第33話 16番の冒険者ギルド

 『聖マリ』の世界で、ウィンフィールドに与えられた住まいは誰も訪れないような学園の僻地にある。


 学園の中心を突っ切る青春通り。

 あそこから走って30分ぐらいかな、鬱蒼と茂って整備もされていない木々の中に、俺たちの家はあるんだ。

 ほったらかしにされた木々の中、恐らく大半の学生はその存在も知らないような場所で、ウィンフィールドと奴隷ミサキは質素な生活を送っていた。

 倉庫といっても、木造の小屋みたいなもんだ。

 お風呂場は公衆浴場を使って、金がない時は野草を料理して食べる。金持ちが多い、ホーエルンの学生にあるまじき生活だった。


「ウィン! どうして、冒険者ギルドに向かうの! 向かうんですか!」


 だけど、あそこにはもう住めない。 

 魔王の残滓を調べるために、冒険者ギルドが俺たちの家だった場所を封鎖するだろう。冒険者ギルドにとって、魔王社会の頂点に位置するといっても過言じゃない魔王の情報は貴重なんだ。


「考えがある。今は何も言わず、着いてきてくれ」


 そして俺はミサキの前を指差した。

 数十分小走りで走る。すると見えてくる学園の中心、青春通り。

 通りを走る大勢の大人たち。

 冒険者ギルドの制服を着て、肩に刻まれた番号はそれぞれ違う。大体、外敵に対する対処はリッチの時と同じく3番の冒険者ギルド職員が担当するんだけど。

 今回は、リッチじゃなくて暗黒精霊ラックんだ。奴の襲来は。3番以外の冒険者ギルド職員も多数動員するような危機らしい。


『あっちだ! 強力な、魔力反応!』


『あの規模は数年振りだぞ! 魔王がいるかもしれない! 警戒は怠るな!』


 このホーエルン魔法学園は、未来を担う若者の教育機関だ。

 だから、高位冒険者らが冒険者ギルドに所属。

 万が一に備え、学生らを守っている。


 あ……。

 冒険者職員に交じって、マリアやズレータの姿も見えた。

 あいつらが住んでいる学生寮も青春通りの近くにあるから、この騒ぎに気づいたんだろう。通りを見たら、中々の騒動になっている。

 俺たちは路地裏に隠れながら、奴らが通り過ぎるのを待った。

 すると、グーと誰かのお腹が鳴る音。

 俺は背中に担いだ袋からあるものを取り出した。


「そういえば、夕ご飯も食べてなかったな」

 

 俺は転生者だ。

 前世は割と料理にはこだわっていた。

 幸いこの世界には、食材は前世にも引けを取らない。

 最悪、数日はホームレスも考えていたから、家から食料関係を多く運び出していた。そうだな、日持ちしない白パンはこの機会に食べるか。ナイフで軽くスライス、肉とチーズを挟んで、軽く火の魔法で炙っていく。

 たちまち、肉ホットサンドの完成だ。

 香ばしい匂いに、またミサキのお腹が鳴った。

 俺がさも当たり前に魔法を使っているけど、もうミサキは何も言わなかった。 

 理解することを諦めたようだ。


「……おいしいッ!」


 ミサキが、信じられないようなものを見る目でホットサンドと俺を交互に見る。

 今日何度もその視線で見られたなあ。


「しかもウィン、手際良かったね……」


「ミサキに洗脳される前はそこそこの腕だった」


「ご、ごめんなさい……」


 それからミサキはサンドイッチを食べるのに夢中になった。

 俺たち、夕食も食べてなかったからなあ。


 ミサキが食べ終わる頃には、通りを走る冒険者の数も随分少なくなっている。

 そろそろ行こうと、ミサキを促した。


「ウィン、どうして、16番にいくの!? いくん、ですか!」


 さすがに下手くそな敬語が気になりすぎた。

 足早に歩きながら理由を問うと、ミサキは話してくれた。 


「……それは、えっと、何ていうのか分からないけど、か、感服しました!」


 そう言うミサキの目が、キラキラと輝いていた気がした。

 ミサキが過ごしていた場所は実力主義の魔王軍だ。どうやら、ミサキにとって俺は自分よりも遥かに格上の存在と認識されてしまったらしい。

 




 さて、16番の冒険者ギルドは、青洲通りの裏通りに存在する。

 二階建ての石造りの建物だ。灰色にくすんでいて、外観には余計な装飾もない。でも、立地だけは一等地。

 もう少し僻地に造れば、職員だってもう少し雇えただろうに。


 基本的に冒険者ギルドは不眠不休で運営されている。

 営業時間なんてものはないが、俺たち学生を相手にする冒険者ギルドの通常業務は日没と同時に終わる。俺とミサキが中に入ると、エアロがいた。

 

「あ……あなた、達。こんな時間に何の用?」 

 

 エアロは眼鏡を掛けて、椅子に座り書類に向かっていた。外は結構な騒ぎになっていたけれど、16番の冒険者ギルドには出勤の命令は出なかったらしい。


「……夜遅いんだから、もう帰りなさい。今日はゲスイネズミで大活躍って聞いたし、疲れてるでしょ」


 化粧を落としたら、随分と地味になるもんだ。

 でも、そっちの方がいいと思った。似合っている。有能な秘書みたいで、あのギャル姿よりはよっぽどいいよ。

 

「何も聞かず、俺たちをこの冒険者ギルドに住まわせてほしい」


「…………え? ……は?」


 エアロは戸惑っていた。そりゃあそうだろう。

 俺は、昨日今日知り合ったばかりの学園生徒だ。これまでエアロとは何の関わりもないし、しかも俺は結構な問題児だ。


「……私の聞き間違いかもしれないから、もう一回言ってくれないかしら」


「家が無くなった。今日、寝る場所が無い」


「……言いたいことは色々あるけど、あそこはどうしたの? あの……裏林みたいな場所にある古倉庫。あそこに二人で住んでいたんじゃないの?」


「……何があったかは、明日になったら分かると思う。とりあえず、俺とミサキは雨風が凌げて、生活出来る拠点を探している」


「だからってどうしてここなのよ……」


 だけど、俺は知っていた。

 16番の冒険者ギルドは宿泊機能も持っている。しかもちょうど二階が開いている。二階には五部屋あったはずだ。

 そのうちの一室はエアロが使っている。けど、他は全て空き部屋のはず。


「二階の部屋が空いているはずだ。家賃は相場の倍、出す。手付金として、ゲスイネズミ討伐の報奨金は全額渡す」


「! ちょっと考えさせて」 


 それに俺はこの16番の冒険者ギルドが資金繰りに困っていることも知っていた。

 だから。

 

「おっけい。いいわ、住まわしてあげる。それで、部屋は一つ? 二つ? 勿論、二部屋なら二部屋とも倍の家賃払ってもらうわよ。相場の倍、だからね」


 そう言って、エアロは椅子から立ち上がった。


「とりあえず二階に荷物を置いて、顔でも洗ってきなさい。気づいていると思うけど、とんでもない恰好してるわよ、貴方たち」


 どうやら俺たちを二階へ案内してくれるらしい。



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