第39話 二度と洗脳しないらしい

 ホーエ ルン魔法学園で過ごす学生の日常は、大体こんな感じだ。

 一年生の時はひたすら授業。歴史や物理、魔法教育、職業学なんかの座学を中心に他の高等学校だから倍の時間を掛けて学ぶ内容をひたすら詰め込む。

 力に自信のある生徒は1年生の頃から上級生パーティに誘われて迷宮に潜ることもあるみたいだけど、そんなのは稀。


 ……稀! 滅多にない!

 少なくとも、俺は一回も無かった!


 さて、二年生。

 二年生になったら俺たちの生活はがらっと変わるんだ。


 冒険者ギルドから依頼を受け取り、学園が管理する迷宮に潜るようになる。

 依頼の達成状況は各冒険者ギルド間で共有され、四半期に一回成績が発表される。成績に応じて、学園の外でも通用する冒険者見込みランクがつく。見込みは学園の外でもそれくらいやっていける実力がありますよってことだ。

 ちなみにランクは全部で16あって学園に存在する冒険者ギルドの数と同じ。

 ただ、冒険者ランクはあくまで目安。みんな、それをわかってる。


「ウィン……さっきのあれは……あの……」


「大丈夫、いつものことだって分かってるからさ」


「べ、別に一緒に寝るのが恋しかったってわけじゃないよ!? ただ僕たちは一年近くも一緒にいたから……あの、なんていうか身体に染みついているっていうかさ! だって、いっつも近くにいたからさ!」


「わかってる、わかってるから」


 ミサキは絶賛赤面中。

 自分がいつ俺の部屋にやってきて俺のベッドに潜り込んだか覚えていないらしい。


「あ、明日からは! いや、違う! 今日の夜からはちゃんとするから! 一人で寝れるから! ていうか、ウィンに会うまではずっとそうだったから!」


 赤面して口ずさむミサキを、エアロが部屋の外から呆れて見ていた。

 彼女にとっては、一緒に寝ていた俺たちが信じられないらしい。「……別にいいけどね……どんな関係でも……」そう言って、冒険者ギルド職員としての業務に戻っていく。なんか勘違いされてるなあ。

 でも、エアロがいなくなった途端、椅子に座るのをやめて俺の隣にきた。こころなしか、近いような。ぐいっとくる。うお、近い。


「それでウィン。今日はどうするの? 依頼?」


「勿論、依頼を受けるよ。さっきエアロから依頼を受け取ってきた」


 もう、俺は一年生じゃない。

 れっきとした、この学園に大勢いる二年生の一人である。冒険者パーティだって作ったし、どこに出しても恥ずかしくないホーエルンの学生だ。

 

 そんな二年生の毎日は迷宮一色。

 最初は大体ランクを上げることにみんな熱中するんだよなあ。まぁ、卒業するまでに16あるランクのうち、10番目ぐらいにいければ御の字だろう。


「もう受け取ってきたの!? 早いね! でも、ウィン。依頼を受けとる冒険者ギルドってここでいいの? あんまり詳しいことは知らないけど、16番の冒険者ギルドって良い噂は効かないよ……エアロもあんな感じでやる気ないし……依頼って数字が低い冒険者ギルド程割に合わないものになってくるんでしょ?」


 ミサキの指摘はずばり当たっている。

 一つでも高いランクを目指すのなら、16番冒険者ギルドから受け取ることはないだろう。依頼の質は、数字の冒険者ギルドの数字と相関関係があるってのはこの学園の関係者なら誰でも知ってる。

 でもこればっかりは仕方ない。何故なら。


「あー……その前に、ミサキ。この部屋の家賃、一か月で幾らか知ってるか?」


「……5万ゴールド? ……ちょっと待って、分かった2万ゴールドだ!」


「その理由は?」


「だって、こんなに狭いんだもん。前の家も狭かったけど、こっちは何て言うか……寝るためだけって感じだよね」


「はずれ。正解は24万ゴールドです。ちなみに1か月の話な」


「えっーーーーー! うっそでしょーー!!! ぼったくりだよ!」




 そうだよな、高杉だよな。

 でも、街で一番の大通り路地裏に住むこと、それがどれだけ家賃に跳ね返ってくるかミサキは分かっていない。

 その辺の感覚はミサキには無い。ずっと魔王軍で生きてきたから、一年たったとはいえミサキの常識はガバガバだ。やっとホーエルン魔法学園がどういうところっていうのを理解したぐらいで、人間世界の歴史も何も知らないだろう。

 

「それで、ミサキは今日どうする?」


「どうするって……え! まさか僕を置いていくつもりだったの?」


「一応、意思は確認しておこうかなと」


「ウィンに着いていくに決まってるよ! むしろウィン、僕を一人にしていいの? あの……僕は一応、魔王軍の……だったんだけど……」


「大丈夫、そこは信じているから。ミサキはもう魔王軍からは卒業したって」


 そう言って、ミサキの髪の毛を撫でた。

 オレンジ色の髪をおさげにして、まだ幼さがはっきりと残る大きな瞳、小さく筋の通った鼻と口元。


「うん……ありがとう……」


 後数年もすれば、随分と可愛らしい女性になるんだろうって、そんな面影を覗かせるミサキは嬉しそうに顔をくしゃっと緩ませた。


「出来れば二度と俺のことを洗脳しないでくれたら助かるよ」


 冗談抜きで。不意にやられたら、抗いようがないから。


「僕はウィンを二度と裏切らないから……! 約束する、ほんとだよ!」


 一晩だって、ミサキの表情は随分と優しくなった気がするんだ。

 これで俺を騙さなくてすむって良心の呵責が無くなったこともあるだろうし、ミサキの中で踏ん張りがついたらしい。


「そうだ、昨日、デートするって約束したよね!」


 ああ、それは……。

 結構俺好みのシチュエーションだったから、勢いに任せて言ってしまった奴だ。俺ですら忘れていた言葉を、ミサキはしっかりと覚えていたらしい。



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