第29話 彼女の正体がばれる時
この世界には、強大な力を持つ二つの種族が存在する。
人間と、モンスターだ。
人間とモンスターの争いは、世界の歴史だ。
互いが互いに憎みあい、愚かな殺し合いを行っている。大人気恋愛ゲーム『聖マリ』の世界では、聖女マリアを使用して、人類を勝利に導くことが求められた。
主人公マリアの美貌や色恋、巧みなテクを使って、強力な人間を仲間にしていくんだ。
「……なな、なんで、そっちの名前を! まさかアグエロが言ってたの!? アグエロが人間であるウィンに、僕の名前を教えたの!? しかもコクリュウのほうを!」
大魔王ドラゴン、それが人類の敵にして、『聖マリ』のラスボスだ。
名前だけが広く知られている最も有名なモンスター。でも、姿形も人間には伝わっていない。それは大魔王ドラゴンが徹底的な秘密主義だからだ。
魔王軍のトップでありながら、その正体は魔王軍でも秘匿されている。
そんな大魔王の昔の名前が、魔王コクリュウである。
「ウィン……君は一体、何者なの……どうやってアグエロから僕の名前を……」
ミサキは声を震わせながら、俺を見ていた。
「簡単な話だ。魔王アグエロの命を見逃す代わりに、魔王軍の内情を教えて貰ったんだよ」
その言葉にピクリと、ミサキが固まった。
魔王アグエロ、俺の故郷にたった一人で攻めてきたお馬鹿魔王の名前だ。
俺の故郷ピクミンにやってきて、この国で最強の人間を出せって騒いで、大勢の人間がアイツの前に散っていった。
「い、命を見逃した……? あ……アグエロは、生きているの!?」
魔王アグエロは、魔王の中でも特別な存在だ。
魔王以上の経歴は求めず、群れない。求めるのは、さらなる強さのみ。たった一人で放浪を繰り返し、魔王軍の中でも厄介者扱いされて人間の世界にやってきた。
「アグエロは生きているよ。ミサキに洗脳されるまでは、彼女とはたまに連絡をとっていたぐらいだし」
「うそ……アグエロとウィンが……」
アグエロとミサキは、魔王軍の中ではお互い目を引く存在だ。
特に魔王アグエロは物怖じしない性格で、魔王軍の中でも一際目立つ人間のミサキのことが昔から気になっていたらしい。
魔王アグエロとミサキは友達だ。親友だったと、本人が言っていた。
「あいつの命を助けるのと引き換えに出した条件は二つ。魔王としての地位を捨てること、そして魔王軍の情報。あいつは嬉々として俺の提案に受け入れたよ。元々、魔王として生きていることに飽きていたみたいだったし」
「……アグエロのやつ、なんてことを」
ミサキはどう反応していいのか、分からないようだった。
友達が生きていたこと、俺がアグエロを倒したという事実、そしてアグエロが俺にミサキの本名を、魔王軍の情報をばらしたということ。
「でもアグエロを常人のウィンがどうやって……」
俺には知識があった。アグエロは魔王の中で、たった一人で戦う好む魔王。
昨日、ホーエルンに現れたリッチの時と同じだ。
俺は職業補正の力を使って、アグエロを夜襲してはめたんだ。
その結果、俺は一部から魔王殺しと認識されるようになった。
あのマリアが俺のことを知っていたのは今でも驚きだが。
俺のストーカーか何かか?
「ま、簡単に言うと……今の俺の身体には戦士の特殊補正ブレイブハートが発動している。これだけ言えば分かるだろ?」
「まさかウィン……君は
俺はゆっくりと頷いた。
厳密には、違う。でも、細かいところはいいだろ。
「……僕は、ホーエルン魔法学園に入るために、とんでもない人間を洗脳してしまったのか……
ミサキは、乾いた笑いを零す。
まあ、そうだろうな。
職業補正の力を与える
能力値を超越する職業補正は計り知れない力を持ち、外見からは想像も出来ない力を発揮する。大体の人間は、就いている職業に服装や武器を寄せることが多いんだけど、隠れ職業持ちは当てはまらない。
マリアなんかは、持っている
「ウィン……君の目的は、なんなの?」
ミサキが、きっと俺を睨む。
「俺の目的――?」
【大賢者ウィンフィールド! それ以上の重ねは命に影響を与えます! 能力値が追いついていません! 大賢者ウィンフィールド! 自暴な真似はやべるべきです! ステータスで確認推奨!】
俺が何もしなくても、目の前に文字の羅列が浮かんできた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前:ウィンフィールド・ピクミン
性別:男
種族:人間(
レベル:1
ジョブ:『
隠れ職業;『
HP:15/91
MP:670/670
攻撃力:55
防御力: 140
俊敏力: 120
魔力:360
知力: 51000
幸運: -10000
発動補正;戦士の職業補正『
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
【大賢者ウィンフィールド。貴方は一体、何をする気ですか? それに貴方は何者!? この補正の数! こんなの、これまでの大賢者でも、見たことがない!】
補正の数?
だめだ。まだ、足りないって。
この先、俺とミサキの前で起こることを考えたら、もっと必要なんだ。
俺はミサキの正体を見抜いて本人に告げた、告げてしまった。これが、とあるイベントを引き起こす条件だったりするんだ。
『聖マリ』ってゲームの中じゃ、もっと後半に起きるイベントだけど、二年生になったばかりの今、俺は起こした。ミサキの正体を見抜くイベントは、ミサキと関係を深めるには不可欠だ。
折角、ズレータとマリアがこれだけの材料を提供してくれたんだから、利用してやろうって魂胆である。
勿論——戦闘に直結するイベントだ。
「俺の目的は、大したことじゃないよ……」
「教えて、ウィン。アグエロと協力関係って……何を考えているの」
さて、故郷ピクミンをたった一人で襲いにきた魔王アグエロ。
あいつを魔王の座から引き摺り下ろしたことで、得た職業がある。これから起こるイベントを考えたら、『魔王殺し』の職業補正が必要だった。
「……あんまり言いたくないけど」
俺の目的は、言葉にすることも恥ずかしいぐらいだ。
俺は普通でありたい。普通に、幸せになりたい。
俺の人生は、普通とは真逆だった。
全ては、隠れ職業『
こいつのせいで俺は普通とはかけ離れた生活を送ってきた。小国の王族として生まれた俺だけど、他の兄妹に悪影響を与えるからと物心ついた時には家から叩き出されるようになった。雑草の味だって知ってるさ。
「ミサキ。俺はただ、人並みの幸せになってみ――……」
でも、そこで時間が終わった。
俺だけじゃない。ミサキだって、それ以上の言葉を紡げない。
ミサキは目を見開いて、部屋の隅を見ていた。
家の扉は開いていない。だけど、そいつは突然、現れたのだ。
俺はそいつが現れることを覚悟していたけど、ミサキは違う。ミサキは何も知らない。ホーエルン魔法学園で
「——わーはっはっはっ! ミサキ! まさか、こんな場所に呼び出されるとはな! 大魔王様の考えは当たったな!」
それは白と赤の被り物を着たピエロだ。
ステータスを、確認する暇もなかった。そいつの姿が、消えた。
猟兵の職業補正『
ホーエルン魔法学園でミサキの正体をばらした場合、ミサキを殺すモンスターの刺客がやってくる。どんなモンスターが来るかは完全ランダムだが、どいつも
「ミサキ! お前の正体が人間にばれた時! お前を殺すことになっていたんだよ!」
――間に合わない。
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