第32話 英雄のはめ技
『聖マリ』の世界じゃ、夜の時間こそプレイヤーは本領発揮をする。
主人公であるマリアを操って、深夜の魔法学園を徘徊するのである。寝静まった学園で、誰にも見つからずに修行をしたり、夜間の潜入は禁止されている学園迷宮へこっそりと侵入したり。夜の時間帯にしか現れないモンスターがいるんだよ。
大抵、そういう奴らは良い経験値稼ぎやレアアイテムを持っている。
何が言いたいかと言うと、俺はこの学園だけじゃなくて、『聖マリ』世界を知り尽くしているってことだ。
——今日のマリアやズレータの動きは予想できなかったけど。
「え……え!? いきなりそんなこと言われても……」
割と、究極の質問だと思う。
今後の人生を大きく左右する決断、短時間では決められないだろう。
けれど、すぐに決めて欲しかった。
だって俺の結界がそろそろ限界だから。まじで。
情けないけど、もう無理。
あのピエロ、どぎつい魔法を放っている。ガリガリと俺の結界が削られていく。
「——そういうことか、人間、お前、結界師だな! 結界師だと分かれば、話が早い! 結界師の力は、一度崩れたら終わりだからな!」
「……ウィンが、結界師? ありえない……といいたいけど」
そう零して、ミサキが俺の顔をまじまじと覗き込む。
「……ありえないよね?」
ミサキは俺の反応を観察しているみたいだ。
だけど、残念。俺は口を結んで無反応を貫いている。
ミサキがペタペタと俺の身体を触ってる。
穴の開いていた俺のお腹を見て、傷が塞がっていることを確認すると、ほっとしたような、理解出来ないような不思議な顔をする。
「あいつにやられたお腹だけじゃない……ウィン、どんな生活を送ってきたら……こんなに傷だらけになるの……」
見られてしまった。
俺の身体、服の下は全身傷だらけだ。
全部、厄病神と共に生きてきた証である。
俺が回答に困っていると、闇夜の下でピエロが吠える。うるさいなあ。
「結界を、割ってやったデシュ!」
弾けるようなピエロの声。
あいつは俺の家を散々破壊してくれたっていうのに、まだ暴れたりないらしい。
ふざけんなって話だ。
ていうか、出てる出てる。ピエロの被り物を被った
ふう。俺が結界師としてもっとレベルを上げていればもっと強力な結界が貼れたんだろうけど……それでも十分すぎる効果は得た。
「ミサキ。答えを聞きたい」
「どっちも、無理だよ……あいつからは逃げられない……」
まあ、暗黒精霊のラックんは強いからなあ。
ピエロ状態を倒しても、次がある。一段階目のピエロに苦戦しているようじゃ、
だけど、決断はいつだって唐突なんだ。
「じゃあ、あいつを倒して落ち着いた時に、もう一度聞くことにするか」
「え、ちょっと待って!」
待たない。
向こうでピエロが何か、禍々しい力が貯めている。
次の攻撃は、俺たちに当たる。ピエロもそれが分かっているのか余裕な感じだ。あいつは余裕顔で、向かってくる俺を見ていた。早くこっちにこいって、指をクイクイってして挑発までしてきやがる。ふざけたピエロだ。
だけど、俺が手の中に握っている何かを見せると顔色が変わる。
「——ま、まてまてまてまてまて! ちょっと待て! 本当に待て、デシュ! というか、いつの間に取った!」
ピエロが首にかけている首飾りに注目したい。
それは灰色の小石を数珠繋ぎにしている何の変哲もないアクセサリー。
ただ、数か所だけ小石が欠けていた。
最初の時だ。あいつが俺たちの家の中に現れて、ミサキに向かって攻撃をした。道化師の力、『
そして今、アクセサリーの小石が俺の腕の中にある。
たったそれだけ。だけどピエロの反応は劇的だった。
ピエロは自分が掛けている首飾りに視線を落とし、数珠繋ぎになっている石が数個欠けていることを改めて確認する。
「……人間、お前、それが何なのか知っているのか」
「えい」
力を入れる。
小石にみしり、とヒビが入った。
ピエロの顔色が変わる。面白いぐらいに、変わる。
「人間……お、お前、どんな馬鹿力してる……それは金剛石の硬度だぞ……」
身体にみなぎる不思議な力。
今の俺は既に『
——倒した魔王の好きな能力、半分。
対魔王相手であれば、俺は無敵に近い力を発揮するのである。
魔王アグエロ、奴の特徴はバカ高い攻撃力だった。
「や、やめ――やめろ、それは俺の心臓だおおおおおおおおおおおおおおおお」
『聖マリ』世界の良い所は、どれだけ強いモンスターであっても、確実に弱点が存在していることだ。
暗黒精霊のラックん、あいつを簡単に倒すには幾つかのやり方がある。そのうちの一つが、このアクセサリー奪取。
もっとも、この小石を破壊するには多大な腕力が必要になるけれど、今の俺は能力値にも条件を満たしている。正攻法であんな化け物と戦うつもりは無いよ。
「か、返せええええええええええええええええええええええええええ」
「俺の家をぶっ壊した罰だ」
手の中で石を粉々に砕くと、ピエロの身体がしぼんでいく。
身体から黒い霧のようなもやもやを吐き出しながら、地面にピエロの被り物だけが落ちていく。本体のほうは危機を感じて、逃げだしたか。
精霊ってのは奇麗なものに自らの命を込める修正があるらしい。あいつはアクセサリーに分割した命を込めていた。俺はそれを破壊したわけだ。
「……え? う、ウィン……何したの?」
まだ何が起きたのか、事態の推移に追い付いていないらしいミサキ。
説明は、放棄することにした。
俺は足元に気をつけながら、家だったものの中を歩き回る。
「あいつが……逃げた? え? 倒したの? 冗談でしょ?」
壊れた棚の引き出しを開けたりして、日用品をせっせと丈夫な革袋の中に詰め込んでいく。僅かな小銭も持ち出していく。日持ちのする燻製は……いいや、この場で食べてしまおう。がりがりと齧りながら、1分ぐらいで持ち出すものを整理。元々、物が少なかったので案外呆気ない。
「ミサキ」
「は、はい!」
何故か姿勢を正しているミサキ。
もしかして、俺、怖がられてる? ゾンビみたいに復活したから。
「——ギルド職員が来る。逃げよう」
「逃げるってどこに……ですか……?」
どうして敬語? まあいいや。
「16番冒険者ギルド。とりあえず、あそこで夜を明かそう」
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