第34話 魔王討伐者の扱い
『聖マリ』の世界では、ホーエルン魔法学園での行動が大部分を占める。
学生を卒業してからも、この学園には毎年、新入生がやってくる。中にはとんでもない才能を持った若者が突然に現れるから、大人になっても大半のプレイヤーはホーエルン魔法学園の新入生をチェックするもんだ。
そして、新入生に目を光らせているのは魔法学園の冒険者ギルドも同じ。
学園の冒険者ギルドには役割に応じて16までの番号が割り振られ、それぞれのギルドには決まって一人ぐらい名物キャラクターがいるんだ。
16番の冒険者レベルだったら間違いなくこの人だろう。
エアロ。
派手な外見の割に面倒見が良くて、パーティーにいればそこそこ使える。だけど、仲間に出来る条件は結構難しい。
「部屋はこっちよ。暗いから足元に気をつけてね」
階段を上りながら、振り向いて俺たちがついてきていることを確認するエアロ。
『聖マリ』の中でよく見せたあの派手な姿とは違って新鮮。
「暗くない? そこのランプはつけないのか?」
「私一人しか住んでないし、勿体ないわ」
「今日から一応、二人増えるんだからさ」
「検討はしておくわ。検討はね」
あ、口だけのパターンだなこれは。まぁいいけど。
「でも、ウィンフィールド。君はよくうちの二階の部屋が空いてるって知ってたわね」
「入学した時、宿屋のことを色々調べたことがあってさ」
16番の冒険者ギルド2階に住むっていうのは『聖マリ』のプレイヤーとして、なくはない選択肢だ。寮生活を行うと、面倒なイベントが多々起きるからな。
孤独プレイを好むプレイヤーは、主人公のマリアを操作して16番ギルドの2階に住むことはよくあること。
2階に上がると廊下に出る、両脇には幾つかの部屋。
「ウィンフィールド、貴方はここ。ミサキちゃんは、こっちよ。私の隣ね」
「え、でも、僕はウィンと一緒に……・」
「お世話なら部屋が違っても出来るわ。ほら、いくわよ。あ、そうだ! 服、貸してあげる! ちょうど可愛いのがあるのよ!」
「え、ちょっとエアロ!」
自分は奴隷だから、俺と同じ部屋とか色々言っていたけど、さすがにこの狭さじゃ、一緒に住むのは不可能だろう。
もう偽りの奴隷だったこと分かってるんだし。
そんな意図を視線に込めたら、ミサキは黙ってエアロについていった。
さてと。室内を見渡す。といっても、一瞬で中の状況を確認出来た。
特筆すべきは、長らく使っていなかったんだろう埃が溜まっていて掃除しがいがありそうってことかな。
「ふぅ」
荷物だけ床におく。窓もあるが、立地が路地裏だから景色はよくはない。
暖炉が欲しいとか床に絨毯とか、贅沢はいわないよ。贅沢は。
ぐー。
お腹が減ったな。
そういえば1階にキッチンがあった。材料はある程度家から持ってきたし、調味料はキッチンにあるだろう。エアロもこの冒険者ギルドに住んでいるわけだし。
貸してくれるようお願いしてみようかな。
「さて、と」
服を寝間着に着替えて、階段の下を降りていく。
エアロは、ちょうど冒険者ギルドの入口を開けて、外に立て看板を出したところのようだった。閉店中の看板を出したんだろう。
「早いじゃない。もう部屋の確認はいいの?」
「何もないんだから見るものもない。それより、なんで閉店中にしたんだ?」
部屋の確認に関しては、俺は『聖マリ』でよくあの部屋を使っていたしな。
今更だった。
「貴方たちのように、これ以上、部屋を借りたいなんて変な人が入ってきても困るから」
「……それもそうか」
そして俺はどっしりと椅子に腰をおろした。
はあー、なんとか今晩の宿も確保できた。家賃は結構な額になるだろうが、青春通りに近いのは有難い。授業を受けるための校舎にも近いし、生活には便利だ。
少なくとも、昨日まで俺たちが住んでいた場所に比べると雲泥の差。
「それより、さっきの騒ぎ。もしかして関わってる?」
「まぁ、関わりがないといったら嘘になる」
「随分、正直なのね。でも、大騒動よ。腰の重い1番や2番の冒険者ギルド職員まで出動するなんて滅多にないこと。あれと関わりがあるなら、逃げてきたのは正解かも。現行犯じゃなければ、なんとでも言い訳が出来るから」
それ以上エアロは聞いてくる気がなさそうだ。
厄介ごとには関わらないスタンスなんだろう。だったら、俺たちをこの場所に泊めるのはどうなんだって気もするが、目先の金を取ったに違いない。
相場の倍だから……ひと月辺り50万ゴールドは取られるかな。あんな小さい部屋でも、青春通りにはそれだけの価値がある。文句は言わない。
「……ミサキ、おそいな。何やってるんだろ」
「身支度を整えているのよ。女の子なんだから」
「そういうものか?」
ミサキはまだ、降りてこない。
ミサキの服も随分汚れていたから、エアロが替えの服を貸してくれた。
何でも前に、ミサキと同年代の子がこの場所に住んでいて、荷物を一部残していったらしい。とはいっても、ミサキは年齢でいうと14歳だ。
マリアよりも2歳年下で、新入生よりも1歳低い。服のサイズ、合うかな。
それとも初めて持つ自分の、部屋に感動しているのか。
なんだかんだ言って年頃の女の子だ。自分の部屋に相応の憧れはあるだろう。
それか、これまで自分に起きたことを整理しているんだろう。
俺に正体がばれたことで、慕っていた父親から刺客が差し向けられた。
魔王軍での未来は絶望的だろう。
「ねえ、ウィンフィールド。君に、一つ確認したいことがあるわ」
「俺に答えられることなら、なんでも」
「魔王討伐者ってのは、ほんとうなの? どこの冒険者ギルドも偉い騒ぎ、事実なら明日から時の人になれるわ」
やっぱりくるかこの質問。
魔王ってのは、人類と敵対している魔王軍の極めて高い地位を現している。
魔王よりもっと厄介で階級の高い奴らもいるが、魔王ってのは特別な存在だ。奴ら魔王は、自らの領地を持つ権利を大魔王より与えられている。
つまり、軍隊を持っている。
確かミサキも小さいながらも領地を持っている。でも人間が魔王なんてふざけんなって、領民のモンスターもいないからミサキは放置していた筈だ。
「本当だよ。俺は、魔王討伐者だ」
一度ばれてしまったら、最後まで隠し通すのは不可能だ。
ここで嘘をついたら、のちに面倒になるかもしれないし、素直に認めることにした。マリアのやつ。えらい爆弾を投げてくれたもんだ。
「討伐対象は、魔王アグエロ。俺の故郷を襲った龍人だ」
「とりあえず…………握手してくれない?」
絶句しているエアロに、だったら家賃ただにしてくれとお願いしてみた。
でも、それとこれは話は別らしい。残念。
―――――――――――————————
エアロ「握手してくれた」
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