第35話 魔王討伐者、野菜炒めを作る
魔王討伐者。
それはこの『聖マリ』の世界では極めて高い意味を持つんだ。
簡単に言えば、英雄の証だったりする。国に一人でも魔王討伐者がいれば、国民にさえ箔がつく。だから高名で実力の高い冒険者を国が支援して、どれだけ弱くてもいいから、魔王領で魔王倒してきてくれよってお願いをしている国もあるぐらいだ。
「魔王討伐者なんて凄い逸材が隠れていたのね。だったらゲスイネズミボ・ボスなんて楽勝じゃない」
「そんなことないけどさ。舐めてかかれば痛い目に合う」
素の俺の能力だったら、ゲスイネズミ・ボスでも勝ち目ないからな。
さて、マリアが俺の正体を暴露したせいで、冒険者ギルドは一抹の騒ぎが起きていたらしい。
一応はギルド職員であるエアロに、今日何十歩もでんでん虫を通じて、他ギルドから俺の情報を出せって連絡がきたらしい。俺に初依頼したのは16番のエアロだからな。何か俺について情報を持ってるに違いないって勘繰られたらしい。そういえば昨日のリッチ騒ぎも、元はエアロだ。
何かと縁がある。
「他のギルドじゃ、貴方の職業探しに躍起になっているでしょうね。
「尋問状の間違いじゃないのか」
「あら。上手いこというわね」
昨日、リッチに誘拐された一年生を病院に運んだ後、3番の冒険者ギルドに連行されて、尋問されたからな。どうやってリッチを倒したんだってさ。
隙を見て、抜け出したけど。
「でもエアロ。俺みたいな面倒な奴を住まわしていいのか? ここに住ませてくれってお願いした俺が言える義理じゃないけど……」
「魔王討伐者なんて、凄い稼いでくれそうじゃない。うちに住むってことは……優先的にうちの仕事を受けるってことでしょ?」
「それはまぁ、任せてくれ。16番のギルドから優先的に依頼は受けるよ」
『聖マリ』は自由な世界だ。
この広大な魔法学園には、全部で16もの冒険者ギルドが存在する。それぞれが得意とする領域や職員の質も異なっている。
最高難度の依頼を受けたいなら、1番から3番の冒険者ギルド。難度が高いほど、報酬もいい。難度が低いゲスイネズミなんて、どれだけ頑張っても一回につき数千ゴールドぐらいか。
同じギルドから何度も高難度の依頼を受けて達成したら、特別な依頼を受け取ることができる。だけど、他の学生との競争も激しくなるから、何番のギルドから依頼を受けるかは要検討だ。
「魔王討伐者がうちから仕事を受けるなんて……運が上がってきたわね」
心なしか、エアロは嬉しそうである。
俺とミサキ分の家賃って臨時収入だけじゃなく、魔王討伐者である俺が依頼を次々達成したら、その分だけ冒険者ギルドは潤うからな。
「どうかと思うけど……」
俺は隠れ職業『厄病神』を持っている。
後でこんな筈じゃ無かったなんて言っても遅いからな、と。内心で独り言。
「それより、エアロ。少しキッチン貸してくれないか」
お腹が空いたので 軽い料理を作ることにした。
16番の冒険者ギルド一階は、学生の相手をする受付と、ギルド職員が仕事をするカウンター奥で区切られていて、カウンター奥にはキッチンがある。
フライパンに油を垂らし、家から持ち込んだ食材を幾つか2階からおろしてきた。調味料はキッチンにある分を借りている。
「料理、出来るの? 話じゃ、ミサキちゃんが料理していたって聞いたけど」
「出来る。というより、昨日思い出した」
「思い出した? 何よそれ」
「こっちの話だ」
豚肉には砂糖をつけ柔らかくしておく。
まずは玉ねぎを薄くスライス、ピーマンは食べやすい大きさにカット、ニンジンは短冊状に。油をひいて、弱めの火で豚肉を軽く炒める。いい感じになったところで肉は一端別皿に取り出した。次は野菜をゆっくり炒める。
足りない食材はエアロから購入した。
