第28話 ミサキ・コクリュウ
『聖女様って、呼ばないで!』。
そんなゲームタイトルで一時期を築いた『聖マリ』はとても自由度の高いゲームで、恋愛要素を歌っているけれど、それ以外にも楽しみ方は沢山ある。
俺がそんな『聖マリ』の世界に転生したと気付いた時のことだ。
まずやったのは自分が何者であるか探るより、自分が持つ『聖マリ』記憶の整理だった。
この世界に生きるキャラクターを忘れないように、紙に書いて必死に記憶したんだ。
書いては消して、書いては消して。繰り返して、数週間は使ったかもしれない。家族からは小さい子供が何をしているんだとえらく気持ち悪がれた。でもあの頃のおかげで俺の頭には聖マリキャラクターの情報が刻まれている。
【大賢者ウィンフィールド! 投降を推奨! 魔王ミサキは貴方に興味を持っています! 今なら生き残れる!】
ふざけんなって、大賢者。
投降したら、またミサキに洗脳されて終わりだろ。そんなの俺の中じゃ生きてるって言わないんだよ!
それで、ええと。そうだ。
むしろ、俺は転生に気付いた当初、ウィンフィールドである俺自身のことを一番知らなかった。
自分自分のことを知らないなんてそんなことがあるかよって思ったけど、ウィンフィールドって人間はそれだけ謎だったんだ。
『聖マリ』の中では落ちこぼれの常人として、奴隷に飼われる人生。多分、あいつは洗脳されているって気付く瞬間は何回もあったと思う。俺が落とし穴に落ちて自分を取り戻したように。でも、多分。ウィンフィールドはそのたびにミサキの洗脳を受け入れたんだ。
「——とった!」
俺の首を狙ったミサキの動きは、早い。
きっと、世界でも一番早い。
人間って猫みたいに動けるのかよ。そんな動きだった。
でも、俺は掴みかかってくるミサキの首を逆に掴んで、背負い投げの要領で床に叩きつける。
「一回目。お前は、死んだ」
そんなことを言って強キャラぶってみた。
一度やってみたかったんだよね、これ。
「まぐれだ!」
ミサキは両手で床を押して、起き上がる。そのまま俺に足払いをかけ、立場を逆転させようとする。まるで体操選手のように柔らかな身体。
「まぐれじゃないって」
その動きをするりとかわし、手を伸ばす。
ミサキの足を掴んで勢いそのままに放り投げた。
ミサキは反対壁に激突して、すごい音がしたな今。壁に叩きつけられたミサキはずるずると地面に落ちて……ていうか、今よく壁が壊れなかったな。
ミサキはふるふると首をふって、壁に立てかけてあった箒を投げる。余談だが、俺はこのボロ家の掃除係だったりする。本当に余談だ。何も関係がない。
でも、気分を落ち着けるのには役に立った。
俺がいつも使っていた箒は見えない軌道を描いて、避けた。悔しがるミサキの顔が見える。
【大賢者ウィンフィールド! 戦うなんて愚かです! 相手は魔王! ステータスで何度も確認したでしょう! 差は歴然です!】
ていうか今更だけどこの声ってなんなの?
大賢者に進化したら聞こえるようになったけど、随分と感情篭ってない?
まあいっか。今はその時じゃない。
「鬱陶しいな! この前は僕に簡単に洗脳されたくせに!」
「洗脳されていた頃の話はするなって。恥ずかしいからさ!」
「……大賢者の素質があるから、優しくしてあげただけなのに!」
「はは! 随分とひどいこと言うじゃん!」
でも、俺は今のミサキの言葉が嘘だって知っている。
俺とミサキが一緒にいたのはたった一年だ。
それでも、俺は分かっている。
俺にしか分からないことがある。
「ウィン! 気付いているみたいだから、冥途の土産に教えてあげるよ! 僕は魔王軍に所属する人間だ! 君との関係だって、このホーエルン魔法学園に入るために利用しただけだ!」
ミサキという女の子は、魔王軍に所属しているというだけあって結構複雑な過去を持つ。
映画であったよ。
森の獣に育てられた女の子と、滅茶苦茶かっこいい集落の王子の話。
ミサキは、あの女の子と境遇が随分と似ている。
「何だよ! 何、笑ってるんだよ!」
「ごめんごめん。魔王アグエロに聞いたことを思い出してさ」
「…………」
次なる攻撃に向けて振り上げていたミサキの手。
掌の上で渦巻いていた小型竜巻が、急速に勢いを無くしていく。
「……アグエロは、何て言ってたの」
こういう所は、素直だ。
「魔王軍にいる不思議な女の子の話をしてくれたよ。人間に捨てられて、とある魔王に育てられた女の子の話だ。アグエロは随分とその子のことを気にかけていた」
ミサキは捨てられた側の人間だ。
モンスターに命乞いをするために、両親に捨てられて、今も人間に深い恨みを持っている。そして目の前に投げ出された幼子を哀れに思った魔王コクリュウにミサキは育てられた。
「……」
物心ついた時から魔王軍の世界で生きてきたミサキにとって、俺は初めて出会う特別な存在だったに違いない。
多分、欺かれたと知って、感情を爆発させてしまうぐらいには。
今のミサキはきっと、自分を捨てた両親と俺を重ねている。そんな気がした。
「その子はずっと助けを待っているって言っていた——その子の名前はミサキ・コクリュウ。つまりミサキ、君の話だろ?」
その言葉に、ミサキの動きが止まった。
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