ミサキは脇役。


 それでも、心惹かれる。

 

「……そうだな」


「え……ウィン……もしかして忘れてた?」


「ま、まっさか。ずっと考えていたって、ほんとだから!」


 さて、デートだ。

 何で忘れていたんだよ。あれは口からでまかせだった?

 まさか。覚えていたけど、一晩立ったら記憶の彼方に吹っ飛んでいただけだ。

 それを忘れていたって言うのかは置いといて……。


 さて、どうしよう。

 まず俺は金が無いのである。冗談抜きで生きていけない。ゲスイネズミの費用はほとんど家賃の手付金にぶち込んだ。

 前の家には戻るか? あそこには多少の隠し財産があった。

 

 いやあ……でも、まだギルド職員がいるかもなあ。

 いるなら、3番ギルドの奴らかあ。

 あそこのギルドマスターには、リッチから一年生女の子を救ったことで熱烈歓迎されている。出来れば顔を合わせたくない。


「ミサキ。ちょっとだけ、入り口で待っててくれない? エアロと話したいことがあってさ――すぐに帰ってくるから!」





 朝の行動は早かった。

 何故なら16番の冒険者ギルドの二階に住んでいるなんて、中々知られたくないからだ。幾ら人気の無い16番ギルドとはいえ、学生が依頼を求めて入ってくる可能性もある。鉢合わせは避けたかったから早めの出発。

 それでもギルド店内が閑古鳥なのは変わらずだった。これならもう少しゆっくりしてもよかったかも。



 扉を開ける。

 年季の入った扉はぎいと音を立てて、外の明るさに目が覚めるような思い。

 路地裏から見える空、建物に邪魔されて全部は見えないけど、今日が良い天気なのはよく分かる。


「ウィン、それでエアロからどんな依頼を貰ったの?」


「……ふふふ、気になるか」


「気になるよ! でも、僕とウィンなら余裕だよね!」


 まぁ、ミサキの能力はインフレが過ぎるってもんだ。

 

「だって僕らは魔王と、魔王討伐者なんだから!」


「ちょ! それは静かに……誰かに聞かれたら洒落にならないから……」


 だけどミサキはどこか悪戯っぽい笑みで。


「もう遅くない? 僕はまだバレてないけど、あの女にウィンが魔王討伐者ってことは大声でばらされてるよ?」


「いや……さすがに信じている奴もまだそんなにいないと思うからさ。ミサキがどこまで知っているか分からないけど、俺って嫌われてるからなあ」


「ウィンが嫌われてるのは、あの女のせいだよ! 僕、あいつのやり口知ってるから!」


 少し歩くと路地を抜けて、青春通りに出る。

 さすがの立地の良さ、前と大違い。

 学園の中心である青春通りには、いつもの朝が広がっていた。二年生になったからって、何かが変わるもんじゃない。やる気ある新入生が自主練に励んでいるぐら――


「あーーーーーーーーーー! うっそだろーーーーーーーーー!」


 路地裏から出てきた俺を見て、尻もちをつく生徒がいた。

 え? 俺? 俺のこと、指さしてる? なんで? もしかして俺、やっぱり死んでる? 身体、透けてた?


「二年生のウィンフィールド! あいつ、魔王に襲われたのに……生きてたぞおおおおおおおおお!!!!!」


 朝だってのに——黒山の人だかりが、出来た。

 

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