ゲスイネズミの討伐費用は12万ゴールド。部屋を借りる手付金としては二人で11万ゴールドでいいと言われたんだ。後の1万ゴールドは自由に使えと。
大人の余裕ってやつか。いや、でも微妙にけちだな。
「エアロ。ちなみに、俺について知ってること教えてくれないか」
そう言えば、エアロは意外とタメ口オッケーらしい。
やっぱり大人の余裕、あるかも。
「そうねえ……」
野菜を全体的に痛めたら、さっきの豚肉を投入。
頭で考える前に手が動く。案外身体が覚えてるものだな。
「ウィンフィールド・ピクミン。学園でたった一人の奴隷所有者。過去の経歴は、不明。というより、職業、
「……」
「二年生に上がったら、一気に頭角を現して一年生を逸れモンスターから救いだす。しかも、翌日には魔王討伐者であることが発覚して、一躍、時の人。そんなとこかしら。あ。あとは噂よりもミサキちゃんと仲が良いってところもあるわね。あんまりぎちぎちした主従関係って感じがしないし、本当にあの子、奴隷なの? かなり自由にさせてるし」
鋭いな。
「確かに俺とミサキの関係は一般的な奴隷のそれと比べたら少し変わってるかもしれないな」
醤油をいれ味付けを整えながら、卵を加える。ミサキに洗脳されてからは使うことがなかった秘蔵の醤油、破壊された家から何とか持ち出すことができたんだ。
「ふうん。上手じゃない。慣れてるのね」
俺の手際を見ながら、彼女はまた書類仕事を始めている。
全体的に調味料の味が絡んだので、火をとめた。
「諸事情があったって言っただろ。色々と思い出したんだよ」
「ふうん、それって私が聞いてもいい話?」
「だめ。よし、できた」
夜食用の野菜炒めである。湯気がたっていて、食欲を誘う香ばしい匂いが漂う。皿に移して、机に持っていく。エアロが座っている丸机とは別の丸机だ。ギルドに入ってすぐの受付場には、5、6の丸机が置かれている。学生用だろうか。
椅子に座って、さて食べるかというところで。
「あ! ミサキちゃん、とっても可愛いじゃない!」
階段をおっかなびっくり降りてくるミサキ。
フォークを持つ手を止めて、そちらを見る。残念ながら、箸は無かった。気分的には箸で食べたいけど、この辺りに竹は無いし、今から作ろうという気にもなれない。
お腹がすいてるんだ。フォークで充分。
さて、ミサキの登場である。彼女を見て驚いた。
見たこともない、フリフリの服を着ているからだ!
白くてモフモフしている。なんていうか、とっても女の子って感じ。
「エアロ! なんなのこの服! 聞いてないんだけど!」
ミサキは随分と恥ずかしそうで、動きにくそう。少なくとも、ミサキチョイスでは着ない服装だ。
顔を赤くして、やりづらそうだ。魔王ラックんを相手にしてたよりも険しい顔でエアロのもとへ向かう。
「……すごくフリフリしてて動きづらいんだけど……他の服、貸してよ!」
「前にここに住んでいた子が、そういうの好きだったのよ。でも、ミサキちゃん。絶対に合うと思ってたわ」
ミサキが悶えている。
もじもじして、顔を手で覆う。しかし、顔を覆う手のひらの指の隙間からこっちを見ていた、俺が食べようとしていた野菜炒めを――。
見かけによらず、ミサキは食べる。大食いとまではいかないけど、食欲旺盛。
「ミサキも食べる?」
「いいの?」
「まだ食材はあるからミサキの分も……わかった、二人分つくるよ」
俺を見るエアロの圧に負けた。
―――――――――――————————
エアロ「ウィン、作ってくれる模様」
【読者の皆様へお願い】
作品を読んで『面白かった!』『更新はよ』と思われた方は、下にある★三つで応援して頂けると、すごく励みになります!
何卒よろしくお願いいたします。
※上記お願いは最新話のみ残しております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます